終末街の迷宮   作:高橋五鹿

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第11話 闘志の片鱗

 小雨が降るなか、俺はふらふらと帰路についた。

 

 今襲われたら結構ヤバいかもしれない。だが通りには生き物は見当たらない。駅の高架を見上げると、鳥たちも何処にもいなかった。

 駅構内を通り抜けて南へと歩く。拳銃も食料のことも忘れていた。どうでもいい。まだ昼間だけど帰って寝たい。今日は朝早く起きすぎたからな……。

 

 アパートが近付いてくる。視界に入る景色に少し違和感を覚えたが、今はどうでもいい。早く帰りたい。

 でも、角を曲がって、アパートの前につながる道を歩くときに、違和感はどうしようもなく大きくなって。

 

 そして、俺は見た。

 

 アパートが破壊されている。

 

 二階の、俺の住んでいた部屋を中心に、ごっそりと削ぎ取られるように建物が破壊されていた。

 破砕音。そうだ、俺は北の雑居ビルの中で、何かが壊されるような音を聞いていた。

 今の今まで忘れていた。

 

 ヤバい。ヤバいヤバい。今すぐここから逃げなくてはならない。

 猫など問題にもならない。あの化け猫だってこんなことをするのは不可能だ。

 これをやったのはどんな奴だ。そうだ、ここへ来るまでの違和感。

 

 道路のそこかしこで何かが壊されていた。

 電灯、標識、建物の壁や塀、ガードレール、道端の原付。

 トラックがあちこちぶつけて進んだかのように、少しずつ壊されていた。

 

 まるで何か、巨大な物体が通り過ぎた跡のように!

 

 あの金髪はなんて言っていた? 俺は「他のヒュドラ生物から嫌われている」と言っていなかったか。「同族に喰い殺されないよう気をつけろ」とも言っていた。

 冗談じゃない。俺が何をした。猫が死んだのは俺のせいなのか。カラスがバールで殴られたのも俺のせいか?

 

 縄張りを荒らしたのが原因、とかだったらそういうこともあり得るのか? 混乱してきた。

 

 俺はコンビニへと走った。わずか徒歩二分の距離。それでも屋外にいるのが怖い。

 自動ドアが開く。

 いつもの入店チャイム。能天気な店内放送もいつものままだ。店内放送はネットで外部とつながっている。内容は更新されていて、知らない新商品の販促が流れてくる。この店は時が止まったままだというのに。

 

 レジの内側へ、逃げるように入り込んでうずくまる。少しでも回復したらもっと遠くへ逃げなければ。でも今は身体が言うことを聞いてくれない。

 

 一方で、逃げたらまずいとも考えている。何故だ。何か理由があったか。命より大切なものなど、あのアパートにはないはずだ。

 

 いや、ひとつだけある……命と同等の重さ、俺の心の支え。

 

 俺が俺であることの証明。過去の写真が、あの部屋の何処かにあったはずだ。でも、それを見つけてどうする。その写真が、鏡に映る自分と違う姿だったら俺は――

 

 落ち着け。写真だって死んだら探せない。やはり命が最優先だ。まだ足が震えている。

 

 俺はいつの間にか、気を失うように眠りに落ちていた。

 

 

 

 

 目覚めたとき、俺は真っ暗な空間の中にいた。何処だここは……。

 

 夢、ではない。もう夜なのか。それにしても暗い。

 

 いや待て、俺はコンビニの中にいた。どうして暗い? ここは二十四時間、照明が付きっ放しのはずだ。店内放送も鳴り止んだりはしない。身体を少し動かす。横向きに倒れた身体。腕に当たるのはひんやりとした固い床だ。手足を少し動かすと壁に当たる。

 

 俺はやはりコンビニの中にいるようだ。電源が落ちたのか? 何も見えない。頭をどこかに打たないように、そっと上体を起こす。窓だ。コンビニの窓と外の景色はちゃんと見える。しかし異様に暗い。

 

 何故だ。

 

 俺はそろりと立ち上がって、窓の外を見た。バールを抜いて手に持つと、そっと入り口へと近付いていく。自動ドアは開かなかった。

 違和感の正体に気付く。街灯が点いていない。視界に入るどの建物にも明かりが一切点いていない。外を照らしているのは星明かりだけだ。

 

「停電――」

 

 声に出てしまった。恐れて、警戒していたはずだった。しかし半月にもわたる今の生活の中で、電気のことを意識することは少なくなっていた。あって当然などと思い始めていたのだ。

 

 愚かすぎる。だが自分の愚かさを悔やんでも始まらない。

 

 もしこの停電が封鎖地域全域で起きているのだとしたら、もうネットで助けを呼ぶことは出来ない。一年以上の賞味期限がある数多の冷凍食品も、全て数日で駄目になってしまうだろう。

 

 俺は……命綱を失ったのだ。

 

 いや、そもそも俺が人間ではなく、人間の死体から生み出された化け物だったとしたら。

 助けなど最初から期待できない。もし外の世界に行っても実験材料となる未来しか待っていない。そもそも外の世界に行ったら死ぬという話だ。

 ヒュドラ生物はヒュドラ毒の中でしか生きられない、だったか。

 

 封鎖地域内の化け物も、外の世界の人間も俺の敵なのだろうか?

 俺の味方はこの世にひとりもいないのか?

 

 いや、それを言うなら俺は元々ひとりだ。この世に俺が死んで困る奴なんかいない。「俺が死んでも悲しむ奴はいない」みたいな映画のセリフは、ありがちすぎて心に響かないのかと思っていた。でもどちらかといえば、それは俺にとってごく普通のことだからかもしれない。

 

 この街の人間が全て死んだと聞かされても、俺は特に悲しんだりはしなかった。お互い様だ。普通のことだ。悲観するようなことじゃない。そう考えると少し落ち着いてきた。

 でも。それでもだ。

 

 仇は討ってやるからな――

 

 …………?

 なんで今俺はそんなことを考えた?

 異常事態にさらされすぎて、おかしくなってしまったのか?

 

 いや、俺はまだ正常だ。今一瞬浮かんだ思考が、おかしいことだとちゃんと理解している。今考えるべきはそんなことではない。

 俺は星明かりの反射が薄っすらと照らす、店内の様子を見る。

 

 この店では懐中電灯を売っていたはずだ。

 そう、懐中電灯、俺はなんでそんな基本的なものを用意しなかったんだ。

 

 所詮は素人の付け焼き刃。サバイバルどころかまともな避難生活も出来ていないじゃないか。停電でダメになるような食料をかき集めて、なんの役にも立たなかった斧とか持ち歩いて、いざ停電すると懐中電灯すら持っていない。誰かにバレたら恥ずかしいわ。

 

 よし、なんか心の調子が戻ってきた。どうせ俺は人生のなんやかんやをあきらめて生きてきたような男だ。あきらめるものがちょっと増えただけだ。

 

 それにしても懐中電灯が見つからない。内側の棚はマジで真っ暗だ。俺はひたすらに棚からそれっぽい箱を手探りで見つけては、窓の側に戻って星明かりで中身を確認する。

 歯ブラシセット! おめーじゃねえよ!

 

 そして悪戦苦闘の末に目的のブツを見つけた。箱から出す。点かない。

 電池か? 電池だな?

 電池は売ってたのは覚えてるんだがどの棚だっけ……。あと大きさいくつのやつよ。

 

 うんざりしながら腰に手を当てると、ポケットの中にある固いものに当たる。スマホだ。

 俺はそれを取り出すとスイッチを押した。アンテナはもちろん死んでいるが、ホーム画面の明かりは店内を照らす。

 やはり俺はアホだったようだ。体から力が抜けた。

 

 スマホの明かりで懐中電灯のパッケージを確認すると、単三乾電池を二本使うタイプらしい。電池もすぐに発見した。足元の棚だったか。大きさ違いの電池も結構な量が置いてある。スマホに気付かなかったら、暗闇の中で大きさの合わない電池を詰め込もうと試行錯誤していたかもしれない。

 

 LED懐中電灯の明かりはやはりスマホ画面とは比べ物にならない。予備の電池をいくつかリュックに仕舞う。次はどうする?

 逃げるべきだな。

 俺の命を狙ったのであろうアパート破壊現場から、徒歩二分の場所に潜伏しているとか正気じゃない。だけど夜は危険だ。周りが見えないし、ライトを使えば俺の位置が『敵』に知られてしまう。

 

 敵――

 

 そうだ。あいつら――ヒュドラは敵だ。同族の可能性とか関係ない。

 

 俺はコンビニの食料を漁った。冷凍食品はまだ凍っている。解凍しようにも停電でレンジは使えない。食べごろは明日。消費期限もほぼ明日、だろうな……。

 サプリコーナーにあるカロリー系のバーを食べるとコーラで流し込む。まだ冷えているが、冷えたコーラも飲み納めだ。そう考えるとビールに視線が行ってしまうが、流石にアルコールを入れている場合じゃない。

 

 事務所に入ると、明日に備えてもう一度寝ておくことにした。

 懐中電灯で時計を確認すると間もなく0時。

 

 俺にとって忘れ難い日、五月十六日はこうして幕を下ろした。

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