終末街の迷宮   作:高橋五鹿

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第26話 ブレード

 そして、数日ぶりに迷宮へとやって来た。

 今日は少し長く潜るかもしれないし、見送りお迎えは不要とモニクには伝えてある。

 

 今日は最初の通路を西に向かってみる。

 少しでも手に余りそうな敵が出てきたら引き返すつもりだ。

 

 数部屋までは東側と同じ敵が出現したが、すぐにドゥームダンジョン地下二階の敵が出現する。

 そう、『ゾンビ』だ。

 

 だがドゥームダンジョンではそれほど特別な敵ではない。

 フレーバーテキストによれば「痛覚がないため怯まない」みたいなことが書いてあるけれども、そもそもゲームの敵に痛覚はない。痛がって動きを止めたりはしないのだ。

 

 ヒュドラ生物も痛みに強いが、危険を察知するために痛覚自体はあるように見受けられる。

 このゾンビにはそれがなかった。

 でも動きがトロいからな。手斧で普通に駆除できた。

 

 まあこんな風に、ゲームと現実の敵では結構根本的なところで違いがあるわけだ。

 

 他にも新しい敵と遭遇した。『ソーサラー』と『クレリック』。

 人型の魔術士と僧侶だな。

 ソーサラーはプレイヤーキャラのウィザードに相当するキャラだが、クレリックはなんだろうな?

 敢えて言うならパラディンに近いか。

 

 ソーサラーはファイヤボールを飛ばしてくる。

 ご丁寧にゲームの動きを再現したゆっくりと飛ぶ火球だ。躱すのは簡単だけど威力はありそうなので水魔法で打ち消した。

 もしこの炎が俺の水魔法同様に、直接相手の場所に出現させられるなら、とんでもない強敵になっていただろう。

 そしてその魔法は決して実現不可能ではないと思う。

 

 ここはゲーム準拠というアホな仕様のおかげで助かった部分だ。

 本体は弱いので倒すのに苦労はなかった。人型だから精神的な抵抗はあったけどな。

 

 そしてクレリック。

 打撃武器による格闘をこなすが、シーフと同程度の強さ。

 シーフも最初は手こずったが、本来そこまで苦労する相手ではない。

 

 クレリックの特筆すべき点は回復魔法だ。

 俺は手加減して相手に手傷を負わせ、この回復魔法をじっくりと観察した。

 

 ヒュドラの魔法を模倣できる俺は、当然ヒュドラ生物の魔法も模倣可能と思われる。ただ、今までの相手の中にはしっくり来る魔法の使い手がいなかった。

 だがこいつは違う。

 

 時間をかけてゆっくりと模倣した。俺自身も戦闘中に《回復魔法》が使えるようになったことを確認する。

 たいした怪我はしていないので、どれほどの効果があるのかは分からない。

 無いよりマシ程度のものだろう、という感じはする。

 

 シーフやクレリックといった俺を成長させてくれた敵に対して、俺には薄っすらと敬意のような感情が芽生えていた。

 止めを刺した後に、軽く感謝の気持ちを心に刻む。

 ヒュドラ生物も元はといえば、この街に生きていた人や動物が生まれ変わった姿なのだ。

 単純な憎悪の対象というわけではない。

 

 まあ俺のテリトリーを荒らしたヤツには容赦せんが。

 それはそれ、これはこれ。

 俺も地下迷宮を荒らしてるだろって?

 いやいや、もとを正せばヒュドラが勝手に掘った穴だからな。正当防衛だ。

 

 次に遭遇した敵は驚くべき特徴を備えていた。

 ある意味これまでの常識を覆すようなヤツだったのだ。

 

 その敵の名は『ポイズンクラウド』。

 ガス状の不定形生物で、空中を浮遊している。ゲーム内だと、触れたときに確率で毒の状態異常を与えてくる敵だ。

 

 俺はドゥームダンジョンをプレイ中、この敵のことをたいして気にかけていなかった。

 毒の状態異常はゲームの中では厄介な攻撃ではある。

 でも現実の封鎖地域ではそんなものに意味はないだろうと。

 

 ポイズンクラウドじゃなくて、ただのクラウドになってしまうのでは?なんて愚かな考えを持っていたのだ。

 こいつを発見したときの鑑定結果に俺は愕然とし、部屋の入り口から即座に距離を取る。

 

 ポイズンクラウドの体は、『ヒュドラ毒よりも高濃度な毒の塊』だったのだ!

 一体どういうことだ?

 ヒュドラ毒はこの世で最も強力な生物由来の毒ではなかったのか。

 

 いや……俺は勝手に誤解をしていた。

 封鎖地域全域にわたって大気を汚染しているヒュドラ毒。

 それがヒュドラの毒の強さの限界だなどとは、誰も言ってないじゃないか。

 

 俺やモニク、そして多分エーコにも大気中のヒュドラ毒は効果がない。

 仮にも《毒の超越者》と呼ばれるヒュドラがこれらの人物と直接対峙した場合、毒による攻撃手段が無いなどということがあり得るのか。

 恐らく効果範囲を絞ればヒュドラ毒は更に強力になるのだ。

 あるいは超越者をも脅かすほどに。

 

 これは俺の妄想に過ぎない。帰ったらモニクに確認すれば済む話だ。

 しかしすぐそばにはポイズンクラウドがいる。

 楽観視をしてはいけない。毒攻撃は無いなどと、ナメてかかってはいけないのだ。

 

 それだけしっかりと心の準備をすれば、このモンスター自体はたいした相手ではない。

 遠距離からの水魔法であっさりと仕留めることができた。

 高濃度とはいっても、やっぱり水には弱かったみたいだ。

 

 動きからいえば手斧でも倒せるかもしれない。

 ただ、事故って毒攻撃を受けた場合に解毒手段はあるだろうか?

 クレリック先生にこいつをぶつけたら解毒魔法とか模倣できるかな?

 などと外道なことを考えつつ先に進む。

 

 通路はいつの間にか下り坂になっていた。

 だんだん急勾配になっていく。

 

 地上ではこの辺りは川の位置か?

 その下を通るのなら、だいぶ深いところまで行くのだろう。

 途中の部屋は無視して、少し行けるところまで行ってみるか。

 

 川の下を通ったらすぐに上り坂になるかと思ったが、そういった気配はない。

 平らになった地面を慎重に進む。

 主要通路は緩やかなカーブを描き、先を見通すことはまだ出来なかった。

 

 この辺りでまた部屋の中を調べてみるか。

 そろそろ敵の強さが一段階上がっていてもいい頃だ。

 

 鑑定には今までとは一風変わった体型の敵が察知されている。

 部屋の中には巨大なカエルが居た。

 

 ……キモい。

 

 あれはパスしてもいいだろうか?

 正直近付きたくない。

 今の俺の心境はカエルに睨まれたヘビであった。

 

 巨大なカエル、『ヒュージフロッグ』は結局部屋の外から水魔法で仕留めた。

 

 シーフと戦ったときは自分の苦手と向き合ったのだけど、こいつには必要ない。

 だってキモいだけで普通に戦っても勝てるし……。

 ときには省力化も重要だよな。

 実は魔法を使ったほうが疲れるのだが細かいことはいい。

 

 他に遭遇した敵は『ラビッドドッグ』。

 犬だ。割と普通の犬。ドゥームダンジョンを知らなかったら、普通に犬型のヒュドラ生物として認識していたに違いない。

 こいつは普通に強かった。身体能力差でゴリ押ししてしまった感じ。

 元々が強い生物だからな。ある程度の苦戦もやむなし。

 

 曲がった主要通路は南へと向かっており、途中西側に大きな横穴がある。

 その先にあるのは今まで見た中で最大の部屋だった。天井も高い。

 そして入り口から部屋の奥まで見通せた。

 鑑定の射程距離、五十メートルを超えてしまっているので肉眼で見るしかなかったのだが。

 

 その部屋の奥には、今までとは明らかに違うものがあった。

 自然洞窟のような横穴ではない、人工的な出入り口。

 巨大な門がそびえているのである。

 

 門の向こうには、同様に人工的な石壁で構成された迷宮が広がるのが見える。

 あれが本命、西の隣街の地下迷宮か。

 それにしてもあの外見は。

 パルテノン神殿を思わせる柱と、石細工で構成された迷宮は。

 

 ドゥームダンジョンのそれじゃあないか!

 

 ヒュドラの野郎……よっぽどあのゲームがお気に入りなんだろうか。

 あるいはハイドラのことがお気に入りなのかもしれないけどな。

 

 さて、その人工地下迷宮だが。

 入り口の前には少し異質な敵が居る。

 

 ドゥームダンジョンにおける名前は『ブレード』。

 プレイヤーキャラのサムライに相当するモンスターだ。

 直訳は刃物だが、剣客とかそんな意味だろうな。

 ゲーム内だと地下三階で最強の敵だ。

 

 そいつは俺を認識しているはずだが、胡座をかいたまま門の前で微動だにしない。

 ヤツを倒さないとその先には入れないってか。

 

 まあ門はデカいので、端のほうをダッシュで通り抜ければいけてしまいそうではある。

 単純な身体能力では、あいつが俺に追い付くことは出来ないはずだ。

 

 だが。

 

 あいつに手こずるようではその先に進むべきではないだろう。

 ブレードは技とスピードのキャラ。更にリーチもある。

 俺が最も苦手とするタイプだ。

 

 ゲーム内であれば、レベルの上がったローグのゴリ押しで倒せる相手だ。

 しかし現実では、身体能力で圧倒していても刀で斬られればタダでは済まない。

 あいつはソーサラーとは逆に、現実世界でのほうが遥かに厄介だろう。

 

 ……水魔法に頼らず、手斧一本で倒してみせる。

 それくらい出来なければ、先が思いやられる。

 迷宮の奥へと進むのはそれからだ。

 

 手斧を携えたまま部屋の奥へと歩いて行く。

 半分を過ぎた辺りで、ようやくブレードは立ち上がった。

 

「一応言っとくぜ。通してくれるなら命までは取らない」

 

 俺の言葉には全くの無反応。

 ブレードはスラリと刀を抜いた。

 今までの敵とは一線を画す、静かな殺気が流れてくる。

 

 両手持ちで切っ先を地面に向ける。

 下段構え。

 ゲームだと逆袈裟で斬り上げて、返す刀で斬り下ろすみたいなコンボを繰り出してくるが、普通は斬り上げが当たった時点で終わりな気がする。

 

 返す刀ってのは複数の対象を斬るものであって、同じ相手に二回攻撃するようなものではないのでは……。

 つまりコンボ喰らっても立ってるローグがおかしい。

 あれ? ローグのやつ俺よりも強くね?

 

 ゲームキャラもヒュドラ生物もそうだが、連中は防御力と耐久力がおかしい。

 俺は筋力や持久力こそ上がっているが、その辺は限界がある。

 多分ある、というべきか。本当に斬られて試したら死ぬわ。

 

 あと体重を超えた物理攻撃力も発揮できない。

 力も技も、どれだけ体重を乗せられるか、みたいなところがある。

 手斧で斬り裂けない相手には水魔法を使うしかないな。

 

 ブレードがゆっくりと近付いてくる。

 

 攻撃内容は分かっているんだ。対応できないことはない。

 もちろん予想外の攻撃も想定して、油断なく歩を進める。

 

 刀の間合いに入った。

 

 刀が動く。

 予想通りの軌道で迫るそれに、上半身を回転させ手斧を打ち付ける。

 そもそも、鍔すら存在しない手斧の小さな刃で、日本刀を受け止めるというのがもうあり得ない。

 

 自分で言うのもなんだが神業と言っていいだろう。

 俺とブレードでは身体能力に圧倒的な差がある。

 だからこそギリギリ実現可能な防御だった。

 

 激突時の火花、欠けたのは俺の斧の刃だった。

 この攻防を続けたら……負ける。

 

 相手の刀身が消えた。

 

 脇構えか?

 実際に対峙すると何をしてくるのか全然分からん!

 いや、刃が直接見えずとも刀は腕の延長線上にあるものだ。

 格上相手だとそんなこと言ってられないが、俺のほうが格上のはずだ。

 どんな軌道で斬り付けてこようが打ち落とすのみ。

 

 そして、刃が真横から飛んできた。

 胴斬り!

 だが俺の迎撃はそれよりも速い。

 正面から受けずに、斜め上から手斧を叩きつける。

 

 刀身を叩き折り、折れた刃が宙を舞う。

 返す刀、いや、返す手斧で相手の首をめがけて斬り上げる。

 

 ブレードは折れた刀を振り抜いたまま動かなかった。

 追撃を躱すとか逃げるとか、こいつの動きなら可能なはずなのに動かない。

 

 鈍い音と共に手応えがあった。

 ヒュドラ生物特有の頑丈さで、手斧の刃は首の三分の一ほどの位置で止められている。

 俺の攻撃力をもってしても、首を刎ねるには至らない。

 だがそれで決着はついた。

 

 血の溢れる口から、掠れるような呼吸音が聴こえる。

 そして、確かにこう言った。

 

「――お見事」

 

 そしてブレードは光の粒子となって散る。

 

 なんだよ……喋れたのかよ。

 先に言ってくれりゃあいいじゃねえか。

 止めを刺してからバラすとか意地が悪くないか……?

 そんなに俺と馴れ合うのは嫌だったのかよ。

 

 だけど。

 悪いけど。

 お前も俺と一緒に来てもらうぜ。

 

 光の粒子は俺の身体に吸い込まれ、そして命は継承される。

 

 門の奥を見やる。

 ドゥームダンジョンと同じ、石の人工迷宮だ。

 巣の主はこの奥にいるんじゃないかと俺は考えているわけだが。

 

 ダンジョンマスターに今挑もうとは思ってないので、ここに入る必要はないかもしれない。

 ただこの迷宮、まだだいぶ先は長いんじゃないかと思ってはいる。

 

 ハイドラの情報によれば、ドゥームダンジョンにおける強敵もこの迷宮にいるって話だった。奥に行くほどに強くなるとも。

 だが、これまでに遭遇したヒュドラ生物はゲーム内では地下三階までの敵。まだ序盤と言っても差し支えない。

 今の俺なら、地下五階相当の相手までなら倒せなくもなさそうだ。

 

 つまり、もう少し進んでも問題ないってことだな。

 ここまでは自分の苦手を克服すべく敢えて接近戦で戦ったりもしたが、ここからは出し惜しみは無しだ。

 水魔法、不意討ち、持久戦。使える手はなんでも使っとこう。

 修行とかは、相手が予想よりも弱かったときにすればいい。

 

 俺は、門をくぐり新たなエリアへと足を踏み入れた。

 

 ――はずだった。

 

 目の前の人工迷宮が消えた。

 真っ暗になった。

 いや、光は僅かにある。急に光量が落ちたので目が対応しきれていないだけだ。

 

 鑑定に集中する。

 床も壁もある。

 不測の事態ってやつだ。一度外に出よう。

 

 そう思ったのだが。

 

 俺の背後に今さっきまで戦っていたはずの部屋はなかった。

 ただ、岩の壁だけがある。

 鑑定結果はそう示していた。

 

 まずい。

 何が起きた?

 いや、この現象は知っている。

 ドゥームダンジョンにはあって、この迷宮には無いと思っていた要素。

 トラップだ!

 

 種類は転移の罠。

 半径五十メートルの鑑定結果は、ここが未踏破区域であることを示している。

 

 俺は、地下迷宮の中で迷子になってしまったらしい。

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