二日酔いの頭を抑えながら、俺は駅前通りを歩いている。
昨日は少し飲みすぎたか。破毒の異能はマジで弱毒には効果が無いらしい。
今日から六月である。
俺にとって昨日は自宅とバイト先の仇を討った日なわけで、少しくらい羽目を外すのも仕方ない。
駅を通り過ぎて北へ進むと、段々と街の廃墟化が顕著になっていく。地面に穴を開けた際に崩壊してしまった建物も見受けられる。
建物や地面がより荒れている方を目指して歩く。
目的の迷宮入り口は、北の街境の川近くにあった。
大型のマンションにアーチ状の穴があいている。凱旋門を連想した。
その下の地面に地下への入り口があるのだ。
なんだろうなこれ……上のマンションはなんか意味あんの?
と、考えたところで、「雨除けの屋根代わり」ということに思い至った。
ああ、防水結界だかなんだかがあるって話だけど、穴の真上から水降ってきたら落ち着かないよな。
連中も苦労してんだな。
「もう来たのか、アヤセ」
先客がいた。モニクである。
モニクは俺になにも強制しない。
訓練も探索も、全ては俺の自主性に任されている。
その一方で、俺になにか期待していることもあるはずだ。
そのなにかは教えてくれないし、俺もまだ聞いていないのだけれども。
「しばらくゆっくりしててもいいと思うぞ?」
「いや、どうせヒマだし。それにもっと強い敵が出てきてから後悔しても遅いからさ」
ここに来るまでに結構な数のヒュドラ生物に遭遇したが、皆逃げて行った。
これでは《継承》による成長は望めない。
追いかけて倒すことも可能だが、弱いものを狩ってもあまり得るものはないだろう。
いよいよ地下迷宮に挑むべきときが来たのだ。
モニクはアーチ状の入り口のそばで空中に手をかざした。
「ここに侵入者を防ぐ結界が張られている。アヤセならば問題ないと思うが、一応気を付けて通ってみてくれないか?」
俺なら問題ない?
なら何を通さない結界なんだろうか。普通の人間はどうせここには来られないはずだが。
いきなり前進して顔をぶつけるのも嫌なので、手をゆっくりと前にかざした。
確かになにかがある。《鑑定》によれば高度な防御壁であろうことがなんとなく分かる。
だが、俺の手はあっさりとそれを素通りした。
恐る恐る歩いて進む。全身すんなりと結界内に入ってしまった。
なんだこれ? なんか意味あったの?
「やはりアヤセなら入れたか」
「ん?」
その言い方。もしや――
「ひょっとしてモニクは」
「そう。ボクはこの街の地下迷宮に入ることが出来ない」
…………。
そういうことか。
何故モニクが入れないのかは分からない。
しかし入れない以上、何か別の手を考える必要があった。その候補としての、俺という協力者の存在。俺に味方であってほしいと言ったのはそのためか。
「キミひとりを危険な目に遭わせるのはボクとしても不本意だ。だから無理に進む必要はない」
「やっと――」
「うん?」
「やっと俺でもモニクの役に立つことが出来そうだな。いや、ヒュドラの本体だのをどうこう出来るとは思えないけど、中を調べるくらいなら俺にも出来るよね?」
「アヤセ……。キミは本当に……いや、なんでもない」
さて、そうと決まればモニクに聞けることは今のうちに聞いておくか。
「じゃあ今から行ってくるけど、なんか注意することとかある? ああ、その前にモニクが入れなくて俺が入れるのはなんか理由あんの?」
「キミの《破毒》が相対する毒の強さに応じて強化されるように、この結界も目的を絞るという制約を課すことで強化されている」
ふむ、つまり強い者ほど破るのが難しい結界とか、そんな感じか?
「これは対超越者用に特化した結界だ。本来超越者同士は争うことはない。その心理により、ボク自身がこの中へ進むことを拒んでしまっている。故に力を以て破るということが出来ない」
「あー、超越者同士がケンカしたら地球滅びそうだしなー」
「その通り。人間同士だって本気の核戦争とかはしないだろう? 個人の喧嘩でもそうだ。一線を越えてはいけないという理性が邪魔をする」
そうだな。でもその理屈だとたまに一線を越えてしまうヤツはいる。
つまりヒュドラがそれなんだな。
そしてまともな超越者は、現状ヒュドラに近付くことさえできないわけだ。
「一応聞くけど、これ上のマンションぶっ壊したり、あるいはその辺の地面掘って侵入とかは」
「似たようなことは西の隣街で試したが無理だった。しかし何処かに
「それがダンジョン内部にある可能性も?」
モニクは頷いた。
よし、俺のやるべきことは決まったな。
こころなしか心配そうな表情のモニクに見送られ、俺は地下迷宮の入り口へと向かう。
崩れたマンションの下、基礎部分を貫く大穴は斜めに地中へと向かっている。
あのアオダイショウもらくらく出入りできる大きさだ。とはいえあいつも直径は人間の身長と大差なかったからな。長いだけで。
地上からの光が反射して、少し前までは見えるがその先は暗い。《鑑定》を発動させて壁の形状を把握する。
ショッピングモールでは、開かずの扉の向こうの構造すら鑑定で把握することが出来た。
地下迷宮がその名の通り複雑な迷路であったとしても、この能力があればだいぶ労力は軽減される。
しかし戦闘には慣れが必要かもしれない。
だが斜面を降りるとその奥の通路は明るくなっていた。
岩で出来た地面や壁に鉱石のようなものが埋め込まれ、ほのかな光を放っている。
これなら戦闘にも支障はないか。
しかしこの辺の地層って岩なのか? それともこれも魔法の産物なのだろうか。光り輝く石とかそれっぽいよな。
だとすればヒュドラは、生物を創造するだけでなく岩とかも生成できるということになる。
収納からスマホを出してみる。アンテナは通じないようだ。
これはまあ予想通りだな。再び収納に放り込む。
アックスホルダーは改造して、刃のカバーも一体化させた。
今までは手斧をホルダーから抜いた後にカバーを外すという手順を踏んでいたが、簡略化するためだ。
抜くときに怪我をしないよう注意しなければならないが、扱いにはだいぶ慣れたので大丈夫だろう。
斜め上方に放るように手斧を抜くと、右手でグリップをキャッチした。
通路は真っ直ぐ続いているが、曲がり角や比較的小さめの横穴も見える。
そして、一番近くの横穴の中はそれなりに広い空間になっている。直接覗き込んだわけではないが、《鑑定》によりそういった情報が入ってくる。
そうだな、半径五十メートルくらいの地形は歩かずとも把握できる。ショッピングモールの食品売り場の範囲くらいか。《魔力化》もそうだったが、《鑑定》の射程距離がだいたいそのくらいなんだろう。《水魔法》とか、俺にとって難しい魔法だと射程距離は極端に落ちる。
そして俺の鑑定は、室内に潜むヒュドラ生物の情報も捉えていた。大きさは俺よりも小さいものが三体。脅威度はアオダイショウより落ちるが、地上で遭遇する他の動物に比べるとかなり高い。
驚くべきは、このヒュドラ生物は二足歩行であった。
さすがに鑑定では具体的な外見までは分からない。国内に二足歩行するそんな動物が居ただろうか? レッサーパンダ? まさかなあ……。
俺も別に無駄な殺戮をしたいわけじゃないが、あまり様子見が出来るほど余裕のありそうな相手でもない。部屋を覗いて正体を暴くなら覚悟を決める必要がある。
俺の最終目的はなんだ?
俺が直接実行するかどうかはさておき、ヒュドラを倒すことではないのか。
それは封鎖地域をヒュドラ毒から解放することにつながる。
だとしたら目的達成の暁には、ヒュドラ生物は全て死に絶えることになる。
封鎖地域の生き物が全て死に絶えたように。
そこから目を逸らしては駄目だ。
よし、覚悟は決まった。
部屋の中に居るものが意思疎通不能、かつ攻撃的であるなら迷わず始末する。
戦う気がなさそうならスルー。これでいいだろう。
俺は横穴の手前まで進み、壁からそっと顔を出して室内を覗き込んだ。
コンビニの半分くらい、民家の敷地一軒分くらいはありそうな岩の洞窟内の部屋。
そこに居たのは身長一メートルから一メートル半程度の、犬のような顔をした二足歩行生物だった。
衣類、というより革鎧だろうか? そんなものを着込み、一体は手に武器を持っている。
残り二体はよく見えないが、多分同じようなものであろう。
…………?
なにあれ???
なんだあの生物。在来種……ではないよな?
いや外国にだっておらんだろ。鎧着た犬人間は……。
ヒュドラは記憶にある生物を再現し、眷属として召喚できる。とは聞いている。
おいおい、記憶にあるってそういう意味かよ。
俺は鑑定で『正確な情報か記憶』を読み取った食い物しか召喚できないのに、ヒュドラはなんでもアリなのかよ。
これは今まで得た情報をだいぶ修正する必要が出てきたかもしれない。
超越者なんて存在がいるくらいだから、もしかしたらあの犬人間は実在した生物なのかもしれないが、仮にヒュドラが架空の生物も創造できるなら……。
虎どころの騒ぎではない。翼の生えた虎だって造れることになってしまう。
ただ、今までのヒュドラ生物って割と物理法則の壁を破れてないヤツばっかだったからな。重いと動きが鈍かったり。
だからもし翼の生えた虎が爆誕したとしても、飛べるかどうかは疑問の残るところだ。
でも待てよ。魔法が使えるヒュドラ生物とかだったらまた話は違うか。
あと装備品だ。なんだあの武器と防具は。
あれはどう考えてもこの街で売ってそうにはない。革鎧っぽいなにかと石斧っぽいなにか。生物だけじゃなくてあんなものも創造できるのか?
んー……。
ヒュドラ魔法の質と量を再現するのは俺には無理だが、小規模な模倣は出来ている。なら俺にも食物以外の物を召喚できたりしないだろうか。
オリジナルとか贅沢は言わない。情報を鑑定できたものでいい。具体的には缶ビールの缶とか召喚できんもんかね。
容器の創造が可能になれば、《ジャンクフード召喚》の幅はぐっと広がるはずだ。
いかん、思考が逸れてるな。
今は犬人間だ。
あんま考えても仕方がない。出たとこ勝負もたまには必要だ。
俺は横穴――部屋の入り口の前に出て、犬人間たちの視界に自分の姿を晒した。
さあ、どう出る?
一体が俺に気付き、しばらく呆けた後に明確な殺気を宿した。続いて残り二体もこちらに気付き、唸り声を上げる。
まあそうなるよな。
俺はヒュドラ生物に嫌われてるって話だった。俺がっていうより、こいつらは明確に他の種族に敵対心を持っている。なんか例外もいたような気も……って今は余計なこと考えてる場合じゃねえ!
部屋の中には踏み込まない。この出入り口の通路で迎え撃つ。
通路は奴ら三体が同時に通れるほどの幅があるが、武器を振り回すとなれば話は別だ。
ここなら実質一対一。
一体目の犬人間が右手で石斧を振りかざして迫る。
身長差があるので俺の頭を狙うのは難しいと踏んだのか、肩から胸を斬り裂くのが狙いのようだ。
間合いに入る直前、半歩踏み込む。
犬人間の右手首を左手で掴み攻撃を封じた。
そして頭頂部に手斧を叩き込む。犬人間は一撃で絶命した。
二体目の犬人間は槍を持っていた。
一体目が死んで粒子化が始まると間髪入れずに槍を突き込んできた。
いい判断だ。だが。
動体視力も向上しているためか、突きのような点の攻撃には当たる気がしない。それを躱しながら更に踏み込んで槍の間合いを殺す。水平に振るった手斧は犬人間の喉笛を斬り裂いた。
三体目の得物は短剣だった。
攻撃しようにもまだ二体目が消失しておらず、互いに手が出せない。
俺は三体目の頭部の周囲に水を出現させた。
途端にパニックになる犬人間。
窒息まではまだ余裕があるはずだが、既に戦える状態ではない。
消失しかかった二体目を強引にどかし、そのまま駆け寄って頭部に手斧を振り下ろす。
三体の犬人間は、全て消失して《継承》された。
この謎の生物も、元はこの街の普通の生き物だったのだろうか。
俺にはそこまでは分からない。
「――――!?」
突如背後に新手の気配を察知した。
鑑定情報は……人間型!
俺と背丈のあまり変わらない、恐らくは人型のヒュドラ生物。
その脅威度は、俺の鑑定では正確に測ることが出来なかった。
あのアオダイショウを遥かに上回る力の持ち主が、すぐ後ろでこちらの様子を伺っていたのだ。