終末街の迷宮   作:高橋五鹿

15 / 100
第15話 超越者

 何日かが過ぎた。

 

 俺は相変わらずネズミとか、たまに鳥とか、あと謎の動物……ハクビシンかな?

 そんなのを狩って、食べられそうな食料の管理をしたりして過ごしている。

 不幸中の幸いか、強敵らしい強敵には遭遇していない。

 

 電池式の髭剃りを弄びながら、食堂の時計を眺める。宿直室も悪くはないが、ここがすっかり普段の居場所になってしまった。広いし日当たりも風通しもいい。こんな場所を個室にできるのは終末街ならではの贅沢だろう。

 

 懐中電灯、髭剃り、時計。他に電池で動くもの、今でも使えるものってなんだろうな。スマホは持ち歩いてもいない。今となってはただの平べったい時計だからなアレ。充電もできないし、もう電池も切れているだろう。

 

 西側の空にちらりと動くものが見えた。新手か。屋上に出ると、敵影を確認する。

 黒い鳥だ。カラスか? 数は七匹。縮尺が少しおかしい気がする。

 

 巨大化生物か……。

 

 だが、そこまで馬鹿げた大きさではなさそうだ。たまたまこちらに来たのか、それともとうとう刺客が差し向けられたのか。

 屋上で迎え撃つのはまずい。屋根のあるところに誘導するべきだな。

 俺が考えたのはどうすれば奴らと有利に戦えるか、ではない。どうすれば奴らを逃がさずにすむか、だった。

 

 三階へと降りる。

 吹き抜け状の通りから離れ、広い店舗が集まるフロアへと移動した。ここなら天井は低い。西側のバルコニーに出る扉は開けっ放しだ。

 元よりこの施設は営業中だったため、そこかしこの出入り口は開放されているのだが、俺はそれを放置している。ガラス割るくらいなら勝手に入ってきてくれ、と思っているからだ。

 

 カラスたちは次々に侵入してくる。でかい。鷲くらいある。

 例によって鷲を見たことはない。個人の感想です。

 

 今まで見た巨大化生物に比べ、倍率が控えめだ。多分これよりデカくしたのは飛べなかったんだろう。こいつらの時点で既に動きがかなり鈍い。

 

 かつて通常の大きさのカラスと戦ったときは攻撃を当てるのが難しいと感じた。しかし今回の的は大きい。先陣を切った一匹をバールで叩き落とした。

 続く二匹もバールで薙ぎ払う。いずれも床に落ちていったが、三匹ともまだ息がある。

 

 ならば。

 

 俺はバールを放ると、右腰のホルダーの留め金をパチンと外し、指で手斧を引っ掛けて上へと弾く。刃を覆うカバーが宙に舞い、指を軸に一回転した手斧を右手でキャッチして握り込んだ。

 

 残る四匹のカラスに向かって走り込む。正面の一匹を肩口から斬り裂いた。一撃で命を奪ったことを感じ取る。更に踏み込んで次のカラスの下から斬り上げ、首を斜めに刎ねた。重心が先端にある手斧の勢いに逆らわず、流れるように刃を操作する。身体を反転させて次の一匹を刈り取った。

 

 最後の一匹は勢い余ってすれ違い、店の奥へと飛んでいく。俺はそいつ目掛けて、投斧(フランキスカ)の如く手斧を投擲した。命中。これで七匹。

 

 地面でもがく最初の三匹のもとに行くと、一匹ずつ頭を踏み抜いて止めを刺した。

 

 このショッピングモールに現れた中では手強いほうか。初期に会っていたらヤバかったかもしれない。吸い込まれた光の粒子、命の強さから俺はそれを感じ取っていた。

 

 ヒュドラ生物をひたすら狩っていけば、そのうちヒュドラよりも俺が強く……はならんだろうなあ。

 

 多分元々の強さが全然違うし、種としての限界もあるかもしれない。

 同じ人間同士だったらこの理論でなんとかなったかもしれないが、相手は得体が知れない。なんなら俺自身の種族もよく分からない。

 

 なにより今の俺は気付いてしまっている。

 自分の力と今まで見てきた敵の力。

 彼我の力の差がなんとなく分かるようになった。

 

 俺がこのペースで力を付けていっても、あの巨大アオダイショウにすら勝つことは難しいのだと。

 

 そしてそれよりも更に厳しい相手があと二人。

 片方はヒュドラ生物だっていう金髪のねーちゃん。あれはヤバい。

 

 もう片方は。

 

 ヒュドラの話を聞いてから、あまり考えないようにしていた人物。

 まるで神のごとき少女。

 

 今なら、よりはっきりと分かる。

 俺は彼女には勝てない。

 恐らく……手も足も出ないだろう。

 

 バールを拾うと、次に投擲した手斧を回収しに行った。

 ここは家電ショップの一角で、テレビやオーディオを扱うコーナーだ。テレビは元々映らなかったし、今はコンセントも使えない。無意味と思って物色したこともない。

 だが、音楽くらいはなんとかならないだろうか?

 

 そう考えながら手斧を見つけた。普通に投げたらどこかのテレビかショーケースにでも斧が突き刺さるところだが、カラスがクッションになったからな。展示してある小型の機械が散乱しているだけで済んだ。

 

 住んでる建物のガラスとか割れてると落ち着かないから無事で良かった。

 安心しつつ斧を拾う。床に落ちている商品が目に入った。

 スピーカーとアンテナが付いた、なんだか地味~な商品だ。

 全然興味を引かれない……。

 ここの一角だけ世紀が違うんじゃないかっていうラインナップだ。

 

 床にはその商品の売り文句が並べられているであろう、紙の販促ポップも落ちている。

 そこにはこう記されていた。

 

『災害時にも強い! ワイドFM対応ポータブルラジオ』

 

 …………。

 

 心臓がドクンと波打つのを感じた。

 スーパーで高級牛肉を見つけたとき。

 屋上で太陽光発電システムを見つけたとき。

 この絶望の街で、微かな希望の一端を感じたときと同じ感覚。

 

 待て待て、慌てるのは早い。また電波通じないオチもあり得るというかその可能性が高い。

 今、なんか一瞬ときめいたのはたぶん吊り橋効果的なアレだ。

 今までラジオの存在に気付かなかった、俺のアホさ加減に対する怒りのアレかもしれない。

 

 とりあえず電波探すなら屋上だよな。

 俺は商品を物色した。どうせなら見た目が良いヤツで試そうとしたら充電式だった。ダメかー。この前世紀の遺物みたいなデザインのヤツじゃないとダメかー。

 はいはい単四電池ね。それなら食堂にも確保してある。

 

 食堂に戻った。

 ラジオに電池をセットするとアンテナを伸ばし電源を入れる。

 ザーザーとノイズ音が発生する。

 選局ダイヤルを回す。周波数とか全く知らない。適当に回しているだけだ。

 

 そして音声を拾った。ラジオの電波は生きていた。

 

 東側の川。封鎖地域境界線の向こう。

 海沿いのラジオ局。名前だけはなんとなく聞いたことがある。

 ノイズだらけのFM放送が流れてくる。

 

 歌や楽曲、時折パーソナリティのお姉さんの会話。

 しばらく聴いていたが、全然普通の放送だ。

 世界では大災害などなかったかのように過ごしているのだろうか。

 

 それとも俺が見聞きしたネットや、このラジオから流れてくる情報は全てウソで――本当は人類は、とうに滅んでしまっていたりしないだろうか。

 

 俺はあの日以来、ただの一度も普通の人間に出会っていない。

 声も聞いていない。

 

 ネットのSNSで会話した人たち。『ドルフィン』さん、『電子ジャー』さん、『エーコ』……。

 彼らもAIかなにかが、それっぽく会話文を出力しているだけの存在だったりはしないか。

 

 エーコとかなに言ってんのか全然分からなかったしな。

 ダンジョンとかお勧めの武器とか……。

 まんまゲームのNPCの会話じゃないか。

 

 机の上で腕を組んで、その上に顔を伏せて放送を聴き続けた。

 

 パーソナリティが唐突に言った。

 

『大災害で大変な思いをしている人にも、この放送が届きますように』

 

 そして、大災害に関しての会話が続いた。

 なんだ、世界大災害も封鎖地域も、ちゃんと認識してるんじゃないか。

 変な妄想しちまったよ。

 

『大変な世の中だけど、この曲を聴いて元気を出していきましょう』

 

 元気を出しても巨大アオダイショウには勝てないんだよなあ。

 

 ただ、確かに元気は出たわ。東の川向こうの連中は元気にやってそうだ。ありがとう、よく知らないパーソナリティのお姉さん。

 あんたたちの街が無事で良かったと思う。

 

「これからどうするんだい?」

 

 これからどうするか。ここを拠点にして凌ぐか。それとも。

 顔を伏せたまま考える。

 

 ……ん?

 なんだ今の声?

 パーソナリティのお姉さんとは全然違う声だったぞ。

 番組にゲストとか居たっけ?

 

 いや。

 

 この声は忘れるわけもない。

 俺は恐る恐る、伏せていた顔を上げた。

 

 いつの間に……。

 研ぎ澄まされたはずの俺の索敵能力にも全く引っ掛からなかった。

 俺の前に居たのは美しい白髪(はくはつ)と褐色肌の剣士――

 

 あの『モニク』がそこに立っていた。

 

「モニク……」

「うん」

 

 穏やかな表情と……柔らかく、優しい声でモニクは返事をする。

 そして俺は――

 

 俺は今こそ、ずっと考えていた疑問を彼女に尋ねた。

 

「……君が、ヒュドラなのか?」

 

 

 

 

 実際こうしてモニクと再会してみると、毒気を抜かれてしまう。

 この人物が『創造主』であるなら、それも悪くないか……という感情。

 そう割り切れたら、どれだけ楽になれるだろうか。

 

「違うよ。ボクはヒュドラではない」

 

 変わらぬ調子の声でモニクは言う。

 それは俺が望んでいた答だ。でも。

 

 ……え?

 なんて?

 

「分かっている。ただそう言うだけでは信じることは出来ないよね。だから、詳しく説明する前に――」

 

 俺の目を見つめながら、モニクはゆっくりと問う。

 

「聞かせてほしい。何故キミがそう考えるに至ったのかを」

 

 え? 俺が質問されてんの?

 長話しなきゃいかん流れ?

 

「な……」

 

 なにから話せばいいんだ……。

 

 モニクは俺の向かいの椅子に座ると、ラジオをひょいと取り上げた。

 周波数ダイヤルを回す。音声がノイズ音になった。

 困った顔になってる。ひょっとしてボリューム下げようとしました?

 少し考えてからモニクは電源を切った。

 そう来たかー。

 

「ごめん。ちょっと会話の邪魔かなと思って。聴きたい番組とかあった?」

 

 首を横に振った。

 

「そうか。ごはんはちゃんと食べてるかい? 少しなら出せるけど。それともお酒がいいかな?」

 

 うん……俺もこの人がヒュドラとはちょっと思えなくなってきた。

 しかし英雄も身近な人間からすれば凡人であるという。

 だから残虐な支配者が、会話してみると割と普通ということもあり得るか。

 会社では蛇蝎の如く嫌われてる人が、家庭では良きパパとかたまに聞くもんな。

 逆もあるのか? 逆はなんというか……その、切ないよな。

 

「キミは口数が少なくて、考え事が多いタイプみたいだね。はい」

 

 俺の前に缶ビールが差し出された。金色の少し高いヤツ。

 どっから出したん?

 最後に酒を飲んだのはいつだ。

 

 冷蔵庫と冷凍庫という人類の叡智がこの世から失われ、俺はアルコールへの興味が薄れていた。常温で飲むような強い酒は、俺にとって日常的なものではなかったからだ。

 飲んだ後に敵来たらヤバいというのもあるが。

 

 断るのも変だろうか。

 手を伸ばした。

 めっちゃ冷えてる。なんだこれ……。

 

「ここに来る前に、少しキミが住んでいたアパートの記憶を読んだんだ。ビールが好きなのかなって」

 

 相変わらず何を言っているのかよくわからない。

 プライバシーの概念が薄い神様的な何かということは伝わった。

 

 ついでにおつまみ的なものがドサドサと出てきた。

 どっから出したとか考えるのは不毛だ。

 銘柄からいって、俺の勤務先のコンビニにあったラインナップなんですが。

 やってることが俺と変わらん。

 エラい庶民的な女神様だな……。

 

 俺は観念して金色のヤツのフタを開けた。

 

 五月一日、世界大災害の日から話した。

 鏡で見た顔の記憶は、今の自分と変わらなかったというところから。

 目覚めたのは三日後であったこと。

 中身の消えた服から異常事態であることを察したこと。

 交番で銃を見つけたが、結局今に至るまで手を付けていないこと。

 その日は酔い潰れてニュースを見たのは翌日であること。

 

 モニクは最初少し首を傾げていたが、後は大人しく話を聞いていた。

 ときどき相槌を打ちながら。

 聞き上手だ……。

 ビールを空にしたら、どこからともなく次の一本が出てきた。わんこそばかよ。

 

 封鎖地域の中は毒がなくなって、危険なのは境界線だけなのではないか。そのため自分が生き残ったのではないか。と、このときは考えていたことも話した。

 

 五月八日、モニクに出会う。

 

 翌日以降は忠告に従い街から出なかった。

 だが五月十五日、再び地震が起こる。

 

 そして五月十六日、俺は真実を知った。

 

 ヒュドラ生物だという女性から、俺もヒュドラ生物だと聞かされた。

 更にヒュドラの存在。

 それは神のような存在であると。

 俺には思い当たる人物がいた。それは――

 

「なるほど。だいたい分かった。それについては後で補足しよう。その日から今日までまだ間があるね。ボクはキミが、その期間に何を思い、どう行動したのか興味がある。聞かせてくれるかい?」

 

「ああ……。モニクはアパートを見たって言ってたけど、あれはバカでかい蛇に壊されたんだ。その後近所のコンビニも壊された。俺は逃げるようにここに来て、その後はヒュドラ生物を駆除しながら生活している」

 

「駆除したときに、何か変わったことは?」

 

「死体消失時の光が俺に吸い込まれた。ヒュドラの捕食と同じ現象だと俺は思ってる。光を吸い込むたび、少しずつ強くなった、と思う」

 

 モニクはしばらく黙って俺を見つめたままだった。

 やがて俺にはもう話すことがないのだと気付き、口をひらく。

 

「キミは何故そんなことが出来るのだと思う?」

「単純に考えて、俺自身がヒュドラ生物だから……そういう能力が――」

「それは違う」

 

 食い気味に否定された。

 

「それについても後ほど考えよう。今はキミの疑問に答えるほうが先だね」

 

 そして、今度はモニクが語る番となった。

 

「はじめに言っておくが、ボクは人類の敵ではない。でも味方でもない。それに、どちらかといえば人類よりヒュドラに近い存在だ」

 

 それはなんとなく分かる。

 モニクは人間ではない。

 

「それはつまり、神様的な?」

「別にそれでも構わないが、人の考えるところの神という存在に当てはめるのは、少し大げさかもしれない。我々のことを知る現代人は、我々を《超越者》と呼ぶ」

 

 超越者……。

 呼び名を知っただけだ。

 だが今まで正体不明だったモニクやヒュドラに、明確な形が与えられたような気がした。

 

「《毒の超越者》ヒュドラが、何を思って今回のような災害を起こしたのかはボクにも分からない。ボクはそれを確かめるために、この地にやってきたんだ」

 

「だから、敵でも味方でもない……」

 

「人類にとってはね。でも、ボクはヒュドラを止めたいと思っている。だからキミの味方ではあるつもりだ。そして、キミがボクの味方であってほしいと願ってもいる」

 

 味方……?

 モニクが俺の味方だっていうのか……?

 そして俺に味方であってほしいと願っている……?

 

 何故だ。

 神のごとき力を持った《超越者》。

 モニクからすれば俺はなんの役にも立たない存在のはずだ。

 それに――

 

「俺は……ヒュドラ生物なのに」

 

「キミは優れた洞察力の持ち主だ。限られた情報の中から重要なものを取捨選択し、状況を考察する。そして今日まで生き延びることが出来た。しかし――」

 

 真っ直ぐこちらを見てモニクは続ける。

 

「しかしそんなキミでも、常識を破るのは難しい。常識を放棄するのは論理的思考の放棄だから無理もない。キミが生きているのだから封鎖地域の中には毒はない。そう考えたのはその最たるものだろう」

 

 自分ではアホなことを考えたと思っていたが、そういう見方もあるかもな。

 

「キミはボクと出会ったとき、ボクから得た情報についてはどう思った? 非常識な存在だから、その情報に意味はないと思わなかったかい?」

 

「いや……むしろ逆。この非常識な街で、モニクが最も重要な手掛かりだと思った。だから君と話したことは、一言一句覚えている……」

 

「そうかい? キミは橋を渡ることが出来たかな?」

 

 橋は渡るなって話じゃなかったか?

 考え込んでしまった俺にモニクは次の質問を投げかける。

 

「キミは雨の中、外を出歩くことは出来たかい?」

 

 え?

 いやそんくらいは普通に出来るけど……。

 

「最後の質問。キミは水を飲むことが出来るかい?」

 

 …………。

 

 忘れていたわけじゃない。

 発言の意味を理解していなかったんだ。

 

 橋を渡れない生物。

 雨の日には目撃報告が激減する生物。

 雨が降ると同時に逃げるように立ち去った金髪の女。

 

 モニクはあのとき俺にこう言った。「水はキミたち人類を守ってくれる」と。

 

 なら……ならまさか……!

 

「ボクはヒュドラではないし、キミもヒュドラ生物ではない」

 

 あくまでも穏やかな表情のまま、彼女は俺に伝える。

 

「《死の超越者》モニクの名に於いて断言しよう。キミは人間であると」

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。