終末街の迷宮   作:高橋五鹿

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第38話 全部乗せ

 翌朝、何やら慌てた様子でエーコはやってきた。

 

 今回は珍しいことに、俺の鑑定に引っ掛かった。

 理由を確認するために外に出る。

 

 本人はすぐに見つかったのだが、姿が見えない。いや、実際には場所が分かっているのですぐに発見は出来た。

 しかし、身に纏っているローブが異質だった。

 

 ローブの向こう側の風景が透けて見えているのである。ステルスローブだ。

 顔は露出しているので見えているが。

 あと最初からそこに居ると分かっていると、なんとなくローブの輪郭も見える。完全に違和感なく風景に溶け込めるというほどでもない。

 

「なにその格好」

「隠蔽魔法の一種。普段は気配遮断をしているんだけど、今回は視覚に特化してるの。ローブの反対側の風景が映る仕組み」

 

 なるほど普段は気配が希薄なエーコだが、この魔法のせいで俺には逆に居場所を察知しやすい。

 境界線の野次馬対策には充分だが、対ヒュドラ生物には気休め程度の効果といったところか。

 それにしても……。

 

 まるで透明人間だな。

 エーコのような真面目そうな人間も、このイカれた時代にあっては午後ショー化に歯止めが利かなくなってくるのだろうか。

 キメラ対透明人間。

 

「それ使ってれば、確かに人間から発見されることはないだろうね」

「そうなの。でも今回はちょっと気になることがあってね」

 

 なんかあったのかな? それで慌ててる感じなのか。

 

「ダンジョンからヒュドラ生物がどんどん出てきてる」

「なんだって……? バジリスクの奴、攻勢に転じるつもりなんだろうか」

 

「少し様子が変。私とか見向きもされなくて。気配遮断のせいかなって色々切り替えてみたんだけど、やっぱり相手にされない」

 

 あー、それで今日は透明人間になってんのね。

 

「ヒュドラ生物は強い相手からは逃げる個体も多いけどね。それにしても、昨日の今日で急に地上の敵が増えるのは不自然な話ではある、か……」

 

「うん。今日は地上の動向から目を離さないほうがいいと思う」

 

 ふーむ。ならばどうするか。

 俺としては――

 

「ダンジョン付近で一番高い建物……。そこから様子見するのがいいかな?」

 

 というわけでやって来たのはダンジョン近くの分譲マンション。

 侵入がめんどいからという理由で、普段は避けてる種類の建物だ。

 

 エーコは杖を取り出すと、その先端に魔力剣《(つるぎ)》をナイフ程度の長さで展開する。

 ガラスでも斬るのかと思ったら、非常口扉錠前のデッドボルトを両断しやがった。

 有能すぎるだろそれ。俺も覚えようかな……。

 終わりの街の粗大ゴミを片付けるときとかに便利かもしれん。

 

 屋上に出た。

 継承による身体強化の一環か、集中するとかなり遠くまで見渡せる。

 そして目に入ってきたのは、ヒュドラ生物同士による壮絶なバトルロイヤルであった。

 

 多種多様な野生動物が走り回っている。

 街の至るところで戦闘が始まっていた。

 

「あー、うん。これは……」

「どう思う?」

 

 どう思うかと問われれば。

 

「多分だけど、捕食の力を与えられた個体が何体か混ざってるな。新しい巨大化生物を造る気なんだろ」

「えっ。じゃあ今からでも妨害したほうがいいのかな?」

 

 どうだろ?

 あれ全部追いかけて駆除するのと、最後に残った巨大化生物を仕留めるのはどちらが手間だろうか?

 

「難しい……」

「だよねー」

 

 エーコも同意見らしい。屋上を歩き回って眼下の街をぐるりと見渡すと、更に予測を述べる。

 

「あの動物の数だと……最終的に完成する相手って、とんでもないことにならない?」

 

 確かに、ヤマアラシよりも強そうな動物が何種類もいるな。

 しかし。

 

「ヒュドラ生物も魔法も、あらゆる物理法則を無視できるわけじゃあないからね。際限なく強くなるということはあり得ない。どうしても倒せないようなら一旦放置すればいいよ」

「そんなのでいいの?」

 

 いくらヒュドラ生物が超常の生き物とはいえ、現実の理をそうそうくつがえすことは出来ない。魔法には術者のスペック上の限界がある。ヒュドラ本体はやりたい放題だとしても、バジリスクにははっきりと限界がある。

 

 巨大ヤマアラシみたいなあんなデカい動物は、陸上では長くは生きられない。あれでは単純に体温を逃がしきれないだろう。水中で冷やそうにもヒュドラ生物は水が弱点ときたものだ。

 

「そもそも巨大化生物なんて、どうやって体を冷却するのか分からんし長くは生きられないでしょ」

「それってどのくらいの期間?」

 

 俺の知る限りだと……。

 

「アオダイショウは半月は元気にしてたな」

「思ったより長い……魔法でどうにかしてるんじゃなくて?」

 

 それはあり得るな。アオダイショウが半月も生きてたのは、やっぱりヒュドラ製だからだろうか。

 それより――

 

「それより俺は、あのゴリラが気になる」

「ゴリラ?」

 

 そう、街中では一頭のゴリラが景気よく他の動物たちを蹴散らし捕食していた。

 捕食といっても殴り殺した後に光の粒子を吸い込んでいるだけで、見た目上は俺の継承に近い。

 巨大化ゴリラ……。

 とうとうそれを使うのか。バジリスクはやはり侮れないな。

 

 別の方角に目を向けると、そこでは大柄な鹿が道路を駆け抜けている。

 長いツノで他の生物を跳ね飛ばしていた。かっこいい。

 たまに獲物がツノに絡まったままになるが、しばらくすると絶命して消失していく。

 

 屋上を歩いて反対側の方角を見下ろす。

 そこには虎が居た。

 先月辺りは「虎が出たらどうしよう」とか常にビビってた気がするが、今となっては普通のエネミーだ。少し登場時期が遅かったかもしれない。俺の中でいまいち盛り上がらない相手だな……。

 

 動物たちの中にはヤマアラシも居た。しかし連中が勝ち残るのは難しいだろう。確かに猛獣にも対抗できる種族ではあるのだが、猛獣より強いかと問われれば厳しいところである。

 というより、もう負けてるのに何故この中に投入されたのだろうか。

 敗者復活戦か?

 

 ワニ。

 おいおい、水棲生物をヒュドラ生物化すんなや。かわいそうだろうが。

 と思ったらめっちゃ元気そうだなあのワニ。

 今まで見てきたヒュドラ生物の中でも一番生き生きとしてるかもしれん。

 でも絶対短命だろアレ。蝋燭の炎の最後の輝きに見える……。

 

 一時間が経過した。

 ある程度巨大化した奴らも同士討ちを始めたがいいのかアレ。

 もしかして最後の一頭になるまで続ける気なのだろうか。

 アホや。

 でもそういうの嫌いじゃないぞバジリスク。

 

 適度に休憩を挟みつつ敵の動きを観察していると、エーコが予想を聞いてきた。

 

「どうなると思う?」

「優勝はゴリラ。大穴でワニ」

「優勝って何!? あとなんで断言するの? 虎とか強そうだよ?」

 

 虎か……。

 虎も確かに強いが、怪獣の王といえばゴリラだからな。

 巨大化したゴリラに弱点は無い。

 あと現時点でワニが結構デカくなってる。アレ倒すのは既にかなりしんどそうなんだが。

 

 もう剣の街は怪獣映画の撮影現場さながらの様相である。

 怪獣の街に改名したほうがいい。

 

 二時間が経過。

 地上ではバカでかくなった虎が勝利の咆哮を轟かせていた。

 

 ま、まさかゴリラが負けるとは……。

 あいつ本当に虎なの?

 四聖獣の白虎をスプレーで黄色く塗った生物とかじゃなくて?

 野生動物のバトルロイヤルに魔物を混ぜるのは反則。

 

 普通に虎のほうが強い?

 まあそうかもしんないけど、巨大化ゴリラというところにロマンが……。

 

 ワニも強いと思ったんだけどなー。

 やっぱ水が弱点のワニとか無理があったんだろうか。一応陸上でもスゲー強いはずなんだが。

 ま、勝負は時の運ともいう。

 

 何体か乱立する可能性も考えていたが、結局最後の一体になるまで続けやがった。

 多分他者を捕食するという、単純な命令しか実行できなかったんだろう。

 

 巨大化生物同士の戦い、なかなか見応えはあった。

 撮影スタッフがいなかったのが悔やまれるな。

 

「じゃ、そろそろ狩るか……」

「ど、どうやって? 私の《(つるぎ)》だと難しいかもよ?」

 

 魔力剣は攻撃力一辺倒の魔法だからな。

 生身で接近する必要がある以上、相討ちになる危険性も高い。

 

「エーコはビルから降りる必要はない。消失魔法を使われても、リソースを防御に回すぶん隙は作れるはず」

「なるほど。上空から魔法を使えばいいんだね」

 

「そ。下でも色々試してみるよ。駄目そうなら適当に切り上げるから、そんときはすぐ逃げる方向でよろしく」

「分かった」

 

 軽く打ち合わせすると、俺は屋上の扉へと向かった。

 人間だって、逃げるのに徹した小動物を捕まえるのは難しいからな。

 巨大化生物も、最初に遭った猫くらいの大きさだと却って逃げるのは難しい。あの虎はヤマアラシ同様にちょっと大き過ぎる。倒すのは難しくても、逃げるだけならワーウルフ相手よりずっと楽だ。

 

 マンションから出ると、巨大虎の居る方角へと向かう。

 奴も俺に勘付いて……なさそうだななんか。

 総じて巨大化するほど鈍い気がしないでもない。それならそれで逃げやすいから結構なことだが。

 

 建物の隙間からちらちらと立派な毛皮が見え隠れする。

 頭の高さは建物の二階から三階程度の位置か。

 ヤマアラシに比べて手足が長く、頭の位置が高い。あれでは地上から近付いても魔力剣の射程範囲に収まらないだろう。

 

 それにネコ科特有の瞬発力を考えれば、正面から近付くのは自殺行為だ。

 建物の影をつたって、斜め後ろの方向から近付いていく。

 

 もう少しで鑑定索敵の射程範囲、というところで多分気付かれた。

 響き渡る足音が急にせわしなくなる。

 範囲内に入るところで、俺が隠れている路地の先にその顔を出した。

 

 今居る路地の幅は、ヤツがぎりぎり入ってこれる程度か。ネコ科なだけに、狭いところに入るのも得意だったりするのだろうか? その気になれば、建物を壊しながら進むことも出来るだろう。

 

 更に言うなら、虎は高いところに登り降りするのが得意なはずだ。これは俺にとって非常に厄介な特徴である。ただ、巨大化した分の重量増加は半端ないはずで、その辺の能力はスポイルされているはず。されててくれ……。

 

 俺がまさにビルの壁を登ろうかどうか悩んだとき。

 路地に入ってきた虎の後頭部死角から、不可視の空気の塊が飛んできて虎の頭を包む。

 虎は頭を振って消失魔法を発動した。

 

 今だ……!

 

 前方に走り込み虎との距離を詰め、側面の壁を駆け上がる。エーコのようにビルの上まで登るのはとても無理。でも二階の上辺りで充分。路地中央に向けて跳ぶ。

 着地点は虎の後頭部、そのすぐ後ろだ。

 アックスホルダーから抜いた手斧を振り向きざまに一閃する。

 

 浅い!

 毛皮に阻まれ刃は途中で止まる。

 咄嗟に身を低くし虎の体毛を掴んだ。振り落とされないためだ。

 

 何故だ。

 確かに巨大さ故に分厚い毛皮ではある。しかし硬度でいえばワーウルフと大差ない。人狼の手を易易(やすやす)と斬り裂いたこの武器が何故通用しないのか。

 

 あのときの切れ味……常に発揮されるものではないのか?

 そういやあれ以来、一度もこの斧を使っていない。

 水魔法も手斧も通用しないとなると、どうやってこいつを仕留めたものか。

 

 違和感。

 背中に乗られ、攻撃までされたというのに虎が動かない。普通なら反射的に振り落とそうとするはずだ。掴んでいる体毛が蠢き、硬くなるような感触があった。

 

 直感が最大級の警鐘を鳴らし、掴んでいる体毛を即座に離す。

 

 どこに逃げる?

 正面、背後、側面。いや、俺の勘が正しければ全部危険だ。

 俺は肩の後ろを滑るように、そのまま地面へと落ちた。

 次の瞬間、虎の背から槍のような物が生えて頭上を通過し、側面のビルに突き刺さる。

 

 ヤマアラシのトゲ……。

 こいつは、虎とヤマアラシのキメラだ!

 

 なんてこった。背中に乗れるならまだ対策のしようもあったのに、虎の機動力を持った巨大化生物と地上で戦う羽目になるなんて。

 これもう逃げる算段に入ったほうがいいな。どっちへ進む?

 

 路地の正面、大通りに向かって駆けた。

 虎の正面は危険すぎる。背後のヤマアラシのトゲのほうがマシ。ただし広い場所は俺には不利。すぐにどこかへ駆け込まなければならない。

 幸いにも道路を渡った先に、今よりも狭い路地がある。虎が体勢を立て直す前に、即座に飛び込んだ。

 

 振り返ると信じ難い光景が目に入る。

 虎は上体を持ち上げると、後ろ足二本で直立しようとしていた。

 脚が肥大化し、骨格が変形していく。虎人間にでもなろうってのか?

 いや……。

 この骨格は人間のそれではない。マッチョにも限度がある。

 異様に太く短い脚と長い腕……この骨格は。

 

 ゴリラ――

 

 虎はヤマアラシだけでなく、ゴリラの特徴をも取り込んだキメラとなって立ち上がった。

 そして俺のほうへと、ゆっくりと振り返る。

 その顎は、異様に前方へと突き出ていた。

 地上で最強の咬合力を持つ生物――ワニの顎だ。

 

 こいつは、さっきまで殺し合っていた巨大化生物の長所を全部乗せしたキメラ……いやもう大怪獣だった。

 

 駄目押しとばかりに、側頭部から鹿のツノが生える。

 鹿のツノ。いや武器にはなるかもしれないけどさあ。

 頭部がそんな高い場所にあるのに、いったい何と戦うつもりなんだよ!?

 体高十メートルとか軽く超えてるんだが……。

 

 バジリスクの本気を見た気がする。

 いや、これもうバジリスクより強いんじゃねえの?

 

 おかしいな。あいつは自分より強い部下とか造らなそうなんだが。

 あいつバカだから、うっかり想定外に強くなっちゃっただけか?

 

 でも、百頭竜って自分より強いヒュドラ生物を造れるんだろうか。

 それはなんかおかしい……。魔法の原則に反しているような気がする。

 俺はまた、何かを見落としてはいないか?

 

 それを考えるのは後にしよう。

 今はこの虎をなんとかしなければ。

 虎……虎かなあこいつ。

 もうあんま原形を留めていないんだが。

 

 ゴリラの体躯。

 ワニの咬合力。

 ヤマアラシのトゲ。

 鹿のツノ。

 虎の毛皮……。

 

 虎要素、意味なくない?

 

 うーん、これだけ身体の構造を変えられるのなら、体温上昇によるオーバーヒート問題も解決しかねない。

 身体をヒラキにして熱を逃したりとかな。

 

 とか考えてたら大怪獣は縦に真っ二つになった。

 

 ……え? 本当にやるの?

 それにしてはちょっと豪快すぎない?

 脳も内臓も真っ二つなんだが。お前それ生きてんの?

 

 真っ赤だと思ったグロい断面は、しかし徐々に色を失っていった。

 やがて点描のように、少しずつ光の粒子となって崩れていく。

 

 この光景、以前にも見た気がする……。

 

 崩れゆく光の粒子は地面にこぼれ、先程まで俺が居た路地にあふれかえった。

 

 光の道を、ゆっくりとこちらに歩いてくる人影がある。

 上半身を包む戦装束から、スラリと伸びた小麦色の脚。

 こぼれ落ちる粒子の光と風を受け舞い上がる白髪(はくはつ)

 あらゆる理不尽を斬り裂く大剣を携えた終末の女神――

 

「やあ、アヤセ。迎えに来るのが遅くなってしまったな」

 

 褐色の美貌に柔らかな笑みをたたえ、モニクはそう告げた。

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