終末街の迷宮   作:高橋五鹿

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第31話 つるぎの街

 まずはコーヒーだよな。

 この店のコーヒーはおかわり自由だ。今となっちゃ特に意味はないけども。

 

 マグカップと同時にブラックコーヒーを召喚する。

 特に気取ったところのない、店のロゴが入っただけの無骨なマグカップだ。

 これはこれで落ち着く。

 

 出来たてのコーヒーの香りに癒やされる。

 ひと口目を飲む。苦い。疲れ切った身体が「これじゃない」と抗議する。

 それもまた良し。

 

 さて、ドーナツは……。

 なんにすっか。滅多に食べないから即決できないな。

 

 えーい、全種類いっとくか。

 余ったら収納なり魔力化なりすればいい。無駄がないな。

 

 デカい皿にどっさりとドーナツが盛られた。

 おかしいな……明らかにひとりでは食えない量だ。

 業務用炊飯器は無理だったのにドーナツはいけるのか?

 種類をたくさん召喚するという優先項目が量に勝ったのか。

 あるいは単にジャンクフード召喚が強化されたのか。

 

 両方ってことにしとこう。

 

 皿を見ると、無骨なオールドファッションが「まずオレを取れ」とばかりに自己主張してくる。

 俺は甘味は素人だからな。基本からいくべきだろう。

 基本は普通の丸いドーナツのような気もするのだが俺には分からぬ。

 手に取ってひとくち。

 

 カリッとした食感が心地よい。

 中身のしっとりとした甘さが続く。

 疲れ切った身体が糖分を求め、「そうそうこれだよ」と相槌を打つ。

 

 コーヒーで追う。甘いものにはやはりブラックが合う。

 単体で飲む分には、砂糖ミルクのアリアリも全然ありよりのあり。呪文ではない。

 

 なんならクリーム乗ったカフェモカとかも好きだぞ。

 ただし注文時に呪文が必要な店は怖くて入ったことがない。

 トールってなんだ。雷神か?

 でも見た目は美味しそうだよなあれ。いつか召喚に挑戦してみよう。

 

 じゃあ次はこのクリームが入ってそうなドーナツを――

 

 と、手を伸ばそうとしたとき、それは現れた。

 

 白と黒。ツートンカラーの人影らしきもの。

 それは上空からふわりと舞い降りた。

 多分、どっかから跳び下りてきたような軌道。

 でも、音も気配も希薄。ホコリすら立てないような静かな着地。

 

 え、ええ~……?

 

 またかよ!

 また俺の鑑定索敵をくぐり抜けて来る奴が現れたのかよ?

 

 というか俺の索敵能力、ガバガバすぎない?

 ただでさえ無い自信が霧散していく。

 

 俺は今、多分呆けた顔をしてその相手を見ていると思う。

 相手もなんだか驚いたようにこちらを見ていた。

 

 鑑定結果は、人間。

 

 その人物は、正真正銘の人間だった。

 俺が封鎖地域内で初めて遭遇する、『普通の人間』である。

 

 白く長い布が降下時に受けた空気でふわりと舞う。

 なんだこれ……マント? いやコート……うーん、バカでかいパーカーに見えなくもない……。

 フードらしきものが後ろに付いてるであろう襟の形だ。

 

 そして、その謎コートの中は対照的に真っ黒な服……っておいおい、それ制服じゃないか。多分高校生女子。

 あれ? 白いコートを羽織った女子高生って、どっかで聞いたような……。

 

 あ……封鎖地域で最初に目撃された生存者……。

 噂のJKじゃねえか!

 な、なんでこの街に現れたんだ? かなり遠い封鎖地域の話だったはずだぞ。

 似たようなそっくりさんなんだろうか……。量産型JK。

 

 俺はこの人物の噂のことをすっかり忘れていた。

 というか人型ヒュドラ生物の可能性が高いと思って、途中からそんなに注目していなかった。

 人間だったのか……。

 

 改めてその顔を見る。

 

 黒い髪に、やや色白の肌。普通の日本人だ。

 パッチリとした大きい目……いや今はなんか驚いてるっぽいから普段より見開いているのかもだが。

 

 異質なのは、刃物で切り付けられたような、頬に斜めに走る大きな生傷。

 ここはヒュドラ生物が跋扈する封鎖地域。気の毒だがそういうこともあるのだろう。

 

 その点を除けば、現実の学校に居そうな現実的な可愛さの顔立ち。

 現実的な可愛さってなんだ目を覚ませ。

 いやだって、ねえ……。

 ここ最近、非現実的な美女二名しか顔を拝んでなかったからな……。

 

 目の前の彼女も、学校のクラスとかで一番の可愛さなどと言っても差し支えない美人さんだ。

 人の良さそうな顔なので、俺の中でだいぶ印象が加算されているが。

 

 髪は長めのショート……というかボブくらい? ボブの定義ってなんだっけ?

 毛先のところどころがラフな外ハネになっている。

 その飾りっ気の無さが、却って可愛らしくもある。

 

 身長はモニクと同じくらい? もうちょい小さいか?

 身に纏った白い上着が風を含みながらもゆっくりと落ちてきて、細身の体と黒い制服を覆い隠した。

 

 あー、もしかして目撃者から正体を隠すために、そんなダボダボの上着を着てるのかな?

 

 だとしたら初手から失敗していたことになる。

 なにしろ一番最初にネットの噂となった生存者だ。

 しかもばっちり女子高生だとバレてる。

 そのドジっぷりに、少し親近感を覚えないでもない。

 

 そして謎の女子高生は俺より先に口をひらいた。

 

「ウソ……? 普通の人間?」

 

 む、分かるのか。

 封鎖地域内に居る以上は異能持ちか魔法使い、そのたぐいではあるだろうからな。

 なんか言わなきゃダメか?

 俺は道路に立っている彼女をテラス席から見上げつつ返事した。

 

「あ、えーと……はじめまして」

 

 すまん俺にはこれが精一杯。年上なのになんかすまん。

 

「な……なにしてるんですかこんなところで」

「食事……いやお茶かな?」

 

 数秒の沈黙が流れる。

 

「あの、あなたは異能者ですか? 所属は?」

 

 所属?

 そういや異能持ちって独自の情報網みたいなのを持ってる印象だ。

 やっぱ異能持ち同士でつるんでたりするのかな。

 

「俺はオロチ。所属とかは……なんのことだか分からない。ひとりだし」

 

「野良異能者? 本当に居るんだ……。えっと、オロチ……さん? それ本名なんですか?」

 

 残念ながら本名なんだよな……。

 スネークとオロチ、どっちのほうがフザケた名前に聞こえるだろうか。

 

「あ、失礼なこと言ってごめんなさい。私はアメノっていいます」

 

 アメノ。

 アマノじゃなくて?

 ちょっと珍しいな。オロチなんて名前の俺が言うこっちゃないが。

 

 まあでもなんだ。この人はなんだか、いい人っぽいな。

 流石はネットの一部でカルトな人気を誇る謎のJKである。

 いや、性格は関係ないけどな。この人の性格とか、ネット民には知る由もない。

 

 さて、どうするか……。

 

「アメノさん。俺は封鎖地域で人に会うのは初めてなんだけど、もしよければ情報交換をしたい。あ、立ち話もなんだし座る?」

「え、えっと……」

 

 あ、警戒されてるかな。無理もない。座れなんて言うんじゃなかったか。

 

「そうですね、じゃあ」

 

 アメノは少し逡巡した後にこちらに歩いてきて、俺の向かいに座ろうと椅子を引く。

 ダボダボの上着の袖がめくれ、細い手があらわになる。

 そこには、顔と同じく刃物で切られたような生傷が走っていた。

 

 無神経にも思わずそれを見つめた俺の視線は、アメノにすぐ気付かれてしまった。

 

「あ、これはちょっとミスっちゃいまして……あはは」

 

 アメノの手が椅子から離れて持ち上げられた。

 無意識なのかどうか、顔の傷を隠すように抑える。

 まぶたが一瞬、悲しそうに伏せられたようにも見えた。

 

 …………。

 

 あー。あーもう。

 なにやってんだ俺は。

 

 俺には異能者というやつが分からない。今まで会ったこともなかったからな。

 だから互いの礼儀とか、暗黙のルールとかも分からない。

 

 たとえば……相手に勝手に魔法をかけてもいいのかどうか、とかな。

 普通に考えればいいわけがない。

 鑑定はかけてしまったが、俺は常時鑑定を展開している。ちょっと精度を上げるくらいは許して欲しい。

 

 で、だ。

 

 封鎖地域内で活動する異能者とかいっても女の子だぞ。

 怪我とか見て見ぬ振りするのはな……。

 

 警戒されたくない、とかもうどうでもいいわ。

 このアメノの傷を治してやりたい。

 

 俺は自分じゃロクに使わない《回復魔法》をアメノにかけた。

 それはもう膨大な魔力を費やして。

 回復は俺にとって苦手から数えたほうが早い魔法だ。その効果は雀の涙。

 だけど魔力マシマシでなんとかならんか。

 

 望むこと、そして疑わないこと。

 俺は自分の怪我は治せなくても、アメノの怪我なら治せるはずだ。

 

「えっ!? な、何を!?」

 

 アメノは素早い動きで跳び退き道路へと戻る。

 そう、それが普通の反応だ。別に気にしない。

 動揺し警戒している表情のアメノの顔から、傷がきれいさっぱり消えていることを確認する。

 

 俺は満足して、それから残りのコーヒーに口を付けた。

 さっき食べ損ねたクリーム入りのドーナツを手に取ってひと口。

 フレンチクルーラー。昔はこのチェーン店の固有名詞なのかと思っていたが、一般的なドーナツの種類のひとつらしい。

 皮は捻じれた形の甘さ控えめシュー生地。表面に砂糖のコーティングがしてあり、これ単品でもなかなか乙なものだ。

 

 しかしこのドーナツの真骨頂は激甘クリームとのコラボにあると個人的には思う。

 甘さの違い、舌触りの違いが交互に広がることで、互いの味を引き立て合ってるのだ。

 捻じれと甘さの二重奏。

 

 コーヒーのおかわりを召喚しておくことも忘れない。

 これで三重奏。単品の三倍強い。

 

 日の光が差すテラス席というシチュエーションがよく似合うメニューだ。

 ガーリックステーキ串の次くらいに合う。

 

 ……あとで肉も食うか。

 

 そして道路には臨戦体勢の異能者らしき女子高生――

 ってまだ居たんか。

 魔法をかけた真意を問われるか、あるいは距離を取るなり立ち去るなりすると思っていた。

 

 その女子高生、アメノの表情は警戒というよりも困惑の色が濃くなっている。

 当然だがこちらに争う意志は無い。

 俺が今やっつけるべきはフレンチクルーラーである。

 

 アメノは自分の手を見たあと、頬をさすっている。

 そして店舗の窓ガラスに目を向けた。

 店の中は暗いので、窓ガラスには割とはっきりアメノの姿が映っている。

 そして、たたたっとテラスを通って窓に近付くと、まじまじとガラスに映る自分の顔を見る。

 

「あ、あの……。さっきのはもしかして、私の怪我を治してくれたんですか?」

 

「ん? ああ。勝手に治療したのは謝るよ。でも『怪我を治せるから魔法をかけてもいいですか?』なんて初対面の男に言われても、めちゃくちゃ怪しくないか?」

 

 言いつつ俺は、抹茶クリームがかかった緑色のドーナツを手に取った。

 歯ごたえや舌触りの違い。あるいは苦みと甘さ。

 意外性の組み合わせが、それぞれの良さを際立たせる。

 ギャップとかアクセントとか、そういうものに俺は弱いのだったな。

 

 などと俺が思考を重ねる間、アメノも少し考え込んでから先の発言に返事をした。

 

「ああ……、それで突然魔法を使ったんですね。納得しました。物凄い魔力だったのでびっくりしちゃって……あ! そうじゃなくて」

 

 姿勢を正すと手を前で重ねて、アメノは綺麗なお辞儀をした。

 

「ありがとうございます。オロチさん」

「どういたしまして。でもそんなにかしこまらないでよ。ただの自己満足で治しただけだから」

 

 ウソではない。

 純粋にこの子のことを想って治すほど、想い入れはないからな。

 

「ん。そうだとしても、悪くない自己満足だと私は思いますよ」

 

 そして椅子を引くと、アメノは俺の向かいにストンと座った。

 心なしか警戒心が減ったみたいだ。《回復魔法》を覚えてたおかげかね。

 サンキュークレリック先生。

 

「今の治療がオロチさんの異能なんですか? あ、言いたくなかったらいいんです。私は誰にも言いませんけど」

 

「異能とは別。回復魔法は人から教わったんだ」

「誰に教わったんです?」

「ドゥームダンジョンのクレリック」

「それ、ゲームのキャラじゃないですか……。まあ普通は内緒ですよね」

 

 事実なんだがなあ。

 

 ちょっとジト目になっているアメノ。そういうところも愛嬌がある。

 ん? ゲームのキャラって。

 

「ドゥームダンジョン知ってるの?」

「ええ。プレイヤーキャラも敵キャラもかっこいい男性多いじゃないですか。だから女子にも人気ありますよ」

 

 それでかー。ハイドラが好きなゲームだって言ってたのは。

 

「そういえば。他の封鎖地域ではゾンビとかオークが出るダンジョンがあるらしいです。もしクレリックまで出たら、なんだかドゥームダンジョンっぽいですよね」

「それ、この街のダンジョンのことだから」

 

 そういやこの子、なんでこの街来たんだろ。

 

「いやいや。(つるぎ)の街のダンジョンでそんな敵、見たことありませんよ? ホントに居たんですか……?」

「つるぎのまち?」

「あ、オロチさんは野良……じゃなくてソロだから知らないんですね。異能者間で、それぞれの封鎖地域に付けられたコードネームみたいなものです。ようこそ剣の街へ」

 

 そういってアメノはにっこりと微笑むが。

 その表情には満点を差し上げたいが。

 んん~?

 なんか、会話が微妙に噛み合ってないような気がする……。

 それにこの街、そんな呼ばれ方してたのか……。

 

「なんで剣の街って呼び名なの?」

「あ、えっと。なんででしょうね。えへへ……」

 

 誤魔化した?

 ウソはつけない性格っぽいな。俺の中でアメノのいい人度が上がった。

 ま、喋りたくないなら構わないさ。

 

 む、話し込んでたら少しコーヒーが冷めてしまったか。

 それにまだ山盛りのドーナツが積まれたままだ。

 

「よかったらドーナツくう?」

「えっ」

 

 言ってからしまったと思った。

 猛毒の大気の中で、誰が好きこのんでメシを食うというのか。

 

「ああいや、封鎖地域でものを食べるとかないよね。気にしないで」

「い、いえ。普段も携行食とか食べてるし平気ですよ。じゃあいただきます」

 

 そういってピンク色のクリームがかかったカラフルなドーナツを手に取ると、普通に食べ始めた。

 

 お、おおう。

 いつ作られたものなのかとか、当然あるべき疑問を聞かれると思ったのだが普通に食った。勇者か? 見た目はどっちかつーと白魔術士っぽいけど。

 でもあれか。食べられるものなのかどうか、鑑定とかで見抜けるのかもな。

 

 魔法使いなら、不思議なことがあってもそうそう驚いたりはしないわけか。

 ならついでにと、マグカップに注がれたコーヒーもアメノの前に召喚してやった。

 

「えええぇっっ!?」

 

 椅子ごとガタンと後ずさるアメノ。

 滅茶苦茶びっくりされてしまった。あれ? おかしいな?

 

「なななんですか今の!? これも魔法なんですか?」

「え、うん。ジャンクフード召喚」

「ジャンクフード召喚って何!?」

 

 あ、しまった。

 その呼び名は俺の中で封印しとくやつだった……。

 

「今の無しで。忘れて」

 

 まじで忘れてください。

 

「…………。えっと」

 

 アメノは何やら考え込んでいる。

 そしてマグカップを持ち上げるとコーヒーをひとくち飲んだ。

 

「ドーナツもコーヒーも、普段このチェーン店で食べるのよりずっと美味しい……作ったのがオロチさんだから?」

 

「いや、そうじゃないよ。俺の魔法は記憶から再現されているんだ。出来たてとかの理想状態の記憶。普段のこの店でも、作った時間ちょうどに買えばこのくらいには美味しい」

 

「食べ物の記憶……? 一度魔力化した食べ物を理想状態で元に戻してる? それって……」

 

 アメノは何処からともなくスマホを取り出した。

 エラい慣れた手付きで高速タップを開始する。

 

 あっ。

 

 現在地を調べる方法!

 スマホのGPSでマップを見れば良かったんじゃないか。

 何故俺はそんな簡単なことを忘れて……普段使わないアプリだからか。

 

 俺も収納から自分のスマホを取り出した。

 

 ん?

 

 メッセが届いたな? それもたった今。エーコからだ。

 

『スネークさん、今どこにいるッスか?』

 

 どこ?

 それはむしろ俺が聞きたい。

 今から調べようと思ってたんだが。

 とりあえず返事しとくか。

 

『えっと、ダンジョンで転移の罠みたいなの踏んじゃって。地上出たら全然知らない町に出ちゃって、今そこにいます』

 

 そして今度こそマップを開こうかと思ったのだが、矢継ぎ早に短文の返信が送られてくる。

 

『それは』

『もしかして』

『ダンジョンを通って』

『別の封鎖地域に』

『出てしまった』

『ということですか?』

 

 …………。

 

 ……え?

 

 そんなことがあり得るのか?

 

 いや、そう言われてみれば辻褄が合うことも……。

 思い出せ……転移の門を通った後は何が起きた?

 

 どこまで行っても未踏破のダンジョン。

 突然出現しなくなったドゥームダンジョン勢。

 入れ替わるように現れたキメラ勢。

 ヒュドラではないダンジョンマスター、百頭竜のバジリスク。

 地上は見知らぬ街。

 そこに居たのは噂に聞いた、他の封鎖地域の生存者。

 そしてスマホの会話相手は、他の封鎖地域の魔法使い。

 

 俺は前を見た。

 

 スマホを持ったアメノが、俺のことを覗き込むように見つめている。

 

「もしかして……スネークさん?」

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