終末街の迷宮   作:高橋五鹿

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第49話 クソボス

「な――」

 

 なんでこいつ、俺の名前を知ってんだ?

 

「セルベールから聞いている。人間の異能者がこのドゥームダンジョンに辿り着いたとき、我々の戦いも始まるのだと」

 

 声に出す前に答が返ってきた。

 それ、侵入者の人間を殺すって意味じゃねーの?

 うっかり口に出すと「そういやそうだな」とか言われかねないなので黙ってる。

 

「別におぬしと戦うという話ではないぞ」

 

 心を読まれた。違うんか。

 

「おぬしと共に行けば、拙者がどう戦うべきかも見えてこよう。その結果、やはりおぬしと死合う結末にならぬとは言い切れぬがな」

 

 おいおいこの危険人物、付いて来る気かよ。

 ドゥームフィーンドに襲われたとき、背中からこいつに刺される可能性も心配しなきゃならねーじゃねーか。

 

「いや、俺はひとりでマイペースに探索したいというか――」

「タダとは言わぬ。露払いは拙者が務めよう」

 

 ――数十分後。

 

 次の階層へと続く下り階段、その前の大広間。

 その光景を見た俺は唖然とするより他なかった。

 

 階段を守るように立ち塞がった大量の『ソードマン』は既に大半が床に転がり、次々と絶命しては消失していっている。

 うん。全部ブレードがやりました。

 当然こいつらもドゥームフィーンドなわけで、キミの同胞なのではブレード君?

 

 初めは俺に殺到したソードマンたちは、途中で脅威判定が切り替わったのか今はブレードに群がっている。剣だの腕だの首だのが冗談のように宙に飛ぶ。

 

 この広間で待ち構えていたのはソードマン――物理攻撃を得意とする剣士たちだけではない。

 後衛にはオラクルが並び、魔法による支援と連携を仕掛けてきた。

 だがブレードの攻撃はひとつひとつが致命的で、斬られてしまったら回復魔法ではもうどうにもならない。

 ならば攻撃魔法による支援はどうか?

 

 結論から言えば、ブレードには魔法が通じない。

 

 後衛から飛んでくる攻撃魔法は、ブレードが刀を振るうたびに掻き消える。

 まるで最初から存在しなかったかのように。

 

 首刈り《アギト》――

 ドゥームダンジョン最強のこの刀は、『魔法を斬る』ことが出来る。

 

 魔法の『核』を斬ることで、魔法自体を完全に消滅させてしまうのだ。

 そう聞くと物凄く便利そうだが、サムライ使いのプレイヤーに言わせれば実際にはそうでもないらしい。

 

 魔法の核とかいうあやふやなもの。

 ゲーム内であれば一定のタイミングで発生する当たり判定。

 もしくは魔法エフェクト内の何処かにある、不可視の極小当たり判定ではないかとも推測されている。

 あるいはその両方。いずれにしても……。

 そんなものに大振りな刀の攻撃を当てろとか無理ゲーなのである。

 

 だがその武器を、CPUが操る強キャラが握れば一体どうなるか?

 結果として、プレイヤーキャラの魔法という魔法を片っ端から無効化する極悪なボスが誕生した。

 いや、はっきり言ってしまえば……。

 

 ――《迷宮剣豪》ブレードは紛うことなき『クソボス』だ。

 

 戦士職ならまだいい。ウィザードにしてみれば絶望的。

 物理攻撃最強クラスのボスと、正面から杖で殴り合うしか無いのだから。

 魔法職でブレード強化個体を倒すのは、ゲーム中で最理不尽のコンテンツとさえ言われている。

 

 こいつのクソボスっぷりが発覚してからは、それまでは人気モンスだった無印ブレードの人気まで下がったらしい。

 一説には、無印が装備する妖刀《マムシ》のランダムクリティカルの餌食になるプレイヤーが後から増えてきたせい、という話もあるが。

 どっちのブレードも理不尽なんだよな結局。

 

 そして、僅か数分の戦闘によりソードマンは全て倒され、前衛を失ったオラクルたちもあっさり壊滅した。

 俺も最初は武器を抜いたのだが、ソードマンたちは近付いてくる前に次々と死んでいくので何も出来なかった。

 前衛のソードマンたちには中盤から無視されたし、後衛のオラクルたちに至っては一度も俺に攻撃してこなかった……。

 

「終わったぞ」

「あ、ああ……お疲れ……ていうかお前――」

 

 ドゥームフィーンドを殺してもいいのか?

 そう聞いていいものかどうか。

 

「必要とあらば斬る。人間とて同胞を殺めることもあるだろう」

 

 やたら察しがいいなコイツ。

 危ない奴なのか器が大きいのか全然分からん。

 

「俺には分からねえよ。ケクロプスの騎士を倒すためって言うならまだしも、ドゥームフィーンドを斬ってまで俺に協力する意味はあるのか?」

 

「拙者には戦いが必要だ。いずれ百頭竜の域に至り、創造主の礎とならん」

 

 うーん?

 こいつ、創造主への忠誠自体はあるのか。

 

「創造主以外は敵味方とかどうでもいいってことか? 俺がヒュドラと敵対してても構わんの?」

「そうではない。ただ、おぬしとヒュドラの関係については些事だな」

 

 おおらか過ぎか。

 でもこいつ、ヒュドラ視点だと明らかな失敗作なのでは?

 知性のあるドゥームフィーンドって、軒並み自由すぎるんだが。

 

「おぬしは拙者が同胞を斬ることが気に食わないのだろう? 自分を殺そうとする者たちまで気にかけるとは慈悲深いことだな」

 

「え? いや、そういうんじゃないけど……」

 

「同じドゥームフィーンドとはいえ、あやつらは何のために戦っているのかすら自分で理解しておらぬ。せめて介錯してやるのが拙者なりの情けというもの」

 

 セルベールも自我の無いドゥームフィーンドを野生動物と言っていたか。

 向かってくるなら殺すのも止む無しか?

 もともとこいつ、同胞を喰おうとか考えてたくらいだし……。

 

 ただ、あいつらが向かってきたのは俺が居たからであって、ブレードと戦うつもりはなかったはずだ。

 セルベールとホワイトライダーみたいな腹黒同士が争う分にはなんとも思わんが、ブレードとその辺のドゥームフィーンドという組み合わせはなんかこう、なんかな。

 

「それに、あやつらは死にはせぬよ」

「死なない? ……そういや復活するもんな。お前もそうなの?」

 

 俺が倒した場合はドゥームフィーンドのリソースごと吸収してしまうが、余力があれば同じ情報の個体を再召喚することは可能なはずだ。

 俺のジャンクフード召喚と仕組みは一緒だからな。

 厳密には完全な同一個体ではないのだが、そこは考え方か。

 

 ブレードが倒す分にはリソースもダンマスに還元される、はず。

 ひょっとしてブレード的には、ぶん殴って黙らせるくらいの感覚だった?

 むしろ俺が戦うより平和的解決だったとか?

 

 ……なんか真面目に考えて損した気分だ。

 

「拙者が死んだ場合は恐らく復活は無理であろうな。ドゥームダンジョンの管理代行者は、そこまでの力は持っておらぬ」

 

 ん……?

 

「管理代行者……それってダンジョンマスターのことか? もしかして、ドゥームダンジョンのマスターはヒュドラじゃないのか!?」

 

「そうだ」

 

 えっまじで?

 そうなると考えることが一気に増えるんだが。

 ええっと……まずはなんだ?

 

「そ、それってどこまでの範囲なんだ? 地上の結界も含まれたりは」

 

「いや、地上付近の洞窟は含まれない。代行者が管理するのはドゥームダンジョンだけだ。おぬしの考えは分かるが、地上と迷宮を分かつ結界を誰が管理しているかまでは拙者は知らぬ」

 

 やはりこいつは察しがいい。

 対超越者結界をヒュドラ以外のダンジョンマスターが管理しているならば、そいつを倒すなり協力を頼むなりすることで結界を解除できる。

 

 ドゥームダンジョンの管理を代行している何者か。

 そいつはブレードに言わせればあまり力は無い。

 とはいえ力が無いってのはヒュドラと比較してのことだろう。俺からすれば、手に負えないくらいクソ強い奴という可能性ももちろんある。

 それでもそいつがドゥームフィーンドのボスなら、セルベールやブレードのように交渉の余地があるかもしれない。

 

 ただ残念なことに、結界の管理者はまた別の奴ということらしい。

 だが、ヒュドラではない可能性もあるのか。

 それはなんとしても突き止めなければならないな。

 

 ブレードが知らないのであれば、他の奴に聞けばいい。

 迷宮の奥深くまで潜る明確な理由が出来た。

 

 階段を降りて、下の階層へと進む。

 景色は依然として石造りの迷宮のままだ。

 

 ブレードは出発してから今まで、常に俺の前を歩いている。

 俺が後ろから刺されることを警戒しているとか、まあこいつにはお見通しなんだろう。誠意のつもりなのかもしれない。

 

 道案内してもらってるので迷宮攻略の必要がない、なんてのんきに考えることは出来ない。罠へと(いざな)われいてる可能性だってある。

 あるいはブレードにその気がなくても俺にとっては死地へ一直線、ということも有り得なくもない。

 

 逆転の発想で、俺がこいつを後ろから刺すのはどうか?

 まあ無理だろうな~。

 たとえ不意討ちでもこいつを物理で倒せるイメージが浮かばない。魔法も斬られる。

 それでもやりようはあるんだが、今はこいつと戦おうという気が起きない。

 無印のときから、ブレードとはなにかと縁があるためか……。

 

「この階層には、人間の言葉でいうところの『ボス』が居る。おぬしの場合は……倒さねば次の階層には進めぬかもな」

「ドゥームフィーンドの親玉? 例のダンジョンマスターか?」

「どちらも違う。おぬしはこのドゥームダンジョンの元となった、人間の作った物語のことは知っているか?」

 

 人間の作った物語。

 ゲームのドゥームダンジョンのことだよな?

 

「だいたいは知っている。あらすじ程度だが……」

「ならば、実際に見たほうが早いだろう」

 

 そしてブレードは、その部屋へと俺を案内した。

 

 その入り口には既視感があった。

 周囲のそれに比べて大きく、装飾が多い。

 見るからに他の部屋とは違うという主張――いや、これは警告だ。

 

 俺はこの部屋を知っている。

 そして、扉の先に居るドゥームフィーンドが何者なのかも分かってしまった。

 

 ブレードはまるで冒険者のように、その重厚な扉を蹴破った。

 

 玉座の間――

 

 ひと言でいうならそのような空間だ。

 ただしここは城ではなくて迷宮の底なのだが。

 広い空間ではあるが、別に兵士とかが並んでいたりはしない。

 玉座に腰掛ける人物と、左右に仕える護衛ふたり。

 全部で三人だけだ。

 

 左右に立つマントの男ふたりはモンスター、『ヴァンパイア』。

 そして玉座の人物は――

 

 その女は、王者というには禍々しさのある黒いローブとフードに身を包み、豪奢な杖を抱え持っている。

 二十かそこらの歳に見えるが、若くして稀代の魔術師という話だったか。

 その身体は小柄かつ細身だった。

 

 闇夜のローブの上で波打つ、長く鮮やかな青い髪。

 そして三日月の杖の煌めきが、(くら)い迷宮の底で浮かび上がる。

 敵ではなくプレイヤーキャラだと言われても違和感のない、ある種の華やかさを確かに備えた外見。

 しかし半ば閉じられた目からは、なんの感情も読み取れない。

 それが――

 

 ドゥームダンジョンのラスボス、《亡国の王女》セレーネである。

 

 ついに邂逅してしまった。

 こいつの位置付けはどうなっているのだろうか?

 ブレードによれば、こいつはドゥームフィーンドのリーダーでもなければダンジョンマスター代行でもないという。

 倒さなければ先に進めないだろうとも。

 

 交渉は不可能ということか?

 鑑定ではこいつの感情は一切読み取れない。感情を隠しているというより、元から感情が無いとしか思えない。スライムやゾンビのそれに近い。

 

 だが、その脅威度は計り知れない。

 身体能力は低そうだが、内包される魔力は底が見えない。

 セルベールやブレードにも劣らない、ドゥームフィーンド最強の一角であることは疑いようもなかった。

 

 強いヒュドラ生物ほど、交渉に応じる知能の高さを持ち合わせている。

 俺はつい先程まで、そう思い込み始めていた。

 ワーウルフや大怪獣など、例外はいくらでもいたというのに。

 自分の楽観さに腹が立つ。

 

 目の前のこいつは紛れもない――『怪物』だ。

 

「おい……ブレード」

「左右の二体が来る。片方をやれるか?」

 

 ヴァンパイアたちが左右に散った。

 距離が離れているので目で追えたが、凄まじいスピードだ。

 

「当然だ!」

 

 護衛ごときに手こずっている場合ではない。

 手斧を携え、近い位置のヴァンパイアに向けて駆け出した。

 

 ヴァンパイアといえば牙による噛みつきだが、実際の白兵戦ではなかなか噛み付く機会も無いだろう。魔力を帯びた手刀で攻撃してくる気配が見て取れる。

 ゲーム中では様々な状態異常を付与してくるが、現実ではどんな効果があるか分かったものではない。

 

 引き付けて左右の手刀を躱し、相手の腕を狙って斧を振るう。

 欲張って急所を攻撃すれば、相討ちを狙われかねない。

 見るからに生命力がありそうな奴だ。分が悪い。

 末端を攻撃されることを嫌った敵の動きが鈍り、その隙に間合いを詰める。

 ヴァンパイアは牙を剥いて噛み付こうと試みる。

 情報収納から小型の円盾(バックラー)を出して左手で掴むと、その円盤の縁を敵の口内に叩き込んだ。

 後方に仰向けに倒れた相手の鳩尾に片膝を落とし、顔面に手斧を振り下ろす。

 

 こいつが伝説上の吸血鬼なら、この程度では死なないかもしれないが。

 所詮は紛い物。

 砕け散った光は俺の一部となって継承される。

 

 もう片側を視界の隅に捉える。

 ブレードの相手も、こちらと同時に光の粒子と化したのを確認した。

 屈んだ体勢になった俺とは異なり、ブレードは立って構えた姿勢のままだ。

 やはり白兵戦ではあいつのほうが上か。

 今の俺の体勢では、次の攻撃への移行が一歩遅れてしまう。

 

 続いて玉座を確認する。

 亡国の王女(セレーネ)は既に立ち上がっていた。

 

 半透明、多角形の壁が多数現れてセレーネの身体を覆っていく。

 

 あれは――障壁魔法。

 オラクルが使っていたものと同じ魔法だ。

 だがその練度は比較にもならない。

 

 周囲を覆うだけでなく、対物理と対魔法の障壁を交互にいくつも重ねていく。

 まるで障壁魔法のミルフィーユだ。

 俺も魔法使いの端くれとして、あの複数魔法操作がどれだけ難しいものかが分かる。また、一枚一枚の強度も尋常ではない。

 

 ゲームにおけるセレーネの強さを支えるのは、この障壁魔法による耐久力。

 セレーネの側は、障壁を無視して直接外に魔法を撃つことが出来る。

 プレイヤー側は対物障壁を魔法で壊し、対魔障壁を物理で壊す。

 そうやって障壁の数を減らしていくのがセオリーだ。

 

 指をくわえて見ているわけにも行くまい。

 障壁が一枚でも増えるより先に攻撃すべく立ち上がり――

 

 それよりも一歩早く、ブレードが駆け出した。

 

 一体どうするつもりなのか。

 ここまでブレードは、刀による物理攻撃しか見せていない。

 こいつはゲーム中でも魔法は使えなかったはずだ。

 首刈りアギトであれば、あるいは『障壁の魔法そのもの』を斬ることも可能かもしれない。

 

 だが、あの練度の障壁を?

 しかも何層にも重なっているというのに?

 攻撃が届く前に、致命的な反撃を喰らってしまうのではないか。

 

 そんな思考が終わるよりも早く両者の間合いは詰まって――

 

 次の瞬間には、大上段から振り下ろされた首刈りアギトが弧を描き、セレーネは袈裟斬りにされていた。

 

 斬撃の軌道上にある障壁は、全て両断されていた。

 それこそ菓子のミルフィーユを切るみたいに、対物も対魔も関係なく、全ての障壁を一太刀で斬ってのけたのだ。

 

 ――公国の五人の騎士と亡国の五体の悪魔。

 まだその存在の全てを確認したわけではないが……。

 奴らは言うなれば『ドゥームダンジョン十強』。

 そしてその最初の脱落者は、《亡国の王女》セレーネだった。

 

 濃度の高い理不尽を叩き付けられたセレーネはその半眼を見開き――

 ぽかんと口を開けて唖然とした表情のまま、光の粒子となって消えていく。

 

 あ、あー。分かる。分かるわ。

 

 アレはないよな。

 

 あんなにも高度な魔法の数々が通常攻撃一発で霧散するとか、俺がブレードと戦う立場だったら運営(ヒュドラ)にお気持ちメール案件だわ。

 

 もはや戦場で動いているのは俺とブレードの他になく。

 ブレードは刀を鞘に納める。

 

「強き者よ。良き死合いであった」

 

 そう思ってんのはオメーだけだよ!

 

 こいつ……やっぱりクソボスだわ。

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