終末街の迷宮   作:高橋五鹿

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第12話 リニューアル

 暗闇の中で目が覚めた。

 

 光も届かない停電した事務所の中だ。俺はポケット内のスマホで時間を確認しようとして手を止めた。充電の手段はもうない。一応市販品の急速充電器や予備バッテリーなどがあるのは知っているが、使ったことがない。使い勝手についてはよく分からないし、この街にどれだけの予備バッテリーがあるだろうか。

 

 ただ、スマホの電池を節約したところで意味があるのかというと、俺にとっては全くなんの意味もなさそうである。アンテナの死んだスマホに、たいした使い道は思い付かない。それでも時間確認のたびにスマホを見る癖は改めたほうがいいかもしれない。俺は懐中電灯を付けて事務所内の時計を照らした。

 

 四時半を少し回ったところか。昨日は昼間に一度寝たから睡眠時間は十分だ。こんな時間に起きるのは珍しいので、外が明るいかどうかは分からない。少しでも明るくなったら、店を出てこの場所から離れよう。

 

 そっと事務所の扉をひらく。昨日の記憶にあるよりは僅かに明るい店内。日の出の時刻を過ぎたのか。

 そのとき――

 

 そのとき音が聞こえた。擦過音だ。ずるずるとなにかを引きずるような音。

 心が全力で警鐘を鳴らす。

 体中から汗が噴き出るような感覚に襲われた。

 

 落ち着け。落ち着け。パニックになったら生き延びる確率は格段に落ちる。

 この近くにはアパートを破壊した犯人がいる。最初から分かっていることだ。

 覚悟を決めろ。

 

 事務所の扉の影から窓の外を凝視した。

 

 なにかが居る。一面ガラス張りのコンビニの窓をしても視界に収まらないほどの巨大ななにかが、ゆっくりと動いている。

 いや、這っている……!

 み……。

 見るんじゃなかった!

 

 なんだ。なんだアレは。どうやって動いている? アレがアパートを破壊したのか? このコンビニは鉄筋のはずだが耐えられるのか?

 

 その正体はすぐに分かった。窓の外に横たわるのは長い胴体だった。頭部はここからだと死角になる窓の上にあったのだ。それはゆっくりと窓から見える位置に降りてきた。

 

 蛇……窓の外に居る化け物は巨大な蛇だ!

 頭部だけで俺と同じくらいの大きさはあるんじゃないのか?

 こいつがアパートを壊したというのなら納得だ。

 

「ヒュドラ……」

 

 口に出してその名を呼ぶ。

 ヒュドラというのはギリシャ神話に出てくる蛇の化け物の名だ。

 

 こいつが……もしかしてこいつがそのヒュドラなのか?

 神話の化け物が実在したというのか?

 いや、それともこの外見だから、神話生物になぞらえた名を与えられたのか。

 

 その蛇の顔は段々と明るく照らされはっきりと見えてくる。

 朝日が昇ってきたのだ。

 

 そして俺は。

 

 その顔を見た俺は。

 

 こんなときだというのに、何故か冷静さを取り戻しつつあった。いや、焦ってもいるし恐怖を感じてもいる。

 でも、心の中でいつもの自分が今――

 

 今、ツッコミを入れたくてうずうずしている。なんだこれは。

 

 俺はかつて化け猫に言った。

 巨大化するならゴリラかアナコンダだろうと。

 覚えてたのか……いやあいつは死んだけど。

 ひょっとして巨大化生物って記憶共有してたりしない?

 

 でも、でもなあ。

 俺は別に生物とか詳しいわけじゃない。

 でもだよ? これがアナコンダじゃないってことは分かる。

 

 これ……アオダイショウだ……。

 日本で多分もっともポピュラーな蛇。この街じゃ見ないけどな。

 

「巨大化アオダイショウ……く、クソダサ」

 

 また言ってしまった。うわっ、こっち見たよ。

 三毛猫の次はアオダイショウとか。

 以前バカにしたら頑張ってリニューアルしてきたけどやっぱり残念な感じがぬぐえない。

 

 理解してしまった。こいつは親玉のヒュドラではない。

 猫と同じ巨大化生物だ。どう見ても在来種だもんな。

 ヒュドラ生物だったか。間違いなく下っ端だ。

 

 とか言ってる場合じゃない。

 

 下っ端でも、俺が逆立ちしても勝てない相手には違いない。

 逃げないと。入り口は塞がれている。事務所の裏口一択だ。

 

 だが俺は待った。今外に出てもすぐに回り込まれてしまうのではないか。蛇の速度は速い。あの大きさでは、猫から逃げたときと同様に、即座に追い付かれてしまう。

 そして、蛇には猫よりも恐ろしい攻撃手段がある。

 丸呑みだ。

 蛇は自分の胴体幅よりも大きいものでも一瞬で飲み込んでしまう。このサイズだと、棒切れを振り回して防げるようなものではない。

 

 外でまともに対峙したらおしまいだ。

 さっき目が合ったような気がしたが俺にはまだ気付いていないのか、蛇はまだ大きく動こうとしない。

 長い舌をチロチロと伸ばして、店の前の駐車場の地面を探るように頭を動かしている。

 

 蛇の特徴はなんだ?

 思い出せ……古今蛇を題材としたフィクションは多い。だから本物の蛇の特徴を解説するシーンとかも俺は結構見ているはずだ。

 

 なんだっけ……なんとか機関……字が違う気がする。

 とにかく蛇って、人間とは外界の情報を得る能力がだいぶ違うはずだよな。だからよくネタとして解説されてるわけだし。

 

 人間なら一番重要なのは視覚情報だ。次いで音か?

 そうすっと蛇は目が悪い? 聴覚はどうなんだ?

 逆に鋭いのは嗅覚……そうか、あの舌の動きは嗅覚に関係していたはず。

 なら奴は、俺の匂いを追っている?

 

 地面の上で頭を動かしていた蛇は、コンビニの入り口自動ドアにその舌を近付けた。

 瞬間蛇は頭を引っ込め、返す勢いでそのまま入り口に叩き付ける。

 

 ドアも、店の正面ガラスも盛大に粉砕された。

 店の中に頭を突っ込んだ蛇は、ついに俺を視界に捉えた。

 

 俺は事務所に駆け込んでドアを閉め、更に裏口のドアに向かう。

 背後で猛烈な破壊音が巻き起こった。

 俺をひと呑みにせんと、レジカウンターごとバックヤードの壁を粉砕しようとしたのだろう。

 だが、店の内装はその一撃を耐えた。

 それが俺の命を救った。

 

 裏口から外に飛び出す。

 そして走った。

 奴の頭は今コンビニの中だ。ガラスは破れてもコンクリの壁は簡単には壊せまい。

 コンビニを貫通しようとせずに、一度頭を抜いて追ってこられたらどうしようもない。

 しかし奴にそんな知能はないのではないだろうか。希望的観測だけれども。

 

 とにかく逃げる。方角は……東だな。

 南に行っても倉庫とか工場みたいな建物ばかりで、食料の確保が難しい。

 船を入手して海に逃げるという手が一瞬浮かんだが、ヒュドラ毒の範囲外に出てしまうと俺が死んでしまう可能性がある。あの金髪の言うことが全て正しいとは限らないが、今はのんびり検証するヒマがないし、その方法も思い付かない。

 

 東のショッピングモールか、その先の隣駅を目指す。

 もし停電していない地域があればそこに行きたいが、昼間だとよく分からない。視界に入る街灯や民家の明かりはどれも消灯しているように見える。

 路上に放置された自動車や歩道の衣類には砂埃が目立つようになり、ここが終わった街であることを再確認させられる。

 

 蛇は追ってはこなかった。

 ショッピングモールに着く前に息切れして速度が落ちる。

 少し落ち着いた頭で敵について思考を巡らせた。

 

 ヒュドラ……ギリシャ神話に出てくる九つの頭を持つ毒蛇。下っ端であれなら、本体はどんな怪物なんだ。神話同様に九つの頭部があるとか?

 大体なんで日本に出てくるんだ……いや、世界中に出てるってことになるのか。本体は複数いるのか?

 

 関係ないけど、日本神話にもヤマタノオロチっていう八つの頭を持った蛇の怪物が登場する。

 同じ神話生物で、似たような外見だからたまに引き合いに出されることがある。

 関係ないけどな。

 

 益体もないことを考えつつ、俺は歩き続けた。

 そして、二日ぶりのショッピングモールに到着する。

 

 ピンチのときにこの施設の世話になろうとは。

 風雨は凌げるし物資は色々あるし、隠れる場所も多い。

 パニックものとショッピングモールはやっぱり切っても切れないんだな。

 

 ……ゾンビとか出てこないよな?

 

 金髪の話によればヒュドラ生物がもうゾンビみたいなものだが、見た目の問題としてまだ生前のままだからな。ただ、巨大化した時点で元の生物とは言い難い。この先はどんなのが出てくるのか見当も付かない。

 

 そうだ、金髪は生前とは全く違う姿だと言っていた。運動能力も人間のそれではない。生前の情報をそのままコピーしているのではなく、参考にして新たな生物を造り出していると考えるべきか。

 

 背中のリュックからバールを抜くと、正面入口からショッピングモール館内に潜入する。

 

 吹き抜けになっている中央通りを見渡した。

 生物の気配はない。

 

 そして暗い。

 以前は点いていた、テナントの照明などが軒並み消えている。

 ひと目見て分かるくらいの停電状態だ。

 そのまま中へと進んでみる。

 

 ん……?

 

 おかしい。自然採光だけじゃない。

 テナントの店は暗いが、通路の照明は一部点灯している。

 店と店の間の通路を覗き込む。

 

 緑の人型、矢印の看板が発光している。

 誘導灯だ。

 非常用電源? どうやって供給しているんだ? 電池式だろうか……。

 いや。

 

 停電がいつ起きたのかは知らないが、十時間くらいは経過しているかもしれない。電池式はそんな長時間の使用を想定していないはずだ。

 無停電電源装置を思い浮かべる。あれも短時間しかもたないはずだよな。俺の中では停電でPCが落ちるのを防ぐ程度の装置という認識しかない。もっと有能な設備があるのかもしれないが。

 

 これだけの大型施設となると、非常灯や誘導灯の数も半端ではない。まだ入り口から少し進んだだけなので、全て点灯しているかどうかは分からないが、どうやってその電力を賄う?

 

 んー、それとも俺は非常灯の持続時間に何か勘違いをしているのか? 三十分かそこらしか点灯しないイメージだが、よく考えるとそれは建築基準法かなにかで定められた最低時間のはずだ。イコール持続時間ではない。

 その法律はいつ作られたものだ? 昔の電灯は電力消費が激しくてその程度しかもたない。でも今はLEDを使うのが普通だろう。電池式でも十時間くらいもつのは自然な気がする……。

 

 もう半日くらい様子見すれば分かるかな。夜には消えてしまうかもと考えると惜しいが。

 とか考えてる間に、視界の非常灯らしきものがひとつ落ちた。

 

 だよな。

 

 単独で落ちたってことはやっぱり電池式だ。そのうち他の照明も落ちるだろう。

 通路を進むことにした。明かりのあるうちに食料を補充したい。

 

 やがて屋内中央広場に出る。今は動かないであろうエレベーター。左右には止まっているエスカレーターもある。食料品店は一階のこの先だ。今は特に上階への用は……。

 

 いや。いや待て。

 吹き抜け状の上階を見上げたとき、俺は何かを思い出しかけた。

 非常灯……非常用電源……。それは多分俺の勘違いだ。あれと直接関係はないと思う。

 エスカレーターに向かう。そして足早に上階へと登っていった。

 

 中央広場のエスカレーターはいつも閑散としていた。エスカレーターは入り口付近や店舗密集地帯に的確に配置されており、この場所で上下階の移動をすることにあまり意味はないからだ。

 

 このモールの四階に店はほとんどない。ただ広い屋上があるだけだ。屋上を一般に開放しているわけでもない。ならそこには何があるのか。

 俺は塔のような形状の中央広場を四階まで上がり、窓から見えるその屋上を見渡した。そこにあるのは一面の銀色の機械群だ。陽光を反射して輝いている。

 

 太陽光発電システム。

 屋上には、ソーラーパネルが所狭しと敷き詰められていた。

 

 やっぱりあったか。記憶違いではなかった。柄にもなく興奮を覚えた。食料確保のためスーパーを巡っていたとき、信じ難い値段の高級霜降り肉を見つけたとき以来である。

 我ながらそれはどうなのか。ちなみにその肉はすでに食った。美味かったよ。

 

 少し落ち着いた。

 さて、この太陽電池は使えるのだろうか? 置いてある以上なんらかの設備には使われているのだろうけども。多分補助用の非常灯とかに使われていると思う。

 館内で現在点灯している明かりのうち、法で定められた最低限のものは電池式、それ以外はこの太陽電池を使うとか? 俺ならそうするかなー、程度の考えだけど。

 

 あとは節電で割といつも使ってる、という可能性もあるか。だったら施設のどこかに今も通電している場所があるかもしれない。

 太陽電池はそんなに流行ってない気がするし、あまり能力を期待するのもあれだけどな。この施設けっこう古いし。

 

 それでも、電気が今も使える場所があるのか調べる価値はある。

 そのためにまず、俺は家電屋へと向かった。

 

 ショッピングモールに着いたのは朝五時とかだったはずだが、もう昼である。

 

 これだけの時間を費やして、なんの成果もあげられなかった。

 コンセントというコンセントに、家電ショップから適当に選んできた複数の日用品を差し込んでみたものの反応なし!

 

 分からねー。そもそも生きているコンセントがあるのかないのか、というところから分からねー。

 あるとしたらこの非常用電源を管理する部屋、オペレーションセンターの心臓部だと思うんだよな。

 でもそこが何処なのか分からん!

 

 スタッフ用のバックヤードからして広くて複雑なんだよ。しかも一箇所じゃないし。

 開かない扉もいくつもあった。

 鍵? そんなもん見つからん。

 

 いつぞやの店舗用バックヤードの鍵は、落ちている衣類からあっさり発見できた。

 でも店舗スタッフってのは普通は客のいるフロアで接客してるし、制服も着てるから簡単に見つかる。

 

 事務スタッフは無理。

 誰がどんな役職か分からないし、どこの鍵を持ってるかなんてもっと分からん。

 店舗スタッフに比べれば、扉の内側にいる可能性だって非常に高い。

 どこか扉から離れた場所にいることも、最初から出勤していないということもあり得る。

 

 贅沢を言うのはよそう。

 日が落ちたとしても、非常灯があれば館内を移動するのに問題はない。

 それに何箇所かのトイレは生きていた。これは大事。

 

 なにせ水道の水を一定以上の階層に押し上げるには電動のポンプがいる。だから停電したら水も使えないという場所は結構多い。

 まあ水道が止まるのも時間の問題のような気がするが、あんまりいっぺんに問題が増えても解決する方法が思い付かない。

 

 さて、今晩ここに泊まるとして、安全性をどうやって確保するか考える必要がある。

 

 寝るだけなら家具屋の高級ベッドとか快適そうだけどな。あんな広々としたとこ、巨大化生物でもあっさりと侵入できそうだ。寝てるときに近付かれたらおしまいだろうな。隠れる場所もない。

 

 というわけでなるべく狭いところ。いっそトイレの個室にでも立て籠もるか。でも逃げ場がないのはダメだ。大型じゃなくても手強い敵もいるかもしれない。例えばあの金髪のねーちゃんとかな。あいつには全く勝てる気がしない。

 まあ、あのねーちゃんと戦おうとは思わないが。話は通じるんだし、もしまた会うことがあってもなんとか見逃してもらおう。

 

 結局俺がねぐらに選んだのは、四階バックヤードの奥にある従業員用休憩室。恐らく宿直勤務を想定して作られている部屋だ。

 入り口扉は頑丈な鉄製。窓はソーラーパネルのある屋上に出られるようになっている。挟み撃ちにあったら終わりだが、片方から敵が来た場合は逆側から逃げることが可能だ。

 

 すぐそばには使用可能なトイレもある。合格。

 シャワー室や給湯室、食堂も近い。ただしガスは使えない。水道だけだ。贅沢は言うまい。

 

 最初は風雨を凌ぐだけだと思っていたから、それに比べればずっと文明的だ。

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