「助かったよモニク。ありがとう」
どうやってここまで……とか聞くのもヤボか。
俺の背後のビルからは、エーコが慌てて降りてきた。
「アヤセくん何今の……って、あなたは……?」
モニクに気付いて固まる。
多分、目視するまで存在を察知できなかったのだろう。
「お嬢さんは、察するに
「えっ? は、はい。
「モニクはアマテラスを知ってるのか?」
「知ってるだけだね。関わりはない」
そんなものか。
「も、もしかしてこの人がアヤセくんのお師匠様なの? ひょっとして超越――」
「あー、立ち話もなんだし移動しようか」
今日はもうダンジョン探索という雰囲気でもなかったので、拠点のそば屋に戻ることになった。
「流石に魔女の目は誤魔化せないから白状するけど、ボクは確かに超越者だ。アヤセとは協力関係にある」
「それでアヤセくんは正体を伏せて話していたんだね……ええと、モニクさん。私、誰にも喋りませんので」
「そのほうが助かるかな。ありがとう」
モニクはいつも通り穏やかな表情だ。
彼女のことをエーコにどう説明したものかと悩んだが、当事者同士で勝手に解決したみたいだな。
超越者と異能者組織の関係については、よく分からないのであまり口出しは出来ない。
なんとなくだけど、モニクは誠実な人間を邪険にはしないという気はしていた。エーコであれば問題ないという予感は、間違いではなかったようだ。
あんまり誰にでも引き合わせていい存在ではない、ということは確かだろうけども。
そば屋に戻りテーブルに着くと、モニクは俺の向かい側に座った。エーコはそれを見て少し悩んだ末、俺の隣に座る。
エーコは何も言わずにメニューを開いた。向かいのモニクも無言でメニューを開く。
そば屋のお品書きとか分かるんだろうか……? 今更か。
俺は見なくてもだいたいのメニューは頭に入っているので、ドリンクとつまみを適当にテーブルに並べる。瓶ビールを一本取ると自分でコップに注いだ。
モニクはそれをちらりと見ると、コップと新たな瓶を取って真似して自分で注ぐ。お酌という風習は俺は知らないし、モニクはもっと覚える必要がない。これで構わないだろう。
昼間から無言で飲み始めた二人を見てエーコが一瞬固まったが、興味はすぐに目の前のつまみに移ったようだ。
いやまあ、今日これから何が攻めてこようとモニク先生の敵じゃないからね……。
すっかり他力本願モードになった俺は、ゆっくり酒と食事を楽しんだ。
「それで本題なんだが」
そうモニクが切り出した。
あったのか本題……。
「アヤセ。……キミの破毒。少し見ない間にだいぶ変化したな?」
「えっ? それは何か新たな力に目覚めたりとか」
「いや、猛毒への耐性が上がっただけだが」
知ってた。
「何か耐性が上がるような出来事があったのか?」
「あー、バジリスクって奴とちょっとね」
「バジリスク……」
モニクは少し考え込む。エーコは黙ってお茶を飲んでいた。
「そうか、この地の巣の主は《百頭竜》のバジリスクなのか」
モニクに名前を覚えられているバジリスクが有名なのか。
はたまた単にモニクが物知りなだけなのか。
俺には分からん。
「百頭竜? なんですかそれ」
ああ、まだエーコには教えてなかったな。
それは中ボスの別名――
「百頭竜はヒュドラの首のスペアだ」
はい? なんか今知らない情報が。
「キミたちも神話におけるヒュドラの能力は知っているだろう? 九つの首を刎ねてもすぐに新しい首が生えてくる不死身の蛇。ヒュドラは九体でひとつの超越者だ。一体を倒しても、百頭竜のいずれかがヒュドラの新たな首になる」
「ちょっと待ってくれ。百頭竜は文字通り百頭じゃないとは言ってたが、ダンジョンマスターと同じ数は居るんだよな?」
「ダンジョンマスターとは巣の主のことだな? 百頭竜の全てが地下迷宮を預かるわけではないだろうから、もう少し居るかもしれないな。百頭という名前は、多数居るという程度の意味だ。日本でいう
とんでもない数が居るということは分かった。
中ボスの数は少なく、恐らく各封鎖地域に一体ずつくらい。これは以前も聞いたことだ。ヒュドラ生物の総数に比べれば少ないのは確かだし間違っちゃいない。
いないのだが……。
それがすなわちヒュドラの残機の数と言われると話は別だ。
そんな化け物、モニクでも倒すのは無理なように思える。
「あ、あの……」
エーコが片手を上げて、遠慮がちに発言する。
「ヒュドラが九体というのは、やはり世界各地に? あと、日本には……」
「それで合ってるよ。日本には、
ヒュドラ本体が終わりの街に居ると、モニクからはっきりと聞いたのはこれが初めてだ。
ただし世界に全部で九体いて、どれかを倒してもスペアが新たな首になる。
「そんなん倒せるの?」
直球で聞いた。オブラートに包む言い方が分からねー。
「ヒュドラに不死身の首という能力があるように、超越者たちにも様々な奥の手がある。それよりも問題なのは、やはり《対超越者結界》だな」
ああ、なるほど。ヒュドラだけが極端に強い超越者というわけではないんだな。俺のような人間の異能者基準で考えると、ほとんど不死身の怪物にしか思えないが。
「色々教えていただきありがとうございます。モニクさん」
「キミの武運を祈っているよ、エーコ。……さて、アヤセ。帰りは陸路でも構わないかな。ボクの隠蔽を使えば
「ああ、それなんだけどさ。帰る前にやることがあるんだ。アドバイスもらえないかな?」
「うん?」
軽く深呼吸して、そして俺はモニクに尋ねた。
「バジリスクを倒す方法を教えてほしい」
エーコが息を呑む気配がした。
モニクはちらりとエーコのほうを見てから俺に向き直る。
「またキミは目標を見つけてしまったのか……。言っておくがアヤセ。今のキミが百頭竜と戦うなどと言い出したなら、ボクは全力でそれを止めただろう」
やはりそうなのか。
ん? 止めた……?
今、過去形で言わなかったか。
「アヤセ、キミはバジリスクをどう思う」
「ちょっと脇が甘い奴だな」
やや虚勢を張って答えた。
この程度のハッタリ、モニクに通じないのは分かっている。
戦いへの心意気として受け取ってもらいたい。
「それはそうだろうな。大半の百頭竜は実戦経験がないのだから。では、彼の強さそのものに対してはどう見る?」
「思ったほど……強くない、か? そりゃ俺よりは強いけども。巨大化生物とそんなに差がないように見える」
モニクは若干呆れたような表情になった。
少し調子に乗りましたスンマセン!
「それは
ん……?
なんか思ってた反応と違うな?
「地下迷宮を維持し、ヒュドラ毒を維持し、対超越者結界を維持する。更にはヒュドラ生物の創造と消失の管理を行う。キミたちの言うダンジョンマスターという仕事は、ヒュドラにしてみれば片手間に出来ることだが百頭竜にとってはそうではない」
バジリスクの違和感。
強大な力を持ちながらも、何故かあまり強そうではない。
もしやそれが……。
「ダンジョンマスターである以上、百頭竜は本来の力を発揮できない。更に言うなら石化毒という強力な武器を持つがゆえに、他の能力は百頭竜の平均から劣るのがバジリスクだ。五分五分ではあるが――」
モニクは俺とエーコを交互に見て、ゆっくりと告げる。
「キミたちなら、《百頭竜》バジリスクを討つことが可能だろう」
*
色々と相談した結果、対バジリスク戦の修行は明日から。
モニクはそば屋の二階で寝泊まりすることになった。
「ボクはしばらくエーコの指導に当たるよ。キミはひとりでも大丈夫だろう?」
はい……。
少し寂しさを感じないこともないが、自分のペースで適度に頑張るのが俺に合ってるというのは事実。
「それから、バジリスクを倒した後のことなんだが」
「ん?」
「正直なところ、彼の死体がどうなるのかボクには分からない。ただ、キミならどうにか出来ると思う。キミは少し、自分の限界を低く見積もりがちだからね」
そうなのか?
俺の限界はともかく、ダンマスが死んだケースは確かに前例がない。倒せたとしても油断は禁物ということか。
さて、自主練の内容なんだが。
俺の攻撃力不足を解消するのが最大の課題ということで、魔力剣の練習をすることになった。
「え、ええ~? 一族以外で《
「できるよ」
モニクはあっさりと言うが、エーコの疑問ももっともである。
幼少期から修行をしていたというエーコは強力な魔法の使い手ではあるものの、それ故の知識や先入観に囚われているというのがモニクの見解だ。
それを払拭するには、俺が実際にエーコの魔法を模倣してみせればいいという。
モニクがやったのでは意味がない。
超越者だからなんでも出来るのだろう、で終わってしまうからだ。
*
翌日。
修行場所として、俺はひとりでダンジョンに行くことにした。
敵の動きが変則的になっているので、あまり奥には行かないようエーコから釘を刺されたが。
この街に来てからというもの、俺の《継承》による強化はほとんど止まっていた。ワーウルフは石にしちまったし、巨大化生物はエーコとモニクが倒している。しかし代わりに得たものも多い。どうせ身体能力強化だけではバジリスクには勝てないのだ。これでいい。
ダンジョンに到着した。敵の気配はない。
手斧をホルダーから抜いた。刃は光っていなかった。
ワーウルフと戦ったときのあの力が、何故か再現できない。
手斧の刃を修繕するときに使った、ブレードの刀の特性だと思うのだが。
スマホでドゥームダンジョンの攻略サイトを確認する。
地下なのでアンテナは死んでるが、ローカルに予め保存済だ。
ブレードの刀はプレイヤー用の《妖刀マムシ》という武器と同じものらしい。
一時的に攻撃力を大幅に上げる効果。発動時は刀身が赤く光る。
発動条件は……ランダム?
おおう、運任せのクリティカルだったのか。道理で。
ブレードと戦ったとき、この能力が発動してたらヤバかったな。
逆にワーウルフ戦では運良く発動したので命を拾った。
俺はやられたことはないが、ゲームのドゥームダンジョンにおけるブレードは、たまに即死級の攻撃を繰り出してくるらしい。恐らくそれがマムシの効果なのだろう。
手頃な敵を求めてダンジョンを彷徨ったが何も居ない。
仕方ないので、その辺の部屋で普通の練習をすることにする。
適当な木箱を収納から出して部屋の中央に配置、その上にビール瓶を置く。
ビール瓶を斬るイメージで、手斧の先端に魔力を展開した。
ぼんやりとした魔力が形成されていく。長さは五十センチほどだ。
試しに振ってみた。魔力はビール瓶を素通りする。ノーダメージ。
壁際に歩いていって、今度は壁を斬ってみる。手応えなし。
なるほど……。
いくらエーコでもダンジョンを斬ることは出来まい。
刃渡り三メートルもあったら、ダンジョンの壁や床に引っ掛かるのではないか?
という疑問はこれで解消した。
魔力剣は斬れないものは素通りする。
今の俺だと、豆腐でも素通りしそうなのが問題だが。
日没まで修練を重ねた結果、ビール瓶は斬れなかった。
試しに召喚してみた豆腐は斬れた。
*
「ほ、本当に再現できてる」
「豆腐しか斬れないけどな」
そば屋の調理場からまな板を持ち出し魔力剣の実演をしてみせた。
豆腐は斬れたがまな板は斬れなかった。
「最初の一歩が最も難しいのだが、流石はアヤセだ。これなら実戦レベルに達するのにそう日数はかかるまい」
モニクは褒めて伸ばすタイプらしい。
エーコは今日は元々の技を伸ばす修行と座学をしていたらしいが、明日からは対バジリスクを想定した訓練に移行するようだ。
豆腐は皿に移しておろし生姜と刻んだネギを添える。切り口が美しくないのでこれは俺が食う。
包丁実演販売のようにはいかなかった。
滞在日数がもう少し伸びそうなので、そば屋のメニューだけでなく他の食材も適度に混ぜて夕食の支度をする。
「アヤセはヒュドラの転移門を使ってこの街に来たのだったな」
「そうらしい」
「魔法干渉ってアヤセくんが望んだことを実現するものなんでしょ? トラップ回避は分かるけど、この街に来ちゃったのはどうして?」
「どうしてだろうな……」
俺がこの街に来ることを望んでいたのだろうか。
エーコがこの街に居ることは知らなかったが、噂の女子高生が目撃されたこの封鎖地域のことは知っていた。だからそういう心理が働いたのかもしれない。
というより、他の封鎖地域がどこにあるのか興味がなさすぎて覚えてなかった。
他所の心配なんてしてる余裕はなかったからな。
一応、終わりの街周辺にいくつかの封鎖地域が密集しているのは知っている。
他の封鎖地域はもっとまばらに出現しているのだが、終わりの街がラスダンということを考えれば納得だ。
「アヤセくんの手斧、魔力剣とは別に変な気配しない? それ、市販品だよね?」
「元々は市販品だけど、今は妖刀マムシに侵食されかかってる」
「ん? ドゥームダンジョンの武器? 前も言ってたけど、それってなんかの比喩表現なの?」
「いや。ボクも確認したのだが、終わりの街にはドゥームダンジョンの内容を模倣したヒュドラ生物が存在する。創造主があのゲームの影響を受けているのは間違いない」
モニクが確認したというのは地上に居るヒュドラ生物。つまりハイドラのことだな。
「えっ。じゃあ前に言ってたクレリックとかも実際に?」
「ああ。あと会話が出来るヒュドラ生物はパラディンと同じ外見だ」
「ドゥームダンジョンのパラディン! なにそれ凄く会いたい!」
パラディン好きなの?
なら会わないほうがいい。解釈違いを起こすぞ。
「ハイドラとパラディンは外見が似てるだけだよ」
「ハイドラ? 喋るヒュドラ生物の名前がハイドラ……それはまた安直な名前だね……」
まったくだ。誰が名付けたんだろうな。
夕食後、モニクから隠蔽魔法も習得しておくように言われた。
気配を消す魔法か。それは是非覚えておきたい。
重要度は魔力剣のほうが上なので、あまり時間を割き過ぎないようにと注意される。心を読まれたか。無駄な戦闘はなるべく避けたい派としては、優先順位を逆にしたい。が、バジリスクを倒さないことには次に行くわけにもいかないからな。
そして修行の日々は瞬く間に過ぎ――
いよいよダンジョンマスターへと挑む。
モニクに見送られ、俺とエーコは剣の迷宮地下へのスロープを降りていった。