終末街の迷宮   作:高橋五鹿

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第29話 キメラ

 さて、ここまでは単なる準備運動みたいなもんだ。

 本番はこっから。

 

 俺は遂に食べ物以外の物質でも、魔力化から再召喚へのサイクルを造ることに成功した。

 食べ物と武器では過程がだいぶ異なったが、やってることは同じである。

 

 何かを消して、それをもとに何かを造る。これだけだ。

 

 かねてより考えていた、食べ物の容器を創造する魔法の出発点に立ったわけだ。

 自分で自分を褒めてあげたい。

 

 ま、消失の部分は相変わらずヒュドラの魔法に乗っかった形なので、ぶんどった装備品以外の物質も情報化できるかどうかはこれから試すのだが。

 

 では早速。

 収納から取り出すのは缶ビール!

 よく売れてる銀色のヤツ。

 

 何故こんなものをダンジョンに持ち込んだとか言うなかれ。

 別にダンジョンだから持ち込んだわけではない。

 

 俺は……缶ビールを常に収納に入れている……。

 

 その辺はほっといてくれ。

 最初にやることは中身抜きだな。魔力化で中のビールをゆっくり消していくと、缶がベッコリとへこむ。急に消すと缶が破損しそうで怖い。今回は破損しても別に構わないのだが。

 

 よし、空になった缶を魔力情報化……できねえ!

 

 まてまて、落ち着け。俺のスペック的にはたかが缶一個、ゴリ押しで消滅させられるはず。

 ダンジョンで起きたあらゆる不測の事態は魔法で解決できるはずだ。

 ダンジョンあんま関係ないけど。

 

 むん……!

 

 出来ない……何故だ。

 必要に迫られてないからか?

 んなこたない。これはめっちゃ必要。屋外でビール召喚するのに缶は必要。

 紙コップでもいいのでは?という心の甘えが魔法を阻害している。

 もっと熱意を持て。

 

 祈りの濃度を高める。

 それはもう、ゲンナマでガチャ引くときくらいの集中力だ。

 囁き、詠唱、念じろ~。

 

 俺は必死になっていた。

 バジリスクとか門番とか、結構どうでもよくなってきてた。

 

 数十分後、とうとう俺の手元から銀色の缶が消失した。

 やっぱりバジリスクとか門番のせいで集中が乱れていたらしい。

 あいつらは徹底的に駆除する必要がある。

 

 ここまで出来れば後は簡単。情報収納には既に缶の情報があるからな。

 ただ、缶を呼び出すだけならすぐだが、中身も同時に召喚しなければならない。

 

 こういうのは最初からひとつのものとしてイメージするのがいいだろうな。

 中身入りの缶ビールを心に描き、《情報収納》と《ジャンクフード召喚》を同時に起動し具現化する。

 

 そして、俺の手元にはキンキンに冷えた銀色のヤツが召喚された。

 

 やり遂げた。

 これでジャンクフード召喚の幅は無限に広がるだろう。

 新たな宇宙を創り出した気分だ。

 

 缶を見ると、製造年月が先月だ。

 ラベリングまで忠実に再現されているらしい。

 これ、同じ素材を使い回すと賞味期限表示もこの先ずっと同じ日付で出てくるんだろうな。

 召喚した缶ビールの現物をうっかり出しっ放しにしておくと、ワケが分からなくなりそうだ……。

 

 まあ俺は食品の鮮度を鑑定できるから大丈夫なんだけど、事情を知らない他人には渡せないよな。

 やっぱ俺は、大量召喚で終末世界の食料事情を改善!みたいなことは出来ないらしい。

 救世主とかガラじゃないので別にいいけど。

 

 出来上がった缶ビールは収納に仕舞っといた。

 今飲むほどおめでたい性格ではない。

 

 じゃあ今缶ビール召喚を練習する必要があったのかと言われれば。

 勘が鈍らないうちに練習しときたかった、とかそんな理由。

 

 俺は収納の使い方が下手くそだからな。

 魔法の得手不得手は俺の場合、射程距離に直結してる気がする。

 

 バジリスクに負けたのはそれが原因……あれは俺の負け扱いなのかな? 生き残った時点で勝ちでは?

 

 ともあれ戦術の幅を広げるために、苦手は克服しておかねばならない。

 

 食事は結局カロリーバーとスポドリ。

 量は控えめにしといた。

 

 多少魔力を支払うものの、袋を開けても元の状態まで復元できるようになった。

 食べかけを放置しておくのは気になるからな。

 半分だけ食べたいときとか非常に便利。

 

 何故俺の探索中の食事がワンパターンでこれなのかというと、迷宮探索で一番モノを言うのは継戦能力だからだ。

 

 もちろん敵より弱かったら話にならないが、強い敵からは逃げるという選択肢もある。

 探索と戦闘を長時間続けても安定する持久力こそが重要だ。

 

 あと胃もたれするほど食うのももちろんダメ。

 なので長距離走や自転車競技の補給食なんかを参考にしている。

 厳密には競技で主に飲み食いされるものとはちょっと違うし他にも色々種類があるけれど、個人的な好みでこれに落ち着いた。

 軽くストレッチをしてから、通路の奥へと歩き始める。

 

 ほどなくして、鑑定範囲の端に敵影を察知した。こいつが門番だろうか?

 歩く速度を落とし、集中して進んだ。

 視界に浮かび上がるそのシルエットは……。

 

 うーん、なんだろ? 熊かな?

 百頭竜の部屋には、少し形が怪しいものの基本的には実在の動物しか居なかった。

 だからコイツも熊だとは思う。

 しかし俺の考える熊とちょっと違うというか、妙に手足が長い。

 立ち上がった姿は三メートルくらいありそうだ。

 

 そして俺を発見すると、二足歩行で駆け寄ってきた!

 

 えっと、熊は二足歩行できる。知ってる。でも走るときは普通四足じゃないかな?

 って速え!

 慌てて水魔法を熊の頭部に展開させた。

 すると熊も慌てふためいて転倒する。

 

 なおも頭部の周囲に水を出し続けると、それを引き剥がそうと地面でのたうち回る。

 そんなことせんでも、普通に走り続ければ振り切れるんだが。

 俺は水魔法の精密操作は出来ないからな。

 あと液体を引き剥がすのは無理だろ。

 バカで助かった……。

 

 何しろこいつの体格だと、俺の攻撃が通用するのか非常に怪しい。

 手斧で斬り付けても、爪楊枝に刺されるようなものかもしれない。

 

 それにしてもこいつの体格と動き……。

 これもキメラの一種と見るべきだな。

 

 キメラ――

 すなわち合成生物の語源となっているキマイラは、獅子の頭や色々な動物のパーツをつなげた怪物のイメージだ。

 

 百頭竜の部屋には頭が犬で体が猫の石像があったわけだが。

 ヒュドラ生物におけるキメラとは、あんなふうに切ってつなげたようなものを指すのだと俺はそう考えていた。

 

 この熊は違う。

 表面も、恐らく筋肉や内臓とかも熊には違いないが、骨格が人間のそれなのだ。

 切ってつなげたような単純な構造ではなく、もっと深い部分で融合している。

 

 合成生物という言葉を広い意味で捉えれば、今まで戦ったヒュドラ生物たちもほとんどがキメラだと考えられなくもない。

 

 まず、ヒュドラ毒に適合して通常の大気下では生きられないヒュドラ生物。

 元となった生命体とは明らかに異なる特徴。この時点で合成生物っぽくもある。

 

 次に、巨大化生物は同種の複数の生物を融合させたものと考えられる。

 とはいえなあ。

 ネズミやカラスはともかく、街中にアオダイショウの材料はそんなにおらんだろ。

 あれは全然別の生物を改造して、材料として付け足したのではないだろうか。

 だとすれば紛うことなくキメラだ。

 

 元となった生物を全く違うものに改造するといえば、ドゥームダンジョンのモンスターたち。

 外見や特徴を改造されているだけで基本は人間や動物だろう。

 これも元の生物に、改造した外見部分を合成させたキメラといえる。

 

 あのハイドラだって、人間の人格や身体に架空のキャラクターの外見を組み合わせた合成生物だ。

 顔は別にうらやましいとは思わないが、足の長さはズルくないか?

 俺と同じくらいの身長なのに、股下が俺より高い気がしてならない。

 頼むから隣に立たないでほしい。

 

 言語を解するモンスターも、高い知能を持った頭脳を獣の体に収めることで造ることが出来る。

 恐らく百頭竜はヒュドラがそうやって造ったものだろう。

 思考が日本語ではなさそうな辺り、大災害よりも昔から存在する兵隊と思われる。

 

 一方で記憶を持った人型ヒュドラ生物……例の境界線の外に出て死亡した個体だな。

 あれとかは、単なる不安定な失敗作なんじゃないだろうか。

 ヒュドラ生物の中には、失敗作としか思えない個体も結構いた。

 デカいネズミとか鳥とかはかなり微妙だったからな……。

 

 生物も進化を失敗することはある。

 神ならざるヒュドラが造ったものなら尚更だ。

 

 大災害の被害者の記憶を持ったヒュドラ生物とか、ヒュドラ陣営に得があるとは思えない。

 ハイドラはまたちょっと別だと思うが。

 モニクは実験個体じゃないかって言ってたな。

 

 そして百頭竜は、高い知能を持ったヒュドラ生物を召喚できない……あるいは召喚しないのではと俺は思っている。

 

 洗脳して言うことだけ聞かせるというのは、いかにも非効率。

 自分で思考できる奴をずっと意のままに操るのは、いくら百頭竜でも難しいのではないか。

 だったら最初から自我が胡乱な動物並の頭脳のほうが扱いやすい。

 

 少なくともバジリスクの性格だと、自我のある兵隊を使うとは思えないし使いこなすことも難しいだろう。

 会話は出来てもロクに意思疎通できないし、自分の部下も構わず石にしちまうような能無しだ。

 

 他の地域で、喋るヒュドラ生物が居ない理由は百頭竜が割と無能だから。

 個体差はあるだろうけどそんなところじゃないか?

 

 バジリスク……。

 門番とかいう大事なポジションにこんな獣を配置するような百頭竜。

 熊人間は、同じ門番だったブレードとあまりにも毛色が違う。

 

 ブレードが自我を持っていたのは意図的なものかどうかちょっと微妙なところだが、ドゥームダンジョン勢の人型からは総じて少し知性を感じる。

 そしてそれ故の強さも危うさもある。

 ただ、彼らは自我や知性はあっても生前の記憶とかは無いだろうな。

 ゲーム内の役割(ロール)に忠実な性格であろうことは、ブレードの言葉からも察せられる。

 

 バジリスクはこの地に創造主――ヒュドラが居ないと言った。

 しかしバジリスクがハイドラやドゥームダンジョン勢のような手駒を造るというのは違和感がある。

 するとあの発言はウソだったのだろうか。

 ウソではなく、俺の解釈が間違っている可能性もあるか?

 

 だいたいハイドラ本人だって、自分がヒュドラに造られたと言っているんだよな。

 まあハイドラの場合、思い込みの激しいところがあるから言動は話半分で聞く必要があるのだが。

 未だに俺のことをヒュドラ生物と勘違いしているし。

 あいつ……高い知能を持ちながらもバカだな。知性とバカのキメラだ。

 

 長考してたら熊人間がいつの間にか消えかかってた。

 光の粒子となって俺に吸収される。

 バジリスクが召喚したであろう個体だが、別におかしなところはないな。普通のヒュドラ生物だ。

 白兵戦では厳しい相手だったとは思うが、門番というにはあまり――

 

 ぞわり、と悪寒が走った。

 

 なんだ?

 バッと顔を上げて、通路の奥を見る。

 

 鑑定の射程内に、新しい敵が立っていた。

 

 熊人間よりも数段は格上……鑑定情報と俺の本能が全力で警鐘を鳴らす。

 

 門番は二体いた。

 いや、あっちが本物か?

 それはどうだっていい。

 

 そいつは熊人間よりもやや小柄ではあるが、俺よりはずっと大きく頑強な体躯を晒している。

 

 獣の頭部と体毛に人間のような骨格。

 両の掌から伸びる鋭い爪は、ひとつひとつが大振りのナイフのように長い。

 

 地上からの外敵を防ぐために造られた門番は、いま侵入者を逃さないための障壁となって俺の前に立ち塞がる。

 

 それは、二足歩行する巨大な狼だった。

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