終末街の迷宮   作:高橋五鹿

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第二章 つるぎの街のエーコ
第21話 とりあえず生


 目の前には凍り付いたジョッキになみなみと注がれた黄金の液体が、クリーミーな白い泡を立てている。

 

 そう、生ビールだ。

 俺は違いの分からない男である。

 ビールの銘柄は高いヤツが好きだが正直雰囲気に流されているだけともいう。

 

 そりゃあある日突然発泡酒に切り替えられたら、味の薄さと微妙な酸味、なんともいえない後味に首を捻ろうというものだが、多分何日か飲んでいれば、そういうものだと受け入れてしまう自信がある。

 

 ビールも本当はそんなに冷えてなくて、且つ注ぎ方にこだわったほうが美味いという。

 実際そういうこだわりの店で飲んだビールは美味かった。

 でも滅多に行けないしな。そういうところは。

 

 そういうわけで、近所で飲むなら凍り付きそうな温度の生ビールがジョッキに注がれていれば大満足だ。

 中身はまあ……売れてる銘柄のヤツはだいたい美味い。

 

 無人の中華料理チェーン店のカウンター席で、俺はそれを喉に流し込んだ。

 冷たさと麦の香り、炭酸の暴力が口腔内を襲い、瞬く間に喉を通り過ぎていく。

 

「ぷはぁーっ」

 

 生ビールを飲むなどひと月以上ぶりだ。

 最高に美味い。

 

 ところで俺がなんで、こんなところでひとり飲んでいるのかといえば。

 例のアオダイショウを倒すという目的を達成したので祝杯を上げているわけだな。

 

 モニク?

 モニクはなんか調べたいことがあるとかで今日は帰らないらしい。「今日くらいはゆっくりしたらいい」と有り難いお言葉を頂いた。

 

 今日の戦いはモニクという師を得ることで勝利できた。

 その祝杯の席にモニクが居ないというのは、普通はがっかりするところなのかもしれないが、俺には特にそういう感覚はない。

 

 俺からすれば神様みたいな人だぞ。

 むしろ一緒に祝杯を上げてくれるほうが違和感あるわ。

 もちろん一緒にメシを食うのは嬉しくはあるが、多くは望まない。

 恐れ多いからな……。

 

 さて、ゆっくりしろと言われたのだが、結果としては半ば修行みたいになってしまった。

 

 あの戦いの後、俺は雨が降るなか駅前へと向かった。《ジャンクフード召喚》の真価を試すのにショッピングモール内の食堂やフードコートでは少し力不足だからな。レストラン通りみたいな場所もあるが、あれは逆にちと難易度が高い。

 

 この魔法の主戦場は駅前にこそある。

 

 まず目についたのは牛丼屋だ。大災害の後、最初に入った外食屋でもある。

 代表的なジャンクフードというとハンバーガーを思い浮かべる人のほうが多いだろう。

 が、普段からジャンクな食生活だともう少し主食寄りのものが多くなるのではないだろうか。個人の感想です。

 

 だが牛丼はまた今度にしよう。

 何故なら今日は飲みたいから。

 牛丼屋だとおつまみの種類が少し心許ない。そういうのに力を入れている支店もあるらしいが、ここは普通のメニューだったはずだ。

 でもいつか、俺の魔法で復活させてやるからな……。

 

 次に中華料理チェーン店が目に入る。

 ハンバーガーや牛丼に負けず劣らず、激安チェーン店がしのぎを削るイメージの強いジャンルだ。気軽に食ってよし、ゆっくり飲んでよしという隙のない構え。

 

 よし、今日はこの店を復活させよう。

 

 俺は《魔力化》で、中華チェーン店を含む周囲一帯の食料品を消失させにかかった。傷んだ食料を消失させるには魔力コストがかかるが、未だ無事な保存の利く食料もかなりの量がある。

 それらの無事な食料を変換した魔力でほとんどプラマイゼロだ。それに今は雨が降っている。水を魔力に変換できる俺に魔力切れという言葉はない。

 

 しかし疲労はする……。

 

 そもそもアオダイショウ戦の時点で体力を消耗しまくっていたのを忘れていた。

 戦闘で興奮した状態だったから誤魔化されてたんだな。

 少しフラつきながら店内へと入る。

 

 腐敗臭などはしない。相変わらず《魔力化》の消臭効果は凄まじい。

 まあ食料由来の匂いしか消せないんだけど。

 

 さて、次にすべきことは……。

 そうだ、店の記憶を読むことだった。実はこれが一番魔力を使う。魔力は充分だが、果たして体力と精神力がもつか?

 これを乗り越えなければメシが食えない。頑張りどころを間違えた気がしないでもないが、今更後には引けないとばかりに《鑑定》を発動させた。

 

 店内の記憶はあっという間にひと月前まで遡った。

 俺が場所の記憶を読むのは食べ物限定……というわけでもないのだろうがほぼ自動的にそうなる。この店の時間は、ある意味ひと月の間止まっていたのだ。

 

 そして更に一日の時間を遡り――ストップ、一日で限界。

 従業員食堂の比ではない量の食の記憶を読み込んだ。さすが駅前店……。

 一日分の記憶で多分全メニュー制覇しただろう。

 ようやく準備が整った。

 

 俺の《ジャンクフード召喚》は場所に大きく左右される能力だ。

 ショッピングモールにあったバックヤードの従業員食堂。そこのメニューはその場所でないと召喚できない。

 だが食品売り場の食料は店の外でも召喚できる。

 

 これは俺の『思い込み』が魔法に大きく作用しているからだ。

 いずれは場所を選ばずに召喚できるようになるかもしれないが、この『思い込み』の壁を越えるのはかなり難しそうである。鍛えればどうにかなるというものでもないからな。

 

 だから――

 

 生ビールを飲みたければ、生ビールを出す店舗に来るしかない。

 

 店の調理場からジョッキや食器類をカウンターへと運んだ。この辺のブツは俺には生成できない。後で《収納》しておくとして、必要な分は予め用意しなければならない。

 

 氷は割と簡単に召喚できた。氷だって食料のカテゴリに入るからな。ただ戦闘には使えないと思う。

 ジョッキの表面に極薄の氷の層を召喚、魔力化で消失を繰り返しキンキンに冷やしていく。

 

 そしてついにビールだ。どうやって注ぐ? 空中に召喚して落とす感じか?

 いや……。

 

 俺はジョッキに注ぎ終わった状態のビールをイメージすると、そのまま召喚した。

 

 そして今、半分くらい一気に飲んだわけだが最高だな!

 ここまでエラい苦労したからな!

 めちゃくちゃ魔法の修行した気分なんだが……。

 

 おっと、つまみはどうするか。とりあえず三種盛りかな。

 目の前に小さめの皿を置くと、チャーシュー、メンマ、味玉の盛り合わせを召喚する。量は控えめだ。

 

 メンマから口に放り込む。しょっぱさとコリコリした歯ごたえ。身体が塩分を求めている。ビールで追う。久々の感覚だ。

 そしてチャーシュー。チェーン店ならではのチープさもまたよし。冷えてねっとりとした脂身も、噛むと口の中で溶けて甘みへと変わる。濃い味付けとそれに塗りつぶされたささやかな肉の旨み。ああ、やはり肉は偉大だな。ビールが進む。

 味玉。自分じゃ面倒で作らないヤツだ。その手間隙の分だけ旨みがある。タレの味が染み込んだ半熟のたまごは何故こんなに美味いんだろうな。ジョッキが空になった。

 

 一杯目のビールに合わせるには完璧なおつまみ。だが空腹を満たすには程遠い。

 二杯目のビールとともに、次は焼き餃子を召喚した。

 

 ビックリするほど安いよな、チェーン店の餃子……。

 俺は金銭というものに縁が無くなって久しいが。

 この言い方だと単なる貧乏みたいだな?

 

 ラー油に酢、そして醤油を入れようとしたところで餃子のタレなるものがあることを思い出す。カラの容器の内部に召喚した。醤油の代わりに注いでみる。これは後で収納して持って帰ろう。

 

 タレを付けると餃子を頬張る。皮を噛み破ると熱い餡の熱と香りが広がる。ハフハフいいながら味わい、そして冷たいビールをゴクゴクと飲む。

 くう~、このチープな味わいがまた……と言いたいところだが、そのチープな値段の餃子で俺の記憶はほとんど塗りつぶされてしまっている。餃子の味といえばもはやこれがスタンダードだ。

 いや一応、少し値段がお高めでびっくりするほど美味い餃子というのも、食べた記憶はあるにはあるのだが……どんな味だっけ……?

 

 すっかりビールと餃子を堪能するとメニューを眺める。

 次はハイボールでも飲むか。

 つまみにふさわしい一品料理も色々ある。楽しみは尽きないな。

 

 少し胃も落ち着いたので、食べ物以外のことを考える余裕も出てきた。

 

 やっぱりモニクにも色々ご馳走したい。今度リクエストに応えてどこかの店を復活させるのもいいかもしれない。

 あまり俺に馴染みのない感じのメニューは、多分召喚できないと思うが……。

 

 そうだ、エーコにも礼を言っておかねばな。ポケットを探った。

 そうか……スマホは置いてきたんだったな。

 

 一度そう考えてしまうと、早くお礼のメッセージを送りたいという気持ちが心を満たす。

 善は急げというが、何事もぐずぐずしていたら間に合わないという可能性は大いにある。

 俺は――いや、今の地球に生きる人類は、明日どうなるかも分からないような状況なのだから。

 

 テイクアウト用の容器を見繕った。

 一歩外に出れば、この店の料理を召喚するのは俺には無理だろう。

 でも店内で持ち帰り用のメニューを召喚するのは普通に出来た。あとはそれを収納して、帰ってから飲み直せばいい。

 

 酒は普通持ち帰れないのだが、ジョッキに注いだものを収納するという荒業で何杯か確保した。

 生ビール以外は食品売り場のものを召喚しても同じなのでは?という気がしないでもないが気分の問題である。

 武器は咄嗟に出せるかどうかが怪しいので手斧は装備しているが、バールは邪魔なので収納した。

 今考えるとスマホも収納しとけばよかったな?

 

 手ぶらで外に出る。

 

 雨はすでに上がっていた。

 店の周囲を包囲していた鳥や小動物のヒュドラ生物たちが、ザアっと一斉に逃げていく。

 

 凄い速度である。

 包囲されているのは気付いていたが放置していた。

 アオダイショウの命を《継承》した俺は、地上のヒュドラ生物程度ならもう敵ではないらしい。

 

 ほろ酔い気分でショッピングモールに帰ってきた。

 部屋に置いたスマホを回収すると食堂へ。

 ハイボールを《収納》から取り出すとひと口飲む。炭酸とアルコールの刺激がじんわりと広がる。馴染みの場所で飲む酒もまた美味い。

 つまみに春巻を取り出した。一品料理も食べたかったが、それはまた今度行ったときにしよう。家だと手軽に食べられる点心系が気楽でいい。

 ひと口かじる。サクサクとした衣と、味の濃い餡の組み合わせが心地よい。ハイボールとの相性も良好だ。

 

 SNSのDM画面を開くと、エーコにメッセージを送る。

 

『自宅周辺に出没していた大型ヒュドラ生物を駆除できました。エーコさんのおかげです。ありがとうございます』

 

 うむ。こんなもんでいいだろう。これで気分良くゆっくり飲めるな。

 二杯目のハイボールと二枚目の餃子を取り出す。今度は酢に胡椒をたっぷり入れたシンプルな味付けで食うか。ラー油とはまた違った刺激で新鮮に楽しめる。

 

 ジョッキの中身と餃子が半分ほど減ったところで、エーコから返信があった。

 

『おおー、おめでとうございます! 地上に出没する中ではかなりの強敵だったと思うんスけど、次はいよいよダンジョンッスか?』

 

 ダンジョンか……。

 俺や人類が安心して明日を迎えるには避けて通れない問題だ。

 

 以前の俺なら、他人任せにしてしまいたいと思うのが本音だっただろう。

 しかしモニクが関わってる以上、俺だけ逃げるという選択肢はない。

 また、仮にモニクが去ってしまった場合、この街で頼れるのは自分自身しか居ない。

 

 どう転んでもやるしかないのだ。

 座して死を待つくらいなら、自分から積極的に地下迷宮を埋め立てに行ってやる。

 

『そうですね。調査しに行こうと思っています。なにか注意すべきことはありますか?』

 

『なにが起こるか分からない場所ッスからね。あえて言うなら全部に注意してください。ただ、ダンジョンは魔法の産物なので、あらゆる不測の事態も魔法で対応可能、とも言えます』

 

 ふむ、貴重なアドバイスだ。状況を打開することを望み、自分の力を疑わなければ危険も乗り越えられるということか。

 

 それはそれとして、喋り方がブレてるぞエーコ。

 やっぱり普段の後輩口調はキャラ作りなんだな。ちょっと微笑ましくなった。

 

『分かりました。明日早速行ってみますね』

『深入りは禁物ッスよ。無理せずこまめに帰還して下さい。スネークさんの地域のダンジョンがラスダンだっていう説もあるくらいッスから』

 

『ありがとう。また報告します。お休みなさい』

『お休みッス』

 

 ……ラスダン。

 つまりラスボスが居るダンジョンってことか。

 

 その予感は前からあった。超越者モニクが自ら調査する地域だからな。

 エーコもそう思っているということは、なんらかの根拠があるのだろうか。

 あとモニクの存在って他にも知ってる人がいるんかな?

 俺は自主的に他言しないようにしているだけだが。

 

 魔女狩りの例を挙げるまでもなく、異能持ちも超越者も、世に知られたところでロクなことにはならないだろうからな。

 まあ俺に関しては手遅れというか、封鎖地域内生存の可能性がある人物として一部では有名になってしまった。

 人前に出るつもりはないからまだセーフ。セーフだよな?

 

 焼酎ソーダ割りをちびちびと飲みながら、その日の夜は更けていった。

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