終末街の迷宮   作:高橋五鹿

18 / 100
第18話 限定召喚

 当然だが、魔力体力が及ばないことは実行不可能だ。

 俺の《魔力化》は魔力回復を兼ねているからかなりの規模で使うことが出来たが、多分他の魔法はこうはいかないだろう。望んで疑わなければなんでも出来るというわけではない。

 

 モニクは最初にそれを説明しなかった。「自分の力を超えることは実現不可」と言われてしまえば、なんでも『疑って』しまい、魔法の発動条件を満たせなくなるかもしれないからか。

 コツを掴んだ今なら問題あるまい。

 

 よし、地球の近所からアステロイドを召喚してヒュドラの巣の上に落とそう。

 

 ……とかはそもそも魔力体力が全くこれっぽっちも足りなくて実行不可能だろう、ということは理解した。

 超越者でも無理なのでは?

 出来てもやんねーけど。

 ヒュドラと同時に人類にも止めを刺しかねない。

 

 地下迷宮に関しては今考えてもしゃーないけど、ヒュドラ本体ってこの封鎖地域の巣に居るのだろうか。ヒュドラを止めたいというモニクがここに居るということは、そういうことなのかなとは思っている。

 でもまずは蛇だ。

 

 更にその前に、食料をなんとかしないと。

 俺、いっつも食料に振り回されてるな……。

 

 売り場内に戻ると、商品棚で空になった米の袋を見つける。

 少し苦戦したが、袋の内部に米を召喚することに成功した。

 既に情報が魔力に記憶され、俺自身が納得する状況を作り出せば、《魔力化》した食料を元に戻せることが証明された。

 

 次に精肉コーナーへ向かう。

 肉を食べたいという俺の意思が魔法に力を与える、ような気がする……。

 驚くべきことに、腐敗臭が一切しない。匂いの粒子も食品の一部と認識したのか、一気に消失させてしまったようだ。

 

 この能力、清掃にも使えそうだな……。

 純然たるゴミを魔力化して蓄積するのはイヤなので、多分消すだけになりそうだが。消したものは何処へ行く?

 無から有を作り出すのもその逆も無理だ。

 本当は可能かもしれないが、魔力体力という俺自身のスペックが足りない。

 

 ゴミは捨てる場所を考えないといけない。

 この街の南は埋立地だ。でも埋立地を作る知識という『情報』が俺には欠けているのでイメージできない。ただ海の底にゴミを捨てるだけになりそう。どっかないか……。

 

 あった。

 地下迷宮だ。ヒュドラの巣とかいう迷惑なアレ。よし、奴らの巣は埋め立ててしまおう。後で地盤沈下とか液状化現象とか問題になりそうな気がしないでもないが、封鎖地域よりなんぼかマシだろ。

 

 まあそれは将来の課題だな。今は肉だ。

 場所を間違えたことに気付いた。精肉コーナーに並んでいた肉は俺が以前冷凍庫に放り込んだのだった。だから目当てのブツは冷食コーナーだな。

 

 俺が探しているのは発泡トレーだ。スーパーで肉とか魚を入れて、ラップでくるんだアレな。

 冷凍庫に詰め込まれていたが、さっきの《魔力化》のせいで中身は全て空。

 シュールな光景だった。

 

 なるべく簡単そうなやつ……。

 ラップのステッカーに刻まれた豚コマ百グラムの表記。これだ。

 霜降り肉様とかは恐れ多くて召喚できそうにない。手頃なやつで練習。

 

 米よりだいぶ苦戦している。

 何故かといえば、ここの肉はもう駄目になっていたからな。

 しかし不可能ではないはずだ。

 

 ヒュドラは死者をもとに生者を召喚している。厳密には生き返らせているわけではない。そんなことはヒュドラにも出来ないのだろう。

 別に望んでないから。

 あるいは、時間を巻き戻すには超越者のスペックをもってしても足りないから。

 多分両方。

 しかし、同じ構造の新たな生物を召喚することは出来ている。

 

 ヒュドラより低スペックな俺は、奴の模倣をしても小規模な魔法しか発現できない。

 でもそれで十分なはずだ。

 

 数分後。ラップの中には新鮮そうな豚コマが出現していた。

 やれば出来るじゃん俺。

 ラップを剥がしてみたが腐敗臭はしない。《継承》で強化された俺の身体は、嗅覚などの五感も以前より鋭くなっているようだ。

 

 ひとしきり眺めて満足すると、俺は豚コマを再び消し去った。

 

 だってさっきまで腐敗肉が乗ってたトレーの上の肉とか食えないじゃん……。腹を壊すと決まったわけではないが気分的にアレ。

 

 モニクは缶ビールとかつまみとか、入れ物ごと出していた。

 しかし、あれが俺の魔法と同じ過程で行われているのかどうか分からない。どちらかというと有り物をただ持ってきた、というだけのシンプルな魔法に思える。

 荷物を持ち歩いたり、ゴミを消し去ってどこかへ持っていくのなら、そういった魔法が必要だな。

 

 俺の魔力がある場所――近いけどここではない何処か。

 その世界にこの発泡トレーを押し込めるイメージ。

 するりと入った。

 俺の手から発泡トレーが消える。代償として魔力が消費された。

 

 ふむ……。

 この魔法では俺の魔力を回復させることは出来ない。

 自然回復以外だと、俺は食べ物でしか魔力回復できない。自分でそう認識してしまっている。

 

 可能ならば街中に散らばってる衣類や遺品、道路を塞いでいる自動車とか隣街の瓦礫だとかを撤去したかった。

 でも俺のスペックだと難しいな。多分普通に清掃するのと同じくらい消耗する。それだと時間がかかり過ぎる。

 使い道はあるが、使いどころは選ばなければならない。

 

 発泡トレーを再び取り出すことを試みる。あっさり成功。別にいらないので冷凍庫の中に戻す。

 次に空気を仕舞ってみた。イメージとしてはこぶし大くらいの量。

 やっぱりいらないので元に戻す。

 

 発泡トレーを仕舞う際、食べ物同様に情報を記憶できた。

 ということは、容器も再生産可能なのでは?

 無理だった。食べ物じゃないと無理な気がする……。

 

 俺は先程出し入れした空気の情報も読み取っている。

 この街の空気というのは、当然ヒュドラ毒のことだ。

 刃物や銃も裸足で逃げ出すような、とんでもない武器を持ち運べるようになってしまった。

 

 でもこれ、ヒュドラ生物には効かないから俺には無用の長物だ。

 なんか惜しいな。

 

 …………。

 

 ……そうだ水。

 

 水ならどうだ。空気ではなく水。大量の水を持ち歩けば、ヒュドラ生物に対してなんらかの戦闘手段にはならないだろうか。

 でも大量の水を仕舞うには魔力が足りない……いや待て、水ならさっき食品と一緒に《魔力化》しなかったか?

 してるよな? 何故なら俺にとって水は食料のカテゴリーに入るからだ。

 

 食品売り場には飲料水も大量に売っていた。

 それらは既に俺の魔力に情報として記憶されている。

 あとはどう活用するかだな。

 

 空になった食品の袋や容器をいくらか集めると、それを持って食堂へと帰った。

 モニクは居ない。街の様子を見たいので、ここには居たり居なかったりするそうだ。

 ヒュドラを止めるとはいっても同じ超越者同士。一方的にあっさりと実行できるわけではないのだろう。

 

 調理場に入ると空になった米の袋や飲料水のペットボトル、調味料の瓶などを並べて中身を召喚した。必要最低限な分を現物に戻すことが出来てようやくひと安心。

 

 さて、現段階だと俺は米も炊けない。本屋を漁れば米の炊き方が書かれた本くらいは見つかるだろうが、もう少し試してみたいことがある。

 俺が最初に召喚成功したのはポテトチップスだが、あれは言わば調理済の料理だ。ポテチ袋の中という、『俺自身が納得する条件』を整えれば召喚できる。

 

 米も、ひょっとしたらいけるのではないだろうか……。

 

 炊けた米のイメージ……業務用炊飯器が目に入る。フタを開けてみるが、多分これでは駄目だ。こんなデカい炊飯器は使ったことがないし、大量の米を炊くことを望んでいない。これでは魔法の発動要件を満たせない。

 

 次にフライパンを見る。モニクが米炊くときに使ってた奴だ。これなら量は少し多い程度。いけるか。

 ――モニクが炊いた米なら毎日でも食べたいかもな。

 雑念のせいで失敗。次。

 

 調理器具の候補がない。家電ショップで普通の大きさの炊飯器を探してくるか……。

 ふと、水切りラックに積まれた食器類が目に入る。

 別に調理器具である必要はないのでは。ポテチだってフライヤーで召喚するわけではない。

 俺は茶碗を調理台の上に置いてじっと見つめる。見つめること数分間。

 

 何も起きなかった。俺は無駄な努力をしているのかもしれない。

 

 しばらく考えていると、理由にひとつ思い当たる。俺は生の米の情報は記憶したけど、炊けた米の情報は記憶していないのではないか。

 惣菜コーナーには弁当とかおにぎりとか冷凍食品の米とか、正確にはもう食べられなくなったそれらの残り物はあったはず。でも情報としては弱い。炊きたての米とは違うからな。

 

 完成品の情報は完成品からしか得られないのだろうか。それはそう……いや、なんかあったような気がする。なんだっけ……。

 

 そうそう、モニクは俺がビール好きだということを知っていた。アパートの記憶を読んだとか言ってたな。『場所』にもそこで起きたことの記憶が残るのだろうか。

 地縛霊みてーだな。幽霊とかはいません。

 

 実際いないのかもな。地縛霊の正体が場所に残った記憶とかだったら、それは死者の魂そのものではない。俺には関係ねー話だけど。

 ……そうかな? そうでもないかも。

 

 調理場から食堂を見渡す。

 全体の情報を過去に遡って読むことをイメージする。

 

 最初に飛び込んできたのは、モニクと食べた朝食のイメージだ。屋上で食べたメニューの情報が流れ込んでくる。もしかしたらこの記憶を使えば……。だが、それでは終わらなかった。

 その前に食べたメニュー、またその前と、ここ数日間で食べたものの情報が、新しい方から順に次々送り込まれてくる。魔力がずるずると吸われるように消耗していった。

 記憶は更に遡った。大災害よりも前、従業員食堂が営業していた頃。一日何十食、あるいは百にも達しようかという食事の情報……過去に遡っても同じメニューが重複して繰り返され――

 

 俺は魔法の発動を止めた。

 

 情報量が多すぎて魔力が尽きるところだった。いや実際には、食品売り場の在庫で賄った俺の魔力量はそう簡単には尽きない。が、ちょっとシャレにならない割合を持っていかれるところだった。

 この魔力は食料再生産に使うべきもの。情報で枯渇させるのは手段と目的を履き違えていることになってしまう。

 

 分かったことはいくつか。まず情報や記憶を読むのに、魔力化とか異空間への出し入れとか必要なかった。あれはついでに行われているだけだった。

 それから情報を読むのに必要な魔力はさほどでもないが、場所の記憶を読もうとすると膨大な魔力が必要になる。塵も積もればというやつだな。

 

 あと、食品の記憶しか読めなかった……。なんかこう、その場に居た人々の記憶とか、もっとこうなんかないの?

 理由は多分、元々食品の記憶を見たくてやったことだから。あと食品以外の情報も読もうとすると多分魔力が枯渇する。自動的にストッパーがかかったのかもしれない。

 

 望むことしか出来ない。スペックの及ばないことは不可能。魔法の原則通りだな。

 だが、これで材料は揃った。

 

 数分後、俺の目の前では茶碗に盛られた炊きたての白米が湯気を立てていた。

 箸でひと口食べる。

 大型の業務用炊飯器で炊いた米って美味いんだな。外食で食べる米は、実際は炊いてからそれなりに時間が経っている。だからだろうか。食堂の記憶から再現されたこの米は、普段外で食べるそれよりも美味に思えた。

 単にここに辿り着くまで散々苦労したせいかもしれんが。

 

 次にたまごを召喚する。召喚されたたまごの情報を読み取ると、出荷直後の新鮮な状態であることが分かる。震える手で器にそれを割り入れると、軽くかき混ぜて醤油を垂らす。

 更にそれを米にかけ、また少しかき混ぜてからひと口食べる。もう食べられないと思っていた生卵の旨みだ。醤油の塩辛さとご飯の甘みに最高に合う。そのままがつがつとかっ込んだ。

 

 次に食堂のメニューをひと通り召喚して再現した。

 味見と魔力化を繰り返し、全てのメニューをマスターしたことを確認する。

 俺は深い達成感に包まれた。

 

 本来の目的を忘れているような気がしないでもないが。

 

 

 

 

「その結果生み出されたのが、この料理というわけか」

 

 夜。帰ってきたモニクに食堂のメニューを渡して食べてみたいものを聞いたところ、生姜焼き定食を指差したので召喚してお出しした。

 

 あのモニクが唖然とした顔でそれを見つめている。

 

 ヤバい。これは呆れられているのかもしれん。ヒュドラ生物と戦うために魔法のトレーニングをしていたのではなかったのか。自分を問い詰めたい。

 

 だがモニクは普通にそれを食べ始めた。

 黙々と食べている。

 食べ終わるまで、場を沈黙が支配する。

 

「ごちそうさま。とても美味だった。どうやらこれは、この食堂で日常的に作られていたメニューをほぼ完全再現したものであるようだ」

 

 俺は黙って頷く。

 

「なるほど。生物創造とその発生規模には及ばないものの、確かにこれはヒュドラ魔法の延長線上にある発想だ。ボクは古今、これほどまでに馬鹿げた――いや失礼、一方向に尖った魔法にはお目にかかったことがない」

 

 褒められてる……のかな?

 

「料理魔法というものが何故発展しなかったのかといえば、作ったほうが早いからだな。魔法で再現するほうが難しい。だがそれは戦いにおいても同じ。魔法で敵を倒そうとすれば、普通に戦う以上の労力がかかる」

 

 それはなんとなく想像が付いた。俺も大災害前の普通の世界だったら、魔法をこんなことに使おうとは考えなかっただろう。また戦闘に関しても、バールや手斧を魔力で操るくらいなら普通に振り回したほうが早いと思う。

 

「それでも無意味ということはない。この料理を魔法なしで、今この街で作るのは不可能だろう。戦いに於いても、魔法でなければ難しいことはある」

 

「水とか?」

 

「水か。水はヒュドラ生物の直接の弱点というわけではないから、運用は少し難しいだろうな。ボクの場合は斬ったほうが早い、ということになって上手く助言できない。ヒュドラとボク以外に、人間の指南役もいればよかったのだが」

 

 一流の選手と一流のコーチは違うっていうしな。

 モニクほどの強者だと、そりゃ凡人の指導は難しいか。

 戦い方を聞いても、あのクソ重そうな大剣を片手で軽々と振り回すところから始まりそうだ。

 全く参考にならない……。

 

 いや、モニクは悪くない。これだけの恩を受けて、これ以上何を求めるのか。

 これは俺が自分で解決しなければならない。

 

 モニクに挨拶をして別れ、部屋に戻って布団に寝転ぶ。

 明日以降の訓練方法について考えを巡らせる。

 

 大剣か……。

 あれくらい重そうな武器でも、一回攻撃するだけなら俺にも使えないことはない。

 予め戦場に配置してあったらどうだろうか?

 武器ってのは、敵に奪われて使われる危険性も心配しなくてはならないものだ。

 だが少なくともアオダイショウにはその心配は不要だろう。

 

 人間の手本といっても、人間の魔法使いを見たことがないからな。

 でも少しだけ話には聞いた。気になったこともあったはずだ。

 ヒュドラの能力を《眷属召喚》と呼んだのは人間の異能持ちだという話。

 名前。現象に名前を付けることで対象を理解すること。

 不可思議なものも恐ろしいものも、名付けて理解することで近しいものになる。

 

 なら、俺も自分の能力にもっと名前を付けるべきか?

 

 奪った命を自分の力にする《継承》。

 食べ物を魔力に変換する《魔力化》。

 食べ物を再生産する召喚……これはちょっと保留で。

 異空間にものを出し入れする力。これは《収納》だな。

 記憶と情報を読み取る力。《鑑定》。

 

 名前を付けると、よりスムーズに力を行使できそうな気がする。

 さて、召喚はどうするか……。

 

 生物を創造するヒュドラが《眷属召喚》なら、俺も具体名を付けるべきか。《食料召喚》? でも俺は多分、大量の食料を同時召喚できない。業務用炊飯器ですら無理だったのだ。

 あと再現できるメニューも自分に馴染みのあるものじゃないと無理な気がする。具体的には高級な料理とかは無理そう。貧乏舌だしな。食堂のメニューはセーフだった。

 

 んー。《低価格帯食料召喚》。言ってて悲しくなる。

 他に言い方……インスタント……ジャンクフード……これかな?

 よし、《ジャンクフード召喚》と名付けよう。アホっぽいけど技名を叫んだりするわけでなし。他の人にはバレない。俺が認識しやすい名前ということが大事だ。

 

 ジャンクフード召喚。うん、なんか無限の可能性を感じる。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。