終末街の迷宮   作:高橋五鹿

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第16話 猛毒耐性

 俺は食堂の床に正座していた。

 モニクはなにやらきょとんとした顔でこちらを見て首をかしげている。

 なんだその可愛さは。じゃなくて。

 

「本当に申し訳ない。命の恩人を敵と疑ったりして」

 

 額を地面に擦り付けるような勢いで頭を下げた。

 

「それはキミの立場からすれば無理からぬことだ。そんなことで自分を責めてはいけないよ」

「でも。そうだとしても。俺に疑われた君の気持ちはどうなる。俺は……どうやったらそれを償うことができるんだ」

「キミは本当に……いや、なんでもない」

 

 モニクは少し考え込んでから言った。

 

「じゃあそうだね。実はキミに対して望むことがひとつある。味方であってほしい、というのとはまた別にね。ただしボクがそれを望むのは、キミが希望を見いだしてからにしようか」

 

「希望?」

「そう、希望だ」

 

 モニクは椅子から立ち上がると、正座している俺の前にしゃがみ込んで視線を合わせる。

 そして少し困ったような顔をした。

 

 ……近い。

 

「キミの胆力は端倪(たんげい)すべからざるものだが……。どうもそれはキミが色々と諦観(ていかん)しているから、ということと無関係ではないように見える。自分のことをあきらめているが故の強気、というのはボクに言わせれば勇気とは違う。それはあまり、褒められたものではないよ?」

 

 言葉の意味を少し考える。タンゲイってなんだ? 捕鯨の仲間か?

 でも後半はなんとなく分かった。

 俺は自分がもうダメだと思ってたから自棄(やけ)になっていた。

 図星すぎて死にたくなった。

 

「理解できたかな?」

「はい……」

 

 希望……希望か。

 俺は大災害を生き延びていた。俺が俺であるということが分かった。それだけでもこの上ない朗報だし、今はそれ以上を望む気もない。でも生きながらえた自分の命を守ろうと思えば不安もある。

 何を成し遂げたら、俺の人生に希望が見えたことになるんだろうな。

 

「キミも疲れただろう。話の続きは明日にしようか」

 

 確かに久々のビールが効いて……あれ? 俺こんなに飲んだ?

 テーブルの上にはいつの間にか多数の缶が転がってた。

 半分以上はモニクが飲んでたような気もするが。

 

「あ、泊まるんならそこの宿直室を。カギもついてるし」

「いや、家具売り場に気になるベッドがあってね。そこで寝させてもらう」

 

 あんなところで寝るとは命知らずな……。

 まあヒュドラ生物ごときにモニクをどうにかできるとは思えないが。

 

「じゃあお休み……」

 

 褐色超越者は少し眠そうな顔をするとさっさと去っていった。自由か。

 

 そういえば、モニクの望みというのも謎だ。だけどそれはどうでもいいや。

 非人道的なことは嫌だが、彼女が俺にそんなことを望むとは思えない。

 なら、いかなる望みであろうとも叶えるために全力を尽くすまで。

 

 モニクが去ったので、俺はいつも通り宿直室で寝ることにした。

 アルコールのせいか、気絶するように眠った。

 

 

 

 

 翌朝目が覚めると、習慣のように食堂へ行く。

 なんだか懐かしい感じの匂いが……これ、米の匂いだよな?

 

「おはよう。朝ごはんできてるよ」

「お、おはよう……」

 

 掃き出し窓の外から声をかけてきたモニクに挨拶を返す。

 屋上のテーブルには、予備も含めたコンロが並んでいた。近付いてみると、深めのフライパンの上にガラスのふたがしてあり、中で米が炊けていた。

 

 そ……。

 

 その手があったかぁ~。

 

 つーか俺はアホなの? アウトドアでも米炊くのは普通のことじゃん。そりゃ俺はアウトドアとかキャンプとか縁がないけど……。それは置いといて、米は炊飯器で炊くものという常識に完全に囚われていたわ。そうか……俺が常識を破れないってこういう……。違うな、これは俺がアホなだけだな。

 

 少し冷静になった。米を炊くときの火加減とか時間とか知らないし。ネットも使えないから調べようがないし。不可抗力! そういうことにしとこ。ていうかモニクは米が炊けるのか。超越者スゲーな。

 

「食べられそうなものを色々持ってきたんで好きなもの選んで。とりあえずこれでいい?」

 

 油を熱したフライパンの上に、分厚くスライスされたスパムが投入された。

 肉だ……。

 スパム缶……そういうのもあったか……。

 

 モニクは俺に好き嫌いを質問しつつ、お椀にインスタント味噌汁の素を入れてお湯を注ぐ。ご飯をよそい、焼けたスパムに缶詰野菜を炒めたものを添えて二人分の食事を作ってしまった。

 

「じゃあ、食べよう」

「いただきます……」

 

 俺は工夫が足りなかったな……。

 味噌汁を飲む。懐かしい味だ。自分だと用意しないから実際懐かしい。

 スパムを口にする。ハムに似たような外見だが歯ごたえはあまりなく、噛むととろけるようにほどける。塩気と油の甘み、ジャンクフードオブジャンクフード的な味だ。実は高いので買ったことがなかった。俺の貧乏舌に凄くフィットする。でも貧乏だから買ったことないとか皮肉だよな。

 米で追う。肉と米は世界最高の取り合わせだ。無言で食べ続けた。

 

「ごちそうさまでした。美味かったです……」

「それはよかった。足りなければ適当につまんでてくれ。そのまま話をしよう」

 

 インスタント食品やら菓子やら、テーブルには色々積まれている。

 ガスボンベに限りはあるけど、アウトドアショップに焚き火台があったな。なら食料問題はだいぶ先送りできるかも。

 

 ……あれ?

 俺が人間だって話なら、普通に外の世界に脱出できるのでは?

 その前に、なんで俺はヒュドラ毒を浴びても生きてるんだ?

 聞かなくてはならないことが、まだまだある。

 

「何から聞きたい?」

「この街は今もヒュドラ毒に満たされてるってのは本当なのかな。それならどうして俺は生きて……」

 

「本当だ。あとキミが無事なのは特異体質のおかげだよ。ひらたく言うと猛毒耐性だ」

 

 猛毒耐性……?

 

「とてもそんなひとことで言い表せるような異能ではないけどね。ヒュドラ毒はこの世で最も強力な生物由来の毒……いや、この世ならざる毒といってもいい」

 

 そこまでか。確かに体質のひとことでは納得しかねるな。

 

「異能とは人の身で得た超常の力。来歴は様々だが、人類が超越者に対抗するために生まれた異能もある」

 

 人間が生き残るための進化とか耐性とか、そんな感じか。

 

「キミの持つ異能――《破毒》はとりわけ希少でね。いや、希少というより単に見つからないというか……限定的というか……」

 

 希少というと価値が高そうだが、なんかその後の言葉のニュアンスだとそうでもないような……。

 

「限定的……それは例えばその、ヒュドラ毒以外には意味がないとか」

 

「鋭いね。実質その通り。《破毒》は弱毒に対しては効果が低いんだ。ヒュドラ毒のように、この世の常識を超越する猛毒に対しては無類の強さを発揮する。本人にすら自覚が無いので、今回のような災害でも起きない限り異能持ち自体が見つけられない。まさか、人々に色々な毒を飲ませて耐性を調べるわけにもいくまい」

 

 それはそうだ。毒耐性を調べるために毒で死んだらアホだ。

 

「だから人類史において破毒の異能持ちは保護されなかった。見つからないのだから保護しようがない。そして血筋もほとんど途絶えてしまったのだろう」

 

 そんなピーキーな能力では仕方ない気もする。

 ん? 今の話だと……。

 

「他の種類の異能……だと保護されることもあると?」

 

「そういうこともある。魔女狩りという言葉があるだろう。異能持ちは弾圧されることのほうが多い。歴史上の魔女狩りは実際には、異能とは関係ない人々が犠牲になることのほうが多かっただろうけどね」

 

 人類は愚か。

 まあでもそうなるのもなんとなく理解できるんだよな。

 俺だって封鎖地域内で生きてることが発覚したら。

 外の世界に行ったとしたら。

 隔離されて、モルモットのように扱われる可能性が高い。

 今の気分としてはそうなることは絶対に御免だが、相手がそう望む理由は分からないでもない。

 

「俺、封鎖地域から出ないほうがいいのかな……」

「出るとしても正体は伏せるべきだろうね。今の人類がキミを解剖したところで、破毒を量産するなど不可能だ。無駄な献身だよ」

 

 おおう、発言の意図を正確に読み取られてしまった。

 解剖されるつもりは全くないけど。

 

「封鎖地域には人類の敵。人類の生存圏もキミにとって安全とは言い難い。キミはなにを望む? なにをしたら、キミは希望を見いだせるのかな?」

 

「蛇……」

「ん?」

 

 そう、蛇だ。

 俺の家を破壊し、俺のバイト先を破壊し、今の俺では太刀打ちできない敵。

 あの蛇を倒せるくらいでなければ、俺はこの街で安心して暮らすことができない。

 

「俺の部屋とコンビニを壊した巨大化アオダイショウ……あれに自力で勝ちたい」

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