終末街の迷宮   作:高橋五鹿

40 / 100
第40話 第二章最終話・終わりの街へ

 迷宮内にヒュドラ生物はほとんどいなかった。

 たまに小動物が俺たちに気付いて逃げていくくらいだ。

 

「このダンジョン、妙に敵が出ないよな」

「少し狩り過ぎちゃったかな?」

 

 ヒェッ。なんか恐ろしいこと言ってる人がおる。

 考えてもみれば、俺がカラス一匹仕留め損なってたよりも前から、ダンジョンにバリバリ潜ってたお人だからな……。

 ヒュドラ生物の生態系がみだれる。

 

 入り口から二時間もかからず、ワーウルフの部屋に着いた。

 部屋の中央に進むと、白い布切れのようなものが少し落ちている。

 ああ、これエーコのローブの切れ端だったのか。

 情報収納に仕舞っておいた。補修に使えるだろう。

 

「この奥がダンマス部屋なんだね?」

「そ。一本道だから迷うことはない」

 

 奥の通路に侵入する。

 少し進むと、頭と片腕がもげたワーウルフの石像が転がっていた。

 

「うわあ……。どうやったらこんなことになるの……?」

「ちょっと念入りに止めを刺そうと思って……」

 

 今戦ったとしても、かなり苦戦する相手には違いない。

 

 新手の門番は居ないことが確認できたので、ここから作戦通りの陣形で進むことになった。

 俺の前方五十メートルの位置をエーコが歩く。

 ダンジョン内で危険な前方を歩いてもらうのはなんか気が引けるが、こういう作戦なので仕方ない。

 

 エーコは普段かけている隠蔽魔法とは逆に、威圧っぽい気配を発しまくりである。

 そんな魔法もあるんだ……。

 俺はというと、覚えたての下手くそな隠蔽魔法で気配を殺して歩く。

 

 そう。今回の作戦ではエーコが囮を務め、俺が不意討ちの攻撃を行う算段なのだ。

 ヤマアラシ戦とは完全に逆。

 モニクが言うには、それしか勝ち目はないとのことで。

 

 通路を抜けて、あの石像の間へと辿り着いた。

 グローブの中で手汗がにじむのを感じ取る。

 エーコは部屋の中央へ。俺は通路から出ずにじっと待った。

 

 そしてあの念話が聞こえてくる。

 

『貴様が《魔女》か……我の手勢が世話になったようだな』

 

「あなたが、この巣の主?」

『いかにも……』

 

 直接「バジリスクか?」とは聞かない。

 エーコがその名を知っていたら不自然だからだ。

 ダンジョンマスターか、とも聞かないんだな。あれは人間が勝手にそう呼んでるだけの名称だからか。

 

『伏兵を潜ませているようだが……そんなものに意味はない』

 

 俺が隠れてんのバレてんじゃねーか!

 まあ、ちょっと気配消したくらいで見つからないと考えるほうがおかしいよな……。

 

 不幸中の幸いなのは、相変わらずバジリスクはこちらを舐めていることくらいか。

 あと、俺だとは認識できていないっぽい?

 いや、単に覚えてないだけとかありそう……。あいつ人間にあんまり興味なさそうだったしな。

 むしろ魔女の存在を知ってるのが意外だわ。さすがに街中の雑魚を根こそぎ狩りまくった相手は認識しているのか。

 

 足音がする。通路の奥からだ。

 

 そして、バジリスクはついにその姿を表した。

 

 トカゲ……。

 俺の位置から百メートル以上先、且つ暗がりの中ではあるが、見た目はそんな印象だ。以前会ったときはかなりの大きさだと思ったが、当然ながら巨大ヤマアラシや全部乗せ怪獣よりもずっと小さい。

 足は四本よりも多くあるように見える。正面からではよく分からないが。

 伝承通りならば八本足ってところかね。

 

 あの大きさなら俺の魔力剣でも攻撃は届くな。

 届かせるだけなら問題はなさそうだが……。

 

 バジリスクの口から石化ブレスが放たれた。

 

 対するエーコは自身の周囲に風魔法を展開させてこれを防ぐ。

 俺の鑑定範囲内に居るエーコからは、焦りの感情のようなものを読み取れた。

 恐らくエーコはこの石化毒に耐えることが出来ない。また勢いを徐々に増すブレスを防ぐのに手一杯で、攻撃に転じることも出来そうにない。そんなところか。

 

『力比べか……だがその程度では』

 

 ブレスを吐きながら喋るとか器用なヤツだ。

 だがこれは念話だったな。

 

 石化ブレスが広大な石像の間に満たされていく。

 バジリスク本体の体積など無関係であるかのように、勢いよく吐き出される猛毒の煙は辺りにもうもうと立ち込めていった。

 

 エーコの周囲に渦巻く風は竜巻のような鋭さでブレスを防ぐ。魔力と魔力のぶつかり合いが、途方も無いプレッシャーを周囲に振りまいている。しかし竜巻は次第に外側を削られ、押されつつあった。

 

「くっ……」

『我が手勢の中でも……ここまで我の攻撃を防げる者はおるまい』

 

 勝利を確信しつつ、ますますブレスの勢いを強めるバジリスク。

 白い煙に視界は完全に塞がれ、頼れるのは鑑定のみ。

 だがその鑑定の索敵能力も魔力の竜巻に乱され掻き消される。

 世界には竜巻の中心たるエーコと死を撒き散らすバジリスクしか、その存在を感知することが出来ない。

 

 ああ、なるほどな。モニクはこの状態まで予見していたか。

 

 白い煙が無いのはエーコの周りだけではない。

 ブレスを吐き出すバジリスクの周りも、風圧というか魔力圧のようなもので煙は吹き飛ばされていた。

 

 視界良好である。

 その場に一歩を踏み込んだ俺が言うんだから間違いない。

 

『な……!』

 

 やはり俺を見失っていたのか。

 間近に見上げるバジリスクの顔は、俺がこれまで見たことのない異質なトカゲ型生物のそれであった。

 この世ならざる生物。確かに竜と呼ぶに相応しいかもしれない。

 百頭竜の全てがトカゲ型なのかどうかは知らないが。

 

 そして俺は、手斧を下段に構えた。

 グリップは片手持ちなのだが、イメージとして両手で握るように左手を添える。

 

『貴様は…………オロチ!? 何故まだ生きている? いや……何故この石化毒の中で動けるのだ!』

 

 問いに答えている余裕なんか無い。

 モニクの予測通り、石化毒はもう今の俺には効かなかった。

 だがこいつを斬れるかどうかはまた話が別。

 手斧を振り上げる動作に入った。

 斧の先端には刃渡り二メートルの魔力の刃が生成される。

 

 しかし、至近距離でバジリスクを鑑定に捉えた俺は、瞬時に彼我の実力差を悟ってしまった。

 

 まだだ。

 

 まだ足りない。

 

 俺の力だけでは足りない。

 どんな技術でも、精神論だって構わない。

 盗んで、吸収して、自分のものにしなければ……。

 このバジリスクには届かない。

 

 ヤマアラシ戦でのエーコのような、迷いの無さを――

 

 モニクのような、あらゆる理不尽を斬り裂く力強さを――

 

 そしてあのブレードのような――

 格上相手だろうと微塵も怯まぬ、必殺の一撃を!

 

 手斧の刃が呼応するように赤い妖光を放つ。

 そしてその光は魔力の刀身をも赤く紅く染め上げていく。

 

 下段から逆袈裟に振り上げられた魔力剣《(つるぎ)》は、バジリスクの下顎からこめかみまでを斜めに引き裂いた。

 オリジナルよりも遥かに切れ味の劣る、無骨な斬撃――

 

 しかしそれは確かに、《百頭竜》バジリスクの命へと届いた。

 

『馬鹿な……何故貴様なのだ……超越者でも、魔女ですらない……脆弱な異能者が』

 

「一見して役に立ちそうにない奴でも、適材適所で輝くことだってあるのさ」

 

『そうか……そういうものか……』

 

 斜めに引き裂かれたバジリスクの頭部は、そのまま地面へと音を立てて崩れ落ちていった。

 倒れたバジリスクの身体を油断なく見据え、再び手斧を構える。

 魔力剣にごっそりと体力を持っていかれる感覚があった。

 そう何度も使える技じゃない……。

 

 薄れゆく石化毒の中、風を周囲に纏ったエーコが駆け寄ってくる。

 

「アヤセくん? もう完全に死んでると思うけど……」

「まだ死体が消えていない」

「え? それはこの街の死体消失を起こしていた、張本人が死んだからでは?」

 

 …………?

 

「あ……」

 

 そうか……そりゃそうだよな。

 俺はコホンと咳払いしてから手斧をホルダーに納めた。

 

 あばよ、バジリスク。

 お前の造る怪獣のセンスだけは、嫌いじゃなかったぜ……。

 

 

 

 

「そうすっと、この死体はどうなるんだ? 見た感じまだ、魔力を内包しているけど。放っといたら、他のヒュドラ生物に捕食される可能性もありそうだな」

 

「そうだね。ダンジョンマスターなんていうくらいだから、死んだら何かしら環境が変わるのかと思ってたけど。鑑定範囲内だとダンジョンもヒュドラ毒もそのままみたい」

 

 ふーむ。ただ倒すだけじゃ解決しないのか。

 

 …………。

 

 モニクは俺が「自分の限界を低く見積もりがち」だと言っていた。

 試してみるか。

 

 バジリスクの魔力情報化を試みる。

 単純に体積が壁だな。

 俺の消失魔法は食器とか缶とか金属バットとか、その程度のものしか消せない。

 

 しかしどうしても必要だ。

 こいつの命を《継承》するのは、消失の可否以前になんか身体が拒んでる。

 大災害の被害者とか全然関係ないヤツだからか。

 俺が命を受け継ぐ義理も理由も無いからなあ。

 なら他に可能性は――こいつのダンジョンマスターとしての力を一時的にでも使うためには、どうすればいいか。

 

 収納に入れてもただの死体、肉と魔力の塊に過ぎない。

 情報化したもの。これは武器を素材に変えられるように、ある程度の応用が利く。

 

 精度を最大値まで上げた鑑定能力がバジリスクの全体を捉える。

 

 そしてその肉体は……徐々に光の粒子となって消えていった。

 

 情報収納内部に強大な魔力が満ちるのを感じる――

 

 これが……百頭竜の本来の力か。

 確かにこの力を戦闘能力に全振りされたら、俺の手には負えなかっただろう。

 今後の参考とさせてもらおう。

 この力を保管しておけば、あるいは他の百頭竜に対抗することも可能かもしれない。

 だが、大半は今ここで使い切るつもりだ。

 

 ヒュドラ由来の魔法――望む内容であれば、俺にも模倣できるはず。

 普段はスペック不足で使えない魔法も、今なら期間限定で使用可能だろう。

 

 バジリスクの力を情報収納から具現化し、鑑定の範囲を広げる。

 封鎖地域――剣の街の全域が知覚可能になった。

 情報酔いしそうだ。とても普段使いできる能力ではないな。

 

「さて、何から片付けるか」

「バジリスクの力を取り込んだの!?」

 

 エーコは目を丸くして俺を見ている。

 

「ああ。まずはヒュドラ毒の浄化……いや、先にヒュドラ生物たちを解放してやるか」

「…………!」

 

 先に封鎖地域の毒を消してしまったら、ヒュドラ生物たちは全員窒息死することになる。戦いでは散々窒息させておいてなんだが、もうこの街の戦いは終わった。

 

 知覚範囲内、全てのヒュドラ生物の命を解放する指示を出す。

 創造主であるバジリスクのみが行使できる能力だ。

 捕食でも継承でもない。

 散った命はその辺に適当に散布し、世界へと還元する。

 やがて命は流転して、なんらかの形でこの世に表れるのだろう。

 

 とはいえ。これまでエーコに散々削られた上に、集大成ともいえる全部乗せ大怪獣をモニクに仕留められたせいか。思ったほどヒュドラ生物の数は居なかった。

 

 続いて大地の毒を分解する。

 ほどなくして、地中のヒュドラ毒は全て消え去った。

 空中のヒュドラ毒に関しては、放っといてもすぐに消えるみたいだ。あくまでも地下迷宮のほうが本体なんだな。

 仮にバジリスクの力を持ち出しても、他のダンマスが支配する封鎖地域では、同じことは出来ないだろう。

 

 次は……。

 

「ヒュドラ生物とヒュドラ毒は片付いた。あとダンジョンなあ……どうしようこれ。分解すると盛大な地盤沈下が起きるだろうし、岩盤自体は放っといたほうが良さげなんだけど」

 

「もうそこまで終わったの!? ダンジョン? 私にも分かんないよ~」

 

 俺にも分かんないです。

 前例がないからなー。

 

 残された岩盤は以前までのような「破壊不可オブジェクトクラスのなにか」ではなくなっていた。しかし硬度は相当なものだ。

 ひょっとしたら、元々の土地よりも地盤強度あるんじゃなかろうか。

 放っとくか……。

 

 そして次は。

 ダンジョン全てを覆っていた《対超越者結界》の解除を試みる。

 そもそもこの結界自体、百頭竜単体で張れるようなものではないらしい。百頭竜では維持するのが精一杯だったようだ。その役目のバジリスクが居ない今、解除はあっさりと成功した。

 これも残念ながら、他のダンジョンでの解除は無理だろう。

 

 ともあれ――

 

 (つるぎ)の街は、今ここに完全解放されたのである。

 

 頭上から地響きが鳴った。

 

 俺たちから少し離れた場所、高さ二十メートルほどの天井に穴が穿たれ、地上からの陽光が降り注ぐ。

 そして瓦礫と共に人影がひとつ落ちてきた。

 

 落ちて――いや、降りてきたのはモニクである。

 無茶苦茶するなあ……。

 対超越者結界が消えたとはいえ、あの岩盤をああもあっさり破壊するとは。

 迷宮の意味がねえ。そりゃヒュドラも超越者出禁にするわ。

 

「おめでとう。アヤセ、エーコ。この地の戦いはキミたち人類の勝利だ」

 

「ああ、ありがとう」

「ありがとうございます! モニクさん」

 

 モニクはバジリスクが潜んでいた穴を見据える。

 

「転移門は向こうだな。いってみよう」

「あ、ちょっと待ってくれ」

 

 バジリスクの力は既に七割程度を消費したが、まだ結構な量が残っている。

 俺はその力の一部を使って剣の街の封鎖地域内、全ての食料品を魔力化した。

 

 今までとは比較にならないくらいの魔力が蓄えられた。

 しかしどれだけ魔力があっても、俺自身が強力な魔法を使えるわけではない。また、体力精神力のスペックを超えるような運用も不可能だ。

 

 今はバジリスクの情報を削って力を行使しているに過ぎない。

 まさに宝の持ち腐れである。

 

 ただジャンクフード召喚に関してだけは、個人レベルだと無制限に近くなったな。

 今まででも、俺ひとり食ってくだけならほとんど無制限みたいなもんだったが。よりアホみたいなバリエーションと貯蔵量になった。

 

 また、ある程度の適当な物資を情報化して収納していく。これらは食料品と違って、外界の人たちでも普通に再利用できるものだ。だからあくまでもある程度、な。

 滞在中お世話になった、そば屋の情報も入手しておいた。再現は今のところ無理だが、いずれ使える日が来るかもしれない。

 

「終わった。んじゃ行こうか」

 

 三人で通路の奥へと進む。

 バジリスクのねぐらでもあるのだろうが、生活感は全くないな。そういう生物なんだろうけど。

 

 通路の奥は行き止まりで何もなかった。

 しかし確かに何かの気配がする。

 終わりの迷宮で転移罠を踏んだ俺だからこそ分かる。

 

「何かあるね」

 

 ……訂正。エーコにも普通に分かるらしい。

 

「この転移門を使えば、ヒュドラの巣にも内側から入れるんじゃないかと思ったのだが。……そう上手い話はないようだ。迷宮の魔力も消え、じきにこの門も使えなくなる。その前に帰ろうか、アヤセ」

 

「ああ、そうだな」

「もう帰っちゃうんだね……」

 

 俺はエーコを見た。

 共に(つるぎ)の迷宮を制した、かけがえのない戦友――

 

「またいつか会えるさ」

「……うん」

 

 周囲に暖かな魔力が満ちる。モニクの魔法だろう。

 モニクは何も言わずに、俺とエーコの別れを見守っていた。

 

 そして視界に光が溢れた。

 雲もまばらな晴天。吹き抜ける風はお馴染みのヒュドラ毒を含んだ大気。

 地面には一面銀色のソーラーパネル。

 少し懐かしい、ショッピングモールの屋上だ。

 

 俺は拠点へと帰ってきた。

 迷宮内に転移は出来なくても、ここまで行き先をコントロール出来るのか。

 流石はモニクだ。

 

「ただいま……」

「ああ、お帰りアヤセ」

「太陽電池がいっぱい! なんの施設なのここ?」

 

 ん? 今の声――

 

「うわっ、エーコ!? なんで居るんだ!? 転移に巻き込まれたのか?」

「えっと、なんでだろうね。えへへ……」

 

 誤魔化した?

 俺は首を回してモニクを見る。目を逸らされた!

 彼女が魔法を失敗するとは思えない。わざとやったな……。

 

 終わりの迷宮攻略はモニクにとって必要なこと。打算的な意味もあるのだろう。だがひとりで探索する俺のことを、本当に心配してくれているようにも感じられる。

 

 そのためにエーコを連れてきたのか。

 もし剣の街解放に成功したら、終わりの街攻略を手伝う。条件はそんなところか。

 ……俺が知らないうちに、取引は成立していたんだな。

 

 俺は片手で頭を抱えてため息をついて。

 そして再びエーコへと向き直り告げる。

 

「ようこそ、終わりの街へ……」

 

 

 

 

 

  第二章 つるぎの街のエーコ  ~完~

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。