終末街の迷宮   作:高橋五鹿

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第一章 終わりの街のオロチ
第1話 街が滅んだ日


 地鳴りが聞こえたとき、俺は「またか」と思った。

 最近よくある地震の前触れだ。

 別に地震を舐めているわけじゃない。ビビってはいる。

 

 かと言って、出来ることなんてあんまないんだよな。

 

 などと考えつつベッドから体を起こした。

 カーテンの隙間から差し込む陽の光が眩しい。多分もう昼近くだろう。

 

 どこからか緊急地震速報の音が聞こえてくる。

 俺のスマホは速報の設定を切っているから静かなものだ。

 

 ここは狭いワンルームだ。

 冷蔵庫やらPCのモニタやら、倒れそうな物にはつっかえ棒やワイヤー等の地震対策は施してある。

 

 避難はいつでも出来る。でも何処に?

 

 建物の中と外、どちらの方が危険なのかよく分からない。

 扉が開かなくなることはあるのだったか。ユニットバスの扉を開ける。

 中の鏡に自分の顔が映った。

 今年の春に大学を卒業したばかりだが、少しくたびれた顔だ。就職先、見つからなかったからな。

 

 まだサラリーマンになってすらいないのに、ちょっと老け込んだ気がした。先が思いやられる。

 バイトはしているのでニートではない。多分。ニートの定義ってなんだっけ?

 

 スリープから復帰したPCのモニタにSNSが表示された。

 地震速報のアカウントがせわしなく情報を表示させている。

 ここよりも震源に近いところの情報だろうか。たまにこうやって揺れが来る前に表示されたりするから凄い。

 

 いや、よく見ると全然近くの地名じゃない。

 他の地域でも地震が起きているのか。その情報は次々に増えていった。

 震源地はよく知る都市名ばかりだ。日本の北から南まで、様々な地名がタイムラインを埋め尽くしていく。

 

「え? おいおい、嘘だろ……」

 

 思わず声に出てしまう。

 独り言がすぐ出るのは我ながら少しヤバいとは思うが、今はそれよりヤバいことが起きている。

 

 俺の住んでいる地域のローカル放送局では『午後の映画ショー』というテレビ番組があるのだが、そこでよく放映されるパニック映画みたいな展開だ。まるで午後ショーだな。言ってる場合じゃない。

 

 そして、俺の住んでいるアパートが轟音と共に盛大に揺れた。

 

 

 

 

 揺れの強さに驚いたのは覚えている。

 覚えているんだが、何故かそこで記憶が途絶えた。

 目を覚ますと俺は自分の部屋で倒れていたんだが。

 

 別に建物が倒壊したわけでも、家具が倒れてきたわけでもない。

 おかしい。

 地震で気を失う要素なんて無いはずだ。恐怖のあまり失神してしまったのだろうか?

 自分の性格からするとそれもあり得なくもない気がするのが情けない。

 でもビビり過ぎで気絶した経験とかは流石に無いんだが。

 

 どれくらいの時間が経ったのだろうか。カーテンの隙間からは眩しい光が差している。

 机の上のキーボードに触れてPCをスリープから起こす。時刻を見ると午後一時半だった。

 

 地震は昼前だった気がするから二時間くらいは気を失っていたのか?

 だけどなんか妙だな?

 しばらく時刻表示を見ていて違和感に気付いた。時刻の下の日付、これ、今日の日付と違くないか?

 

 嫌な予感がしてウェブカレンダーを開く。今日だと思っていた日は三日前だった。二時間どころじゃない。俺は七十時間以上も気を失っていたことになる。あり得るのかそんなこと?

 胃が凄くだるいのは空腹のせいか。いや、その前に水。

 いや、その前に手洗いだな……。

 

 用を足してから、冷蔵庫に入っていたペットボトルのコーヒーを飲んだ。

 とりあえず水分と糖分を補給すればなんとかなるだろう。ぐびぐびと飲んだ。スポドリでも買い置きしておくべきだったか。

 

 あと塩分も欲しい。

 棚のカップ麺とカップ焼きそばを見比べて、お湯を捨てるのが面倒だからという理由でカップ麺を手に取る。電気ポットは付けっ放しだったのですぐにお湯を注いだ。

 

 まだ麺が固いな、と思いつつも待ち切れずにスープをすすって固いままの謎肉をゴリゴリかじる。

 少し冷静になったところで最初に思い出したのはバイトのことだ。

 いや、最初からバイトのことは気になっていた。

 俺は結構真面目な性格なのだ。サラリーマンになったら気苦労で倒れるタイプかもしれない。

 

 机の前に座るとキーボードの横にカップ麺を置いてモニタのウェブカレンダーを見る。

 昨日と一昨日はバイトのシフトに入っていた日だ。二日連続で無断欠勤してしまった。

 クビかもしれないが謝罪の電話は入れないとな。

 今かけても誰か電話に出るだろう。忙しくて誰も出なければ直接行こう。

 

 あと、地震で怪我でもしたのかと心配されているかもしれない。

 心配されるほどバイト先の人間と交流はないが、ほらあれだ、文字通りの心配ではなく社交辞令的な意味の。

 まあいいや、とにかくスマホ……。

 

「ん?」

 

 スマホに着信がない。

 シフトに入った人間が時間になっても来ないというのは割とよくある。なのでスタッフの連絡先はバックヤードに掲示してあるし、誰かしら電話してくるはずだ。

 

 着信のない理由を少し考える。カップ麺を持つと割り箸で麺を持ち上げ息を吹きかけて冷ます。

 ずるずるとすすった。

 止まらなくなった。冷ましてはすする、冷ましてはすするを繰り返すこと数分。スープも全部飲み干してカップを机の上に置いた。

 で、なんだっけ?

 

 そうそう電話な。

 スマホは充電しっ放しだし着信がないのはおかしい。これはコンビニにも何かあったか。だとすると無断欠勤を怒られたりはしないかもな。ああでもそうすると今度は給料が心配だ。

 

 従業員の心配をしないのは我ながら薄情だが、ただの顔見知りだしそんなものだろう。

 店長だって俺の無断欠勤の心配はしても俺自身の心配はするまい。それで当然だと思うし多くは求めない。

 まあ、無事であるに越したことはないけどな。

 

 マウスに手を置くと、ブラウザのタブを移動してSNSを見る。サイドバーに並ぶトレンドは地震関連と思われるものばかりだ。三日も経ったのにか?

 立ち入り禁止、封鎖地域、更には毒ガスなどという物騒な言葉が並ぶ。どこかで工場でも被害にあったのだろうか。

 

 待て、今思い出した。

 

 あの日のSNSには全国各地の都市が震源地としてタイムラインに一斉に表示されていた。

 もしかしてこれは、俺が考えているよりも大きな災害なのか?

 

 新しいタブを開いて滅多に見ないニュースサイトを開く。リアルタイムのニュースはSNSで十分なのだが、この三日で何が起きたのか知りたい。

 気になる見出しが多いが、まずは住んでいるこの街だ。地震情報から日付と地域を絞って確認した。

 

 震度6だったらしい。6は確かに大地震だが、今居るアパートは無事だ。この部屋は二階だが床が抜けていたりもしない。

 

 ふと、ニュースサイトに表示されている津波の文字が気になった。この街は沿岸部だ。二階建てのアパートなんて津波災害の前にはひとたまりもないだろう。関連情報をクリックしたが津波はなかったらしい。震度6もあったのに?

 俺にはよく分からないが、そういうこともあるのかもしれない。

 

 バイト先のコンビニは二階建ての鉄筋だ。この部屋が無事なら向こうも無事だろう。でも棚の商品が全部落ちたとか、あるいは物流が止まって営業できないのかもな。だったら連絡どころじゃなくなったというのも納得だ。

 いずれにしろ後で様子は見に行……いや、電話すればいっか。

 

 電話が通じなかった。電話に出ないとかじゃなくて全くつながってる気配がない。

 スマホをよく見たらアンテナが死んでいた。 ああ、災害時はそういうこともあるよな。着信がなかったのも納得だわ。

 やっぱり直接行くしかないな。

 

 出る前にシャワーを浴びようとしたらお湯が出ない。

 確か大地震のときはガスメーターが自動で止まるんだったな。外に出ようとしたらドアが重い。地震で扉が開かなくなるのは事実だった。なんとかこじ開けて共用部の廊下に出る。

 

 隣の部屋はドアが半開きだった。

 動かなくなったので開けっ放しにでもしてるんだろうか。

 ドアの内側には部屋着っぽい服が落ちて廊下にはみ出ている。なんであんなとこに?

 まあいいや。俺はパイプスペースの扉を開けるとネットの情報を元にガスを復旧した。

 

 一度こじ開けた玄関ドアは今度はすんなりと閉まった。お隣に比べて軽症で済んだようだ。

 

 シャワーを終えて着替えると、バイト先に顔を出すべく外に出る。

 アパートの外階段はボロいが無事だ。でもいつ崩れるか分からないので気を付けよう。

 

 下に降りて道路に出るとそこにも服が落ちていた。上下セット。

 ご丁寧に靴と靴下も落ちている。

 ちょうど人が倒れたようなポーズでそれらは落ちていた。

 

 おかしい。

 

 これはいくらなんでもおかしくないか?

 

 身投げする人間が靴を揃えて置いておく、という話は聞いたことがあるが実際に見たことはない。ただ、そういう悪戯は見たことがある。屋上に靴が揃えて置いてあったりとか。悪戯だよな?

 

 目の前の服は、なんだかそういうものを連想させた。悪趣味な悪戯だ。そういえば隣の部屋にも服が落ちてたけどあれも悪戯か?

 まさかなあ。

 

 バイト先のコンビニまでは徒歩二分もかからない。物凄く近所なのだ。電話が通じなかったのなら、店員の誰かが部屋に来ていた可能性もあるだろうか。

 

 ただ、いくら近所とはいっても知らない人から見れば、どのアパートのどの部屋に俺が住んでいるかなんて分からないものだ。

 来られるとしても住所を知っている店長くらいなものだろう。あの人シフトの穴埋めにいつも忙しそうだからな。そんな余裕はなかったかもしれない。

 

 人けのない道を通りコンビニに着くと、また『それ』を発見してしまった。

 

 服だ。

 

 入り口自動ドアから数歩の場所に、倒れるような格好の服が地面に落ちている。上下ともだ。直視しなかったが多分靴も靴下もあるのだろう。ぞわりとした感情が腹の底から上がってきた。

 

 怖い。これが悪戯だとしても怖すぎるわ!

 どうなってんだ一体。

 怖いからすぐに知り合いに会いたかった。バイト先の他の店員に興味はなかった。仲間とか思ったこともない。でも今は一刻も早く自分の無事を伝えて相手の無事を確認したくなったのだ。

 

 冷静に考えて、これが異常者か何かの悪戯だとしたら、服が落ちているコンビニに近付くのは危険だったかもしれない。

 でもそんなことより店員の無事を確かめたかった。俺はあの人たちが心配で仕方がなかったのだ。

 

 俺は意外と薄情者ではなかったらしい。

 

 地面の服はなるべく見ないようにして早足で入り口に近付く。

 自動ドアが開き、お馴染みの入店チャイム音が鳴り響いた。店内放送もいつも通り元気に流れていて少し安心する。

 

 でも店内はメチャクチャだった。

 床に物が落ちまくっている。元々地震対策はしているので棚が倒れているとか商品が全部落ちているとか、そういった状態ではない。だが地震から三日経ったのに、床に物が落ちまくっている状況が異常だ。

 

 店内には誰も居なかった。

 

 店が開いてるのに?

 このコンビニは冷蔵庫裏だけでなくレジの後ろにもバックヤードがあって、そこが事務所になっている。俺は出勤したときと同じようにそこへ向かった。事務所のドアを開けるときにレジカウンターの内側を見る。

 そこには――

 

 コンビニ制服を羽織った服が一式、床に崩れ落ちていた。

 

 ヒュッと息が出る。これは悲鳴か。絶叫はしなかったけど悲鳴のなり損ないみたいなものだ。逃げ出したくなった。

 

 逃げるべきだろう。でも何処に?

 

 自分のアパートか?

 でも隣の部屋にも服が落ちていたじゃないか。何が起きているのか全く分からないが、自分の部屋もこのコンビニも危険度でいえば大差ないんじゃないだろうか。

 

 しばらくその場で固まっていた。能天気な店内放送は流行りの歌を流し、そして新商品の宣伝を始めた。少し冷静になってきた。自分でも意外なほどである。

 

 知り合いの店員の服が視界に入るのは落ち着かないので、一度レジの外に出ると床にへたりこんだ。まずどうするか。通報だよなやっぱ。ただどうやって説明するか。

 

「あ」

 

 駄目だ。電話は通じないんだったな。スマホを見るが相変わらずアンテナは死んでいる。そもそも大災害のときってパトカー呼んでもそうそう来れないんじゃなかったか。

 待てよ、事務所には固定電話があったな?

 

 仮にこの現象が起きたのが地震のあったときなら、店員は二人いたはずだ。昨日か一昨日なら俺が無断欠勤した日なのでワンオペという可能性もあるだろう。

 

 一人見るのも二人見るのも同じだ。覚悟を決めて事務所の中へ入る。そこにはやはり、コンビニ制服を羽織った服が落ちていた。

 

 まっすぐ机の上の固定電話に向かう。ワイヤレスの受話器を持って110番にかける。

 

 通じない。知ってた。

 

 いやネットが生きてるのになんで通じないんだ。もしかしてアナログ回線なのか?

 店内放送は無事みたいだが、部分的に壊れる可能性もなくはない。しかし俺には区別が付かないな。

 

 さて、次はどうするか。

 街の人たちはどうしている? 避難所に集まっていたりするのだろうか。近所に小学校があるからそこの様子を見るのもいい。でもその前に交番に行くか。駅前まで徒歩十分。

 

 行く前になにかまだ調べられることがあるだろうか。あるな。嫌なことを思い付いてしまった。今倒れている制服の名札を確認してシフトと照らし合わせれば、この現象がいつ起きたのか分かるかもしれないじゃないか。

 

 無情にも制服の名札のあるほうは地面を舐めており、確認するには服を持ち上げなければならない。触れるのか、あれに。

 

 今起きていることは非現実的なことだ。だがそれでも、仮に悪戯であったとしてもだ。中身の無い服は、ある事実を示している。

 

 それは、服を着ていた『中身』が消えて失くなってしまったということだ。

 

 その場合、中身は生きているだろうか。これが超常現象だというのならば死んでいる。『午後の映画ショー』の世界ってやつだ。もし悪戯だとしても、これは明らかに死体を見立てている。

 どっちにしても。

 

「まるで午後ショーだな……」

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