終末街の迷宮   作:高橋五鹿

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第27話 未踏破区域

 ゲームでも現実でも、複雑な洞窟の中で迷子になろうものなら高確率で死ぬ。

 ただ俺には鑑定という、リアルオートマッピング魔法があるしジャンクフード召喚もある。

 

 召喚はなんでも無制限に出せるわけではない。

 たとえば俺の水魔法は周囲の水分か、水を魔力化した分しか発現できない。

 同様に、ジャンクフード召喚も今まで魔力化したものに大きく影響される。

 

 しかし俺が今まで魔力化した食材は、到底ひとりで消化しきれるような量ではない。

 スーパーの在庫数軒分とか軽く超えているからな。

 つまり食料切れで終わるということはまずあり得ないのだ。

 

 だから俺の命を脅かすものがあるとすれば、それは敵の存在に他ならない。

 ドゥームダンジョンであれば転移罠を踏んだ場合、敵の脅威度が同じくらいか、あるいは少し危険な場所に飛ばされる。

 たとえ敵の強さが変わらなくとも継戦能力に限界がある以上、転移罠はゲーム内では非常に危険なトラップだ。

 

 現実ではどうか。

 俺が実質、魔力と食料を無限に用意できるといっても、睡眠をいつ取るのかという問題がある。

 普通に考えて迷宮内で寝るとかあり得ない。

 二十四時間以内に脱出できなければ死ぬ可能性が高い。

 

 直線距離だけで考えるなら、封鎖地域の端から端までを移動するのにたいした時間はかからない。

 道に迷ったり、戦闘で余分な時間をかけなければ。

 あと妙なトラップに引っ掛からなければ大丈夫だ。

 悲観するのはまだ全然早い。

 

 そうと分かれば早速行動だ。

 

 暗闇に目が慣れてきた。

 光量が少ないだけで、真っ暗というわけでもない。

 ここはゴツゴツとした岩肌で構成される自然洞窟のエリアのようだ。

 だから、あの人工迷宮の中には入っていないと考えられる。

 

 やはり、あの迷宮にはそう簡単には入れないということか?

 しかし、それならばあの転移トラップは侵入者を遠ざけるのが目的ということになる。

 俺にとってはそのほうが助かる。

 侵入者を逃がさないために、迷宮の奥深くに飛ばすトラップのほうが遥かに厄介だ。

 

 さて、どちらの方角へ向かえばいいか全く分からない。

 それに罠を踏んだときは西を向いていたが、今も同じとは限らない。

 だが現在地はどうやら広い一本道のようで、とりあえずは目の前に進むしかなかった。

 

 敵が居ない。

 ひょっとしたら人材不足で、迷宮の端のほうにはなんにも居ないとかあるんだろうか。

 

 鑑定の範囲を上方向に向けてみたら地上らしきものを観測したっぽい。

 普通の建物の基礎とかが出てきた。現在地と地上のあいだの地中には、水道管やガス管と思しきものもある。

 物凄く地下深くに閉じ込められた、とかではなかったのでひと安心。

 でもさすがにこの情報だけでは、自分が街のどの辺に居るのか分からない。

 

 天井を破壊して脱出……は無理。

 ただの岩壁ではなく、巣の主による魔法の産物だからな。

 俺が巣の主を上回る魔法使いにでもならなければ壊せない。つまり不可能。

 

 でも俺は、そのほころびを探しているんだよな。

 モニクによれば、ダンジョンにほころびがあるかもしれないという。

 そしてエーコによれば、ダンジョンは魔法の産物なので不測の事態は魔法で解決できるということだ。

 

 壁や天井を壊すのは無理でも、付け入る隙はあるということか。

 もう一度あの転移罠の場所に行くことがあったら、今度はトラップ解除を試みてみるのもいいかもしれない。

 

 罠外しの魔法か……。

 そうそう、その前に食べ物の容器だよな。敵は見当たらないし、歩きながらでも方法考えるか。

 

 少し気になっているのが武器とか防具を装備したモンスターたち。

 あいつらを倒すと装備ごと消えている。

 装備品もやはり消失から再生産のサイクルがあるのだと思われる。

 俺が倒した場合、あれって何処に消えてるんだろうな?

 継承は命を受け継ぐ力だ。装備品は関係ないと思うんだよな。

 

 そう考えながら歩いていると――

 

 前方の暗がりの中に、獣のようなシルエットが浮かび上がった。

 

 なんだ!?

 鑑定には引っ掛からなかったぞ?

 手斧を構え戦闘態勢に入る。

 

 が、相手は動かない。

 集中して鑑定すると、それは石の塊だった。いや、石像か。

 石で出来ていたため、鑑定の情報では迷宮の一部だと思ってスルーしていた。

 

 俺の鑑定では具体的な視覚情報までは分からない。

 また、どんな情報を優先するかはそのときの状況による。

 

 周囲の空気とかいちいち鑑定していたら魔力体力の無駄なので、無意識に情報量はセーブされているのだ。

 疑似オートマッピングのように魔力垂れ流し状態のときは、地形をアバウトに記憶することと、生命体の索敵しかしていない。

 

 それにしても……。

 随分と出来のいい石像だな?

 

 それは犬の石像だった。

 犬種まではよく分からないが、デカくて強そうな犬だ。

 こちらに向かって歩いてきている体勢だが首は振り返って後方、つまりこの先の奥を見ている。

 

 オブジェにしては妙。というか妙なところしかない。

 芸術は分からん。ヒュドラの考えていることを深読みし過ぎても労力の無駄ということもある。

 だが警戒するに越したことはないだろう。

 

 ありそうな線としては、これはトラップの一種ではないだろうか。

 精巧な石像だと思っていたものが、近付いた瞬間に動き出す。

 映画で見たような展開だ。

 

 犬の視線は奥を向いているので、恐らく奥に進んで犬の視界に入ると動きだす。

 よし、これだな。

 

 俺は犬の像から離れた位置で慎重に通路の奥に進むと、バッと振り返って手斧を構えた。

 

 さあ来い!

 

 犬の像と目が合った。

 像は全く動かない。ただの石のようだ。

 

 気を取り直して奥へと進む。

 五十メートル先の鑑定結果にひらけた場所が出現する。通路は終わりか。

 

 もしかしたら何かしらの変化や危険があるかもしれない。

 さっき勘が外れたからといって、次も安全とは限らないからな。

 

 収納からカロリーバーを取り出す。

 袋を開けてかじった。

 あらかた食べ終わると、袋の中に再び召喚させる。

 この袋を生成したいんだがな。それはまた今度試そう。

 

 再召喚したカロリーバーは収納に戻した。

 今度はスポーツドリンクのペットボトルを取り出して飲む。

 飲み終わった後、やはり同じように中身を再召喚してから収納に仕舞う。

 補給はこれで問題なし、と。

 奥の広間に向けて歩き出した。

 

 その空間は、ひとことで言えば散らかっていた。

 迷宮内にはヒュドラ生物とかいう謎生物しか居ないわけで、基本的にゴミとかは落ちていないのだ。自然洞窟っぽい形を取ってはいるが、どこかテーマパークのような嘘臭さも感じる場所である。

 

 しかしこの広間の中は砕け散った石のようなものがそこかしこに落ちていた。

 

 かなりの広さだ。ブレードと戦った部屋の倍近い幅と奥行きがある。

 鑑定を使っても半分くらいまでの距離しか把握できない。

 ちなみに落ちているのはただの石だった。

 

 野球が出来そうな広さだな、と思ったが天井があるから無理か?

 ドームの天井とかよりはさすがに低いと思う。結構な高さはあるけどな。

 

 とりあえず鑑定範囲内と視界に敵影は確認できない。

 明るくないのと鑑定の射程外ということもあって奥はあまりよく見えないのだが、奥の壁際にもそこそこの大きさの岩だか石だかが多数あるのが見えていた。

 もしかすると、さっき見たのと同じような石像ではないだろうか。

 

 そっと広間の中へと踏み込んで行く。

 左右を振り返って見ると、壁際に多数ある獣の姿にぎょっとする。

 もちろん石像だ。

 

 心の準備は出来ていたのだが、それでもビビってしまった。

 鑑定で察知できない敵影は、すなわち格上ってことだからな……心臓に悪いわ。

 

 周囲の壁には、今通ってきたのと同じような通路がいくつかあるのが見える。

 さて、どこへ進んだものだろうな。

 中央部には散らばった石以外何もないし、壁際を歩いていくか。

 

 なんとなく石像を警戒しながら進む。

 また犬の石像……いや? あれ猫かな? 体つきが猫のそれだ。でも顔は犬?

 

 キメラ――合成生物という言葉が脳裏をよぎる。

 そうか、この街にも居たのか。

 猫の身体能力と犬の噛み付きが一体化して最強に見え……なくもない。

 でもなんで石像なんだろうな。

 

 その先には猪の石像があった。

 石像があるものは、同じ形のヒュドラ生物が存在すると思っておいたほうがいいかもしれない。猪はなかなか手強そうだ。

 他にもいくつかの像がある。いずれも実在する動物だった。

 

 俺が出てきたところの隣の通路に到着する。

 通路の奥は鑑定の範囲よりも先まで続いていた。

 

 片っ端から入ってみるしかないのかなあ。

 それともひと通り入り口前まで行ってみて、しかる後に入る通路を選んだほうがいいだろうか。

 

 …………。

 

 なんだ?

 鑑定には何も反応がないが、何か違和感がある。どこか覚えのある感覚だ。

 

 西の隣街――

 

 ブレードと戦った部屋、転移罠のあった場所は川の下を潜った隣街の地下のはずだな?

 いや、それじゃない。もっと前のときだ。

 

 モニクと初めて会った日……。

 俺は西の隣街の地下迷宮入り口まで近付き、危険を察知して引き返した。

 後に魔法の存在を教わる前から、鑑定の片鱗のような能力を俺は持っていたのだろうか?

 

 あるいは俺のようなボンクラでも分かるような、強烈な気配を隠しきれない者の存在。

 そう、俺はモニクやハイドラが只者ではないことを、割と最初から理解していた。

 

 この通路の奥から、今まさにそのような気配を感じる!

 

 ヒュドラ……?

 ひょっとして正解を引いてしまったのか?

 そんな正解は御免被りたい。

 

 ヒュドラが人工迷宮の奥に居るなんてのは、俺の想像に過ぎなかった。

 転移罠の奥に居る可能性だってあるじゃないか!

 

 ともすればハイドラでさえも存在を知らない、新手のダンマス級ヒュドラ生物かもしれない。

 いずれにせよヤバい。

 三十六計逃げるに如かず。

 あらゆる手を使ってこの広間から逃げよう。

 

 どの通路から逃げる?

 もし急を要するなら一番近い通路だ。

 一番近いのは俺が出てきたところだな。

 

 はい却下。

 

 あの先は行き止まりだろうが。

 逆側の隣ならどうだ?

 ……ヤバい穴の隣だからなあ、ロクなことになりそうにない。

 

 反対側の穴だな。

 俺よりも速く動ける敵が目の前に居たらそんな選択はしないが、今はまだ何も居ない。

 広間の反対側の奥までは百メートルかそこらだろう。すぐに着く。

 

 心なしか、向こう側の方が石像や散らばってる石が多いな。

 あまりこの情報を軽視すべきではないと俺の直感が言っている。

 だが今はその理由を考察している時間が惜しい。

 石像の謎よりも穴の奥に居るヤツのほうがヤバいからだ。

 

 俺は広間の現在地の反対側、石像ひしめく通路へと向けて駆け出した。

 

 継承により上がった身体能力なら、百メートルを走るのに要する時間は……えーと、何秒だろうな。

 なんかこういう超人的な能力を得てしまうと、もう自分が選手としてスポーツとかを純粋に楽しむことは出来ないんだなっていう気分になる。

 スポーツ選手を目指したことなんて一度もないが。

 人間、手に入らないとなると惜しくなったりするものだ。

 

 と、数秒で思考する頃には反対側の通路近くまで来てた。

 鑑定によればすぐ行き止まりということはない。

 ヤバい気配もしない。

 行ける。

 そう思った。

 しかし。

 

『待て……』

 

 足を、止めてしまった。

 

 別に敵の能力とか、気圧されて動けなくなったとかではない。

 背後から声が聞こえてしまった。

 意思疎通が可能な相手だった。

 ただその理由だけで、俺は逃げずにとどまることを選んでしまったのだ。

 

 会話をするつもりがあるなら平和的交渉が可能――

 

 未知の格上相手にそんな寝ボケた考えなんざ持っちゃいない。

 しかし、俺には分からないことが多すぎる。

 情報は得られるだけ得ておくべきではないか?

 

 今の俺なら、たとえハイドラが相手でも全力で逃げるだけならなんとかなりそうな気がしないでもない。

 ……多分。

 

 退路を確認する。

 いつでも逃げられるよう心の準備をする。

 

 そして、俺は振り返った。

 

 さっきまで俺が居た場所。

 妙な気配がした通路の奥。

 そこに何かが居る。

 

 かなりのデカさだ。

 形は暗くてよく分からない上に鑑定の射程距離外。しかし少なくとも人型ではない。

 人型じゃなくても喋れるのか。いや、さっきのは本当に『声』か?

 

 再び声が響く。

 

『どうやってここまで来た……地上への道には門番が居たはずだ』

 

 やはり普通の声というには違和感がある。

 音声というより、意味を直接伝えられているような……。

 テレパシーというものがあるなら、こんな感じだろうか。

 

 さて、どう返答したものか。

 普通に喋ればいいのか?

 正直に答える義理はないが、この状況で嘘をついても意味があるようには思えない。

 

「どうしてこんなところに来ちまったのか、むしろ俺が知りたい」

 

 精一杯の虚勢を張って答える。

 

『そう警戒をするな……我は話に飢えているだけのこと』

 

 ふうん?

 ちょっと超越者っぽい理由だな?

 人間の俺も結構会話に飢えているぞ。主にお前らのせいで。

 元から友達いなかったとか、そういうのは今は置いておく。

 

「じゃあ聞くけどさ、あんたがヒュドラ?」

 

 うーむ、ちょっとフランクに過ぎるだろうか。

 ただなあ、超常の存在に丁寧な言葉遣いとか意味あるんだろうか?

 そもそも日本語ネイティブってわけでもないだろうし。

 

 俺はモニクに対しては結局適当な言葉遣いになっている。

 エーコは普通の人間っぽいから、こちらもちゃんと礼儀正しく話す。距離感として適切かどうかは悩むところだが、相手の素性が全然分からんからこれは仕方ない。

 

 ハイドラ?

 あいつは向こうがああだからあれでいいだろ。

 人間の付き合いとは鏡のようなものだと、三国志にも書いてあったぞ。

 ていうかあいつ、人格は人間のはずなんだけどな。

 なんであんな強キャラ感あふれる喋り方なんだろうか……。

 強キャラ……強キャラかな?

 世紀末のモヒカンっぽい喋り方だったような気もする。

 

 などと考えていたが今はまだ謎のアレと会話中だった。

 ひと呼吸置いてから、重々しい感じで返答が返ってくる。

 

『否。我は創造主の眷属。《百頭竜》が一頭なり』

 

 む?

 んー……?

 

 この声は決して日本語を喋っているわけではない。そのことはなんとなく分かった。

 今の言葉は、俺に理解できるように訳されているのだな。

 

 創造主というのは、俺が考えるところの奴の創造主、ヒュドラのことと思われる。

 眷属というのもヒュドラ生物にすっぽり当てはまる。

 

 じゃあ《百頭竜》ってのはなんだ?

 会話できるほどの知能を持ち、ハイドラをも上回るようなプレッシャー。

 中ボス……あるいはダンジョンマスター級。

 

 百頭……?

 各地に一体と決まっているわけではないだろうが、日本だとちと多いな。逆に世界だと全然足りない。

 

「百頭竜ってのはその、百体いるのか……?」

『そうではない……創造主より各地を預かる者の称号だ』

 

 ああ、なら納得だ。

 っておいおい、やっぱりこいつダンマス級か!

 この街にも居たのか……?

 それともこの街の巣の主は、元からヒュドラじゃなくて中ボスだったりするのだろうか?

 

 謎が増えてしまった。

 分かったのは中ボスの正式名称だけ。

 四天王とか十二使徒とかのアレ。よりによって百頭竜かよ。

 中ボスのバーゲンセールだな。

 

『そういう貴様はなんだ……毒に満たされた世界でも死なぬ人間よ』

「俺はオロチ。こん中で生きてんのは、そういう体質だな」

『オロチ……まあ、名前に意味はない。他に言い残すことはあるか』

 

 ……あれ? 俺死ぬの前提なの?

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