終末街の迷宮   作:高橋五鹿

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第5話 死体消失

 そして五月八日。

 

 今日は休日だ。休日とは。

 体を休める日だな。自発的にそう決めた。東のショッピングモールに行って、本屋に寄るのも悪くない。でも俺は西へ自転車を漕いでいた。自転車を使うほどの距離でもなく、すぐに堤防が見えてくる。

 

 自転車を降りて堤防に登る。眼下に川が見えた。例の封鎖された橋がある境界線の川ではない。それはもっと西、対岸に見える隣街の向こう側だ。すぐ北には隣街に渡る橋も見える。

 

 あの日以来、こうして隣街を直接見るのは始めてだ。写真では見ていたが、それは西側からの光景だ。東側から見ても、隣街の状態はひどい。爆撃にでも遭ったかのような惨状だ。

 

 ネットでも散々議論されていたが、現代日本の街が地震でここまで壊れることなどあり得るのだろうか。地面が揺れたというより、地中で何か爆発でも起きたのかと考えてしまう。

 

 スマホのカメラで対岸の街を撮影した。

 なんのためにっていうと、ネットにアップするためにだ。いや、別にいいね数を稼ぎたいとかそんなんじゃない。

 これからの生活、暇潰しに承認欲求を満たすのも悪くないとか思わなくもないがそれはそれ。

 

 目的は救助要請だな。ちゃんと調べれば俺がこの街からネットを見ていることは分かるはずだが、悪戯だという先入観があるとそこまで調べてくれない可能性がある。そのまま電気が止まったりしたらお手上げだ。

 スマホのアンテナは相変わらず死んでいるので、帰ってからPCにデータを移すつもりである。

 

 SNSで目立てば、マスコミ辺りが話を聞いてくれるかもしれない。崩壊した隣街。これを東側から撮影するのは外部からは不可能だ。勝算はある。

 

 更に、隣街にも生物の目撃情報が出ているのだ。残念ながら女子高生ではない。鳥が飛んでたとかその程度。西の境界線の川幅は非常に広い。対岸の生物なんて、なんかの見間違いの可能性も高い。これはついでだな。

 

 生物の写真が撮れたらラッキー。もし見かけたら、少し危険だが橋を渡って見に行くだけの価値はある。

 

 鳥には悪いんだけど、危険な場所と安全な場所の境界が分かるかもしれないし、是非とも頻繁に飛んでてほしい。

 いや、俺なんかが思いつくくらいだから、境界線に動物を突っ込ませるとか、とっくにそういう動物実験は行われているだろう。当然ながら世論の反発が予想されるので、やるとしても極秘にやってると思う。

 あ、それなら死体が消失するかどうかも調べられるじゃないか。うわー残酷。ヒデーこと思いつくなあ。抗議しなきゃ。

 

 そういや封鎖地域でヘリやドローンが飛べないのって、揚力を得られないからって説があったな。

 鳥はどうなんだ?

 境界線では空気密度が低いから生物が死ぬって話を見たときは「それだ!」って思ったんだけど、死体消失の理由には全くなってなかったわ。振り出しに戻る。

 

 スマホを下ろしてぼんやりと正面を見た。

 そして、対岸のビルにそれは居た。

 

「…………? えっ!?」

 

 今にも崩れそうなヒビだらけのビル。

 その屋上に立ってこちらを見ている。

 

 鳥じゃない。人だ。

 

 女子高生、でもないよな?

 噂の女子高生は黒髪で色白の肌っていう目撃証言がある。

 

 逆の色だった。

 日焼けしたような小麦色の肌。褐色肌っていえばいいのか?

 そして長い髪は真っ白だ。銀髪というのかもしれないが、なんとなく白髪という表現が似合う。『しらが』じゃないよ。『はくはつ』な。

 

 同じか? 違うよね?

 

 あと着てるのも制服じゃない。なんかよく分からん服だ。

 遠いからはっきりとは分からないが、俺はその人物を女性だと思ったしなんなら美人だとも思った。

 風になびく白い髪が本当にきれいだったからかもしれない。

 

 見えたのはほんの一瞬だ。俺がその人物に気付いたとき、すぐに消えてしまった。

 屋上の奥に引っ込んだのだろうか。

 それとも幻覚だったのか?

 

 幽霊というのはナンセンス。そんなものはいない。

 いないのだ。

 

 怖いわけじゃないですし?

 いや、霊とかいたら今日まで俺が地面に落ちてる衣類とかを粗雑に扱ってたこととか、色々とねえ。すいません余裕がなかったんです。踏んだりしてすいません。

 

 ま、冗談はさておき。

 行くか。隣街。

 

 川を渡る意味を一瞬考えるが、ここは境界線の川ではない。

 西の境界線はかなり遠い。その距離を考えれば、そこまで危険はないはずだ。

 俺は堤防を降りて自転車に乗ると、橋に向かってゆっくりと漕ぎ出した。

 

 

 

 

 橋を渡るとそこは終末世界だった。

 

 いや、住んでる街も大概終末だったけどさあ。こっちは見た目からしてテンプレというか、地割れはあるわ瓦礫は落ちまくってるわ。同一ジャンルなんだけどちょっと方向性が違う映画の世界に引っ越してきた気分だ。

 

 これ、街中の道路に自転車で乗り込むのは危ないな。

 

 自転車は橋を渡ったところで降りて、スマホで崩壊した街の様子を撮影する。

 あとは歩いてくか。目的地はさっき人が居たビルだ。

 

 対岸からだとたいした距離じゃないって思ったけど、少し高い位置に架かっている橋が地上に着くまでに結構内陸部までめり込んでしまった。歩くと結構ある。

 

 あの人物は、俺と目が合ったらすぐ消えてしまったように見えた。もし見つかるのが嫌なのであれば、もう逃げてしまっているだろう。

 

 それに、封鎖地域の中に居るような奴だぞ。あぶない奴である可能性がある。

 俺?

 いや俺はいんだよ別に。あぶないってのは、俺にとってあぶないかどうかって意味だから。相対的あぶなさ。

 

 とにかく、会わないほうが正解ということもあり得る。だからゆっくり行こう。でも情報はほしい。ビルになんらかの痕跡があるかもしれない。

 

 街中を歩いた。

 食料品確保にここを選ばなかったのは正解だったな。ちょっと歩いただけでそれが難しいことが分かる。この辺の建物は多分高確率で配電とか死んでる。

 

 冷蔵庫や冷凍庫がなければ食料とか意味ないし、常温長期保存ができるものは急いで確保する必要もない。虫とか湧く可能性? 虫が居るんなら一応気を付けるところだけど……。

 

 駅が遠いせいか、チェーン店は見当たらない。荒れ果てた民家や個人商店は生々しく、撮影する気にはなれなかった。

 絶望的な状況とはいえ、ショッピングモールとか歩くのはちょっと楽しかったが。でもこの街はダメだな。休日に来るところではなかったかもしれん。

 

 もう少し奥に行ってみるか?

 

 隣街の駅。栄えてる度合いで言えば地元駅と同じくらい。その駅がどうなっているのかは誰も知らない。西の境界線の川からはかなり離れているからな。撮影は無理だ。

 

 好奇心は猫をも殺すっていうけど、俺は今生きてるのが不思議なくらいの状況だからなあ。

 生きるための努力なら昨日まで頑張った。

 今日は休日だ。少しくらい好きに生きたっていい。

 

 瓦礫を乗り越え、道なき道をゆく。距離は1キロもないはずだ。道が悪いから三十分くらいかかるかもしれんけど。

 

 気のせいかな。街の荒れ具合がひどくなってきた気がする。この街の西岸の写真も、自分の目で見た東岸も荒廃していた。ならその中央はもっとひどくなるのは、当然といえば当然か?

 

 もうね、ビルが倒壊しているとかそういう話ではなくなってきた。地面が隆起してるんだけど。

 まるでこの先にある何かを隠したり守ったりするかのように。

 なんだこれ。

 

 上空から見てみないと確かなことは言えない。

 でもこの地面が隆起した壁、円を描いてないか?

 隣街の駅を囲むように。

 

「引き返すか……」

 

 独り言が出た。

 独り言が出るくらい、それを強く意識したってことだ。

 

 あの日から今日まで直感に従い、特に大事なく生きてきた。

 その直感が「引き返せ」と言っている。

 

 ヤバい。ここには居たくない。

 

 振り返った。

 

 来た道には何も居ない。心臓が早鐘を打つ。

 

 早歩きでいま来た道を戻った。足元の瓦礫がもどかしい。でも慌てて怪我なんかしたらこれからの生活に支障をきたす。大怪我をしても治せる人なんていない。

 

 落ち着いて進むんだ。

 

 そして堤防と橋が見えてきた。

 この街に来た元々の目的。ビルの上に見た人物はもう居ないだろうな。あのビルを調べる価値はあるかもしれない。でも今日は疲れた。家へ帰ろう。あともうこの街へ来るのはやめよう。

 

 橋の上には自転車を停めてある。そこへ向かおうと――

 

 え? なんだあれ?

 

 川を渡る橋の、ガード下の柱からなんか見えてる。見えてるっていうか見られてる?

 

 猫。

 

 猫だ。にゃんこ。

 多分三毛猫。可愛い。

 

 ちょっと混乱してる。そりゃそうだ。縮尺がおかしい。少し離れた位置なので確かなことはいえないけど、周囲の物とかからの比較でだいたいの大きさは分かる。

 

 高架下の柱の陰からこちらを覗き見るその猫の頭は、多分俺の頭と同じくらいの高さにある。いやそうはならないだろ。でもなってるんだよな……。

 

 のそり、とそれが姿を現した。猫だ。全身猫。頭から尻尾まで猫だった。

 普っ通~の三毛猫だわこれ。

 

 大きさ以外は。

 

 高さだけで俺と同じくらい? 四足歩行なのに??

 熊くらいない? いや猫だしここは虎くらいというべきか?

 虎なんか見たことないけど!

 よく考えたら熊も見たことなかったわ!

 

 なぁ~ご、とそいつは鳴き声を発した。普通の猫の声だ。

 サイズなりにボリュームがでかいけど。

 

 俺にはそれが地獄の番犬の唸り声のように聞こえた。猫だけど。

 

 見た目は可愛いから友好的ってことはない?

 

 そいつは毛を逆立てながらフーフーと威嚇っぽい声を発している。

 あ、これ駄目なやつだ。

 

 俺は振り返ると、再び隣街の駅に向かって駆け出した。そっち行くのかよ!って自分でも思うけど仕方ないじゃん!

 橋を渡るためにはあの化け猫と距離を詰めなければならない。博打すぎる。

 

 もし生物の体の大きさが十倍になったら、スケールスピード通りに十倍の速度が出るだろうか。現実にはそんなことはないと思う。色々と条件が変わってしまうからな。

 でもそれは些細な問題だ。通常の猫だって瞬発力は凄まじい。もしデカかったら。そしてそれが人間を追いかけてきたら。

 十倍の速度は出なくても、倍以上は余裕で出る。リーチが長いのだから。

 

 俺が逃げた距離なんて笑っちゃうくらい短かった。

 

 一瞬で追い付かれて……追い付かれて何をされたのかは分からない。食われたわけではないところを見るに、巨大なネコパンチを食らったんだと思う。

 

 俺の身体はあちこち曲がっちゃいけない角度に曲がってから地面を転がる。転がって横向きに倒れた形で止まり、ちょうど視界の正面にその猫はいた。

 俺は口から血を吐き出した。いや、噴き出した。

 

 あ、死ぬわこれ。

 

 俺は今日まで自分がパニック映画の世界に来てしまったと思っていたのだが、どうやらモンスター映画の要素もあったみたいだ。

 監督に会ったら要素盛り過ぎだとダメ出しをしてやりたい。

 

 言いたいことはまだある。

 猫。

 オメーだオメー。

 

 俺は血反吐を吐きながら、これから自分を殺すであろう怪物を睨みつけた。

 

 なんだこの無駄な闘争心は。

 俺はそんな奴じゃなかったはずだ。

 

 らしくないぞ?

 ここはもっとビビって食われるその瞬間まで震えてるところだろ?

 地面に服が落ちてるだけでビビってたお前は何処に行った。

 泣きながら大切な人の名前とか呼ばんの?

 大切な人とかおらんけど。

 

「きょ……巨大化生物を出すんならぁ……ゴリラかアナコンダに決まってんだろ……三毛猫……巨大化猫とかクソダサ」

 

 言ってやった。

 ざまーみろクソダサモンス。

 俺を殺した後もずっと悔しがってろ。

 どれだけイキってもお前がクソダサモンスである事実に変わりはないのだ。

 お前の外見は可愛すぎる。

 続編があったらリストラ待ったなし。

 

 巨大三毛猫は背中の毛を逆立ててフシャーフシャー言ってる。

 めっちゃ悔しがってる。

 

 いやそんなわけないな?

 

 なんでこいついきなり止まっちゃったんだ?

 捨て台詞を言い終わる前に瞬殺されると思ったのに。

 

 なんかこうアドレナリン的なものがどばどば出て痛みとかあんまり感じないんだが、単に本格的に死にかけてるだけかもしれないな俺。

 

「それだけ喋れるならまだ大丈夫そうだね。もう少しだけ我慢しててくれるかい?」

 

 !?

 

 その声は頭の後ろから聞こえてきた。

 この絶望的な状況に全く似つかわしくない、柔らかで優しげな声だ。

 声の主を確認したかったが体が動かない。もう寝返りを打つことも出来ない。

 

 足音が近付いてくる。

 倒れている俺の頭の上のほうを通り過ぎて、その人物の後ろ姿が視界に入った。

 すらりとした小麦色のふくらはぎが見える。

 

 そして、あの美しい白髪(はくはつ)がその上で揺れていた。

 

 えっと、顔見えないけど、多分さっきビルの上に居た人。

 というかこんな個性的な人が何人もいてたまるか。しかもここは人口密度がくそ低い封鎖地域だぞ。

 声で女の人ということが確定した。いや女の子というべきか?

 話し方は妙に落ち着いてるけど。

 

 じゃなくて。

 

 なんで出てきたんだ。俺のことなんていいから逃げろ!

 と、言いたいところだが、巨大三毛猫はなんか明らかにこのお姉さんを警戒して動きを止めている。マタタビでも持ってるんだろうか。

 

 うーん、あれはマタタビではないよなあ。この人、左腰になんかデカい金属の塊を下げてる。それが邪魔でふくらはぎがよく見えない。いやそうじゃねえよ。

 

 金属の平べったい棒状の塊。それに左手を添えながらその人はゆっくり猫の方へ歩いていく。

 スラリ、という音がして体の右側になんか出てきた。

 

 剣。

 

 剣かなアレ? なにしろ俺は今地面に横向きに倒れているわけで、そこからは例の女の子の後ろ姿しか見えない。多分あの音は剣を抜いた音だ。金属板は剣の鞘だったか。

 

 えー?

 パニックホラーとモンスターの次は美少女剣士? そこは銃を持った女子高生とかじゃないん? 何歩か譲ってポン刀持った剣道部のエースとか。視界に映るそれは西洋剣、というよりファンタジー剣だ……。

 

 終末世界でゾンビや謎ウイルスと戦うには明らかに場違いなのが出てきた。敵もアレだけど味方?も大概だった。

 

 いや贅沢言ってすいません。助けにきてくれたんだよな? なんかくだらないこと考えてないと、意識と一緒にそのまま命まで手放してしまいそうなんだ。他意はないです。ほんと。

 

 右手にゴツい剣を携えて化け猫に近付く白髪お姉さん。でかい剣だが、それでも相手のネコパンチの方が間合いは広そうだ。

 俺が猫の立場なら、自分より間合いの狭い相手の接近をむざむざと許したりはしないけどな。

 あいつは分かってない。所詮は畜生か。

 

 あっ動き出した。ごめん今のナシ。じっとしてて!

 

 俺の願いも虚しく、力を溜めるような姿勢を取った猫は次の瞬間お姉さんに向かって跳び掛かる。つまり方向的には俺のほうへ跳んできた。めっちゃ怖い。顔は可愛いけど。

 

 この瞬間の動画をSNSにアップしたら、『可愛い猫がじゃれついてくるように跳び飛び掛かってくる動画』に見えて、いいね数は入れ食いだろう。

 背景と比較したら大きさがおかしいと気付いた人たちが、再び拡散するという二段構え。トレンド一位も夢ではない。でも体が動かなくてスマホを取り出せない。

 

 とか考えてる間に化け猫は真っ二つになっていた。とんでもないグロ画像である。こんな猫まっしぐら動画をアップしたら通報されまくって垢BANまっしぐらだ。トレンドどころではない。

 その前に動物愛護管理法とかなんかで捕まるわ!

 誤解です正当防衛です。

 

 え?

 ていうかもう倒しちゃったの?

 動きとか全然見えなかった。お姉さんはなんか想像を絶する強さだった。悠然と剣を鞘に収め、振り返ってこちらに歩いてくる。

 だが俺はその顔を見る前に、地面に横たわった化け猫の方に目が釘付けになった。いや、切断面を見る趣味とかはない。そうじゃない。

 

 死体。死体の色が失われていく。赤い血をそこら中に撒き散らしたはずなんだが、どんどん視認できなくなっていく。体毛の色の区別がつかない。これじゃ三毛猫じゃなくて白猫だ。化け猫の体は薄っすらと光を放っている。それは粒子のように崩れ、それすらもやがて消えていった。

 

 これは……。

 

 死体消失――

 

 そうか、こうやって消えるのか。

 

 そして、俺の意識もそこで途絶えた。

 

 

 

 

 目が覚めると空が見える。

 

 俺は道路の上に仰向けに寝かされていた。後頭部と背中が痛い。でも他はそうでもない。

 

 ネコパンチで腕をへし折られたはずだ。なんなら背骨も折られたかと思ったが、体の中は全然痛くない。血を噴き出すような勢いで吐いたはずだぞ?

 なんでダメージがないんだ?

 

 不思議すぎる……。

 

 ここは隣街から橋をちょっと登ったところか。地面が斜めだ。頭を東側、つまり橋の上の方に向けて寝かせられていたので、上体をすんなり起こせた。熟睡した後にすっきりと起きた朝のように、体の調子はいい。左を向くと、ガードレールの上に例のお姉さんが座っていた。

 

「あ……」

 

 声が上手く出ない。えーっと、なんて声かければいいんだ?

 

 小麦色の褐色肌に映える透き通るような白い髪。そして穏やかな笑みをたたえた可愛らしい顔。

 雰囲気はお姉さんっぽい感じなんだが、外見は少女といっても差し支えない。十六、七から二十歳前くらいまでの印象のブレがある。

 

 そして着ている服。

 なんだろうなこの服。レザーっぽい短パンに、白を基調とした……戦闘服?

 そう見えるのは絶対にゴツい剣のせいだ。そんなもんをガードレールに立てかけてその横に座ってたら、何着ててもコスプレにしか見えないのでは……。

 

「あ、ありがとう……」

 

 やっと言えた。

 

「橋を渡ってしまったんだな。ボクが見つかってしまったせいだよね? すまなかった」

 

 …………?

 ん、ああ。なんとなく発言の意図は分かった。

 いや、俺が勝手にしたことだ。謝られるようなことじゃない。でも上手く喋れなかった。何しろあの世界大災厄の日からまともに喋っていないのだ。独り言以外は。

 

「なんで駅の方へ向かったんだい?」

 

 なんでだっけ……。

 好奇心? 好奇心を出したのは俺だが死んだのは猫だった。

 好奇心と猫は切っても切れない、みたいな?

 いや切られてたな。剣で。

 

 俺が返事できずにいても、それを咎めることもなく少女は立ち上がる。

 

「向こう岸まで送っていくよ。歩けるかい?」

 

 …………。

 ワンテンポ遅れてから俺は頷くと、慌てて立ち上がった。

 

「じゃあ、行こうか」

 

 軽く微笑むと少女は剣を腰に下げ、先導するようにゆっくりと歩き出す。

 

 そして俺も後に続く。

 少女の後ろ姿は思ったよりも小さい。あんな剣を振り回すのだから俺と同じくらいの背丈を勝手に想像していたが、普通の女の子だ。

 

 陽はもう背後、西に傾いている。もうそんな時間か。家を出たのは朝だったのに。日中はずっと気を失っていたのだ。またか。

 

 橋が水平になったところで、俺が乗ってきた自転車が停めてあった。少女はそれを通り過ぎてから一度足を止め、半身になってこちらを向く。持っていくかどうか確認するまで待っててくれているのだろう。

 

 俺が自転車のスタンドを上げてハンドルを持つと、少女は再び先に歩き出した。俺は自転車を引いてその後に付いていく。なんか喋るべきだろうか。言葉が出てこない。

 

 でも気まずくはない。目の前の少女は俺が喋ろうと喋るまいと、全く気にはしないのではないだろうか。だってなんか大物感が凄いし。細かいこと気にしなさそう。

 結局俺は黙ったまま、ゆっくりと橋を歩いていった。

 

 橋を渡り終えると、こちらを振り向いて少女は言う。

 

「もう橋を渡ってはいけないよ? 水はキミたち人類を守ってくれる。覚えておくといい」

 

 今なんか妙なこと言わなかったか?

 それより。

 

「あ、あの」

「ん?」

「名前を……」

 

 猫から助けてくれたのも、恐らくは怪我を治してくれたのもこの人だ。

 命の恩人の名前を知りたい。下心ではない。

 

 あ、しまった。

 

 これは「人に名前を尋ねるなら、まず自分から名乗るがよい」とか言われるパターンだ。

 最初から好感度下げるやつだ。

 

「ボクの名は、モニク」

 

 モニク。柔らかな笑みをたたえ、白髪褐色の美少女はそう名乗った。

 

 そして消えた。

 

 パッと消えたわけでも、高速移動したわけでもない。

 なんかいつの間にか認識できなくなった感じだ。

 柔らかく消えた、とでもいおうか。

 

 今更それを不思議だとは思わなかった。だってあれ女神だろ?

 間違いない。女神だわ。

 殺伐とした終末世界に救世主が降臨したんだな。

 別に俺は疲れてないよ?

 いや疲れてはいるか。

 

 …………。

 

 名乗れとか言われなかったな。

 俺の名前とか興味なかったのかもしれんが。

 別に泣いてないし。

 

 俺は自転車のスタンドを立てるとその場にしゃがみ込んでしまった。

 そして空腹を思い出すまで、モニクが立っていた場所を眺めていた。

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