終末街の迷宮   作:高橋五鹿

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第19話 繋がる世界

 翌朝起きると、モニクが食堂でちょこんと座って待っていた。

 メニューに書かれているトーストとオムレツ、サラダのセットを所望された。

 ……気に入って頂けたようでなにより。

 一緒に朝食を食べると、それぞれの用事のためにそこで別れた。

 

 俺の考えた課題のひとつは水を召喚する魔法についてだ。

 戦闘に用いるなら、完璧にコントロールしなければならない。

 

 三階に降りると、歩きながら少量の水を召喚しようと……ん? 召喚?

 召喚ってことはこれも《ジャンクフード召喚》に含まれるのか?

 そう考えた途端にイメージがずれて魔法の発動が止まる。

 

 アホな名前を付けた弊害が早速発生した!

 名付けて形を定めるということは、扱いやすい、身近になるといったプラスの効果だけではない。

 名付けることで超越者の恐ろしさを緩和するという行為。これは相手にとってはマイナスの効果だ。つまり名付けるというのは『呪い』でもあるわけだな。

 

 俺は名付けることによって、自分で自分の能力の幅を狭めてしまったのだ。

 無限の可能性とか言ってた昨日の俺を引っぱたきたい。

 

 落ち着いて考えろ。

 そもそも俺は召喚魔法を、食料を得るための手段として認識してしまっている。

 水は食料に含まれるかもしれないが、戦闘に用いようとしている時点で俺の召喚魔法からは『望むこと』がズレてしまっている。

 

 始めから無理があったのだ。

 水魔法は水魔法として、独立して運用されなければならない。

 

 周囲の空気を《鑑定》する。

 ヒュドラ毒を含む大気だ。しかしそれだけではない。

 湿気。この大気中にも水分は存在する。ヒュドラ毒の弱点が水とはいっても、湿気くらいではどうにもならない。

 

 俺は周囲の水分を集めるイメージを構築した。

 ペットボトル一本分ほどの水が瞬く間に眼前に集まり、周囲の空気が僅かに乾燥するのを感じた。

 なんだ、やれるじゃないか。《水魔法》。

 

 周囲の水を集めては霧散させたり、ときどき失敗して床にぶち撒けたりを繰り返しながら館内を歩いた。この能力はこれから常に練習していく必要がある。消費魔力からすると、四六時中実行していてもあまり問題はなさそうだ。

 

 それに後から気付いたが、集めた水を食品として《魔力化》できてしまった。魔法は体力や精神力も消耗するので永久機関というわけにはいかないが、少なくとも魔力切れの心配はほとんどなくなったことになる。

 

 家電ショップに用があるのだが、電化製品に水をかけてしまうといけないと思い、しばらく練習してから向かった。

 

 家電ショップに着くと、とりあえずその辺の商品を《鑑定》する。知識としては理解できないが、その情報は流れ込んでくる。過去に遡って記憶を読むことでもしない限り、魔力消費はさほどでもない。

 

 食料の次に切実なのが電気だ。ソーラーパネル? あいつは今も元気に館内の非常灯を輝かせている。水道ポンプとかも多分あいつのおかげで動いてる。感謝してる。それはそれとしてネットが使いたい。

 

 しかし商品の情報を読んでも、それだけで使えるイメージが湧かない。電気の代わりに魔力でなんとかならんか、と思ったのだがならんかった。

 次はソーラーパネルの方を見てみるか。

 

 屋上に戻って太陽光発電システムの情報を読む。

 

 その結果、ずっと不明だった電力供給場所が明らかになった。

 普段使ってる食堂や宿直室からは離れているが、バックヤードの開かずの扉の奥にその区画はあった。

 問題はどうやって入るかだが……。

 

 扉の鍵の構造は情報としてすぐに鑑定できた。

 だけど俺は盗賊ではない。構造が分かっても針金で開けられるようなものではない。

 

 以前より身体能力が上がってるのだから壊したほうが早いか?

 難しそうだな。なるべく手間がかからない方法がいい。

 壁を通じて内部を鑑定したところ、窓が開いている場所があることが分かった。

 窓を割るのはあんまりやりたくない手段なので助かる。

 

 四階の上の屋上に登り、上から侵入するのは今の身体能力なら楽勝だった。

 中に入ると、まずは閉まっていた扉の鍵を内側から開ける。

 その後内部を調べに行く。

 

 ここは、このショッピングモールのオペレーションセンターであるようだ。

 普通の会社みたいな事務所。それに太陽光発電システムの設備もある。

 停電時に使う非常用コンセントが何箇所かに設置されていた。

 

 非常用コンセント……つまり俺が以前、普通のコンセントが使えないかどうか、半日かけて探し回っていたのは全くの無駄だった。

 人間は愚か。

 

 ネット関係の機器やPCをつなげてみる。ネット開通……ならず!

 まあそうだよな。封鎖地域の端のほうならまだしも、ここはど真ん中だ。

 地元の通信事業者もやられてしまっているだろう。

 

 コンセントが使えるならそれだけでも大進歩だ。

 屋外用のドラム型延長コードがあったので、それを食堂まで引っ張っていく。

 でもいきなりコンセントが増えても急に使い道が思い浮かばん。

 肝心のネットが死んでるのではなー。

 

 仕方ないので平べったい時計ことスマホを充電しておいた。

 

 充電が済んで電源を入れた途端、なんとスマホが使えるようになった。

 え? なんで?

 通知が山のように更新されている。

 110番にかけてみた。通じない。あ、電話は無理なのね。はい。

 

 理由を考える。普通は交換局だか基地局だかが死んでたらその地域でネットは使えない。でも各通信事業者は災害時用の、広範囲に電波を飛ばせる基地局を備えているはずだ。

 

 災害発生時はヒュドラの影響かなんかで電波という電波が使用不可能だったが、今は近隣地域からの電波でラジオもスマホも使えるということか?

 そして電話だけ使えんのは何故だ。単なる端末不具合だったりしてな。

 

 それはそれとしてなんだこの大量の通知。また炎上でもしたのか?

 

 だが届いていたのは罵詈雑言ではなかった。

 SNSにおける山のようなフォロー通知と数々の応援リプライである。否定的な言葉がほとんどない。興味本位の質問も大量にあるが、俺の状況を信じている前提のものが多い。そしてそれに劣らぬ量の励ましの言葉。

 なんでだ? なにがあった?

 

 あと長いこと発言してなかったので、俺が死んだ前提で話している者も多い。ああ、そりゃそうなるな……。こうして生きてるのでお悔やみの言葉はまだ早いんだが、これも感謝するところではあるよな?

 うーん、全部チェックするの難しいから、アパート壊された日くらいまで遡ってリプライ見てみればなんか分かるか?

 

 その結果、次のような事実が明らかになった。

 

 五月十五日、俺はショッピングモールでゲームセンターの電源を復旧し、色々なゲームを適当に遊んで帰った。その中にはオンライン対戦ゲームもいくつか含まれている。

 対戦相手の情報、といっても俺はユーザー登録をしていないのでゲスト扱いなんだが、それでも一部の情報は相手にも表示される。

 

 それは、ゲームの対戦相手が日本全国のどのゲームセンターからアクセスしているか――

 つまり『店名』が表示されるというものだった。

 

 この店名というやつは、機種によって後から設定変更できるものもあるらしい。だから、どっかの関係ない店舗が悪戯で他所の店の名前を騙ることも可能な場合がある。それによるトラブルを防ぐために初期登録から簡単には変えられない場合もある。

 基本的にユーザーには知らされない情報だな。

 

 俺が封鎖地域内のゲームセンターで遊んでいることに最初に気付いたのは、そのときの対戦相手の一人だった。その人は店員にその話をし、ネットでもその話をしたが最初は悪戯だと思っていたらしい。

 

 だが、その封鎖地域には現在絶賛炎上中の自称生存者が居るのだとすぐに知ることになった。

 この話は同じ対戦ゲームのユーザーという、ある意味狭い、しかし人数の多いコミュの中で静かに広まっていく。

 

 あのショッピングモールのゲームセンターに遊びに来たことがある有志の手で、店内にある筐体の種類がリストアップされていった。俺はそのとき既にネット不通状態だったのだが、俺のアカウントに直接質問する人は少なかったらしい。

 

 彼らはなんというか、人道的な理由ではなく面白半分で、俺の言っていることが事実なのか嘘なのか、妙な方面から徹底的に調べ上げようとしていたのだ。

 

 まあ、分からないこともない。

 別に彼らに限らず、死亡必至の危険地帯の中に生存者が居るかもしれないということに面白みを感じて、俺を話題にする者は結構いた。その好奇心は俺の助けになるかもしれないのだから、感謝こそすれ文句を言う気は全然ない。

 

 そして、リストに記された他の対戦ゲームのユーザーからも証言が挙がってきた。

 他にも気付いていてゲーム画面の写真を撮っていた者。

 当時は気付かなかったが公式サイトから対戦ログを確認したら店名が出てきた者。

 どこの店なのか把握はしてなかったが、店名はしっかり覚えていた者。

 

 最後のは、俺のプレイが重大なマナー違反だったらしくめっちゃキレていて、「店名覚えたぞコノヤロー」とか言ってたらしい。

 そんなことがあったのか……大変申し訳ない。

 防御固めてじっと待つのってあかんかったの? まあダメなんだろうな。

 どのゲームのことかすぐに分かってしまった辺り、俺もあの戦い方はないなって自覚がなくもなかった気がしないでもない。

 

 この騒ぎは各ゲームメーカーの知るところになった。

 ただしこんなご時世なのでメーカーからのコメントは控えさせてもらいます的な対応だったそうだ。

 でもそのうちの一社の広報アカウントの人が、『封鎖地域内の店舗からアクセスされているのを確認しました』とかポロッと言っちゃったそうなんだよな。

 現在ではその発言は削除されている。

 アカウント自体は存続しているが、中の人は変えられているのかもしれない。そうだとしたらなんかすまん。

 

 そんなわけで、ネット上のアーケードゲーマー内では――

『スネークが本物の封鎖地域内生存者(であったら面白い)と思う派』

 というよく分からんクラスタが発生していた。

 

『スネーク! なにやってんだ。早く帰ってこい』

『無事を願っています』

『噂の女子高生と思って見に来たのに別の封鎖地域じゃん! スネークはJKじゃないの?』

 

 まあそのなんだ。最後の奴。気持ちは分かる。

 でも内緒だけどな、この地域にはJKどころかマジもんの女神が居るんだぜ。

 

 ありがとう皆。世界復興したら俺もゲーセンで金落とすわ。

 そのために、今は俺に出来ることをするよ。

 

 さて、今すぐ生存報告をすると通知で埋まってしまいそうなので、復旧したスマホの有効活用を優先させる。

 

 なんでもいいからもっと敵の情報や戦いのヒントがほしい。藁をも掴む気持ちだ。

 俺はフォロワーの一覧を開き目当ての人物を探す。

 

 滅茶苦茶増えてんなフォロワー!

 元々はちょっとしかいなかったからな。あいつはもっと最初の方に居るはずだ。画面をひたすら下にスクロールする。

 

 居た!

 

 そいつをフォローしてダイレクトメッセージを送る。

 

『先日は返事できなくてすいません、エーコさん。お伺いしたいことがあります』

 

 水魔法の鍛錬をしながら待つこと数十分。

 エーコからDMの返事が着た。

 

『無事だったんスねスネークさん! 返事とかは気にしないでくださいッス。調子はどうッスか?』

 

 なんだかいい人っぽいなこの人。詐欺師の才能がありそう。

 

『調子はぼちぼちです。敵との戦い方を教えてほしくて連絡しました。よろしければなにか教えてくれませんか? 手斧は用意しました』

 

 書き込み中表示が出てしばらくそのままだ。返事を考えているのか。

 

『スネークさんの特技を教えて下さいッス』

 

 特技?

 正直に書いたら頭おかしいと思われないか?

 ……いや。こっちは真剣なんだ。駄目元でもいい。

 

『えと、なんのことか分からなかったらスルーしてほしいんですけど、まずは猛毒耐性。それから敵の力を奪う魔法、食料の魔力化、元に戻す魔法、収納、鑑定、最後に水の魔法。平均より体力はあると思いますが武道の経験とかはないです』

 

『ええええっ!? それすごくないですか? それだけあれば手斧とかいらなくないですか?』

 

 なにこの反応。ていうか『~ッス』ってカタカナに変換するのを忘れてるぞエーコ。

 

 もしこのエーコが封鎖地域の真実を知る人間だったら、異能持ち関係者なのかもしれないと思ったんだが……。

 やっぱりそっち側の人間だったか?

 

 いやいやまてまて。普通に考えて、たいへん失礼ながらおかしい人である可能性のほうが遥かに高い。あんま期待しないでおこう。

 

『いや、手斧は必要だと思います。魔法はまだ米を炊くくらいしかできないので』

『米?』

『米』

『すいませんッス…意味がよく分からないッス』

『米はライスです』

『いやそうじゃなくて。炊飯器じゃダメなんスか?』

 

 コミュニケーションへたくそか俺は。おかしい。接客バイトだから普通に喋れるし、そりゃ友達はいないけど、ネットじゃ空気読めるほうだって自分では思ってたんだけど。

 自信なくすわ。

 

『インフラ止まってたので。敵の力を奪ってもそれ以上に強い敵がいます。空気中の水分を集めたりはできるんですけど、有効活用する方法はまだ思い付いていません。魔力化と元に戻す魔法は食料確保に。鑑定は米の記憶を読むのとかに。収納は全然使ってません』

 

『米の記憶って何!?』

 

 会話へたくそか俺は。今、魔法を使った美味しいお米の炊き方について論じてる場合か。

 

『すいません今の無しで。とにかく魔法攻撃とかはできないんです』

『あ、はい。ところで』

 

 いったん切ってからエーコは続ける。

 

『スネークさん、その封鎖地域からずっと出られなかったんスね…。川と海に囲まれて橋は封鎖。陸路にはダンジョン。そっか、気付けなくてごめんなさい』

 

 ……他の封鎖地域って結構が出入りがガバガバなんだな。地続きだとそんなもんなのか。

 俺は最初から救助要請をしてたはずなんだが。その気になれば簡単に脱出できると思われていたのかもしれない。買い被りだ。

 

 ところでなんか、この人めちゃくちゃいい人っぽくないか?

 おかしい人である可能性が高いとか思っててごめん。いや、依然としておかしい人である可能性は残ってるんだが。

 

『ヒュドラ毒の弱点が水なのは知ってるみたいッスね』

 

 …………!?

 

 前言撤回。この人は本物だ。

 

 おかしい人なんかじゃなかった。

 同じ敵と戦う味方はモニクだけじゃなかったんだ。

 

『はい』

 

 とりあえず返事をする。下手に口出しをせず、まずは相手の意見を聞いてみよう。

 

『水魔法は特効ッスよ。水が出せるだけでも全然違うッス』

 

 俺はスマホの画面を凝視して、エーコとの会話を続けた。

 その会話を終えると、SNSに生存報告をする。

 

『生きてる。封鎖地域が停電して通信の手段がなかったけど解決しました。返事はしきれませんが、皆様の言葉には感謝してます』

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