終末街の迷宮   作:高橋五鹿

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第56話 泡沫の夢

 さて、これからどうするんだっけか?

 

 そうそう、線路沿いに進むと勘のいいヤツには気付かれるかもしれない。

 だからちょっと捻って、少し南にずれて移動してるんだったな。

 

 このまま西に進むと俺の元自宅だったアパートがある。

 この夢幻階層ならアオダイショウに壊される前の姿だろう。

 ただの興味本位だが、見に行ってみるか。

 

 その前に。

 コボルドのほうを向いて声をかけた。

 

「怪我、治してくれてありがとう。何かお礼とか、望みはあるか?」

「…………」

 

 首をかくんと横に向けて、やはり無言である。

 だよな知ってた。

 

「俺はあんまりお前らの顔の区別が付かないんだが……今後はなるべくお前らの種族とは戦わないようにするわ」

 

 それだけ言い残すと、ショッピングモールの敷地の外に向かう。

 その斜め後ろを、コボルドがとてとてと歩いてくる。

 

「え? お前、付いて来んの?」

「…………」

 

 あー……。

 

「まあ……好きにしろよ。でも俺のそばに居ると戦闘に巻き込まれるぞ。助ける余裕なんてないから、なんかあっても自力で逃げろよな」

 

 そして西へと向けてひとりと一匹、無言で歩き続ける。

 

 少し前までは、最強モンスターと言っても過言ではないブレードと共に探索していたのだが……。

 いま仲間?になっているのは最弱モンスターのコボルドである。

 

 順番が……逆!

 

 最弱と言うにはこいつの魔法はちょっとおかしいが。

 クレリックやオラクルの治癒レベルを遥かに上回っている。

 突然変異かなんかか?

 意思疎通が出来ないから俺に付いて来る理由も分からん。

 単なる好奇心とかだろうか。

 

 アパートが見えてきた。

 やはり壊れてはいなかった。

 壊れてはいない……が、階段は相変わらずボロい。

 この街の建物の強度を考えると、無事に上れるのか非常に怪しい。

 

「危ないから外で待っててくれ」

 

 声をかけると、コボルドはその場で立ち止まった。

 あれ? こちらの言葉は通じるのか? どうなんだろ?

 階段を上ってみるが、付いては来ない。

 こちらの言うことを理解したのか、単に階段がボロくて危ないと思っているのかどっちなんだ。

 

 二階に上がり、俺の部屋へ。

 鍵はかかっていなかった。

 そして。

 部屋の中には何もなかった。

 内装は再現されているが、荷物とかは無い。

 

 まあ、こんなもんか……。

 この街は、なんでもかんでも精巧に再現されているわけではない。

 ハリボテみたいな建物もあるし、街の住人だって本来よりずっと少ない。

 このアパートは、力を入れて再現される場所にたまたま選ばれなかっただけだ。

 

 部屋を後にして、共用通路から階段に出る。

 アパート前の道路を誰かが横切った。

 

 ん……?

 

 街の住民、にしては違和感があった。

 先端は見えなかったが、手に何か長い棒のような物を持っていた。

 黒尽くめの服……は、別にそこまで珍しくはないか?

 フードを被っていて、顔は見えなかった。

 

 やはり怪しい。

 階段を駆け降りて確認するべきか。

 だが、俺には気付いていなかったようにも見えた。

 わざわざ音を立てて、こちらの居場所を知らせるのもどうなのか。

 

 ――夢幻階層のドゥームフィーンドはなるべく避けて通れ。

 それがブレードの警告だった。

 復讐の騎士ウィリアムという、トップクラスにヤバい奴と遭遇した後で気を付けるというのもなんだが。

 

 結局は音を立てないように、慎重に階段を降りた。

 黒尽くめが去った方角を覗き込むが、既に誰も居ない。

 反対側を見ると、コボルドが突っ立っていた。

 少なくとも、こいつにとって危険な相手ではなかったのか。

 

 黒尽くめが去った方角へ足音を立てずに走り、突き当たり道路の左右を見渡す。

 やはり誰も居ない。

 コボルドが追ってきた。

 手を伸ばして俺の腕をてしてしと叩く。

 なんだ? 置いてかれると思って抗議してんのか?

 んなことより。

 

「今さっき怪しい黒服が通っただろ? どんなヤツだった?」

「…………」

 

 コボルドは、首を横に傾けるだけだった。

 

 油断はしないが、過ぎたことを考え過ぎてもしかたがない。

 ちょっと目立つ格好の一般人だったということもあり得る。

 

 次の目的地に向かう。

 やはり興味本位ではあるのだが、元バイト先のコンビニだ。

 ここからすぐ近く。徒歩二分もかからない。

 

 その建物も、やはりアオダイショウに壊される前の姿だった。

 店の中とかどうなってんだろ。

 ぱっと見た感じ、商品とかの見た目は結構再現度高いな。

 俺のアパートとは違う。

 

 雑誌棚の裏側を眺めながら入り口のほうを見る。

 中のレジカウンター内には人影――つまり店員が居た。

 

 目が合った気がした。

 

 おいおい、店員が居るのかよ。

 笑えねー。

 よりによってその場所に、そんなところに、偽者の――

 

 偽……者の……?

 

 ショッピングモールの食堂に居た人々は、あの世界大災害のときにその場に居た人たちだと思われた。

 なら……ならばこのコンビニに居るのは……!

 

 ――年配の男だった。

 

 その店員は、自動ドアを開けて外に出てきたのだ。

 明らかに、はっきりと俺のことを見ている。

 

「そこに居るのは……もしかして、オロチくんか!?」

 

小木(おぎ)……さん?」

 

 

 

 

 コンビニの中で、俺は今までの経緯を話していた。

 

「そうか。だいたいの流れは分かったよ。きみも苦労したんだね」

「いや……俺なんかは。それよりも小木さんは――」

 

 そう。本当の小木さんは既に死んでしまっている。

 ここに居るのはその記憶と人格を引き継いだヒュドラ生物だった。

 俺はその人に、これまでに起こった長い出来事を話し続けていたのだ。

 

「ところであの犬は?」

「え? ……さあ? よく分からないけど、アレは俺の恩人なんです」

 

 コボルドは店内を物珍しげに物色している。

 残念ながら置いてあるものは全て見せかけだけの偽物だが。

 食品サンプルが陳列されているようなものだな。

 

 俺と小木さんは事務所から出した椅子をカウンターの前に置いて座っているが、一応体重をかけても壊れない程度の強度はあるようだ。

 

「小木さんは……この街の人たちと違って、意識をはっきりと持ってるんですね」

 

「いや、地震があった日から今日までの記憶はぼんやりとしている。きみを見つけてから、急に頭がはっきりしてきたんだ。……まるで、ロウソクの最後の炎みたいにね」

 

「不吉なこと言わないでくださいよ……」

 

 この街の住人の寿命は短く、既に消えてしまった者もいる。

 なら、小木さんはもう――

 

「いいんだ。別にこれから死ぬわけじゃない。僕はその世界大災害とやらでとっくに死んでいて、今あるのはヒュドラ生物の肉体に残された僕の記憶。そういうことなんだろう?」

 

 ……………………。

 

「この種族の特徴なのか、そうした事実に対する不安は薄いんだ。多分だけど、そうじゃないとこのヒュドラという種族は……成り立たないんじゃないかと思う」

 

 どういうことだ?

 いや――

 

 言われてみれば、ハイドラとか悲惨な境遇の割に精神状態は悪くない。

 俺は自分がヒュドラ生物かもしれないと思ったとき、ショックで動けなくなったりとか色々酷かったし、誤解が解けるまでそれを引きずり続けた。

 

 ハイドラも小木さんも、精神は人間でも器はヒュドラだ。

 精神は肉体の影響を強く受ける、という話を聞いたことがある。

 種族特徴の差と言われれば、ありそうな気もする。

 

 人間の人格を受け継ぐのはレアケースかもしれないが、生後二ヶ月程度のセルベールやブレードも生まれつき人格が完成していたと考えられる。

 

 ――記憶や人格を受け継ぐ、擬似的な不死の種族。

 

「さっきの話で、きみはヒュドラ生物の内輪揉めを蠱毒に例えただろう。もしかしたらヒュドラは自分自身の命さえも、きみの言う盤上の駒にしているのかもしれない」

 

「えっ?」

 

「ヒュドラの九つの首は『替え』が効くのだろう? なら、個々の命はそこまで重視していない可能性がある。それよりも種の存続が重要なのだと」

 

 個々の死に対する恐怖が薄く。

 そして、それぞれの命すらも軽く扱われる可能性。

 

「はぁ……。人間の視点で考えてたら、そこまで思い付かなかったっすね」

 

「いや、人間も同じだよ。戦国時代の武将とか、一族の一部を敢えて敵の勢力に所属させたりもしていた。自分たちが皆殺しにされても、敵側に付いた者たちは生き残る。血筋が途絶えることを防げるんだ」

 

「……なるほど」

 

 その理屈ならハイドラの存在も納得できる。

 ヒュドラがいくら用意周到でも、他の超越者たちを敵に回したら普通に負けて死ぬ可能性はある。

 人間の記憶と人格を引き継がせたのも、わざと自分に敵対させるため……。

 

 また、人間の人格とは言い難いがヒュドラに弓引く者たちも居る。

 セルベール、ブレード、ウィリアム、ひょっとしてコボルドも?

 ブレードの創造主への忠誠というのはよく分からないが……。

 

「ヒュドラが敗れたとき、生き残る血族には強さが求められる。であれば造り出すドゥームフィーンドの強さに一切の妥協はしない。僕ならそう考える」

 

「確かにブレードは強いし、セルベールもヤバそうではありますね」

 

「でも聞いた感じ、そのふたりの強さは個としての強さなんだよね。集団としては彼らだけ強くても足りないし、一般兵の統率者……王のような存在も居たほうがいい。それに、超越者に対抗できるだけの後ろ盾だって必要なんじゃないだろうか」

 

 そう。強いといっても、モニクの気まぐれひとつで消し飛ぶ程度の強さでしかないんだよな。

 他の超越者や眷属がどんな奴らかは知らないけど、あいつらだけだとドゥームフィーンドの未来は暗いわけか。

 

 亡国の王女(セレーネ)復讐の騎士(ウィリアム)についてはノーコメント。

 どっちもほぼ俺のせいで死んでるからなあ……。

 仕掛けてきたのは向こうのほうからだけど。

 

 あいつらって復活するんだろうか?

 どうもあの最期から復活できるイメージが湧かないんだが。

 

 ドゥームダンジョン十強のうち、公国騎士はふたりが石化。

 対して亡国側はふたり死亡、ブレードは満身創痍なまま行方不明。最後のひとりは未だ姿を見せず、存在そのものが疑わしい。

 

 公国側は黄金騎士と白騎士、赤の騎士。

 亡国側で残ったのはセルベールだけだ。

 

 もはやこの盤面をひっくり返すのはあいつでも難しいだろう。

 夢幻階層の内戦も、終わりが近付いている。

 

「そうすっと……。ヒュドラが地球征服みたいなことしてるのって、種の存続問題となんか関係あるんですかね?」

 

「どうだろう? バックアップのように個の記憶を引き継いでいく生物か。でも今までの記憶媒体では無理が生じてきた……? 容量の不足……いや、ハード規格の劣化……。フロッピーディスクのように滅んでしまう運命にあるとか?」

 

「なんすか? フロッピーディスクって」

 

「……………………」

 

 小木さんはがっくりとうなだれている。

 俺、何か失礼なことでも言ってしまったのだろうか。

 

 その後も幾つかの仮説を話していた小木さんだったが、少し口調が遅くなり、そして話すのを止めた。

 

「オロチくん、そろそろ行ったほうがいい」

 

 言葉の意味を察した。

 小木さんの気配は徐々に希薄になっていた。

 

 場を沈黙が支配して。

 

 俺は聞くべきかどうか、ずっと悩んでいた質問を――

 

「帰る前に……もうひとつだけ」

 

 知らないままのほうがいいのかもしれないが。

 それでも。

 

最上(もがみ)さんは――」

 

 もしここに居たとしても、既に寿命で――

 

「最上さんは、最初からここには居なかったよ」

 

 …………。

 

 そうか……。

 

 ここでは、街で死んだ全ての人間が再現されているわけではない。

 むしろほんの一握りだけ。

 小木さんと再会できたのだって奇跡みたいなものだ。

 

 生前に俺と少し縁があっただけの普通の人間。

 無作為に選ばれたであろう、泡沫(うたかた)の街の登場人物にはなれなかったのか。

 

 もしここに最上さんが居たとしても、それは本物ではない。

 記憶と人格を引き継いだだけの儚い存在だ。

 そして、すぐに寿命で消えてしまうだろう。

 

 それでも俺は、どこかで夢の会話の続きを――

 

 泡沫の夢の続きを見られるのではないかと。

 そう、淡い期待を抱いていたのかもしれない。

 

 帰るために椅子から立ち上がると、コボルドが気付いてこちらにやって来る。

 別れの挨拶をしようとすると、小木さんが先に口をひらいた。

 

「きみがアオダイショウを倒して、ヒュドラに一矢報いたという話は痛快だった。僕もこの街の人や、自分自身の仇を討つために戦いたかった。直接は無理でも、その手助けがしたかった」

 

「……小木さんの話してくれた情報は、必ず俺の助けになりますよ」

 

「そうか、ありがとう。なら、僕はお先に失礼するよ。オロチくん」

 

 まるでバイトを上がるときのような気楽な挨拶だ。

 

 ――そして、小木さんは光の粒子となってその姿を消した。

 

 店を出た。

 コボルドも付いて来る。

 辺りはすっかり暗くなっていた。

 夢幻階層にも夜は訪れるのか。

 

 振り返って、誰も居なくなったコンビニ店内の灯りを見て。

 

 それはまるで、たまに見ていたコンビニの夢の続き。

 しかしこれは夢ではなくて。

 

 そして俺は。

 

「お疲れ様でした。小木さん」

 

 いつものように。

 バイトのシフトを引き継ぐときのように、そう挨拶をする。

 

 そしてその場を立ち去るとき――

 ここには居なかった、もうひとりのバイト仲間の言葉を借りた。

 

「あとは――俺に任せてください」

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