終末街の迷宮   作:高橋五鹿

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第63話 神殿階層

「先輩、何してたんですか?」

 

 食堂に戻ったらセレネにそう尋ねられた。

 宇宙イソギンチャクと交信してたと言ったら信じてくれるだろうか?

 

「ちょっと電源の様子を見に行ってた。セレネの迷宮生成術の電気って、俺にも使えるようになるかな?」

「どうでしょう? エーコは――」

「私にはセレネさんと同じ魔法を使うのは無理だったよ、アヤセくん……」

 

 白ローブの少女はそう言ってがっくりと項垂れていた。

 エーコでも無理なら俺には厳しいか?

 しかし人には得手不得手ってものがある。エーコはそもそも魔術の模倣は得意じゃないんだよな。長年の修行が逆にネックになっている。

 それに普段は外の街で生活してるエーコじゃ、生活用の電気を流す魔法なんて必要に迫られていないから、という理由もありそうだ。

 

「そっか。今度俺も練習してみるわ。そんで、ブレード」

 

 奥の席で、コボルドに淹れてもらった茶を飲んでいる迷宮剣豪に声をかけた。

 

「なんだ? オロチ」

「今日は夢幻階層の先まで潜ろうと思う。最初だから偵察程度にな。すぐ逃げられるように少人数だけで」

「よかろう。拙者も同行しよう」

「あっ、私も行く!」

 

 ブレードとエーコか。百頭竜クラスが出ても一体程度なら対処できそうだな。

 ちらりとセレネを見る。

 

「いえ、私は別に興味ありませんが。必要なら付いてきますよ」

「今回は軽く見に行くだけだから大丈夫……」

 

 ヒュドラの目的のひとつが、ヒュドラ生物とドゥームフィーンドを競わせることであれば。

 フィーンドの総司令官をこんなやる気の無い女にしたのは大失敗なのではないだろうか。

 俺は一向に構わんが。

 

 ヒュドラ殺戮マシーンになった最上(もがみ)さんとかあんま見たくないというか普通に()えーし。

 うちにはもうヒュドラバスターJKが居るので間に合ってます。

 

 ブレードとセルベールも同胞のために戦ってるだけで、そこに怒りとかは無いんだよな。

 俺が連中に接触するまで、戦いらしい戦いも起こってなかったし。

 

 そう考えるとヒュドラも人選とかの詰めが甘い。

 小木(おぎ)さんをドゥームルーラーにしとけば、今頃はきっと深層階まで攻め込んで荒らし回ってたぞ。

 中身がおっさんの美少女召喚士というのも業が深そうでアレ。

 

 モニクとエーコも性格は穏やかだ。彼女らの戦う理由は感情ではなく、使命感とかそういったものなのだろう。

 

 街の人たちの仇とか内心息巻いているのは俺だけっぽくて、そこに若干の寂しさを感じないと言えばウソになる。

 

 ……だが、負の感情で戦うのは俺ひとりでいい。

 

 

 

 

 ツミレが勝手に付いて来た。

 なんでお前こういうときだけはやる気あんの? 迷宮大好きなの?

 パーティは総勢四人となった。

 

 ツミレは無人になったドゥームダンジョンエリアを先頭を切って歩いている。

 ……犬の散歩をしている気分だ。

 犬っぽいから斥候が似合うし、実際こいつはセレネの斥候をしていたのだが、職業はヒーラーなんだよなあ。

 斥候すんのはコボルド軍団だとマーセナリーの役目だろ。あいつら本当何でもするな。

 

 エーコがツミレに声をかける。

 

「周囲に敵は居ないけど、あんま離れちゃ駄目だよー」

 

 ぴこぴことしっぽが揺れた。返事のつもりなのだろうか。

 心配せずとも、あいつは地上と地下洞窟エリアでは先頭を歩いていなかった。

 襲いかかっては来なかったが、普通のヒュドラ生物がそこかしこに潜んでいたからな。

 危険察知能力はそれなりにあるのだろう。

 

 夢幻階層に到着した。

 

「アヤセくん! ワイバーンだよワイバーン!」

 

 そういやエーコは初見だったか。

 ワイバーンのゼファーは夢幻階層の駅から少し離れた場所を飛んでいた。

 

「ゼファーは一応味方なんで。放っといても大丈夫だってセレネが言ってたな」

 

 あいつもここじゃ飛んでる以外にすること無くてヒマだろうに。

 そういう感覚があるのかどうかは謎だが。

 

「ゼファーって未実装のDLC特殊個体だっけ。そんなのも居るんだねー」

 

 あ? ダウンロードコンテンツ?

 そうだったの?

 そんなヤツが混ざってたとか、創造主はかなりマニアックだったんだな。

 だからこそ創造主としては優れていたんだろうけど。

 ……ハイドラのやつ、今頃モニクのレクチャーでも受けているんだろうか。

 

 ほどなくして、西の境界線に着く。

 橋の向こうが次の階層だ。

 ツミレが下がり、代わってブレードが先頭に立った。

 珍しく口角を上げている。

 

「いよいよか。腕が鳴るな」

「いや別に、戦いに来たわけじゃないぞ……」

 

 よく考えたらコイツ、偵察とか全く向いてなさそうなんだが。

 人選を間違えたかもしれん。

 

 幽けき橋の先に見えるは夢幻の街。

 しかしながら、橋を渡り切るとそこはなんとなく馴染みのある風景だった。

 

 ――地下迷宮。

 

 そう称して差し支えない、オーソドックスな石造りの屋内。

 いつの間にやら、そんな場所に俺たちは立っていた。

 

 屋内といっても、ちょっとしたスタジアム程度の規模だ。

 所々に大きな柱が立っている。

 地下にしては広いが、夢幻階層から移動してくると天井が窮屈に感じるな。

 広さの割に、天井はそこまで高くない。

 

「ねえ、アヤセくん。今のって……」

「転移魔法だな」

「おぬしが以前使ったものか。禁忌の術と聞いている」

 

 そうなん?

 ま、失敗したら石壁の中ってんじゃ禁忌にもならあな。

 

 ……妙だな。

 アネモネの話じゃあ、ヒュドラの《九つ首》ですら迷宮の転移門は自由に使えないんじゃなかったのか。

 この終わりの迷宮では、公国騎士みたいな兵隊でも転移門を自由に行き来していた。俺たちにもあっさり使えている。

 俺が《(つるぎ)の街》に行く切っ掛けとなった、最初に踏んだやつなんかトラップとして使用されていた。お手軽か。

 

 転移魔法ってのは、この迷宮の主の固有魔法って話だったな。

 お膝元だから条件が異なるのか?

 それとも術者本人にしか利用できない、みたいな話はウソか?

 もしそうなら嘘を言っているのは誰だ。アネモネか? いや、それとも。

 

 ……単純に近距離移動なら無制限なのかもしれない。

 この疑問は置いておこう。

 

 改めて周囲を見渡してみる。

 ドゥームダンジョンエリアのわざとらしい装飾に比して、シンプルで堅実な造りの迷宮だ。

 あちらはゲームがモデルのダンジョンだったからな。

 重要な箇所は派手に装飾されがちだった。

 こっちの迷宮は、現実世界の古代建築物を彷彿とさせる内装だな。

 

「エリア名はなんて呼べばいいかな?」

「うーん…………神殿階層?」

 

 我ながら安直な命名だ。

 それにドゥームダンジョンだってパルテノン神殿とかを参考にしたような箇所も結構あったし、迷宮のキャラが被ってんだよな。

 

 振り返ると、部屋の中央には柱に囲まれた広場がある。

 これが転移門か……?

 

 通信用の小型ウィスプを召喚して、エーコの方へ飛ばした。

 

「そいつの維持を頼む。ちょっと退路の確認してくるわ」

「おっけー。いってらっしゃい」

「基本すぐ戻るんで、時間かかるようだったら三人だけで退却してくれ」

「承知した」

 

 ブレードが答える。

 ツミレは我関せずと、物珍しそうに周囲の景色を眺めていた。自由なヤツよ……。

 

 俺は単身で転移門の中へと進むことにした。

 帰ろうとしたら全然違う場所、というのも充分にあり得るからな。

 

 門をくぐる。

 心配とは裏腹に、普通にさっきの橋の上に出た。

 自分用のウィスプを召喚して、エーコとの通信を試みる。

 が、駄目。まるで気配を掴めない。

 夢幻階層と神殿階層の間は何らかの障壁で隔絶されているのか、あるいは単純に距離が離れている……?

 

 うーむ、分からんな。とりあえず戻るか。

 

 普通に神殿階層に戻ってきた。

 セレネには夢幻階層の何処から出ても次の階層に行けるって聞いてたが、他の橋を渡ってもここに出るのか、それとも他の場所に出るのかは分からない。

 だがそれは今はどうでもいい。退路は確保されているって事実だけで充分だ。

 

「アヤセくんが消えてる間、ウィスプの魔力供給が途絶えてたよ。相当遠くに飛ばされてたみたい」

 

 エーコの感覚だと障壁などによる魔力遮断というよりは、ウィスプが圏外になるほどに距離を離された感じ、ということらしい。

 そうするとここは、終わりの迷宮とは別の場所なんだろうか?

 

 いや、結論を出すのは早いな。

 地上の街の中でも、ある程度離れればウィスプは俺の意志から切り離されてそのうち消えてしまう。

 その程度の距離ということも考えられる。

 

 それに、夢幻階層だって奇妙な異空間だ。

 終わりの街の真下にあるといえるのか、微妙なところだしな。

 神殿階層ではなく、夢幻階層が通信の届かない場所にあると考えることも出来る。

 判断材料が足りない。

 

「退路は問題ないのだな。では、ケクロプスを探しにゆくか」

 

 だから戦闘目的じゃねーって!

 百頭竜ケクロプスとか存在を忘れてたわ……。

 そいつがこの階層のボスなんだろうか。

 

「そういやこの広間、見た感じなんにも居ねーけどさ。ケクロプスの手下って、こないだ戦った奴らだけで打ち止めってことはあったりしない?」

 

「むぅ……」

 

 露骨に残念そうな雰囲気を纏うブレード。

 全滅オチも有り得るんか。

 でもブレードだって他の派閥の戦力を把握しているわけでもあるまい。

 

「対超越者結界なんてものがあるから、ダンジョン内の兵数はそんなに多くなかったりとか? とにかく奥に行ってみようよ」

 

「ああ、そうだな」

 

 エーコに返事をし、奥に向かって歩を進める。

 ツミレは再び先頭に立った。

 こいつの判断だと、敵は居ないってことなのかな?

 野生の勘とかなんだろうか。

 

 大広間を突っ切って、壁際に到着した。

 ちょうど正面に出入口みたいなものが見えていたからな。

 ツミレは構わずその中へ進む。

 

「おいおい! ちょっとは警戒しろよ」

 

 慌ててツミレを追った。

 そして通路へ入ると、広間から死角になっていた『それ』を発見する。

 

 それは階段だった。

 いや、階段があること自体は別にいい。迷宮には付き物だ。

 石造りのオーソドックスな迷宮だ。無いほうがおかしいだろう。

 しかし……。

 

「ふたりとも、大丈夫……って、ええっ?」

「どうした? むっ……」

 

 ツミレの後ろに並ぶ俺たちは、少なからずそれに違和感を覚える。

 

 その階段は、『上り階段』だったのだ。

 

 

 

 

「まず地下洞窟エリアだろ? そこを下ってドゥームダンジョン、その下が夢幻階層。その下……といえるかどうか分からんけど神殿階層」

 

「つまり、おぬしらの考えだとヒュドラは地下の奥底に居る。だから下に潜っていくのが自然だと、そう言いたいわけだな?」

 

「そうなんですけど、いったん上に行く構造とかもゲームのダンジョンだとよくありますよ? それに夢幻階層から下がどういう配置なのか、外からじゃよく分からなかったみたいですし」

 

 地下を見通せる異能者が居るんだったな。

 で、終わりの迷宮は構造がよく分からなかったと。

 

 転移門をくぐった以上、実はここが最下層でちょっと上が迷宮の最奥部、というパターンもありそうだな。

 

「引き返して大広間の壁際をぐるっと調べて回るって選択もあるけど、どっちが当たりかなんて分からないからな。このまま進んでも構わないか?」

 

「いいよ!」

「任せる」

 

 とか言ってるそばから階段を上りだすツミレ。このわんこ散歩大好きかよ。

 揺れるしっぽを眺めながら後を追った。

 

 大広間の天井は規模の割に低いとはいっても、普通の建物の三階分とかその位の高さは余裕である。階段は結構長かった。

 ただ、このメンツにそのくらいでへばる奴は居ない。

 上の階――もはや地下何階なのかさっぱり分からんが、そこは通路の先に扉がちらほらと見えるという、実にオーソドックスな地下迷宮の佇まいをしていた。

 

「普通だねえ……。先に進む? それとも部屋に入ってみる?」

「部屋に入る……かな」

「面倒だ。拙者が行くぞ」

 

 ブレードは最寄りの扉に近付くと、問答無用とばかりに蹴破った。

 全然敵が出なくて飽きてきたのか、明らかに探索が雑になっている。

 誰だコイツを偵察のメンバーに選んだのは。

 

 その中は、なんというか普通の部屋だった。

 ゲームにおける地下迷宮の玄室というのは基本的に何もない。

 だが、そこには机だの椅子だの書類だの、そういったものが普通に置いてある部屋だったのだ。

 扉を蹴破って即戦闘、みたいな雰囲気では全然ない。

 

「なんだこりゃ……。神殿階層って、もしかして居住空間なのか?」

「ケクロプスの騎士だっけ? ヒュドラ生物だから食事とかの形跡はないけど、なんだか普通の仕事場っぽい雰囲気だよね」

 

 ブレードはその辺の書類を拾ってぱらぱらとめくっている。

 こいつは過去のヒュドラ生物の記憶を複合させた精神の持ち主なので、俺から見ると意味不明な文字も読めるのかもしれない。

 

「何が書いてあるんだ?」

 

「これは人類史上で普通に使われていた文字だ。ケクロプスの配下にそういう記憶を持つ者が居たのだろう。単なる報告書で特に変わったことは書いていない。全て解読するのは時間の無駄だな」

 

 ブレードはそう言うと、つまらなそうに書類を放る。

 

 そういうもんか。

 でもなー、この部屋の資料の中にひょっとしたら重要な情報があるかもしれないしなー。出来れば全部解読して欲しいんだが頼んだらやってくれるかなー。

 

 …………難しそうだな。

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