終末街の迷宮   作:高橋五鹿

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第35話 恐怖を乗り越えるために

 あいつにとって五十メートルなんてすぐだ。自分の全長の数倍程度しかないのだからな。どんなに動作がトロくても、デカいというだけで絶対的な速度は侮りがたいものになる。

 

 巨大ヤマアラシはトゲを大きく広げる。

 風切り音のような巨大な威嚇音が響き渡った。

 口からではなく、背中のトゲを震わせて音を発している。

 

 おお、そうしてるとなんか凄く怪獣っぽいぞ……。

 

 そして動き出した。左右のトゲがコンクリの建物をガリガリと引き裂いていく。

 とんでもないパワーとトゲの強度だ。

 だがトゲが建物に引っ掛かるせいで予想よりずっと遅い。

 

 あ。こいつバカの側のヤツだ。

 

 俺の心の中に余裕が生まれたとき、突然ヤツは予想外の行動を取った。

 頭部を横に向けたかと思うと、その場で反転しだしたのだ。

 

 いや、反転すること自体は不思議ではない。

 ヤマアラシのトゲは後方に向いているため、攻撃するときに反転して後ろ向きに突進するのは普通の行動なのだ。

 

 だが、俺との距離はそれなりにひらいているし俺のほうが速い。

 後ろ向きに突進したら、トゲはますます建物に引っ掛かるだろう。

 そんなことも分からないくらいの知能なのだろうか。

 

 瞬間――

 

 ヤツのトゲが一本抜けたかと思うと俺の方角に向けて飛んできた。

 狙いはメチャクチャで、俺の頭上遥か上をかっ飛んでいく。

 長さ五メートルはあるであろう槍の如き体毛は、俺が逃げていく方向にあったビルに轟音と共に突き刺さり、その長さの半分以上をめり込ませた。

 

「へ……?」

 

 我ながら間抜けな声が漏れる。

 続けて五本のトゲが背中から射出され、空中で放物線を描きながらこちらに迫って来た。

 

「……やっ……べえ!」

 

 真っ直ぐ逃げるのを即座にやめて、建物と建物の間に走り込む。

 背後でアスファルトを貫く轟音が立て続けに鳴り響く。

 

 ヤマアラシがトゲを飛ばした?

 

 バ……。

 

 バッカじゃねーの!?

 

 なんつう頭の悪い発想の巨大化生物だ!

 

 ヤマアラシはトゲを飛ばしたりはしない。

 それは俗説というか昔の人の想像。

 

 つまり……ヤマアラシイマジンだこれ。

 あるいは第三世界ヤマアラシだ。なんだそりゃ。

 

 ヤマアラシの体毛にそんな機能はないから、魔法で飛ばしているんだろう。

 く、くだらねー。

 

 鑑定によれば、ご丁寧にもトゲは濃度の高いヒュドラ毒まで分泌しているっぽい。

 あの程度の毒では俺には効かないと思うが、毒とか関係なく食らったら死ぬわ!

 

 ますますバカじゃねーの!?

 バジリスク! オメーに言ってんだよオメーに!

 

 お前ほんと――

 

 巨大化生物を造るセンスがあるな!

 

 少なくともヒュドラよりずっと才能がある。

 あいつの造る巨大化生物はひどかった。

 全部クソダサモンスだった……。

 

 各地の封鎖地域のダンマスは、ヒュドラに比べて無個性なんじゃないかという説があったが違うな。

 

 多分いままでは準備期間だった。モニクもそう言ってた気がする。

 ヒュドラだけ張り切って、最初から変なの造ってただけだった。

 

 バジリスクの評価を俺の中で上方修正しとこう。

 あいつは出来るヤツだ。侮れん。

 

 頭上に突然轟音が走った。

 新たなトゲが飛ばされ、俺が隠れている建物を貫いたのだ。

 細かい瓦礫が周囲に降り注ぐ。

 

 ダメだ! 攻撃動作を視認できないほうが危ない。

 本体を視界に入れて回避に専念したほうがいい。

 

 いま入った通路を逆走し、再びヤマアラシの前に。

 さっきより近い!

 攻撃しながら移動してたのか!

 

「アヤセくん!」

 

 遠くからエーコの声が聞こえる。

 そして、直径三メートルはあろうかという不可視の大気の塊がヤマアラシの頭部を目掛け、頭上から飛んで来るのを察知した。

 

 俺の居る位置からは見えないのだが鑑定によれば……。

 非ヒュドラ毒である『外界の空気の塊』がヤマアラシの頭部に直撃したっぽい。

 

 だが次の瞬間、清浄な大気を空気塊へと維持している魔力が引き裂かれるように消えていく。

 

「なにっ!?」

 

 空気の塊は徐々にほどけ、ヤマアラシ頭部の周囲は再びヒュドラ毒で満たされていった。

 

 これは……消失魔法の応用か?

 あいつ、風魔法を無効化したのか!

 

 何軒か先のビル屋上にエーコの姿を認めると、逃げるようにハンドサインで促した。俺も再び横道へと逃げ込む。ヤマアラシが風魔法を消している間に距離を取らねば。

 

 なおハンドサインとか別に事前に決めてないが。

 まあニュアンスで分かるだろ。

 それにエーコはその気になれば俺にはすぐ追い付けるだろうし。

 

 案の定、前方のビルの谷間の間を跳躍しながら白ローブが降りてきた。

 まるでヤギみたいな機動力だな。白いし。

 

「無理だった! どこに逃げる?」

「狭くて頑丈な場所……。一番近いのはダンジョンだな」

「えっ。入り口塞がれたら出られなくない?」

 

 まあそうなんだけど。

 

「ずっと逃げててもジリ貧だし、俺は近くで反撃方法を練るわ。エーコが街の外まで逃げ切れるなら、いったん解散すっか」

「……いっしょに行く」

 

 そうか。

 心なしか、若干の焦りをエーコの表情から感じる。

 あんま無理すんなよ?

 俺より強いであろう異能者の心配するのもアレだが。

 

 ちょっと気になるのはあのヤマアラシ、封鎖地域の外にも攻撃できるんじゃなかろうか?

 うかつに境界線付近まで誘導してしまうのは良くない。

 もしかしたらそれで焦ってるのかもしれないな。

 

 剣の街のダンジョンには数分で辿り着いた。

 その間ヤマアラシの追撃は無し。こちらを見失ったのかもしれない。

 

 入り口の大きな建物。そのところどころには、鋭利な刃物で斬られたかのような鮮やかな切り口が散見される。

 

 そういやあれやったの、モニクじゃないってことになるのか?

 今はそれどころじゃないが、後で調べておく必要があるかもしれない。

 エーコとふたり、足早にダンジョン内部へと向かった。

 

 地下へと続くスロープを降りて、通路へと入る。

 終わりの街の地下迷宮に比べて、いくぶんか狭い通路だ。

 

「ここならあのデカブツも入ってこれないな」

 

 これ、もしかして地上よりダンジョン内のほうが安全なのでは。

 

「ねえアヤセくん」

「ん?」

「ヒュドラ生物ってダンジョンから出てくる。で、合ってるよね? ダンジョンに入れない大きさなら、どうやって外に出てきたんだろ?」

「そういえばそうだな?」

 

 突然そんな「地下鉄は何処から入れたのか」みたいなことを聞かれましても……。

 ホントどうやったんだ。

 判明したところで、あいつの攻略にはあんまり役に立ちそうにないが。

 

「あのモヒカン野郎、このまま雨が降るまで待ってれば勝手に死ぬのでは」

「モヒカン? あ、あの分だと多分、水の消失も出来るから無理だと思うよ?」

 

 風魔法を消せるくらいだから、水の消失は簡単ってことか。

 エーコはいつもの調子だったが、またふと憂いを帯びた表情になる。

 そしてぽつりとこぼした。

 

「あいつと同じ……消失魔法を使うなんて」

「あいつって?」

 

 それが少し浮かない顔をしている原因か?

 

「このダンジョンの奥にはね、私がどうしても勝てない敵がいるの。多分、その先に進むためには避けて通れない相手……」

 

 魔女の力をもってしても勝てない相手か。

 消失魔法を使うのなら、魔法攻撃を得意とする魔女にとっては天敵だろう。

 エーコは自分の頬をさすりながら言う。

 

「アヤセくんに治してもらった怪我。あいつに刻まれたものなの。それまでは探索も順調だったのに……ヒュドラ生物はどんどん強くなっていく。あのヤマアラシだって」

 

 あ~。

 トラウマってやつですねそれ。分かるわ~。

 俺もアオダイショウは何度か夢に見たからな……。

 

 そうか、エーコはそいつとヤマアラシを倒す自信が持てない。

 それでなんか元気がないんだな。

 

「よし、んじゃあ迷宮の奥までそいつを見に行くか」

「えっ?」

 

 エーコは目をぱちくりとさせて俺を見た。

 

「考えようによっては、異能者がふたりいる今がそいつを倒すチャンスだよな。魔法はあんま効かないみたいだけど、ヤマアラシより小さいならダメージの与えようもあるんじゃない?」

 

「そ……そうかな? うーんどうだろ? 攻撃がなかなか当たらないから手数が……もしかしてふたりなら……」

 

 あのヤマアラシは実際手強いヤツだ。

 身体はデカくてダメージが通りにくいし、遠距離魔法は効かないときた。

 

 倒しに行くなら懐に潜り込むしかない……。

 あの長いトゲを恐れていては話にならないんだ。

 

 もしエーコがメンタルに不安を抱えたままであるなら、ヤマアラシとは俺ひとりで戦うことも視野に入れなければならないだろう。

 

 だが、エーコの不安の原因となっている『あいつ』とやら。

 それを先に倒してしまえばひょっとしたら……。

 

「うん、もしかしたら。アヤセくんとふたりでなら倒せるかも!」

 

 目に輝きが戻ったな。

 

 そうだ。恐怖を克服するために最も効果的なのは、その恐怖に向き合うこと。

 

 だから俺はモニクに頼まず、アオダイショウを自分の手で倒した。

 同じ方法でエーコにも立ち直ってもらおう。

 

 自らの手で……その宿敵に止めを刺す。

 俺はそれをほんの少し手伝うだけ。

 

 そうやって人は、前に進んで行くんだ。

 

「よし。それでそいつはどんな敵なんだ? 教えてくれ」

「ワーウルフ」

「ワーウルフ?」

 

 はて……?

 

「あれ? 知らない? 狼男のこと」

「いや……言葉の意味は知ってる」

「?」

 

 えっと……。

 

「それはもしかして、身長二メートル半くらいあって、全身毛むくじゃらの狼頭と人型マッチョのキメラで、動きがクソ速くて、両手の爪がやたら長いヤツのことだったりする?」

 

「見たことあるの!?」

「ごめん……」

「なにが?」

 

 ほんとすまん。

 

「そいつ、もう殺しちゃった」

「ええええぇぇっ!?!?!?」

「…………」

「ど、どうやって倒したの? 私の『武器』もほとんど当たらなかったのに!」

 

 武器? エーコもなんか武器使うの?

 狼人間――改めワーウルフには風魔法も効かなかったそうだから、そりゃあステゴロってわけにもいかないか。

 

「実力じゃ完全に負けてたけどね。魔法のアイテムみたいなのを使ったんだよ。石化毒っていう上位ヒュドラ毒。それを収納に入れといてぶつけて倒した」

 

「あ、私の風魔法と同じ使い方だ。そっか、上位のヒュドラ毒は防げなかったのか。どこでそんなの手に入れたの? やっぱり終わりの迷宮?」

 

 風魔法も収納に入れた外界の空気を射出する技だったのか。

 道理で水魔法みたいに、相手の場所には直接出せないわけだ。仕組みが分かると、完全上位互換というほどでもないな。

 

「いや、ここのダンマスから盗んだ」

「えええええ!?」

 

 あんまり叫ぶと喉枯れるよ?

 

「ダ、ダンマスも既に発見してたの!? アヤセくんはいったい何者なの!?」

「何者て。例の転移で飛ばされたのがダンマス部屋だったから、ただの不可抗力だからね?」

「ダンマスとワーウルフに遭遇したのに無傷でダンジョンから出てきて、呑気にドーナツとか食べてたの!?」

 

 それはドーナツ屋以外、全部潰れてたせいだな。物理的な意味で。

 俺はガーリックステーキとかが食いたかった。

 

「とにかく……ごめん、エーコ」

「なんで謝るの!?」

「えっ? ワーウルフを自分で倒したかったでしょ?」

「えっ? いや別に」

 

 ……あれ?

 

 だってほら、宿敵は自分で倒すべきものって。

 もしかして俺だけ?

 

 さて。

 ダンジョンの奥に行く用事はなくなってしまった。

 ということはモヒカン刈り……もといモヒカン狩りに戻るしかないな。

 エーコもなんか知らんがやる気が出てきたようだ。

 

「で、あのヤマアラシ。アヤセくんならどうやって倒すの?」

 

「頭部が弱点なのは本物と変わらないと思うけど、鑑定した感じ頭頂部の体毛も硬い。口の中を攻撃するのも手だけど分が悪いな。なら顎の下……潜り込んで喉を攻撃するしかないと思う」

 

「うんうん」

 

「ふたりで戦うなら片方は攻撃を引きつける、背後のトゲ攻撃をどうにか凌ぐ役。もう片方は反転される前に顎の下に潜り込んで攻撃する役かな」

 

 問題はどうやってあのデカブツにダメージを通すかだなー。

 時間をかけてもいいならチマチマと攻撃すればいいだろうけど、俺の攻撃力じゃ先に踏み潰されて終わりそうな気がする。

 

「あのトゲを避けるのは大変だと思うけど、私が攻撃役をやってもいい?」

「ん? 構わないけど、攻撃役のほうがずっと危険だと思うけど……」

 

 トゲ攻撃は大味だからな。囮はそこまで大変ではない。

 

「私は逆だと思う。ということは、それが適材適所なんだよ」

 

 なるほど。エーコがどうやって頭部にダメージを与えるつもりかは分からないが、なんらかの勝算があるのだろう。俺には正直ない。お互い得意分野を担当したほうがいいよな。

 

「分かった。それでいこう」

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