第61話 オペレーションセンターの怪
ベーコンの焼ける音がパチパチと耳に心地よい。
きっとカリカリに焼けた状態で出てくるのだろう。
自分で作るときは、面倒なのでそんなにしっかりと焼くことはない。
コボルドマーセナリーのミノは、フライパンにたまごを器用に割り入れた。
ジュッという音と共に、透明の身が白く染まっていく。
ミノがガシャガシャとフライパンを動かすと、ベーコンエッグは綺麗にフライパンの上をスライドし、俺の皿の上へと滑り落ちた。
ここはショッピングモールの屋上だ。
季節は真夏だが、朝も早いのでそこまで暑くはない。
「いただきます」
調味料が色々置いてある。
自分で作るときはなんでもかんでも醤油で済ませてしまうのだが……。
レストランのモーニングに出てきそうな見事なベーコンエッグを前に、ケチャップを選んだ。前にファミレスでモーニングを食ったときに、ケチャップが付いていたような気がするからだ。雰囲気重視。
フォークで絡め取ったベーコンを口に運ぶ。
スモーキーな香りと塩気、脂の甘みが口内に刺激を与える。
たまごの白身で追うと、マイルドな味わいが更にそれらを引き立てる。
ケチャップの酸味は味の変化に奥行きを与え、ほどけ合った肉とたまごが喉の奥へと消えていった。
続けてすくった半熟の黄身は濃厚な旨みを溢れさせ、ベーコンの味わいに新たな世界を提供する。
「美味い。文句の付けようがない」
調理人のミノはしっぽをぶんぶんと振った。
周囲を見回すと、コボルドナイトのシチリン、コボルドメイジのスミビ、マーセナリーのタンとユッケも皆に朝食を振る舞っていた。
なおヒーラーのツミレは俺の隣で口の周りを卵の黄身だらけにしている。
お前は家事とかしないんだな……。
コボルドサークルの姫かなんかなの?
まあこいつは治癒魔法に全振りしてしまったみたいなところがあるので、単に日常では戦力外なのかもしれないが。
なんでもこなせるマーセナリーズが優秀すぎるんだよな。
あいつら、ショッピングモール内にあった人間の掃除道具や機械も普通に使いこなしてるんだが……。
モニクは留守みたいだが、エーコ、セレネ、ブレードは皆思い思いに朝食を摂っていた。
そして、コボルドたちがなんで料理をしているのかというと……。
こいつらは『自給自足』を目指しているのだそうだ。
会話したわけではない。コボルドは喋れない。
セレネ先生によればなんとなく意思疎通は出来るらしい。そんな適当な。
でも俺もなんとなく出来てしまった。どうなってんのコボルド族。
コボルドたちは意思疎通魔法とでもいうべき不思議な力でコミュニケーションを取っている。
かつてバジリスクやエリクトニオスが使っていた魔法だ。
あと多分、四騎士も使っていた。
人型だと普通に喋れるという先入観があるためか、使われても気付かないんだよな。
コボルドの場合バジリスクたちよりも不器用なのか、言語として知覚することが出来ない。
なんというか、言いたいことがふわっと伝わってくる。
高速言語とでもいおうか。
あれ? そういう意味ではこいつらのほうが高度な魔法を使っているんだろうか?
でも言葉を使わないというのは、少し情緒に欠けるな。一長一短だろう。
あ……。そういえば黒騎士と青の騎士。あいつらも喋れないんじゃなくて、そういう言語を使っていたんじゃないだろうか。
あのときの俺では全く聞き取れなかっただけで。
で、自給自足の件に話を戻すと。
ヒュドラ毒を克服した一部のコボルドたちは、もうドゥームダンジョンのキャラからは逸脱した進化を見せ始めている。
それは、必ずしも強くなるという方向性には限らない。
食事が必要になっていることもそのひとつ。
俺とコボルドたちが、将来も一緒にいるのかどうかは分からない。
だからジャンクフード召喚にずっと頼るわけにもいかないだろうというのが、コボルドたちの総意らしい。
なかなかしっかりしてるな。
とはいえこの街には普通の獣は居ないから狩りは出来ないし、植物の栽培も難しいのではないかと思う。だから農業も出来ない。
つまり今はまだほとんど何も出来ないのだ。
材料調達がまだ無理なら、とりあえず料理からでもというのが今の状況に至った理由だ。
いつもはジャンクフード召喚で済ませてしまっていたが、目の前で作られた料理を食べるというのも悪くない。
コボルドたちも楽しそうだ。
セレネによると、進化した六人のコボルドは再召喚も出来なくなった可能性が高いという。
それはつまり、ヒュドラ生物の不死性が失われたことに他ならない。
まさか試すわけにもいかないので、謎のままだが。
そもそもダンジョンマスターが眷属の魔力化を行えるのは自分の縄張り内のみ。そしてここはセレネの縄張りだったドゥームダンジョンの外だ。
魔力化に関しては俺の魔法のように、訓練次第では何処でも使えるようになるかもしれないが。
あの夢幻階層の戦いを経て、ドゥームフィーンドはヒュドラとは完全に決別してしまったのかもしれない。
食堂へと目を向けた。
今は皆屋上に出ているので無人なのだが、今までと違う点がひとつある。
室内の蛍光灯が点灯しているのだ。
――《迷宮生成術》。
それがセレネの、というよりダンジョンマスターの使う魔法らしい。
そういえば夢幻階層のコンビニ、電気点いてたもんな……。
バックヤードも俺の部屋も、普通に電気が使えるようになってしまった。
ということはアレか? このショッピングモール、半ばダンジョン化してるってことなのか?
魔法で生活に変化を
コボルドメイジのスミビもそのひとりだ。
スミビは天才魔法使いだった。
あのセレネですら……現代人としての常識が、魔法の自由な発想の邪魔をする。
こいつにはそれが無い。使う魔法が独特すぎる。
まさかカセットコンロのボンベの中身を魔法で補充してしまうとは。人間だとどうしても理屈を考えてしまって、そんなことは出来ない。このスミビ製ボンベで火を点けると、どういうわけかめっちゃ火力が出る。いったいボンベの中に何が入ってるんだ。
……深く考えるのはよそう。
ドゥームフィーンドのサブリーダー、あるいはリーダー代行であるセレネは、目下のところ俺のジャンクフード召喚を模倣できないかと訓練中である。
確かにセレネが歩く食材倉庫と化せば、俺に頼るよりは配下のコボルドたちも安心だろう。
セレネがジャンクフード召喚を会得したら俺の上位互換になってしまうのでは? という不安は脇に置いておく。
どうせ最初のうちはヘビースター限定召喚とかが関の山だろ?
さて。
それではドゥームフィーンドの本来のリーダー……。
つまりは創造主ハイドラを今後どうするべきか。
今は、それについて考えねばなるまい。
*
屋内に戻ると、ウィルオウィスプを召喚した。
普段よりもかなり小型のサイズだ。
ふよふよと浮いている光の球が、チカチカと点滅すると声を発する。
『……アヤセか。おはよう』
「おはようモニク。もしかしてハイドラのとこか?」
ウィスプから聞こえてくるのはお馴染みのモニクの声。
当然だが、ウィスプ自身が喋っているわけではない。
『ああ、そうだ。彼女にも朝食が必要かと思ってね』
『モニク、それってウィルオウィスプか? 今の声スネークだろ? 通信機の代わりかよ……』
ふむ、向こうにはハイドラも居るみたいだな。
それにしても通信機か。モニクはスマホとか持ってないし、なんとなく思い付いたウィスプの活用法だ。直接戦闘では決め手に欠ける召喚モンスターだが、工夫次第では色々と役立ちそうである。
もっとも、俺自身がウィスプを遠くまで飛ばせるわけではない。
向こう側のウィスプをモニクが維持することで、初めて通信機としての役割を果たす。
「ハイドラ、調子はどうだ? あと、状況は把握したか?」
『いきなり色々言われても覚えられねえし分からねえよ』
だよなー。
夢幻階層の戦いが終わって以来、俺は連日ハイドラを探していたのだが一向に見つからなかった。
ギブアップしてモニクに頼んだら一日で見つかった。
それが昨日のことだ。
最初から頼んでおけば良かったと思わないこともないが、ハイドラの『無意識に危険を遠ざける能力』についての検証が出来たので良しとしよう。
この能力、ささいな切っ掛けで消えてしまう可能性があるとはモニクの談だ。
ハイドラがそれなりに成長するまで、俺やエーコ、ブレード、セレネには会わないほうが良いとも言われた。
自分から危険な存在に会うのは能力の否定につながるのだとか。モニクくらい実力が隔絶していると逆に関係なくなるらしい。
まあ俺も魔法使いの端くれ。なんとなく理屈は理解できる。
なのでハイドラのことは、しばらくモニクに任せることにした。
『当面の目標はヒュドラ毒の克服だな。そんなに時間はかからないだろう』
なるほど。
ハイドラもドゥームフィーンドである以上、種族進化の影響を受けているのかもしれない。
「そうか。ならこの街がどうなっても安心だな」
『む……。あたしも外に出ることが出来るようになるのか?』
あんまり不用意に出るのはおすすめ出来ないけどな。
それくらいはハイドラも分かっているだろう。
『そうだ、アヤセ。ボクは昼間は帰らないが、オペレーションセンターに行っておいてくれないか』
「オペセンに? なんでまた?」
オペレーションセンターってのは、俺たちが根城にしているショッピングモール内の事務所だ。ソーラーパネルの非常用電源があったりとかで世話になっている。
とはいえドラム型延長コードで食堂まで電源を引っ張っていたし、部屋自体にはほとんど立ち寄っていない。
それに電源問題は、セレネが半ば解決してしまったのでますます影が薄い。
『行けば分かる。そうそう、行くときはひとりのほうがいいかもしれないな』
ウィスプを仕舞うと、バックヤード通路を歩く。
目的のオペセンは最奥だ。延長コードを通すため、入り口は開きっ放しである。
モニクにしてはなんか珍しい頼み方だな。
サプライズのプレゼントでも置いてあるんだろうか。
ハハ……まさかな。
扉を素通りし、奥の事務所へ。
特になんの気配も感じない。感じないのだが。
視界に凄まじい違和感がある。
事務所の奥。記憶が確かなら一番偉い人……社長、ではないな。ここの責任者だとなんて呼ぶんだ? 所長か? とにかくその所長の席。
そこに、異様なものが『生えて』いる。
あまりに場にそぐわないので、視界の端に映っただけなのに一瞬で気が付いた。
心臓が跳ね、警戒が一瞬で最高潮に達する。
そこに生えていたのは――言うなれば『触手』であった。
蛇とかミミズとかではない。なんというか、のっぺりしているものがうねうねと何本も生えている。
視線が釘付けになり、俺は動きが止まってしまった。
すると、触手は思い出したかのようにゆらゆらと動き出した!
うわキッモ。
反射的に腰の手斧に手を伸ばす。
『待ちたまえ。別に怪しい者ではない』
いや滅茶苦茶怪しいだろうが!!!
……って念話? 今の、この触手が喋ったのか?
『《冥王》から僕のことは聞いていないのかね?』
メイオウ……それは確かモニクの。
ああ、この部屋に行けと言ったのはモニクだったな。
少し冷静さを取り戻した。
「モニク……の知り合いか? あいにく何も聞いてない」
『そうだったか。ならばその反応も仕方あるまい』
「…………」
椅子が。
キャスター付きのワークチェアがカラカラと移動する。
そして、その『生物』が全貌を現した。
ぬめぬめとした寸胴鍋のような形だった。
それが椅子の上に鎮座している。
そして、頭部?からは何本もの触手が生えて
本当にモニクのお友達なんだろうか?
俺……こんなサプライズはあまり嬉しくないんだが。
ドゥームダンジョンにこんな敵は居ない。
だからドゥームフィーンドの一種ではなさそうだ。
それなら新手のヒュドラ生物の可能性は?
地球上の生物で言うならこいつは……うーん、イソギンチャクかな?
水棲生物をヒュドラ生物にするだろうか?
あー、ワニとか居ましたねそういえば。
『人間が僕を見れば驚くのは当然だ。冥王の茶目っ気にも困ったものだね』
やっぱりモニクの知り合いらしい。
イソギンチャク型ヒュドラ生物とかではないのか。
こいつのこと黙ってたのは茶目っ気だったの?
あんまり普段のモニクのイメージにそぐわないというか、その茶目っ気のせいで俺の寿命けっこう縮んだ気がするんだが……。
「ああ……悪かったな。警戒しちまって」
『謝ることはないさ。武器からは手を離してくれると嬉しいがね』
うん。俺の手はしっかりとマムシのグリップを握ったままだった。
そっと手を離す。
「えっと、それで……あんたがここに居るのって、やっぱりヒュドラのことで?」
『ヒュドラの首魁《
……なに?
ヒュドラの首魁? 九つ首だと?
「あんたが追っているのは、《終わりの迷宮》の主とは別のヤツなのか!?」
『そうだ。そしてそれだけではない。推測だが、他の《九つ首》も日本に来ている可能性がある』
…………?
「な、なんでまたそんなことに」
『それはもちろん、世界で初めて《対超越者結界》を打ち破った者がこの国に居るからだよ。君にあまり自覚は無いようだがね、オロチ』
「俺の名前を……!」
ん? いやモニクの知り合いなら俺の名前くらい知っててもおかしくはないか。
俺はこいつの名前聞いてないけど。
『ああ、名乗るのが遅れてしまったね。僕の名前は――アネモネ』
アネモネ……………………?
やっぱりイソギンチャクじゃねーか!!!