終末街の迷宮   作:高橋五鹿

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第52話 幽けき街を行く

 迷宮内でランダムエンカウントした何組かのモンスターたちは、俺を見て一度は襲いかかってきたものの。ブレードに敵わないとみるや皆逃げていった。

 

 ブレードが本気ならば逃げる前に斬り殺されていよう。

 がしかし。どうやらこの男も昨日今日の探索を経て、手加減というものに思い至ったらしい。

 そう、別に殺す必要は無いのだ。ブレードにとっては尚更。

 生まれながらにして強力、かつ知識と精神面にも優れた個体ではある。それでもやはり、経験せねば覚えられぬこともあるのだろう。

 

 最下層一歩手前、玉座の間。

 そこに亡国の王女は居なかった。

 相性の問題でブレードに瞬殺こそされたが、あれも強力なモンスターには違いない。なら今までの経験上、そう簡単に復活はしないと思われる。

 

 階段を降りる。

 地下深くでありながらも陽光降り注ぐ在りし日の街。

 夢幻階層である。

 

「着いたな。何処から探すつもりだ、オロチ」

「そうだなあ……」

 

 全くアテはない。

 興味本位でいうならショッピングモールとか前に住んでたアパートとか、どうなってるのか見てみたくもある。

 だがそれはここから東の方角だな。

 

「セオリーとして、いっぺんマップの端まで行ってみるか。この駅は封鎖地域の中でもかなり西寄りにある。だから一番近いのは西の端だ。まずはそこを目指そう」

 

「承知した」

 

 歩き出そうとした俺たちの居る場所が、一瞬影に包まれた。

 影はすぐに後ろへと通り過ぎる。

 

 バッと振り向き、上空を見上げた。

 東の空へ向けて、巨大な生物が翼を広げて飛び去っていく。

 

 巨大化生物……?

 いや、今俺たちを包んだ影の大きさ――

 地上ではあんなにも巨大な鳥は見たことがない。

 そもそもあんなデカい生物に空を飛ぶことが可能なのか?

 

 探索中心などと、ナメてかかっていたかもしれない。

 迷宮の住人であるブレードは、ヒュドラ生物から襲われる経験に乏しい。

 そしてこの階層には身を隠せる石壁も石の天井も無い。

 だからといって建物の中で引きこもっているわけにもいかない。

 

 俺がこの街を進む以上……全ての生物から狙われる可能性があるのだ。

 

「ワイバーンだな」

「今のが……?」

 

 ワイバーンはゲームに登場する飛竜型のモンスターだ。

 だからそれが居ること自体は不思議ではない。

 

 問題なのはゲーム上でのモンスターの強さが、現実ではあまり参考にならない場合があること。

 ゲームではパラメータのぶつけ合いでも、実際の戦いでは大きさ、重さ、硬さといった物理的な要素は無視できないし、それらの要素を魔法で補う、あるいは対抗しようとすれば多くのリソースを消費する。

 

 大きい生物は末端や爪先だけに斬り付けていても、体力がゼロになったりはしない。重い生物をパワーで覆すことは出来ない。硬い鱗には刃物が通らない。

 ゲームの数値上ではヴァンパイアとワイバーンにそこまで隔絶した差は無いのだが、実際に戦うときの厄介さは大違いだろう。

 

 それに……。

 あんな大きい生物が飛べるとは思えない。ならばあれは魔力を注ぎ込んで飛んでいるのだ。

 それを実現できるというだけでも、あのワイバーンはとんでもないスペックの持ち主である。《二つ名持ち》や『強化個体』にも劣らない。

 ゲームでは雑魚モンスターのはずなのに、ただ特徴を再現するためだけに膨大なリソースが注ぎ込まれている。

 今まで戦った巨大化生物は巨大さ故の鈍さや死角といった弱点があったが、空を飛べるというだけでそれらを補って余り有るはずだ。

 

 多分あれは(つるぎ)の街で見た大怪獣よりも手強い。

 避けられないならともかく、無駄に戦うなど許されない相手だ。

 

「俺たちには気付かなかったのか?」

「いや、地上と空では距離がある。目視は出来ても、おぬしが異種族であることを察知することが出来なかったのだろう」

 

 そうか。空を飛んでいた奴との間の距離は五十メートルどころではない。

 俺は当然鑑定など出来なかったし、ワイバーンも同様だったのだろう。

 奴は地上をうろうろしている人型ヒュドラ生物を襲ったりはしていない。

 姿を見られた程度なら、そこまで警戒することもないのだろうか。

 

 東へ向かっているなら好都合。

 今のうちに西の探索を済ませてしまおう。

 

 西の川を目指して歩く。

 地上では境界線がある西の川だが、世界大災害以降は一度も直接見てはいない。というより、俺は境界線に近付いたことすらない。

 

 本当は境界線など存在せず、外の世界は既に滅んでいる。なんて妄想をしたこともあったが……。

 最近ではエーコが東の境界線を行き来しているので、そちらの様子は把握している。東の川の向こうはちゃんと無事だそうだ。

 

 進んでいる間に遭遇したのは、街の人間を模したヒュドラ生物たちだ。

 道を歩いていたり、店番をしていたりと日常的な行動をしている。

 店番といっても本当に商売をしているわけではない。見た目だけだが。

 

 そのとき、前方の路上に居たスーツ姿のサラリーマンが、突如光の粒子となって消失してしまった。

 敵襲かと思って辺りを見回すが、それらしき気配が無い。

 

「今のは寿命で消えただけだ。攻撃されたわけではない」

 

 寿命……?

 弱いとは思ってたが、そこまで?

 

「なあ、その辺歩いてる人型のヒュドラ生物が弱々しいのって、やっぱりドゥームルーラーの能力が低いからなのか?」

 

「違う。そもそもドゥームルーラーは再召喚は出来ても、新たな生物を創造する権限を持たない。あの者たちは、ドゥームフィーンドが生まれる過程での――」

 

 ブレードはそこで言葉を切った。

 

 ……ああ、なるほど。

 

「失敗作とか実験作……か?」

「そうだ」

 

 気を使わせちまったか。他に言いようが無いもんな。

 あるいはブレードも、同胞になりそこなった者たちに対して思うところがあるのだろうか。

 

 最初は普通に、街の人間を模したヒュドラ生物を量産するつもりだったのかもしれない。

 だがそれは上手くいかなかったのか。

 ゲーム、『ドゥームダンジョン』のキャラクターを模倣するという手法を取ってからは、次々に強力なヒュドラ生物が誕生した。

 その手法が創造主との相性が良かったから。そんなところだろう。

 

 街の西端に近付きつつある。

 途中から少しずつ、川の向こう岸の様子が伺えた。

 

 川向うは白い霧に覆われていて遠くが見通せない。

 だが、その中には街が浮かび上がっているようにも見える。

 

「あの辺りは川があって、地上なら封鎖地域の終点だ。向こうの霧の中にも一応なんか見えるみたいだけど」

 

「いや、多分あれは現実の風景に近い光景を映しているだけだ。先程から微妙に形が変わっている。霧もそのように見えているだけだ」

 

 ふむ。ブレードのほうがこの空間に慣れているので、俺の目よりは当てになるか?

 

「ならあの場所には?」

「恐らく……何もない」

 

 何もない、というのはどういう状態なんだろうか?

 普通にあの中にも侵入できるのか。それとも。

 

 車道には地上と違って車がいない。

 ここは大災害前の街を再現しているので、放置自動車は無いのだ。

 走っている車もいないのは……そこまで再現できないのか、あるいは魔力の節約か。

 結果として、何もない道路が出来上がっていた。

 

 車道を歩いて橋に向かう。

 恐らく現在地は橋の手前の交差点だ。

 信号の向こうに人影がふたつ見える。

 いや、人なら元からそこかしこで歩いているから別に珍しくないが。

 

 そのふたりは、どう見ても現代人の格好ではない。

 フルフェイスの兜で顔を隠した全身黒尽くめの鎧姿と、同じく青白い全身鎧。

 自己紹介してもらう必要も無さそうだ。

 

 ブラックライダーとペイルライダー。

 ドゥームダンジョン十強の新手が二体。

 思ったより早くのお出ましだな。

 

「どうする、オロチ」

「とりあえず交渉。ポシャったらバトル」

「あやつらが喋っているのは見たことがないぞ」

「は!? あいつら喋れねーの?」

「あるいは会話する気がないのだろう」

「そういうのは先に教えてくれよ……」

「次から気を付けよう」

 

 プランBだ。いや作戦名とか無かったけど。

 

「あいつらをボコって逃げたら跡を追う。そしたら次の階層への入り口が分かる」

「道理だな」

 

 お前本当は適当に相槌打ってるだけだろ!?

 

 互いに交差点内に踏み出した。

 

 ブレードの正面にはブラックライダー。

 俺の正面にはペイルライダー。

 小細工は無しだ。そのままそれぞれ相手をすればいい。

 

 ペイルライダーが手に持っている青白い棒。

 いや、先端が尖っているしあれは槍だな。

 

 俺たちは左右に散るように展開する。

 騎士ふたりも合わせて左右に走り出した。

 右手に持つ片手斧《マムシ》に意識を集中する。

 特に反応は無い。

 このマムシが常時起きていれば少しは楽になるのだが、ゲームでは乱数なんていうものを当てにしてはいけない。現実も然り。

 

 青の騎士が迫る。

 相手のほうがリーチは上だ。

 槍による攻撃を繰り出してきた。

 今更だけど本当に問答無用で攻撃してきたなあ。

 まあこっちも迎撃する気満々ではあったのだが。

 

 すり抜けるように穂先を躱す。

 槍への苦手意識は無い。

 巨大ヤマアラシのトゲのほうがよほど圧があった。

 

 手斧を鎧の腕に叩きつける。

 流石に初手から頭に当てさせてくれるほどの隙は無かった。

 それに当たったところでたいしたダメージは入らなかっただろう。

 腕甲を殴った感じ、やはり鎧を斬るのは難しそうだ。

 

 ブレードと黒騎士の居る方角からも金属音が聞こえてくる。

 そっちを見る余裕は無い。

 しかし俺でもギリギリ抑えられる相手だ。

 ブレードならば心配はあるまい。

 

 正直に言ってしまえば、正攻法でこいつに勝てるとはあまり思っていない。

 黒騎士が先に負けて二体一になれば敵も逃げるだろうという算段だ。

 他力本願?

 いやいや、ちゃんと抑えるという仕事してるし。

 手札を切るのはもう少し役者が揃ってからでいい。

 

 突きで捉えるのは難しいと感じたのか、槍を払ってくる青の騎士。

 バックラーを取り出してその攻撃を受ける。

 膂力では負けている。恐らく受け切れない。

 足を浮かせて衝撃を殺し、後方に吹き飛ばされた。

 数メートル飛んだ後に着地し、アスファルトに靴底を滑らせる。

 

 すぐに追撃が来るだろう。

 そのときブレードと黒騎士の戦いが視界に入った。

 黒騎士はショートソードの二刀流のようだった。

 だがその片方の腕が今まさに、ブレードの斬撃により宙を舞い。

 金属音と共にアスファルトの上に落ちる。

 

「勝負あったな」

 

 俺の言葉に青の騎士が音の方向へと振り返った。

 ていうか……言葉は通じるんだな。

 

「どうする? 俺たちはこれ以上続ける気はあまり無いんだが」

 

 ブレードも刀を肩に担いだまま動かない。

 騎士ふたりも動きを止めてしまった。

 

 終わった。

 かのように見えた。

 いや――

 

 橋のある方角。

 新手の敵が一体、金属音を鳴らしながらこちらへとやって来る。

 

 それは、金色の鎧を纏った騎士だった。

 四騎士同様、兜で顔は見えない。

 ……やはりその『役割』を担う奴も存在したのか。

 

 そいつは亡国ルートの裏ボス――

 ドゥームダンジョンのNPCにして最強の敵、《黄金騎士》の役割(ロール)を与えられた存在に違いなかった。

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