次なる階層……ところでここは地下何階なんだろうな?
ドゥームダンジョンエリアとしては三階なんだが、その前の地下洞窟エリアの段階でそれなりに深い。
地下洞窟エリアは明確に階層が分かれているわけではないので判断が難しい。
まあ、どうでもいいか……。
しばらく探索してみた感じ。
俺はどうやら迷宮踏破のコツを掴んでしまったようだ。
ドゥームダンジョンエリアの構造はゲームのそれとは違う。しかしそれは、広さが噛み合わないから起きている現象であり、部分的な設計思想はそのままなのだ。
どういうことかと言うと、迷路がやたらとゲーム的……いや、守備的とでも言おうか。
真上から侵入しようが東側から侵入しようが、下層への階段に到達するまでに迷路をたっぷりと歩かされる。そこに利便性などというものはない。
あるいは現実の城だの王家の墓だのも、そうやすやすとは奥に行けない構造になっているのかもしれない。
ゲームならマップを攻略させてから次の階へ、というのは普通のことだ。
その造りがわざとらしいというか、そのため逆に正解ルートが割り出しやすい。ゲームなんかは結局は攻略されなければいけないという前提があるから、無尽蔵に理不尽な構造はしていないのだ。
埋まったマップの形状と照らし合わせ、それっぽい怪しい道を選んでいく。それで自然と正解へと辿り着く。
例えばほら、このちょっと不自然な配置になっている玄室とか大変に怪しい。
他の玄室が集合住宅の部屋みたいにひと塊のエリアを構成していたのに、ここだけは独立構造になっている。
本来ならこの部屋の向こう側にも空間があってしかるべきだ。しかし周囲の通路を調べた感じ、侵入口が無い。
部屋の奥の壁を調べると、石の継ぎ目がやたらと揃っている箇所がある。
そこを手で押すと、果たして壁は謎の駆動音と共に押し込まれ、横方向にスライドしていった。
隠し扉。
いや別にワクワクとかしてないが。
ここにはゲーム上便利なアイテムがあるわけでも、現実で価値のある財宝が手に入るわけでもない。小賢しいと思うだけだ。
そしてその先には隠し通路が続く。
順当に行けば、次の階への階段か?
ヒュドラが宝箱とか置いてくれるわけもなし、他に隠すようなものなんか無いはずだからな。
途中の部屋に敵の気配がした。
マップ上は行き止まりなので、あまり意味はないかもしれない。しかし今までそんなことは起きなかったものの、部屋から出てきて逃げ道を塞ぐという行動を取らないとも限らない。
強さだけではない。敵は知能も上がってきているのだ。
扉を蹴破り中の敵を確認する。
杖とローブを装備した魔術士、あるいは聖職者タイプの敵――『オラクル』がそこに居た。
オラクルは明確な敵意を持って呪文詠唱に入る。
俺たちが現実で使う魔法に呪文なんて不要なのだが、これも
あるいはエーコの杖やローブがそうであるように、俺が頭の中で屁理屈を考えるときのように、魔法を実現させ威力を高めるために必要な儀式なのかもしれないが。
ご丁寧にも可視化された魔力の風が飛んでくるが、当然こんなものには当たらない。
原作ドゥームダンジョンではそこまででもないが、現実のドゥームフィーンドの魔法職はやや不遇といえよう。本来はいちいちエフェクトなど纏わなくても魔法は使えるのだが、律儀にゲーム準拠なのだ。攻撃が見え見え過ぎる。
距離を詰めて手斧で斬り付ける。
腕にかなり深い傷を負わせたが、治癒魔法で回復された。
オラクルは魔術士と治癒師の両方の呪文が使える複合職なのだ。
今回の探索は長丁場になりそうだ。さっさと終わらせてしまうべきかもしれないが、この魔法使いにどれだけの引き出しがあるのか見てみたい気もする。
ちょっとだけ……。ちょっとだけな。
攻撃魔法は三種類。風、炎、氷の飛び道具だった。
真似してみようかと思ったけどいまいち上手くいかない。
俺には向いていないのか……。
回復魔法には面白い発見があった。
ポイズンクラウドから採取したレベルⅡヒュドラ毒をぶつけてみたところ、効果があったようだ。
その後、解毒魔法で状態異常を解除していたのだ。
がしかし、これも会得できない。なんでだ。
あ、もしかして俺には全く不要の魔法だからか?
いやでもエーコの治療には使えるし……。
これはもう、本人に情報を流して自分で会得してもらったほうが早いかもしれんな。
他には自身を強化する魔法も使っているみたいだが、効果がよく分からない。
魔術士タイプが自己の身体能力を強化したところで、そんなに上昇幅は大きくないと思われる。どっかのJKはおかしい。
最後に障壁タイプの魔法。
空中に多角形の板が出現し、手斧による攻撃を防ぐ。
どうも物理障壁と魔法障壁の二種類があるらしく、水魔法を防ぐものもある。
ほとんど透明だがエフェクトのせいで普通に目視できるな。
対魔法障壁は俺の水魔法では抜けなかったが、斧では簡単に壊せる。
対物理障壁は水魔法だけでなく、斧でも思いっきり叩けば破壊できた。
これは多分練度の差だな。俺の攻撃魔法は弱い。
練度の高い敵が障壁魔法を使えばかなりの脅威だろう。
ゲーム内ならば、ラスボスの強さはこの魔法が支えていたと言ってもいい。
あとやっぱり俺には習得できなかった凹む。
そろそろ潮時か。
攻撃魔法の間隙を縫って懐に潜り込み、首筋に斬り付ける。
その一撃でオラクルは光の粒子と化した。
吸収時に相手の魔法も習得できればいいのだが、《継承》はそこまで便利な能力ではない。
魔法の習得には自分の中で地道に屁理屈を重ねる必要がある。
俺の場合はだが。
逆にいつの間にか覚えてしまっていた魔法もある。
そもそも《継承》自体がそのひとつだな。
小部屋の中を一応調べるが、やはり何もなかった。
隠し通路に戻ると更に先へと進む。
しばらく歩くと、前方が少しひらけた場所になっていることを知覚する。
通路の奥の部屋。突き当たりはただの壁だ。
鑑定マッピングによる踏破済エリアの地図を脳内で参照する。
壁の向こう側は既に通った場所だ。
最後の部屋はそんなに広くないし、見える範囲には階段などありそうにもない。
ハズレだったか……?
なんのためにこんな部屋があるんだ?
中まで入らないと死角に何があるかは分からないが、鑑定情報では目立ったものは見当たらない。
通路の壁の片側に身を寄せ、そっと部屋の片側を覗き込む。
やはり何もな――
「何用だ」
うおっ! 反対側の奥に誰かいやがった!
後頭部の方向からいきなり話しかけられた。
しかもそいつは――
俺の索敵には引っ掛からなかった。
まずい、経験則からして俺よりも格上である可能性が高い。
落ち着け。
問答無用で攻撃されたわけじゃない。
俺はゆっくりと部屋の反対側に頭を回し、そいつの姿を確認した。
俺よりもやや大柄であろう男が部屋の隅に
ひと目見て分かる和装。
野武士の如き半着と野袴、部分的に覗く引き締まった肉体の男。
長い黒髪を後頭部で束ね、前髪の隙間からは鋭い眼光が覗く。
質素な姿のようでいて、籠手などの装備品は妙に派手だ。
ゲームのキャラにありそうな外見といえよう。
こいつを見るのは初めてではない。
かつてドゥームダンジョンエリアの東の侵入口、転移門の前で戦ったことがある。
「お前は……ブレード? なんでこんなとこに――」
い、いや違う……似ているがこいつは!
腰に差している刀が違う。
情報収納に入れているため、俺には妖刀《マムシ》の形状が正確に分かる。
あれは《マムシ》ではない。
ならあの刀はもしや。
――首刈り《アギト》。
それはゲームのドゥームダンジョンにおける『最強の刀』だ。
こいつは、このドゥームフィーンドは――
ブレードの《二つ名持ち》にして『強化個体』。
それは地下六階最奥の隠し部屋に潜む。
それは出現階層と強さが全く噛み合っていない初見殺し。
あのセルベールと双璧をなすドゥームダンジョンの二大デストラップ。
その名を《迷宮剣豪》ブレード!
こっ……。
こんな奴を思わせぶりな隠し通路の奥に配置すんなや!!!
いや確かに、ゲームでのこいつは隠し通路の奥に居るんだけどさあ……。
いきなりそんなとこだけ忠実に再現しなくてもいいから!
この先に階段があるに違いない、とか思ってた過去の俺をぶん殴りてえ~。
「拙者を知っているのか……。あちらのほうと死合ったのか?」
あちらのほう、とは『強化個体』ではない無印ブレードのことか。
「ああ……」
人間がこの迷宮に入れば、ヒュドラ生物と殺し合うのは自然の流れだ。
ウソをついても仕方がない。
さて、どう出る?
ゲームの通りであれば、こいつには恐らく魔法が通じない。
下手をすると魔力剣も通じないかもしれない。
白兵戦最強とすら言われるこの隠しボスと手斧だけで戦う?
……逃げの一手だな。
こんな行き止まりに居る敵を倒しても意味はないし、戦闘になったら通路を水で埋めて逃げるか。
ああでもこいつ、その水魔法が通じない可能性が高いのかー。
「ではどうする? 拙者も殺すか?」
「お前が俺を殺そうとするならそうなる。あるいは俺が逃げる。違うのなら何もしない。黙って立ち去る」
「ふうむ……」
なんか予想よりやる気の無さそうな奴だな?
全く油断は出来ないが。
「おぬしの目的はなんだ? この迷宮のより深きに潜り敵対者を
「……人類の勝利とかは知らん。だが俺が人間である以上、足の下にヒュドラみたいなやべー奴が居たらおちおち眠れんだろうが」
「道理だな」
…………。
なんだこれ。
このやり取り、なんか意味あるんだろうか。
「おぬし、何か食うものを持っておらぬか」
「は???」
お前は何を言っているんだ???
「いやあるけどさ、お前らってメシは必要ないんじゃなかったか?」
「本来であればな。だが拙者の肉体は最近になって、大気に満ちるヒュドラの毒とは縁が切れた。命を
えっ? ヒュドラ毒がなんだと……いやその前に!
待て待て。それはひょっとして俺がエサになる伏線じゃないだろうな?
いや落ち着け俺。先方はわざわざ食いもん持ってないか聞いてきたじゃん?
なんか出せば戦闘回避……いやこいつ何食うんだ?
サムライだろ? コンビニのパンとか出したら斬られるかも分からん。
「分かっ……ちょ、ちょっと待て、な? えーと、お前……なんなら食えんの?」
「カップ酒はあるか?」
「自分の世界観を考えろ!」
しまった。反射的にツッコんでしまった。
ブレードは俺の発言の意味が分からなかったのか怪訝な顔をしている。
カップ酒てお前……。
いやあるんだけどさあ。
俺は飲まないんだが
情報収納から取り出してブレードに放る。
「うむ。かたじけない」
開け方分かんの?と思ったが普通に開封して飲みだした。
こいつもセルベール同様、人間の記憶を知識として持ってるんだなあ……。
カップ酒をあおる迷宮剣豪。
ブレードのファンには見せられない姿だ。
ちなみに無印のブレードはなかなかプレイヤー人気が高いが、強化個体のほうは……とある理由から賛否が分かれている。
「お前って……人間の記憶があるの?」
「知識としてはある。だが拙者はブレードだ。それ以上でも、以下でもない」
セルベールと似たような答だ。
前世から人格を引き継いだのではなく、当代限りのいち個体というわけか。
それがなんでそんな喋り方と性格になるのかは謎だが。
「お前は産まれてから二ヶ月程度しか経っていない、で合ってんのかな?」
「左様。人間、ヒュドラ生物を問わず、先人たちの記憶が今の拙者を形成していることは否定せぬ」
カラになったカップを置いてブレードは言った。
街の人間たちだけではなく、歴代のヒュドラ生物たちの知識も受け継いでいるということか?
それならこいつやセルベールのような奴らが居るのも頷ける。
現代人の記憶と知識をミックスしても、なんかこう……こんな感じにはならないと思いたい。
「まだ飲むか?」
「貰おうか」
カップ酒のおかわりを何本か出す。
こいつが空腹のままだと俺がおつまみになりかねない。
ジャンクフード召喚で、コンビニで売ってた商品を色々出した。
「飲んでばっかりじゃなくて食い物も食っとけ」
そして俺を食うのはあきらめろ。
「うむ。空きっ腹に酒は効くな」
こいつにも酒が効くという概念があったのか。
魚のすり身でチーズを挟んだ定番のおつまみ。
その袋を、普通に開けて食べ始める。
もう突っ込まないからな。
酔い潰せばワンチャンこいつを倒せるのでは?
でも酒で酔い潰れて倒されるのはヤマタノオロチのほうなんだよな……。
コンビニのおにぎりを器用に開封する。
それ普通の現代人でも開けるの苦手な人とか居るんだけど?
「ほう、現代の握り飯は美味いのだな。拙者の時代とは違う」
生後二ヶ月がなに抜かしてんだ。
どういう設定で生まれてきたんだお前は。
パンも普通に開けて食べ始めた。
いやそれも食うんか。
カレーパンを食う迷宮剣豪……。
「うむ。これも中の具の複雑な味わいが美味い。が、このパンというやつは酒にはあまり合わぬか?」
「ああ、それならこっちのほうがお勧めだぞ」
銀色に輝く缶を出してブレードの前に置く。
キンキンに冷えたヤツだ。
放り投げると泡が噴き出すかもしれないからな……。
ブレードは缶ビールのフタを一切迷うことなくカシュッ開けると、ゴクゴクと飲み出した。
なに時代の人間だよ! コイツの創造主の顔が見てえ!
カレーパンに缶ビールというのも少しアレだが、カップ酒よりは合うだろう。
俺は普通にその組み合わせで飲むし。
「ほう。酒精は少し物足りぬが、ここにある食い物には合うな。悪くない」
他のパンも開けると、味を見てはビールで追う。
弁当に手を出すと、特に説明もしていないのに割り箸を袋から出して割った。
もう突っ込まねーからな……。
缶ビールもそっと追加で置いておく。
っていうか美味そうだな!
なんでこいつこんな迷宮の中で酒盛りとか始めてんの???
そりゃ酒とつまみ出したのは俺なんだけどさあ!
「おぬしは
「こんなところで飲んだら生きて帰れんわ!!」
くっ……あまりな質問に思わず突っ込んでしまった……。
適当に酒と食い物を追加して、俺も食事休憩することにした。
いや俺は飲まないけどな!?
スポドリがいつもより味気なく感じる……。
「酒が入った程度で戦えなくなるとは難儀だな」
「お前は大丈夫なのかよ?」
「問題ない」
酔い潰れたりはしないってか。
酔ったら死ぬのはやっぱりオロチだけらしい。
まあ俺と違って、お前はこの迷宮に敵が居るわけじゃないからな……。
敢えて言うなら、俺がお前の敵なんだけどな……。
「ふむ、地上に帰らなければ飲めないというなら、拙者も地上に向かうか」
「あ?」
今なんつった?
「その前に地下に用事があるのだったな。今のおぬしがヒュドラに会うのはいかにも時期尚早。なれば今回は
「ん? うーん……。ケクロプスの騎士とやらが気になることを言ってたな。ドゥームダンジョンの底に来いとか」
「そこから先はあやつらの領域だな」
言っておくが、と前置きしてブレードは続ける。
「ケクロプスの眷属がおぬしと組むなど、万にひとつもあり得んぞ」
「分かってるよんなこた。あいつらは俺を利用して、ドゥームフィーンドの数を減らしたいんだとよ」
「おぬしがこの先に進めば自我の無いドゥームフィーンドたちは必ず立ち塞がる。あやつらの思惑通りになることは避けられぬな」
だからって進まないという選択は無い。
このブレードもドゥームフィーンドだ。
俺が同胞を手に掛けるなら、ここで止めるとでも言うつもりか?
でもこいつ、さっきまで同胞を喰うとか言ってたような?
――どう、答えるか。
ブレードはゆらりと立ち上がる。
自然な動きに反応が一瞬遅れた。
俺も続けて腰を浮かせて。
いつでも跳び退けるよう、脚に力を込めブレードを見上げる。
「では、ゆくか」
「は? ……何処に?」
ニヤリと口元を
「人もヒュドラも超越者も、全てを巻き込む戦いを始めるのだろう? オロチよ」