終末街の迷宮   作:高橋五鹿

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第62話 終末化現象

 アネモネってのはまんまイソギンチャクのことだ。

 他の意味もあった気がしたがそっちは絶対関係ないだろ。

 自称か他称か分からないが、ギャグで付けられた名前としか思えない。

 

 ひとつの胴体から生えた多数の触手。

 ヤマタノオロチもイソギンチャクみたいなものだろって?

 ほっとけ。

 

 それよりも……。

 

「対超越者結界がヒュドラの生命線だってのは分かるけど、俺なんかを警戒しているってのは信じ難いな」

 

『それでは聞くがね。君は対超越者結界がどのような魔法で、それを構築した術者が誰で、どの程度の実力なのか、理解はしているかい?』

 

「いや全然」

 

 威張れるようなこっちゃないが。

 あと全然理解してないのは事実だが、結界解除が出来たんだから、その気になれば構築も出来るんじゃないかという気はしないでもない。

 意味ねーからやんないけど。

 

『それと同じことさ。ヒュドラは……誰がどのようにして結界を破ったのか、理解していないのだ』

 

「…………!!」

 

 公国騎士たちはバジリスクを倒したのが俺だということを知っていたはずだ。

 しかし、それは結界解除とは結び付けられてはいないのか?

 それとも夢幻階層で全滅したせいで、その情報は誰にも伝えられていない?

 

『ヒュドラにとって重要なのは、結界が破られた地に《冥王》が居るという事実。君が彼らだったら、どう考える?』

 

「この国のヒュドラ――《九つ首》とやらが、モニクに倒される可能性がある……?」

 

 もちろん俺はそれを目指してきた。

 だが、どこか遠い目標であったのは否めない。

 ヒュドラにとってはそうじゃないのか?

 

『ヒュドラは追い詰められている。追い詰めたのは君だよ、オロチ』

 

「ま、待て。そもそも首を一本落としたくらいじゃヒュドラは死なないはずじゃ」

 

『…………』

 

 いや、可能なのか?

 モニクは超越者たちにもそれぞれ奥の手があると言っていた。

 

『冥王の権能に関しては僕から言うことではないな。でも、君が今想像している通りだろう』

 

「まじか……」

 

 決着の時は近いのか?

 でも、それを阻止するために他の九つ首がこの国に来ているんだったな。

 

『君の結界解除が誰にでも出来るような技術なら、とうにヒュドラは討伐されている。だがそうはなっていない』

 

 しかし、だからといって――

 

「でも奴らにとって、そんなものは安心する理由にもならないってことか」

 

『そういうことだ。直接対決を避けていた九つ首のエキドナが地上に出てくるくらいだからね』

 

 ヒュドラは自分たちが不利な状況だと考えている。

 だけど結界解除って俺が迷宮に潜ってダンマスを倒す必要があるわけで、実際にはかなり難しいんだよな。

 その方法がバレなきゃいいのか?

 奴らが勘違いして焦って地上に出てきたところを他の超越者が倒す。

 なら、俺はもう何もしなくてもいいのだろうか?

 

 いや……。

 

『僕らは君という切り札を失いたくはない。しかし、勝手な話と思うかもしれないが、迷宮の探索は続けてもらいたいとも考えている』

 

「あんたは、俺の結界解除の方法を」

 

『聞いている。《終わりの迷宮》の結界を維持しているのが九つ首のひとりならお手上げだろう。しかし、目的はそれだけではない』

 

 まだ何かあるのか?

 

『他国の封鎖地域に居た九つ首も、日本へ向かったらしいという情報は先程話した通りだ。そして冥王が彼らにとって侮り難い相手であることも、君という未知の存在を警戒していることも。とはいえ――』

 

 アネモネの触手は会話に合わせてうねうねと蠢いていたが、そこでスッと動きを止めた。

 

『少し、大げさではないかとも感じている』

 

 ……あ、やっぱり。

 

「うんまあ……。ヒュドラの強さとかよく分かんねーけど、なんで日本にラスボスがぞろぞろ集まる必要あんの?って気はするな。例えば、この街の九つ首が逃げちまえば済むとかは」

 

『それだよ、オロチ。彼らが本当に死守したいのは、この場所なのかもしれない』

 

 九つ首の誰それが欠けるとかを危惧しているわけではなく、例えばこの街の《終わりの迷宮》こそが、奴らにとって重要かもしれないってことか。

 

「なるほど。だったら確かに迷宮を調べる価値はあるな」

 

 海外から血相変えて飛んでくるほど、見られちゃ困るもんが地下にあるかもしれないわけか。

 この街でそれを調べられるのは……。

 

 俺とエーコ、そしてドゥームフィーンドたちをおいて他に居ない。

 

「仮にここの迷宮が本命だとしたら、九つ首って地下に集まってくるんじゃないのか?」

 

『迷宮の奥だろうとも、それだけ近くに来れば僕が気付く。向こうにとっても同じかもしれないが』

 

 連中にとっちゃ、このイソギンチャクも近付きたくない相手ってわけか。分かる~。

 

 それにこの街にはモニクも居るしな。

 なら、迷宮を調べるのは早いほうがよさそうだ。

 

 夢幻階層の次へと進むときが来たか。

 

「ん? そういやヒュドラは迷宮から迷宮へ転移できるんじゃなかったか? なんで地上を移動したんだ?」

 

『それはヒュドラの能力というより、この地の九つ首の能力だ。転移門があったとしても、誰でも使えるようなものではないさ』

 

 そんなもんか。

 それを使えたモニクはやっぱ優秀なんだな。

 そして、この地の《九つ首》か。そいつこそが――

 

「終わりの迷宮には、まだヒュドラが居るんだな?」

 

『それらしき気配は察知できたが、今は何処に居るのか分からない。彼だけは迷宮間を転移できるからね』

 

「そうか、そうなるのか。そうだよな……」

 

 迷宮の主も居ないならますますチャンスのはずだ。

 しかしそれを聞いた俺は今、少しがっかりしている。

 なんでだ……?

 

『……くれぐれも、好奇心でヒュドラに近付くのは控えてほしい』

 

「ああ、分かってる」

 

 この感情は、好奇心なんかではないさ。

 他に聞くべきことは……なんかあるだろうか。

 

「アネモネ、あんたはヒュドラの目的はなんだと思う?」

 

『分からない。というより、知っても理解できない可能性が高い。彼らと僕は全く違う生物だ。分かり合おうというのがまず難しい』

 

 全く違う生物か。

 ひとつの胴体から色々生えてる辺り……ヒュドラとイソギンチャクは似てる気もするが、そういうことではないのだろう。

 だとすれば俺も、奴らの目的を知ろうとすることに意味は無いのかもしれない。

 何かこう、奴らを攻略する手掛かりにでもなればと思ったのだが。

 

『それよりも君は、僕や冥王が何故ヒュドラを止めたいのかは知っているかね?』

 

 そういや知らないな。

 

「いや……? 地球滅亡を止めたいとか、そういうんじゃねーの?」

 

『……気を悪くしないで欲しいのだが、今存亡の危機に立たされているのは人類であって地球ではない。超越者にも星にも、直接の影響は無いんだ』

 

「…………それはなんとなく分かる」

 

 モニクもアネモネも封鎖地域内で平然としている。

 そしてヒュドラ生物どころか、ヒュドラそのものを恐れたりもしない。

 あと確認してなかったが、その言い方だとアネモネ自身も超越者っぽいな。

 まあそれ以外はあんまり考えられないが……。

 

 完全に気配を消していたので、こいつが強いのかどうかよく分からない。

 しかし、完全に気配を消せる時点で只者ではない。

 俺はともかく、すぐ近くにセレネたちが居るというのに、誰もアネモネの存在には気付かなかったのだ。ハイドラ並の潜伏能力といえる。

 

『しかし地球上の全ての封鎖地域で集められたであろう魔力は膨大な量だ。それで何を行うかによっては――やはり地球滅亡の可能性はあるだろう』

 

「自分で自分の住む星を滅ぼすとか? 超越者も自殺願望とかあんの?」

 

 そんなのは自分たちだけでやってほしいが。

 

『不死性が高い超越者の自殺願望はそれはそれで興味深い題材だが、話がややこしくなるので置いておこう。ヒュドラにはそういった目的は無いものとして。それでも匙加減ひとつで過ちは起こるだろう。人類の持つ核のようなものさ』

 

「目的自体は別にあっても、集めすぎた魔力が暴走したりとか、そんな感じ?」

 

『そう。強すぎる力は反動を呼ぶ。ヒュドラ毒が水に覆われたこの星を覆い尽くすことが出来ないように……。もし宇宙の理を捻じ曲げるほどの力を用いれば、恐るべき代償を払うことになるだろう』

 

 ……触手が宇宙のコトワリとか言い出したんだが。

 …………。

 あー……。

 そういやこいつ、どっか宇宙人っぽくもあるな?

 

 この街の午後ショー化は、ちょっと別のジャンルに寄り道を始めたらしい。

 

「んで? そのコトワリの反動とやらが起きると地球はどうなるんだ?」

 

『力に対する反動は様々な形で現れる。ヒュドラ毒が水に溶けるということ自体、突拍子もないだろう?』

 

 ふーむ。確かにアレ、海水には溶けるらしくても酒は無反応とか、湿気には影響されないのに河川の上空では消えるとか、水の濃度なんて関係なかったりするしな。人類の知識だと説明がつかん。

 

「実際にそのときになるまでは、何が起こるのか分からないのか。じゃあなんでそんな現象が起こるって予測できるんだ?」

 

『実際に見てきたからさ。あるときは天変地異によって死の星に。ある星では巨大隕石の衝突。変わったところでは、異星生命体の侵略なんてものもあった』

 

 ……………………は?

 

「いやすまん、何処までが真面目な話なんだ?」

 

 午後の映画ショーの話ならそう言ってくれ。

 腰を据えて話し合う準備がいる。酒とつまみが必要だろ?

 

『全てだよ、オロチ。今例に挙げた数々の《コズミック・ディザスター》は、行き過ぎた力の収束によって引き起こされた。ヒュドラの地球征服など、これらが(もたら)す大破壊に比べればまだ対処の仕様があるというものだ』

 

 いやいやご冗談を。

 そんなの本気にするわけねーだろ。

 何歩か譲って本当の話だとしよう。

 本当の話だったら……?

 

 え? すると何か? この触手はマジに……。

 

「あんた、宇宙人なのか……?」

 

『君らの定義ではそうなるか。ともかく、ヒュドラ自体は止められても《コズミック・ディザスター》が発生したら止めることは出来ない。しかし、この星にはまだその兆候は見られない』

 

「兆候……」

 

 いっぺんに情報が来たせいで混乱しかかっているが、アネモネの正体は重要ではない。

 いやそれも俺的には重要なんだが……主に興味本位的な意味で。

 でも差し迫った問題はコズミックなんとかの兆候についてだろう。

 

『遠く離れた場所で地震が起こると地鳴りが聞こえてくるように。それは優れた異能の力を持つ者ならば確実に感じ取ることが出来るだろう。《終末化現象》――捻じ曲げられた理が収束する前兆だ』

 

 ……《終末化現象》?

 この街が、俺たちが味わった滅びは、まだまだ本当の終末じゃないってのか?

 フザけやがって……このモヤモヤした気持ちをどうすればいいんだ。

 だが今はまだ。

 

「今はまだ、それは起こっていないんだな?」

 

『ヒュドラが集めた魔力を使って地球上で何かを行ったという気配は無い。それにヒュドラとて、意図的にそのような大破壊を求めるとは考え難いね』

 

 心臓の動悸を感じる。

 少し気が急いてしまったか。

 ヒュドラが終末化現象を起こすとは限らないし、俺自身がヒュドラと戦えるわけでもない。

 なら焦らず、自分に出来ることをすべきだろう。

 

「……色々教えてくれてありがとう、アネモネ。俺は迷宮を調べに行くよ」

 

『付いて行くことが出来ずにすまない。代わりと言ってはなんだが、地上の守りは任せておきたまえ』

 

 それは頼もしいな。

 モニクも居るから過剰戦力な気もするが、コボルドたちが街をうろちょろしているから地上も少し心配なのは間違いない。

 

 さて、今聞くべきことはこれくらいだろうか。

 

「ここに来ればあんたに会えるのか?」

 

『何事も無ければしばらくここに居る。君が来たときは姿を表そう』

 

 他のヤツらには会わないつもりか?

 確かにこんなモンスターじみたのと遭遇したら戦闘が始まりかねないか……。

 

「分かった。また来る」

 

 そして俺はオペレーションセンターを後にした。

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