終末街の迷宮   作:高橋五鹿

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第42話 迷いヒュドラ

 先に声をかけられたことを意外に思ったのか、そいつはやや間を置いてから暖簾をくぐって姿を現す。

 

「こんなとこで何してんだ……? スネーク」

「休日を満喫してるんだよ」

「それで明るいうちから酒か……」

 

 こちらに歩いてきたハイドラは特に断りもなく向かい側の席に座る。

 はて、俺とこいつはそんなにフレンドリーな関係だったろうか。

 むしろ本来は敵同士のはずなんだが。

 なんかこいつのこういう警戒心の無さは憎めなくもあるがな。

 

 ところでこいつは、俺のことをヒュドラ生物だと思っていたはず。

 だが俺が酒を飲んで飯を食ってることに対して疑問を抱いているようには見えない。

 ……ふーん?

 水は苦手でも酒なら問題ないってことか?

 他にも食事はどうしているのかとか、気になることはある。

 

 そろそろか……こいつと情報交換するタイミングは。

 その結果敵対したとしても、今の俺なら対処できるだろう。

 願わくば平和的に行きたいところだが。

 

「お前もなんか飲む?」

「あ? というか冷えたビールとか一体どこから……あるんならあたしもそれを」

 

 ハイドラは水滴がびっしりと付いたジョッキを見ながら疑問を口にする。

 そうだよな。そう考えるのが普通だ。

 この街の電気は止まってるし、まともな食料はあまり残されていない。

 

 まあお前も不思議だろうが、俺も不思議に思うことはある。

 お前……ビール飲めんの?

 ビールってほとんど水だと思うんだけどなあ……。

 

 だがこれはヒュドラ生物の生態について知るチャンスだ。

 人体実験みたいでアレだが、飲んでもらおうじゃないか。

 そして俺はハイドラの前にジョッキ入りの生ビールを召喚した。

 

「うおっ!? なんだいきなり! 何したんだ!? て、手品か?」

 

 ハイドラは突然出現したジョッキに慌てふためいて椅子をガタンと鳴らして後ずさる。

 

 あ……そっち?

 

「何って。魔法だけど?」

「ま、魔法だァ?」

 

「いやなんでお前が驚くんだよ。ダンジョンに居るソーサラーとかクレリックだって普通に魔法使ってんじゃん」

 

「ドゥームダンジョンに生ビールを出す魔法はねえよ……」

 

 意外と細かいヤツだな。いつもの強キャラ感はどうした。若干噛ませっぽい口調ではあるが。

 ハイドラは半目になりながらも恐る恐るジョッキを手に取り、ビールをひとくち飲んだ。

 

「うわっ……冷てえ。美味いな……」

 

 そのまま残りをゴクゴクと飲む。

 いい飲みっぷりだ。

 やっぱり平気なのか……。

 

「ちょっと聞きたいんだけどさ。お前って普通の水は飲めんの?」

 

「あ? 飲んでも死にゃしないけど、息苦しくなるのでゴメンだな。あと本能が拒否してるっつーか」

 

 ふーむ?

 

 ヒュドラ毒の弱点が水というのは魔法的な制約なんだっけか。

 なら、成分どうこうの問題ではないんだろうな。

 ヒュドラ毒を消せる条件はほぼ真水であること、あとは恐らく海水。

 酒は平気なんだろう。多分ソフドリも。

 

 水割りをどこまで薄めたらこいつにダメージが通るんだろうな?

 いやそんな酷い実験はしないが。

 

「メシは普段どうしてんだ?」

「別に食わなくても平気だし。多分周囲にヒュドラ毒があれば不要……って、なんでお前そんなこと聞くんだ? 自分じゃ分からねえのかよ」

 

「分からない。何度も言ってんだろ。俺は人間だって」

「…………」

 

 流石に少しは信じたか?

 それはそうと、やはりヒュドラ生物に通常の食事は不要なのか。

 ヒュドラ毒さえあれば生きていける。その代わりそれがなければ生きていけない……。

 

「お前が人間だってんなら、なんでこの街で生きていられる」

「知りたきゃ説明するさ。だけどその前に大事な話がある」

 

「……?」

「ニュースにはなってないみたいだが、先日とある封鎖地域からヒュドラ毒が消えた」

 

 ハイドラの表情が訝しげに少し動く。本当なら驚くべき情報だろうが、証拠は何もないからな。

 あと、俺がやったことは今は話す必要はないだろう。それこそ信じてもらえるわけもなし。

 

「信じる信じないは勝手だが。俺が言いたいのは、この街もそうなる可能性があるし、人間である俺はそれに協力するつもりだ。もしそうなったら――」

 

 一拍置いてからハイドラに問う。

 

「お前はどうする? どうしたいのか教えて欲しい。その内容によっては……俺も協力する」

 

 ハイドラから一瞬緊張感が伝わってきて、その後弛緩したような気配があった。

 

「協力……? なんだ、あたしはてっきり『返答次第では始末する』とか言い出すのかと」

 

 あ? 今の会話だとそういう流れになるか。

 会話の齟齬(そご)で戦闘が始まるところだった危ない。

 

「お前は生前の記憶と人格を持っているんだろ? だから俺としては争いたくはない。言うほど簡単じゃないことなのは分かっている」

 

 この街からヒュドラ毒が消えれば、ヒュドラ生物は全滅する。

 ハイドラからしてみれば、己の命を守るために人類と敵対するという選択肢はあって然るべきなのだ。

 

「何も抵抗するか大人しく死ぬか選べっていうわけじゃない。ヒュドラ毒に耐えられる人間もいれば、通常の空気の中で生きられるヒュドラ生物もいる」

 

「あたしもそうなれるって言うのか?」

「それは俺には分からない。でもお前がその気にならなければ何も始まらない」

 

 しばしの沈黙が流れる。

 

「分からねえよ、そんなこと急に言われたって。何を信じればいいのか、何をすべきなのかも……」

 

 んー、まあそうだよなー。いきなり言われてもそうなるよな。

 こいつ、これだけの力がありながら何の命令も目標設定も受けてないのか。

 ヒュドラ生物たちは皆なんらかの意味や目的があって創造されたはずだ。

 縄張りの支配や防衛とか。他種族を喰い殺せー、とかそんなの。

 

 でもハイドラは……創造主から放置され、自分の生きる意味を見失っている。

 これではただの迷いヒュドラだ。

 

「今日明日に結論出せって話じゃないからな。少し真面目に考えてみてくれ」

 

 

 

 

 翌日になった。

 昨日、結局ハイドラは結論を保留して去っていった。

 

 変に期待されても困るので具体的には提示しなかったが、ハイドラがヒュドラ毒の呪縛から逃れるには二通りの方法があると俺は考えている。

 

 ひとつは魔法だ。

 エーコの毒耐性のように、ヒュドラ生物が外界でも生きられるような魔法を創造することは不可能ではないはず。

 

 超常の生物であるハイドラに魔法が使えない道理はない。

 ただ、あいつがこの先人類にとって危険な存在にならないとは言い切れない。そんな奴に無闇やたらと魔法を伝授してもいいものか。

 ほっといても勝手に会得しそうなものであるが、俺が積極的に手を貸してもいいかどうかはまた別であろう。

 

 もうひとつは――

 

 ヒュドラ生物の中でも上位個体である百頭竜は、ヒュドラ毒の有無に悩まされることはない。

 その能力は果たして先天的なものなのだろうか?

 ヒュドラ生物が成長して、そのような力を身に付けることが出来る可能性があるとしたら。

 

 もしそんなことがあるならば、もうハイドラの心配とかしてる場合じゃないが。

 バジリスク並の力を持つ奴が同じ街に何体も出現したら、俺にはどうしようもない。

 (つるぎ)の街で遭遇した全部乗せ大怪獣の時点で、既に俺の手には負えない感が強かった。あのまま環境耐性まで身に付けて街の外に出たらどうなるか。

 

 ……そんときゃ自衛隊がなんとかしてくれるか。

 普通に物理攻撃は効くからな。

 あくまで素人の印象だが、眷属クラスまでだったら人間の軍隊のほうが強いと思う。同じ環境下で戦うことがあればだが。

 ヒュドラ毒やダンジョンという地の利があってこそのヒュドラ生物だ。

 百頭竜とか超越者は知らん。

 

 で、俺は――いや俺たちは、また昨日と同じ店に来ていた。

 

「ここにそのハイドラさんが来てたんだ? 会ってみたかったなー」

 

 どういう意味で言ってるのだろうか?

 ヒュドラ生物絶対殺すウーマンであるエーコさんの発言なので、友達の友達を気軽に紹介してもらうようなノリで言われても真意を測りかねる。

 

 冗談はさておいて、ハイドラの外見はドゥームダンジョンのパラディンだ。

 なので偶然会ってしまっても、エーコの側から見敵必殺ということもないだろう。

 ハイドラも別に好戦的な性格ではないし、そもそも人間は襲わないだろう。

 だから大丈夫。

 大丈夫だよな?

 

「流石に二日連続で同じ場所には現れないか。んじゃ、次はダンジョンに行ってみよう」

「うん!」

 

 店から出て北へと進む。

 駅の北側にあるのは《終わりの迷宮》の第二の入り口とでもいうべきものだ。

 西の街にある最初の出入り口も、今の俺なら問題なく近付けるとは思う。今まで行く機会がなかっただけだ。

 

 廃墟と化した建物の下にその入り口はある。

 前回訪れたときから、特に変化はないようだ。

 

「ここにも対超越者結界があるんだね。最初は防水用の結界なのかと思ってたけど」

 

「俺の仕事は、この結界をどうにかして解除すること。あとはモニクに任せるしかない。ま、他にもなんか手伝えることがあるならするけどさ」

 

 超越者はもちろんのこと、ダンジョンマスターという枷を持たない本来の百頭竜も、俺にどうこうできる相手ではない。

 

「そこまで明確な見通しがあるんだねー。そう考えると、なんだか希望が見えてきたかも」

 

 と、エーコは明るく言うものの。

 俺が前回おこなった結界解除はダンマスの撃破が前提だ。バジリスクにはなんとか勝てたがヒュドラは無理だろ。

 モニクが言うに、ヒュドラにとってはダンマスなど片手間の仕事。だからダンマスであることによる弱体化は期待できないのだ。

 つまり前回と同じ手は使えない。現在の状況は、実のところ詰んでいる。

 

 他の手を探すしかないか……。

 エーコに水を差さぬよう心の中でつぶやきつつ、迷宮へのスロープを降りていった。

 

「コ、コボルドだ。本物……!」

 

 アレは厳密にはヒュドラ生物なんでいわゆる伝承上のコボルド……あるいはコボルトと読むほうが一般的な気もするが、とにかくそれとは別物だ。

 でも言わんとするところは分からなくもない。

 本物のコボルドとはいったい。

 などとやや哲学的なことを考えつつ状況を見守る。

 

 今俺たちは迷宮に入って最初の小部屋を覗き込んでいるのだが、コボルドたちは部屋の奥へ引っ込んでしまい、こちらの様子を伺うだけだ。

 

「襲ってこないんだね。弱めのヒュドラ生物と反応は同じか」

「あー……そうかな。そうかも」

 

 いや、ドゥームダンジョン勢はもっと向こう見ずというか強気な連中だったはずだが。

 エーコを怖がってるんだろうなあ……。

 流石に圧倒的実力差の前には恐怖を感じるのか。

 

「どうする? 倒すの?」

「いや……」

 

 少し悩ましい選択だ。

 

 エーコがヒュドラ生物を倒しても、その生物の情報と魔力はダンジョンマスターによってリサイクルされる。

 なので敵の数を減らすことに意味はないようにも思える。

 だが実際には、剣の街では敵の数が如実に少なくなっていった。

 リサイクルには魔力のロスがあるから元より永久機関というわけではないが、単純に再召喚には時間がかかるのかもしれない。

 

 更に俺が敵を倒せば、《継承》によって確実にヒュドラのリソースを削ることが出来る。

 片っ端から敵を倒す作戦は効果があるのだ。

 あるのだが……。

 

 百頭竜のような古参の眷属やヒュドラ本体は別として、俺はこの街由来のヒュドラ生物たちをそこまで敵視してはいない。向かってくるなら容赦はしないが、逃げる奴まで狩るのは少し気が引ける。

 

 生存競争の場に於いて、ただ甘ったれた泣き言を言っているわけではない。

 ちゃんと理由がある。

 魔法は己が望むことしか実現しない。《継承》はこの街で死んでいった者たちのための力だ。

 厳密には俺がそうありたいと願う自己満足に過ぎないのだが、単純に切り分けられるものではない。全ての動機と感情は魔法の力と密接に絡み合っている。

 

 この街のヒュドラ生物たちを単なる怪物と見做(みな)してしまったら、俺の魔法を構成する力のほとんどは崩壊してしまうのではないか。そんな予感がする。

 

 自己強化に必要だと思ったら、追っかけてでも狩るけどな。

 今はもう、コボルド程度を狩っても強くなれないと思う。

 

「戦意のない相手は放っておく。俺の魔法はそのほうが強くなるから」

「そうなんだ!? じゃあ放置でいいね」

 

 まあウソではないよな。

 ヒュドラ生物は元人間も含まれるから無益な殺生は出来ないとか言えない。それは命がけで戦っているエーコや他の人類に失礼というものであろう。

 だいたい俺自身、そこまで潔癖な理由で戦いを避けているわけじゃないし。詳細を説明してもニュアンスは伝わりづらいから、わざわざ口にはしないだけだ。

 

「それによく見ると、コボルドって可愛いよね」

 

 ……そうか?

 背は小さくて可愛い、かもしれない。

 顔は犬だ。犬の顔は可愛い。

 つまり犬人間は可愛い……深く考えるのはよそう。

 

 迷宮探索へと戻る。

 次に出会ったスライムは普通に襲いかかってきた。知能なさそうだもんな……。

 風魔法であっさりと返り討ちにしたエーコさんはご満悦である。

 楽しそうで何より。

 

 その後の戦績としては。

 オーク。こちらを見た途端に逃げた。

 シーフ。こいつも逃げた。速かった。

 ゾンビ。襲ってきた。まあそうなるな。

 ゾンビはエーコに杖でぶん殴られて壁まで吹っ飛び粉砕して消失した。

 えっ? 何今の? 身体強化魔法? そういう使い方もあるのか……。

 

 いつかエーコとSNSで語ったモンスターたちだ。

 当時の思い出話などしながら奥へと進む。

 

 ソーサラーとクレリックに遭遇した。

 エーコは彼らの魔法を模倣したいらしい。逃げずに向かってきたとき、拳をグッとガッツポーズにしていた。

 いや……別に逃げる相手を絶対狩っちゃダメとか言ってないからね?

 まあ逃げるのであればあまり魔法は使ってこないだろうから、向かってくるほうが効率はいいか。

 

 一気に決着を付けずに、じっくりと戦って相手の引き出しを観察した。

 クレリック先生お疲れさまでした!

 それはそれとしてトドメは刺すけどな!

 

 迷宮を更に奥……つまり西へと進む。

 次に遭遇したのは――

 

「ポイズンクラウド。なんとなく予想はしてたけど、レベルⅡヒュドラ毒を持ってるね」

「レベルⅡ?」

 

「うん。大気よりも強い毒性を持ったヒュドラ毒はレベルⅡヒュドラ毒って呼ばれてる。バジリスクの石化毒は、ひょっとしたらレベルⅢにカテゴライズされるかもって言われてるね」

 

 なるほど。

 石化毒は空気中に取り出すと数秒で消失してしまうから、もしエーコが先の戦いで採取していたとしても解析は難しいだろうな。

 

 ポイズンクラウドを風魔法で処理するエーコ。

 流石に毒物には慎重になるようだ。

 素手で殴りに行く可能性も考えてたので少し安心した。

 

 俺はというと少し前に出て攻撃を誘い、レベルⅡヒュドラ毒とやらを回収してみた。

 他のヒュドラ生物にも効くのだろうか。機会があったら試してみよう。

 

 次の部屋に居たのは――

 

「ん。俺はパス」

「ヒュージフロッグだ。カエル苦手なの?」

 

 さらっとストレートに指摘された。

 俺もオロチの名を持つ男。蛇とカエルは仲が悪いと相場は決まっている。

 

 エーコさんが魔力剣で真っ二つにしました。

 うわグッロ。

 

 気を取り直して次。

 

 ラビッドドッグはなんかコメントに困るモンスターだ。犬だから強いんだけどな。

 他所の街で虎や狼と戦った後だと地味に見える。

 凄く派手だったからな。他所の街の虎。

 虎かなあアレ……。

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