終末街の迷宮   作:高橋五鹿

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第53話 黄金騎士

 金色鎧の騎士は、既に互いの声が届く距離まで近付いてきていた。

 ブレードと行動している俺は、どちらかといえばゲームでいう亡国ルートを進んでいる。

 だから公国騎士の団長である黄金騎士は多分敵だ。

 

 参ったな。黒騎士が手負いとはいえ、これで二対三じゃねーか。

 一応話聞くだけ聞いとくか。

 そう思って黄金騎士に声をかける。

 

「参考までに、名前聞いときたいんだけど」

 

 先に名乗る必要とかはない。

 別に仲良くしたいわけじゃねーし。

 

「《百頭竜》ケクロプスの騎士。エリクトニオス」

 

 喋った。

 全然知らん名前だった。

 適役が居なかったので、その辺のヤツに適当に金ピカの鎧を着せただけなのかもしれない。

 

 でもケクロプスの手下ってことははっきりした。

 あと、実力はあるのだろうと思われる。

 少なくとも四騎士より下ということは考えづらい。

 

「俺はオロチ。ちょっと聞きたいことがあるんだが、こっから下の階層にはどこから入ればいいんだ?」

 

 話している間にも各々が立ち位置を変える。

 ブレードは俺の横に、ペイルライダーは黄金騎士の横にそれぞれ後退していた。

 

「ホワイトライダーから聞いているはずだ。ドゥームダンジョンよりも先を望むならばその命は無いと」

 

 ……だよな。

 

 左右にブラックライダーとペイルライダーを従え、黄金騎士エリクトニオスは腰の長剣を抜いた。

 

「ブレード、俺の後ろへ下がれ!」

 

 指示の理由に疑問を見せることもなく、即座にブレードは地面を蹴って俺の後方へと跳ぶ。

 よし。ここでまごつかれては千載一遇の機会が台無しだからな。

 

 前方には裏ボスを含めた敵幹部が三体。

 切り札を使うならここしかない。

 発動には時間がかかる。

 だから黄金鎧が見えたときから既に撃つ準備をしておいた。

 

 情報収納に眠るバジリスクの力を引き出す。

 残り少ないので大掛かりな魔法は使えないが、石化毒なら!

 

「まとめて眠ってろ!」

 

 前方に白い煙が立ち込め、レベルⅢのヒュドラ毒がたちまち騎士三人を包み込む。

 黒騎士はその場で防御姿勢を取ったが、青の騎士は猛然と襲いかかってくる。

 いい判断だ。どうせ石化するなら敵と刺し違えたほうが効率がいい。だがこの距離では無駄だ。

 槍の穂先が俺に届く前に、派手にすっ転んだ青の騎士はそのまま動かなくなった。

 

 煙が晴れる。黒騎士と黄金騎士はその場から動いていない。

 

「信じ難いな……」

 

 黄金騎士がつぶやく。

 

「その力、バジリスクを倒して奪ったものか。百頭竜を殺せる人間が本当にいたとは驚きだ」

 

 喋れる、ということは効かなかったか?

 やはりこいつは四騎士より格上の存在らしい。

 

「なに……? 事実なのかそれは」

「その話は後だ。手を貸してくれ」

 

 ブレードはすぐに察して俺の横に並んだ。

 俺が普通に戦って勝てるような相手とは思えない。

 

 エリクトニオスは百頭竜ではないみたいだが、だからといってバジリスクより弱いとは限らない。

 バジリスクは《(つるぎ)の迷宮》全体を預かるダンジョンマスターだったため、戦闘能力は大幅に制限されていたのだ。

 俺が勝てたのもそのおかげである。

 

 まだ互いに物理攻撃が届く間合いではない。

 石化毒すら効かない以上、俺のチンケな水魔法ではどうにもなるまい。

 打ち合わせるまでもなく、俺とブレードは挟み撃ちを行うべく左右に散ろうと――

 

 刹那、一歩進んで黒騎士の前に出た黄金騎士が長剣を水平に払う。

 次の瞬間、身体に凄まじい衝撃が走り俺は後方に吹き飛ばされた。

 青の騎士の槍をわざと受けたときとは違う。

 なんらかの攻撃の直撃を受けた。

 

 まずい。

 何をされた?

 かろうじて意識はある。

 今度は背中でアスファルトを滑る羽目になった。

 遅れて激痛がやって来る。

 

「ぐ……ぐぅううっっっ……!!!」

 

 痛みのあまりうめき声が漏れる。

 モニクと初めて会った日のことを思い出した。

 巨大化した猫に殺されかけた日。

 俺はあの日より後、一度も重傷を負ったことがない。

 

 重傷を負うこと、イコール死であった。

 

 だが、あの日死にかけた経験が教えてくれる。

 これは致命傷ではない。まだあきらめるには早いと。

 剣戟の音が聞こえる。

 ブレードはまだ倒れていない。

 ならば立て直すことは不可能じゃない。

 

 首に力を入れ、頭を持ち上げて自分の状態を確認する。

 痛みがあるのは腕と胴体だ。

 服は破けてはいない。

 ということは、あの攻撃は少なくとも斬撃ではない。

 剣を払う動作だったので、斬られたのではないかという恐怖があった。

 しかし最悪の事態ではなかった。

 

 バジリスクの力を引き出すことを試みる。

 上手くいかない。

 気力体力ともに充実した状態でなければ、あの力は操れないか。

 回復魔法をかける。無いよりはマシな程度の効果。

 

 自身を鑑定した結果、特殊なダメージは見当たらない。

 恐らくは単純な衝撃波を受けたのだろう。

 ゲームの黄金騎士にそんな攻撃は無い。

 それも当然、エリクトニオスはドゥームフィーンドではない。

 ただの黄金騎士の代役だ。

 だから、その能力についての事前情報は無いのだ。

 

 魔法攻撃の一種には違いないため、ブレードには効かなかったのか?

 あるいは、俺が死なない程度の攻撃なら耐えられるのかもしれない。

 震える身体に鞭打って、なんとか上体を起こす。

 

 ブレードと黄金騎士は、凄まじい速度での斬り合いを続けていた。

 

 なんとか動きは見えるが、あれは俺にはとても捌ききれないだろう。

 両者の攻撃は互角だった。

 そう、攻撃だけならば。

 ブレードはその身を鮮血で濡らし、少なくないダメージを負っている。

 対して黄金騎士の鎧は全く破損していない。

 

 無印も迷宮剣豪もない。

 ブレードはやはりブレードだった。

 格上が相手だろうが、その剣には微塵の怯みも無く。

 

 しかし、その限界は近かった。

 

 足に力を込め、立ち上がる。

 ブレードが食い止めている間に、なんとしても一撃を叩き込む。

 あの斬り合いに割って入るのは無理だが、魔力剣なら間合いの外から――

 

 そのとき、ブレードの身体に一本の矢が突き立った。

 

 斜め背後からの弾道。

 あの白い矢は。

 

 それを考える間もなく、俺の背後からも強烈な殺気が迫る。

 寸前まで迫った斬撃を、振り向きざまに間一髪手斧で受け止める。

 足りず、咄嗟に左手で右腕を支える。

 それでも圧倒的な膂力差で、またも吹き飛ばされてしまった。

 視界に映るのは大剣を薙ぎ払う赤の騎士。

 

 更なるダメージを受けてしまった。

 だがまだだ。まだ起き上がれる。

 気力を振り絞って再び立ち上がる。

 すぐ近くにはブレードが倒れていた。

 あの後俺と同じように、攻撃を受けて吹き飛ばされたのか。

 

 三方向を囲まれている。

 黄金騎士(エリクトニオス)白騎士(ホワイトライダー)赤の騎士(レッドライダー)

 

 黒騎士(ブラックライダー)青の騎士(ペイルライダー)は動けないようだが、状況は最悪だった。

 ブレードは倒れたまま。バジリスクの力も使えない。

 

 黄金騎士エリクトニオスが俺に向けて言う。

 

「オロチよ、ブレードを殺せ。そして大人しく地上へ帰るならば、この場は見逃してやろう」

 

 へっ、なんでひと思いに殺さねえのかと思ったら……。

 俺にチャンスをくれるためってか。慈悲深くて涙が出るね。

 

 俺はふらふらとブレードに近付き、その顔を見た。

 ブレードは視線だけを俺に向けると、掠れた声で告げる。

 

「おぬしの……好きにするがいい。だが奴らは……次に人間とドゥームフィーンドが手を組むことのないよう……禍根を残そうとしているのだ。拙者が死んでも……記憶は」

 

 もし手を組んでいたブレードを裏切り、俺の手で殺せば。

 そしてそれを知れば、ドゥームフィーンドはもう人間には手を貸さないだろう。

 

 逆に黄金騎士の指示を無視し、俺が殺されてしまったなら。

 駄目だ。それだけは駄目だ。

 

 ああ……もしも自分が人類最後の戦士であったならば、あるいはここで戦って散るという選択もあったのかもしれない。

 

 だが――

 

 地上にはまだ人類の希望がある。

 死の超越者と(つるぎ)の魔女が居る。

 彼女たちを残して安易に死ぬなど絶対に駄目だ。

 

 ブレード……。

 ここまで共に戦ってきたが、いつかは敵に回るかもしれない男。

 俺は、どんな手を使ってでも生き延びなければならない。

 

「ブレード、もう黙ってろ」

「…………」

 

 俺はブレードが射程範囲に入ったのを確認すると、情報収納からとある魔法を取り出して起動した。

 

 百頭竜バジリスクを殺し、黒と青の騎士を倒した俺だ。

 次があれば、黄金騎士は難しいにしても白と赤は確実に殺す。

 それくらいは奴らだって分かっているはずだ。

 俺がホワイトやレッドの立場なら、決して俺を逃がしたりはしない。

 

 そうだ。

 もしブレードを殺しても、奴らは俺を生かしてはおかないのだ。

 だから俺がすることは決まっている。

 どれだけ可能性が低かろうとも――

 

 ブレードは助けるし、俺もここから逃げ延びてみせる。

 

「む……? オロチを止めろ!」

 

 黄金騎士の命令で、白騎士が矢を放つ。

 

 しかし矢が届く前に、その魔法は完成した。

 ドゥームダンジョンの東門に仕掛けられていた転移魔法のトラップ――

 

 それは、俺の手には負えない魔法だ。

 当然行き先など指定できるはずもない。

 解放された魔力は暴走し、俺とブレードを包み込んだ。

 

 

 

 

 転移先にあったのは川だった。

 

 幅広い川に土手、車道や鉄道の橋が見える。

 ここは……封鎖地域の東の境界線だ。

 ただし地上ではなく夢幻階層の、ではあるが。

 

 俺が望む場所。

 夢幻階層の中では黄金騎士の現在地から最も離れた場所。

 つまり最も安全な場所だ。

 どうせなら地上に出てくれれば良かったのだが、逸る気持ちに阻害されてしまったか。

 それとも元々、俺が転移魔法を使っても長距離は跳べないのか。

 

 ブレードの姿はどこにもなかった。

 あいつはあいつの望む場所へ跳べたのだろうか。

 石壁の中、とかではないことを祈る。

 俺も石の中とか空中とかに跳ばなかっただけ、幸運に感謝するべきだろう。

 

 川向うを見やる。

 ここは現実の街ではないので、橋の向こうの外界など存在しない。

 白いもやで向こう岸を見ることは出来ない。

 霧の中に蜃気楼のような街並みが浮かんでは消えている。

 しかしその形は揺らめき変化していて、見るからに幻覚のようだ。

 

 ブレードが言っていたように、向こう岸には何もないのかもしれない。

 

 川の水は多分見た目だけだ。

 上空でヒュドラ毒が消えたりしているわけではないのだろう。

 真上まで行けば分かるだろうが、あの橋を試しに渡ってみる度胸はない。

 二度と帰ってこれなくなりかねない。

 

 公国騎士の団長、黄金騎士のエリクトニオス……。

 流石はドゥームダンジョン亡国ルートの裏ボスの役割を担うだけはある。

 完敗だった。

 一時的には俺とブレードとの二対一だったというのに。

 

 ランダム空間転移という、一歩間違えれば為す術もなく死ぬだけのアホみたいな魔法に頼るしかなかった。

 結果としては助かったが、戦って活路を開くのと確率的にどちらがマシだったのかは非常に微妙なところである。

 

 そういえば……居るのかどうかは知らないが公国ルートの最後の敵、つまり亡国側の裏ボスにはまだお目にかかっていない。

 あんな黄金騎士レベルの敵が、もう一体いるとか考えたくもないが。

 

 もしその役割を担う者が存在したなら、そいつがドゥームフィーンドの親玉ということになるのだろうか?

 ブレードにもっと詳しく聞いておくべきだったか。

 今回ドゥームフィーンドとは無駄な戦闘をなるべく避けるつもりだったので、そいつについての質問を疎かにしてしまった。

 

 今の状況で戦闘を極力避けるのは当然として……。

 果たして公国騎士の奴らの目を掻い潜って地上に戻れるかどうか。

 西の駅の改札口を塞がれてしまったら脱出は容易ではない。

 

「ぐっ……」

 

 身体の痛みは引かない。

 しかし多少は慣れてしまったのか、歩けないこともないだろう。

 

 急いで出発……いや、急ぐべきなのか?

 

 俺の現在地は夢幻階層の東の端だ。

 黄金騎士は今西の端に居る。

 そして上階への階段がある西の駅は、ほとんど西の端寄りだ……。

 

 どう考えてもあいつらが駅を抑えるほうが早い。

 しかし、あいつらは俺の現在位置を知らない。

 俺が夢幻階層に居るのかどうかすらも分からないはずだ。

 総大将と四騎士が、来るかどうかも分からない敵を駅前で待ち続けるなんて馬鹿な真似をするとは思えない。

 

 なら、しばらく夢幻階層に潜伏するという手もアリかもしれないな。

 

 いずれにせよ、可能な限り西の駅には近付いておきたい。

 少しずつでも回復させながら進もう。

 どの道を通っていくかだが――

 

 ふと空に違和感。

 見上げると、ヤバいものが視界に入る。

 

 ワイバーン……!

 

 西の空からこちらへ向かってくる。

 今のコンディションではとてもあんなのとは戦えない。

 それにあんなデカいトカゲが暴れたら非常に目立つ。

 俺の居場所を知らせるようなものだ。

 二重の意味で交戦を避けなければならない。

 

 土手を降りると、手近な民家へと駆け込む。

 中に入ったら民間人の住人――もといクソよわヒュドラ生物と目が合った。

 

 めちゃくちゃビックリした!

 ちょっとお邪魔します!

 

 住人は少しこちらを見たがそれだけだ。

 やる気のないゾンビみたいだな。

 無視して二階に上がり、窓からワイバーンの位置を確認する。

 こっち来んなこっち来んな……。

 

 下手クソな気配遮断の魔法を駆使して息を潜める。

 ワイバーンは境界線の川は越えずに、旋回して再び西に向かった。

 

 とりあえず凌いだか。

 ほっと一安心したところで、嫌なことに気付いてしまった。

 あのワイバーン、妙にゆっくり飛んでいるが……。

 それでも飛行生物からすれば、封鎖地域なんてたいした広さではない。

 きっちり外周を回ったところで一周一時間もかかるまい。

 

 つまりこの夢幻階層では、ほぼ常時あのトカゲを警戒しなければならないのだ。

 先の黄金騎士戦で、アレに見つからなかったのは奇跡に近い。

 ただでさえボロ負けだったのに、あんなのに乱入されていたら命は無かった。

 

 とりあえず一階に下りる。

 また住人と目が合った。

 

「あ、お邪魔しました……」

 

 言ってる場合じゃないが、なんとなく……。

 害はないからな、この人たち。

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