もしもMyGoのそよが百合営業カフェでバイトを始めたら   作:りょーへい

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08. 頼ることに頼りたい

 

 

 帰宅後。今日も私は1人で、高層マンションの広すぎる一室を占領している。

 したくてしているわけではないのだけど。

 お母さんは仕事で忙しいのだから、仕方のないことだった。

 そんなことより、今最も気掛かりな問題のことに意識を向ける。

 

「素直に、頼る、か……」

 

 頼りたいこと、というと実は思い当たることはあった。

 でもこんなこと相談されても相手には迷惑なだけな気がする。

 私が聞こうとしていることは漠然としていて回答が難しそうだし、相談される側も困るだろう。

 

(そもそも、私から誰かに頼るなんて……)

 

 家でも、学校でも、昔のバンドでも。

 誰かのためになろうと、助けになろうと、頼りにされるよう動いてきた。

 頼られるってことは、必要とされるってことだから。そう在りたかったし、受け入れられてるって安心したかった。

 逆にそう動かないと、みんなに受け入れてもらえないかもと不安だった。

 

(……私って、頼っても相手の人に快く受け入れてもらえるのかな?)

 

 美月ちゃんが嫌な人じゃないというのは分かってる。

 相手が問題なんじゃない。頼ること自体に抵抗があった。

 リーベでもみんなから頼られる人でありたい見栄は、もちろんある。

 でもそれ以上に大きいのは、やはり不安だった。

 

 心を曝け出すのに抵抗があるのだ。

 それが裏切られることを考えると、怖い。

 

 だから、自分の本音を無視して人に優しくすることが好きだった。

 相手に望まれることを与えて喜んでもらい、私も心を隠したまま受け入れてもらえるから。

 おかげで、楽に好ましい関係を築いてこれた。

 でも、今回はそれじゃいけないらしい。

 今までとは違う歩み寄り方に、どうしてもネガティブな考えが浮かぶ。

 

(……今日みたいに頼られようと手を差し伸べるのとは違う。頼りたくて伸ばした手を、とってもらえなかったら……)

 

 そんなことする子じゃないだろう。

 頭では分かってるのに、心は同意してくれてなかった。

 

(頼ることって、こんなに心細いことだったんだ……)

 

 私に頼ってくる人たちに笑顔を向けながら、内心は楽してるなと思うことがあった。

 そんな行為に今、心底悩まされている自分が滑稽で、自嘲気味な笑いがこみあげてくる。

 

(でも……)

 

 それでも、と思わせるものがあるんだ。この店に飛び込んで、欲しいものがあるから。

 それは思ったより難しいことだったけど、1人の先輩の存在が支えとなって、今も希望を絶やさないでいられる。

 

(……明日はお気に入りの紅茶を水筒に入れて登校しよう)

 

 明日は今日以上に心の準備が必要だと思う。

 自分自身との闘いになりそうだから。

 

 

 

 10月4日 水曜日

 

 

 

「ごきげんよう、美月ちゃん」

 

 リーベに着くなり着替えてサロンに行ってみると、やっぱり美月ちゃんがいた。

 たぶんそうだろうと予想して来た私は、ちょっと緊張しながらも笑顔で挨拶した。

 

「ごきげんよう長崎さん。営業開始までまだ時間があるから、もう少しゆっくりしてても大丈夫よ?」

「あ、あのね。美月ちゃんに……仕事のことで相談したいことがあったの」

「そうだったの? 何か分からないところがあるの?」

「えっと……分からないのは、私がきちんと仕事できてるかどうかなの」

「え?」

 

 美月ちゃんはきょとんとした顔になった。

 私はさっきより増してきた緊張と、不安に抗いながら必死に笑顔で相談し始めた。

 

「ほら、初日は美月ちゃん、トレンチのことで注意してくれたでしょ? あんな感じのこと、他にはないかな?」

「そうね……長崎さんは始めたてにしては本当によくできていると思うわ。ミスもほとんどないし、基本的なこともできてる。そんなに心配しなくても大丈夫よ? 陽芽なんて——」

 

 最後の方は正直あんまり耳に入ってこなかった。

 今、この状況で余裕のない私は、決心したことを貫くことにいっぱいいっぱいだった。

 

 今までしてこなかった、いや、今まで極力避けてきたことだけど。

 せっかく先輩が助言してくれたのだから。

 何よりも、私にとって拠り所となる居場所作りのために。

 臆病だった私から、第一歩を踏み出す。

 

「——バイト始めてから、店長からは何も注意されてないんだけど。でもコンセプトカフェなんて初めて関わるから、注意されないほど完璧にできてるか自信が無くて。実際は周りからどう見られてるか気になって、不安だったんだ……」

 

 俯きながらここまで吐き出して気付く。これじゃただの愚痴になってる。

 

(このままじゃ重たいだけだ、誤魔化さなきゃ…)

 

 パッと顔を上げていつも笑顔に戻す。

 どうか、嫌がられてませんように。

 これで嫌われたら、本当にこれ以上頑張れない。

 

「ゴ、ゴメンね! こんなこと急に言われても困るよね、あはは……」

「店長は、もともとあまり干渉しない人なの。私はバイト始まる前からここに客として通ってた分、ある程度知っていたから大丈夫だったのだけど。そうじゃなかったら確かに不安よね。フォローするべきところだったのに、気づけなくてごめんなさい……」

「う、ううん! 美月ちゃんが謝ることはないよ! 今こうして相談に乗ってもらってるので十分助かってるよ?」

 

 申し訳なさそうな美月ちゃんに慌てて感謝を伝えて気遣う。

 真面目が過ぎる子だから、感謝を素直に受け取ってもらえるか心配だったけど。

 それでも恐縮していた顔から、少しだけど微笑みに変えてくれた。

 

「そう言ってもらえると助かるのだけど。それなら今後その不安が少しでも無くなるためにも、営業中に聞きたいことがあればその場で聞いてもらえる?」

「営業中にその場で、ってサロンでってこと? お客さんの前じゃマズいんじゃ……」

「そこはお店のコンセプトに沿った振る舞いの上で聞いてくれれば問題ないわ。それにこの手段を用意しておけば、ある程度不安なく仕事に臨めるんじゃないかしら」

 

 なんとなく分かる。迷ったときに迷ったまま仕事するんじゃなくて、その場で解消できる手段が用意されていれば間違った仕事をすることも、仕事への不安も減ると思う。

 結果的に、今より自信をもって仕事に当たれるようになるよね。

 

「そうだね……。うん、そうしてみる! ありがとう美月ちゃん、そんな場面が来た時は、よろしくね」

「えぇ、こちらこそよろしく。むしろ助かったわ」

「助けてもらったのは私なんだから、変じゃない?」

 

 美月ちゃんの感謝がおかしくてつい突っ込む。

 けど、彼女は首を振って困ったように笑う。

 

「いえ、入ったばかりの長崎さんが問題なく仕事できるように私が手助けしなきゃいけなかったのに、あなたは優秀だったから。逆にどうフォローするべきか悩んでいたの」

 

 彼女の、自分自身を情けなく思うような弱々しい微笑みを見れば。

 先輩としての威厳を示したかったわけでもなく。

 手がかからなくて可愛げのない後輩への嫌味で言ってるわけでもないのは明らかだった。

 

「でもこうしてあなたから相談してくれたから、ようやくどうすべきか分かったわ。だから、やっぱりありがとう、なのよ」

 

 誤魔化しや子細工を感じないまっすぐな思いを受け取って。

 矢野美月がどういう女の子なのか、少しだけど実感した。

 

「……本当に、そんなこと考えてたんだ」

 

『矢野ちゃんはそよちゃんの負担を減らしたいんだと思うよ』

『それが矢野ちゃんなりの気遣いなんだよね、不器用だけどさ』

 

(……そういうことだったんだ)

 

 第一印象は物腰柔らかそうなお姉さん。

 けど、それが頑なで生真面目過ぎる印象に移って。

 今、その裏にあった彼女の本当の優しさに触れた。

 この子は、良くも悪くも真っすぐ過ぎるだけなんだ。

 

「話をしていたらそろそろ営業開始ね。掃除用具を片付けてくるわ。長崎さんも準備は大丈夫?」

「うん、大丈夫だよ。今日も頑張ろうね、美月ちゃん!」

「えぇ」

 

 片付けに向かう美月ちゃんを見送る。

 

 勇気を振り絞った甲斐はあった。

 営業中の不安も、美月ちゃんへの悪印象も、解消するきっかけになったから。

 

「よしっ」

 

 営業に向けて自然と気合が入った。

 

(本日の夏八木そよは、一味違いますわよ? なんてね)

 

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