終末街の迷宮   作:高橋五鹿

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第4話 大災害から七日目

 腹が減ったので、コンビニでなんか食ってから考えることにした。

 

 コンビニの冷食やアイスのコーナー。

 その冷凍庫に詰められた惣菜類を見て眉間にシワを寄せた。

 なんで俺はサンドイッチまで冷凍しちゃったんだろうな。あんまり解凍して食うのに向いてない。

 

 あきらめてハムサンドとタマゴサンドをレンジに放り込んだ。

 この辺の無難なやつなら加熱しすぎても食えないことはないだろう。保存の効かないパックのコーヒー牛乳を持ってきて、レジの前の椅子に座る。これも冷凍できないこともないな?

 

 さて、家に近いこのコンビニの食料は貴重だ。昨日は火事場泥棒をするわけにもいかないので他の店を漁ったりはしなかった。でもこの街の状況を知った今は違う。

 

 ここには助けは来ない。

 

 もちろん生存者から物を奪ったりはしないが、無人の場所から食料を確保するのに遠慮するつもりはもうない。

 というかむしろ確保しないともったいない。決意を新たにレンジからサンドイッチを取り出す。

 

「熱ッ!」

 

 やりすぎた。解凍どころか具のレタスからも熱気を放っている。凍ったサンドイッチの解凍なんて生まれて初めて試みたんだから加減なんて分からんわ。

 

 世の中にはレタスチャーハンとかもあるから熱したレタスもセーフってことにしとこう。ホットサンドもどきをコーヒー牛乳で流し込みつつ今後の予定を考える。

 

 まず、この終末の街から脱出して人類の生存圏に避難するという選択肢が挙げられる。

 当然の選択だな。

 助けが来ないなら自分で逃げるしかない。こんな物騒な街に居られるか!

 

 だが却下。

 

 何故か。

 それは俺が何故生きているのか、というところから考えなければならない。封鎖地域内に生存者が居るかは不明だが俺の観測範囲には居ない。観測範囲とはネットの情報も含めてだ。

 

 また、このエリアに入ろうとした者は今でも死亡している。少なくとも昨日までは報告がある。今日も誰かが死んでいるかもしれない。

 

 この街の東にある川、そして西の隣街の向こうにあるもうひとつの川。

 この二本の川にかかる橋は厳重に警備されている。突破しようと思えば船で川を渡るとか色々あるだろうけど、知らずにとか間違えて入ってしまうとかいう事故は起きないだろう。

 

 しかし北側は陸路だ。東西は『川の外側は安全』という仮の基準があるが、北の境界ラインははっきりとはしていない。範囲が広すぎて完全な封鎖も出来ていない。そのため、封鎖地域の北側ではうっかり危険地域に踏み込んで死んでしまう人間も出ているそうだ。

 衣類を残して消えてしまうというおまけ付きで。

 

 可能性のひとつとして、俺はこう考えている。

 

 封鎖地域の内側、つまり俺の今居る場所は安全だが、境界は危険であり内外の行き来が不可能になっているのではないか、ということだ。

 

 ただの仮説である。根拠はガバガバだ。だって街中とか、なんならアパートの隣の住人も消えちゃってるし、俺が今居る場所だけ安全とか楽観視が過ぎる。

 

 でも俺も全く無事だったわけではない。三日間気を失っていたのだ。この死体消失現象の原因が毒ガスかなんかだとしたら、俺も死にかけていたということかもしれない。

 

 だから大災害当日、あるいは俺が倒れていた間は街も危険だった。でも今は収まって危険なのは境界付近のみという考えだ。

 

 この仮説の場合、安全なのがどこまでなのか分からない。昨日は駅まで行けたが、駅構内を抜けて反対側の北口まで行ったら死んでいた、という可能性もある。

 

 つまり行動範囲を広げない方が無難なのだ。

 

 東の橋を渡って警備中の自衛隊なり警察なりに助けを求める、というのは博打でしかない。

 避難するのは『外から中に入ってこられる』ということが確認されてからだ。どうやって確認するかは分からん。試しに入って死にましたじゃシャレにならんからな。それを考えるのは外側の人間の役目だろう。

 

 もしかしたら封鎖して何年も放置ということもあり得る。そうなったら、食料が尽きる前に自分で試すしかないかもな……。

 

 というわけで方針は決まった。

 安全のためには行動範囲を極力絞る。

 食料確保のためには行動範囲をなるべく広げる。

 

 無策だ……。

 

 仕方ないじゃん。分からないんだもの。

 でも多少は指針もある。まずこの場所を少し西に行くとあんまり大きくない川があって、その先が例の崩壊した隣街だ。建物とか崩れてるのなら物資を掘り出すのも難しい。

 リスクを取ってまでそんなところに行く必要はないな。

 

 だから行くなら東だ。現在地から封鎖された橋がある川までの距離、その半分は越えないようにするか。隣駅までは範囲内。その更に隣だと少し危ないか? なら隣駅までだな。

 

 北はどうだろうな。さっき駅より北は危険かもって考えたら行くのが怖くなってしまった。でも駅前は色々ある。駅周辺まではセーフってことにしとこう。

 

 南。南にしばらく行くと海だ。実は海側の境界は不明だ。情報がない。この謎現象により海上で死亡したというケースは見当たらない、らしい。

 

 なら封鎖地域に上陸したらどうなるか。そんなことを試した人はいないし、いたら今頃死んでいるので連絡もない、ということもあり得る。

 

 仮に海岸線がそのまま危険地帯の境界線だとしたらどうだろう。川を目安にしているくらいだからその可能性は高いのだ。だとしたら海の近くは危険じゃないか?

 

 心配なのは、東西の封鎖された川に比べて南の海へはここからの距離が近いということだ。あまり南に行っては駄目だ。南側には高速道路が走っている。その近くには寄らないようにしよう。

 

 結論としては駅二箇所周辺が行動範囲ということになる。どうせ駅から離れ過ぎても何もないのだから問題ない。

 食料の心配もない。消費期限を考えなければ、だが。

 

 今日は最寄りのスーパーに行こう。無事な生鮮食品があれば冷凍庫に放り込んでおきたい。牛肉だったら冷蔵で一週間はもつのだったか?

 期限はあと三日か。どれだけの店を回れるか。

 

 コンビニを出て、昨日とは逆方向へと歩き出す。交通量の多い車道に出た。車道のそこかしこに放置自動車がある。事故車もないことはないが、地震のときに一時停車した車が多いのだろう。そこまで惨状というほどではなかった。

 自動車を貰って移動に使うか?

 いや、こんな放置自動車だらけではまともに車道での移動は無理だ。多分この先も同じだろう。

 

 自転車だな。

 目についたサイクルショップに入る。セッティングの済んでいる自転車を外に出す。鍵は不要だ。これが罪だっていうならあとで自首でもなんでもするさ。

 

「借りてく……いや、貰ってくよ」

 

 罪悪感は無かった。世界大災害から五日目。俺がこの終末の街で活動し始めてまだ二日目だってのに、人間は慣れる生き物だな。

 自分でも引くわ。

 

 歩道を自転車で走る。車道はたまに車がガードレールにめり込んでたりして邪魔だ。運転席には誰も居ない。覗き込めば多分、シートの上にはドライバーの服が落ちているのだろう。

 

 スーパーに着いた。特売でもやっていたのだろうか。盛況である。駐車場から入り口に至るまで、大量の衣類が落ちていた。流血とかはもちろん一切ない。赤いのは店の前の郵便ポストだけだ。

 

 店内に入ると、商品の入ったカゴや買い物カートが通路を塞いでいる。コンビニに比べて地震対策は適当だったのか、床には大量の商品や割れた瓶などが散らばっていた。

 

 ゾンビはいないが、ゾンビが暴れてそうな雰囲気ではある。買い物カートが小道具として活躍するのだろう。人間の死体は消えるけど食料品は消えていない。死体の定義ってなんだろうな。

 

 やっぱりこれはよくある終末映画の世界だろ。

 

 こういう世界観のジャンル、なんていうんだっけか?

 ポスト……ポストアカ……?

 

 ポストってなんで赤いんだろうな。

 

 

 

 

 五月七日。世界大災害から七日目。

 

 あれから俺は、最寄り駅と隣駅の近くにあるスーパーなんかを回って、冷凍できるものはその店の冷凍庫に放り込んでいった。

 

 日数的にそろそろ豚肉とかのサルベージは限界。それに入荷が五月一日とは限らないわけで、あの日に賞味期限ギリだったものはとっくにアウトなのだ。

 

 食えなくなったものは分けて捨てておきたかったがそんな時間と労力はない。冷蔵庫に入れっ放しの方がまだマシかもしれない。

 

 忙しいのは生鮮食品を冷凍して回るこの三日間だけであり、明日からはどうせヒマだ。気になることはそれからどうにかすればいいさ。

 

 駅と駅の中間地点にあるショッピングモールにも行った。テナントに食料品店が入ってるからだ。あんな広いとこも無人なんだよな。ホームセンターやアウトドアショップは後で役に立つかもしれない。

 

 最初は護身用の武器を探そうとか思ってたけど、なんか必要なさそうな感じだしな。だから交番の拳銃も放置してる。最寄り駅以外にも交番はあってキリがないし、食料に比べたら銃とかどうでもいいわ。

 

 SNSでは封鎖地域の中に巨大生物を見た。放射能で巨大化したんだ、なんて話題が少し盛り上がっていた。楽しそうだなお前ら。

 

 パニックホラーの次は怪獣映画か。でもソースを探したら巨大生物っていうか、普通よりかなり大きい猫を見たとかそんな話だったぞ。

 

 居るのか猫?

 その時点で眉唾なんだが。

 

 巨大化はともかく、人間以外の生物はどうなんだろうな。この街じゃ野良猫だって元からそうそう見ない。鳥とかは普段意識してないから、今もいたりするのかどうか分からんな。虫は部屋の中で見つけたらあれだが、外だとやっぱり意識しない。

 今度からは少し気にしてみよう。

 

 生き残った生物はいるのか。死んだとしたら消失するのか。後者は確認する方法なくないか?

 どっかのお宅で服を着せた犬とか飼ってれば確認できたかもしれないが、知ってる犬が消えてたら悲しくなるからやっぱいいや。

 

 ネットがつながるんだから、これで救助を求めるという方法にも思い至った。今更か。

 

 それというのも、SNSで封鎖地域から助けを求めているというアカウントが話題になったからだ。俺もその情報に食いついた。でも釣りだったらしく派手に炎上していた。

 そしてその手の発言は猛烈に叩かれるようになった。

 

 駄目だ。SNS使えねー。あいつら冷たいな……。

 

 その辺の自治体にメールでも送っとくことにした。地元のお役所は当然ながら全滅している。いや、見に行ったわけじゃないが多分駄目だろ。

 

 この街は滅亡しました。

 

 それでも一応送ったけどな。

 助けを求めたって現状ではどうしようもないだろう。でも封鎖地域を放置してそのまま忘れ去って数十年、なんて事態は避けられるかもしれない。

 返事はない。

 今はそれどころじゃないんだろ。メールが届いていたとしても。

 

 それからこんな噂を見た。封鎖地域の中に生きている人間を見たというのだ。封鎖地域の中は致死ウイルスで満たされており、生存者はウイルスの抗体を持っているという。

 

「ん?」

 

 んんん???

 

 なんか俺が考えた毒ガスが街の端っこに寄ってる説よりも、ずっと説得力がないかそれ?

 というか俺の考えた説ってアホっぽくないか? 誰がアホだ。

 

 その噂は更にこう続く。政府はウイルス抗体を持った人間を確保したが、その人間は封鎖地域の外に出たら逆に死んでしまったのだそうだ。

 また、ワクチンの開発も上手くいかなかった。

 もっと実験体が必要だ。だから封鎖地域内にいる生物を発見したら、なんとしてでも捕らえなければいけないと。

 

 怖ええなオイ!

 そういうのは俺がメール出す前に教えろよ!

 もう周辺の自治体に送信しまくっちゃったよ!

 防護服着た特殊部隊とかに連行されんのは嫌だからな!

 

 はぁはぁ。

 ま、流石にこんな与太話のために救助要請を送らないとかはないわ。どっちにしても出してたわ。

 

 それに、封鎖地域内に人を見たという噂はこの街の話ではなかった。全然別の県にある封鎖地域の話だった。

 制服の上に白いコートのようなものを羽織った女子高生が、ビルの上に立っていたのを見たというのだ。現実と妄想をごっちゃにしてはいけない。

 どうせならこの街に現れてくれよな。

 

 だが、その後に見た噂は与太話ではなかった。

 封鎖地域の境界線すぐそばに住んでいる者、または封鎖地域内に住んでいたが、大災厄の日は出勤していて事なきを得た者。逆に勤務地が封鎖地域内でその日は休みだった者。

 彼らは警戒の対象となり、いじめや迫害にすらあってるという。

 

 なるほど、そういうこともあるか。

 

 自分が封鎖地域から生還したと主張する者もいたが、あっという間に立場が悪くなり嘘を吐いたことを認めたという。でも、そいつの立場が元に戻ることはなかったのだとも。

 

 以前の俺ならムナクソな話を見たと思って悶々としていたかもしれない。でもその人らよりも今の俺のほうがどう考えても大変だしなあ。なんかなんとも思わないわ。

 もし俺が街の外に出られても、そんな未来が待っているということは覚えていたほうがいいかもしれないのだが。

 

 そんなわけで、世界にとっても俺にとっても激動の一週間が過ぎた。

 ま、俺は最初の三日は寝てたけどな。

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