キヴォトス晄輪大祭も佳境を過ぎ、盛況のうちに終わろうとしている。
慌ただしくしていた運営委員の生徒たちも一息つき、各々休憩を取っている。
そうして、急いで解決すべき案件も無くなった先生は近辺の屋台を楽しんでいた。
「あら、先生。奇遇ですわね」
ぼうっと散策していると、後方から自信を呼ぶ声が耳に入った。
声の方へ顔を向けると、紙袋を抱えてこちらに手を振る女子生徒がそこにいた。
「ハルナか。お疲れ様」
「お疲れ様ですわ」
彼女の名前は黒舘ハルナ。透き通るような白い肌に深紅の瞳、そして光沢感を抑えきれない銀髪と、気品高いお嬢様のような美しい風貌を備えている。また、背中からは翼、腰からは尻尾と、悪魔を想起させるものが生えており、これもまた彼女の気高さを映し出しているようだ。
今は赤と白を基調とした体操服を着ているが、やはりその気品さは変わっていない。
「先生も屋台巡りを?」
「そうそう。競技中は時間が取れなかったから結構遅い時間になっちゃったけどね」
辺りには店じまいをする屋台がちらほら見られ、空きスペースもある。
「もっと早く来れば良かったなあ」
「ふむ、なるほど」
ハルナは徐に紙袋に手を伸ばす。
「でしたら、御一ついかが?」
「あ、これ限定の…」
手には数時間しか販売されなかった百夜堂特性の鯛焼きがあった。
販売開始前には長蛇の列があり、それくらい並ぶ価値のある代物であったと生徒の中でも話題な屋台だったという。
「いいの?」
「ええ」
「じゃあ、お言葉に甘えて」
流石に出来立てではなかったが、それが功を奏して一口目からカブリと大口を開いて食べることができた。
中身は粒あんが使用され、ほんのりと温かさが残る生地とよくマッチしている。
この先生が鯛焼きを頬張る姿を、ハルナはただただじっくりと見守っていた。
「ん?」
「あ、いえ、お気になさらないでくださいまし」
先生との視線がぶつかると、少し取り乱してしまった。
「ところで、もうすぐキャンプファイアーが始まりますわ」
「おお」
「先生はどの御方と踊るおつもりなのでしょうか」
「…踊る?」
ようやく食べきると、先生はハルナに感謝を伝え、話題はキャンプファイアー中に行われるダンスに移った。
「ええ、キャンプファイアー中は二人が手を取り合ってダンスをするのが慣例ですわ」
「へえ、そうなんだね」
「あら、ご存じなくて?」
ははは、と先生は頭を掻きつつ申し訳なさそうな顔をした。
「となると、キャンプファイアーの伝説もご存じなくて?」
「知らないなあ」
「そうでしたわね、先生はキヴォトスにいらっしゃって初めての晄輪大祭ですし、なるほど、そういうことなら…」
いつの間にかハルナは口を手で覆い、軽く前かがみになりながらブツブツと念仏を唱えるかのごとく何か呟いている。
「ハルナ?」
「…!失礼いたしました、少々考え事を」
こほん、と一息つく。
「その様子でしたら、まだお相手が決まっていないのですね」
「決まってないどころかその候補もいないよ」
「なるほど…」
顎を手に置き少し考える素振りを見せると、微笑んだ。
「ダンスのお相手、私が立候補してよろしくて?」
これはまたとない好機ですわ、とハルナは思う。
キャンプファイアーの伝説。それはつまり、キャンプファイアー中にペアを組んで踊った二人は結ばれる、というものだ。
何とも信憑性が薄く、伝説になるべくして伝説になったようなものだ。しかし、先生がこのことを知ってしまえば、さまざまな事情から理由をつけて逃げるに違いない。
この伝説を知らない今だからこそ二人きりで踊れるという算段である。
「ん、じゃあせっかくだしハルナと…」
先生が口を開く。
「じゃあ、わたしも立候補します!」
「わたしも!」
「いや、わたしが!」
その時、四方八方から一斉に声が響いた。
驚いて周りを見ると、いつの間にかゲヘナ、トリニティと学校関係なしに入り乱れ、やいやいと騒いでいる。
話し込んでいたためか周囲の状況を全く見ておらず、気づけば先生とハルナの会話に聞き耳を立てる生徒でごった返している。
「わたしと踊ってください!」
「踊りませんか!」
「ちょっ、皆さん、お待ちになって…」
ハルナの言葉は我先にとアピールする声にかき消され、先生もその波にのまれている。
先生に寄ってたかる生徒を注意するも、全く意に介していないようで効果がない。
「先生…」
ああ、折角二人きりで踊れるはずだったのに。
紙袋の鯛焼きも潰れ、手を伸ばせば触れられる距離にいた先生は遥か遠くへ。
さっきまで近くにいたのに、たくさんの生徒に囲まれている。
人気者ですわね、と口から零れそうになった言葉をかみ砕いた。
視界がぼやける。手の震えが収まらない。
もはや、惨めな姿を晒さないで静かに帰ろう。そう決心した。
「ゴメン!もう先約が入ってるんだ」
一言謝ると、突如先生は雑踏を丁寧にかき分けて進みだした。
行先は、決まっている。
「シャル・ウィ・ダンス?」
迷いなく手を差し出す
ダンスの誘い方はこうだったよな、と先生は頭をフル回転させ、記憶の片隅にあったフレーズを何とか引き出す。
眼前の少女は、一瞬あっけにとられ全身が固まってしまう。
涙が頬を伝う酷い顔で会いたくなかった、とは思う。
でも、選んでくれて、ありがとう。
「ふふっ」
すると、いつもの彼女の持ち前の優雅さを発揮させ、
「I’d love to.」
渾身の笑顔で、先生の手を取った。