終末街の迷宮   作:高橋五鹿

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第64話 ローグ

 俺とアネモネの考える仮説のひとつ。

 終わりの迷宮の奥底には、ヒュドラが隠す何かがある。

 

 それを思えば、この部屋にある資料は徹底的に調べるべきだろう。

 だが、この迷宮はまだ広い。

 ここで時間を食う前に、他の部屋も調べておくべきかもしれない。

 

 ブレードは目の前の文章を単なる報告書だと言った。

 確かにこの部屋はケクロプスの手下どもにしてみれば、ドゥームフィーンドと戦うための最前線一歩手前の場所だ。重要機密書類を置くとかは考えづらい。

 

「よし、次の部屋に行こう」

「いいの!?」

「どのみちブレードだけじゃこの部屋の資料を調べるには時間がかかり過ぎる。それよりも階層の全体像を掴んでおこう」

「そっか、そうだね」

 

 そこから数部屋は、得るものは少なかった。

 敵はやはり何処にも居ない。

 殺風景な部屋もあれば、よく分からん物資が積まれた部屋もあった。

 階層全体の印象としては、あまり迷路っぽくない。

 侵入者を防ぐ迷宮というより、居住空間っぽさが目立つ。神殿階層という適当に付けた平和そうな名前も、あながち的外れでもないようだ。

 

 そして、しばらく進んだ後にその部屋を見つけた。

 

 それは、研究室とでもいうべきだろうか。

 室内にはまるでSFにでも出てきそうなベタなカプセルが八つ並んでおり、そのうちの七つは液体で満たされ、中に人間が入っていたのだ!

 

 いや、外見こそ人間だが……これはヒュドラ生物の一種だろう。

 何故なら――

 

「アヤセくん、この人たちって――」

「ああ、アレだな……」

「こやつらを知っているのか?」

 

 七つのカプセルの中で眠るように浮かぶ七体の人間――

 

 レンジャー、ウィザード、サムライ……。

 それは、ゲーム『ドゥームダンジョン』のプレイヤーキャラクター。

 公国の冒険者たちだ。

 ならば、空になっているカプセルに入っていたのはパラディン――つまりハイドラの素体であった可能性が非常に高い。

 

 

 

 

「《ドゥームフィーンド・オリジン》だと!? この七体が全てか?」

 

 ブレードの声に珍しく驚愕の色が浮かぶ。

 

「いや……どうだろうな。ハイドラのような才能の持ち主が八人も居たとか考えづらいし、この七体もハイドラが創造……それも違うか?」

 

「そもそもハイドラさんの身体はヒュドラが創造したんでしょ? ハイドラさんの記憶を使って最初に創造したのがPCの八人なんじゃないかなあ。多分空っぽだよ? この人たち」

 

「こやつらは抜け殻か。魂が宿ったのはパラディンただ一体というわけだな。ならば、この七体は失敗作か?」

 

 失敗作……。

 夢幻階層の住人を思い出す。彼らはもう何処にも居なかった。

 

 エーコがウィザードのカプセルの前で何やら調べている。

 

「うーん。鑑定した感じ、確かに強そうではあるんだけど……」

「どれほどの肉体があろうと、適合する精神が無ければ意味は無い」

 

 と、ブレードは言う。

 この七体はただのガワに過ぎないということか。

 

 室内をくるくる周って見学していたツミレは、ひとつのカプセルの前で足を止めた。

 何か気になることでもあったのだろうか。

 つられてそのカプセルを見る。

 

 その中に入っている人物は、俺よりもやや背が低い。他の男性PCと比べると小柄にすら見える。だが、その肉体は革鎧に包まれてもなお精悍さを伺わせた。

 

 いつかはそのフードの下のヒゲ面を見てオッサンと称したが、こうして実物を見ると結構若い。これをオッサンにカテゴライズしてしまったら、俺も近いうちにオッサンの仲間入りということになってしまう。

 

 盗賊のような外見の男。

 力や魔力に優れずとも、人間の持つ知恵と技でドゥームダンジョンを切り開く者。

 かつて俺の分身として、《亡国の王女》セレーネを打倒したその冒険者の名は。

 

 ――『ローグ』。

 

 俺はそいつから、何故だか他の六体には無い違和感を覚えていた。

 

「どしたの? ああ、アヤセくんの持ちキャラ?」

「いやまあそうなんだけどさ、こいつちょっと他と違くない?」

「んー? 確かに他よりちょっと存在の密度が濃いというか、そんな感じするかな。よくこんな微妙な違い気付いたね?」

「ツミレが立ち止まってたからな」

 

 エーコの鑑定でも誤差程度か。なら気にすることはないか?

 

「ドゥームフィーンド・オリジンは超越者の素体。ならば、完成度が高いほど適合する魂を探すのは苦労するだろうな」

 

 ブレードの言葉通りなら、むしろこのローグは一番の失敗作ともいえなくもない。

 出来が良いと思ったら誰も使いこなせなかったとか、そんな感じか。

 

「ハイドラの魂なら入るのかな?」

「超越者の素質、というだけで全く別の身体に入るのは難しかろう」

 

 そうか。

 あいつになんかあったときにスペアボディとして使う、とかは無理そうか。

 

「さて、こいつらはどうするか。放っておいたら、いつかヒュドラが新たな魂を入れて悪巧みに使ったり……その可能性も否めないな」

 

「ならば今、斬り捨てておくか?」

 

 ブレードは刀の柄頭を軽く叩く。

 エーコを見ると、少し困ったような曖昧な笑みを浮かべた。

 ツミレはカプセル周りの怪しげな機械のようなものをいじっている。よしなさい。

 

 ……俺が決めるしかないか。

 

「いや、やめておこう。こいつらが敵になったらそんときに考える」

「よかろう。そうなればそのときに斬り捨てるまで」

 

 ニヤリと笑った迷宮剣豪は、俺の返答がお気に召したようだ。

 まあこいつは、動かない標的よりも強敵と戦いたがるタイプだよなあ……。

 俺は単に、人体切断ショーなんてグロいもんは見たくないだけだったんだが。

 利害の一致と割り切っておこう。

 

 七体のオリジンの話はこれで終わりになった。

 その後、探索を続けて発見しためぼしいものといえば。

 

「上り階段……」

「まただねえ」

「まただな」

 

 これはアレか。

 神殿階層は上階に上っていく、そういうエリアだと認識したほうがいいのか?

 なまじ室内に色々あるせいで、一階調べるだけで結構な時間を食ってしまった。

 

「続きはまた今度。今日は帰ろう……」

「賛成~」

「腹も減ったことだしな」

 

 ブレードに同意するようにツミレがしっぽを振る。

 結局、敵は居なかったな。

 ケクロプスは何処に消えたんだ?

 連中はこの階層を守る気が無いのか?

 

 まあいいや……また後日考えよう。

 

 このときの俺は、この先しばらく神殿階層の調査を続けることになる。

 そう――思っていたのだ。

 

 

 

 

 ショッピングモールに帰る途中、ちょくちょくコボルドたちに会う。

 

 広い街の中で偶然に遭遇するほどの数が居るわけではない。

 多分だが、拠点と迷宮の間を重点的に巡回しているのだろう。有り難いことだ。

 なんかそのルートのゴミとかが減った気がする。

 消失した人間たちの衣類とか、放置車両とかな。

 

 今の彼らに食料が必要なのかどうかは分からないが、ショッピングモールに来てはミノたちと物資の交換をしているのをよく見かける。

 各地に散ったコボルドたちは音信不通になったりはせず、各グループの所在ははっきりしているそうだ。

 なら、食事が必要になるときが来ても飢えることは無いだろう。

 好きなだけ食料を持っていけばいい。

 

「やあ、お帰りみんな」

 

 食堂には既にモニクが帰ってきていた。

 

「ああ、モニクもお疲れ。ハイドラはどうだった?」

「元々の能力が高いからね。方法を理解するだけで人間の異能者レベルにはすぐ達した。少し考え事がしたいそうなんで、今日はひとりにしてきたよ」

「そうか……」

 

 俺が魔法の訓練を始めた頃を思い出すな。

 モニクは取っ掛かりを教えてくれたら、後は本人の自主性に任せていた。

 

「スネー……ぐふっ……いや失礼、アヤセにこれを渡すように頼まれている」

 

 スネークと言いかけて噴き出しそうになったのか。大丈夫か冥王。

 モニクにまでそのハンドルで呼ばれたら凄く嫌だな……。

 

 気を取り直して差し出された物を見ると、それは一片の紙切れだった。

 

「電話番号にアドレス。ハイドラのスマホか?」

「そうだね。彼女にはウィスプの操作はまだ難しいだろう」

 

 圏外になったウィスプを維持して俺と通信が出来るのはモニク、エーコ、セレネの三人だけだ。

 ブレードにはちょっと無理そうなので、そこは俺が練度を上げるしかないだろう。

 スミビも維持だけなら出来るんだが、ウィスプ越しだと何を言ってんのか全然分かんなくて挫折した。

 

「それじゃあ、みんな揃ったことだし夕飯の支度をしましょうか」

 

 そう言ってセレネが立ち上がると、コボルドたちも動き始める。

 調理場では既にミノたちが何やら仕込みをしていた。

 俺は……酒を召喚するくらいしかすることが無いな?

 

 

 

 

「ブレード、楽しんでいるかい? キミのような純粋な眷属がアヤセたちと手を取り合っているのは、ボクには感慨深いものがあるよ」

 

「案ずるな、冥王。拙者はもう使命だけのために此処に居るわけではない」

 

 そうだな。お猪口片手に刺身を楽しむその姿は、使命とは程遠いよな。

 好きにしたらいいさ。

 平和な世界でだって友人親族と疎遠になったり、新たな出会いがあったりする。

 なら、戦乱の世で立場が異なる者同士が、同じ食卓を囲む日があったっていい。

 

「冥王……。超越者や眷属ってだいたい神話や伝承から名前を取ってるのに、モニクさんは普通の名前ですよね?」

 

 そういやそんなことを疑問に思ったこともあった。

 ところで今の言い方……。

 エーコはモニクとヒュドラ以外にも超越者を知ってるんだろうか?

 

 まあ、知ってるほうが自然か。詮索はすまい。

 俺もアネモネの存在を黙ってるしな。

 

「あまり大げさな呼び名は好きじゃないんだ。そうだね……《死の超越者》は代々、《冥王》モルスと呼ばれている」

 

 ……『モ』しか合ってないな?

 

「ビールの神様かな?」

「アヤセくん……」

 

 エーコがジト目になっている。

 あれ? 今の声に出てた?

 

「ビールの神を兼任する死の神というのも一応いるから、アヤセの言う事もあながち的外れでもない。ハトホルというのだが」

 

 いるんかい。

 ハトホルってのはエジプトの神か。

 伝承上の神がいるって意味なのか、それともそういう超越者が実在するって意味か。

 ま、どっちでもいいか。

 

 コップに注がれた自分のビールを見ていたセレネが、モニクに尋ねる。

 

「でも、モニクはそのビールの神様とは違うのですよね?」

「モルスという名前はあまり馴染みが無いか……。ハデスと言ったほうが分かりやすいかな?」

 

 ビールを噴きそうになった。めちゃくちゃ大物じゃねえか!

 セレネの無表情が一瞬崩れたぞ!?

 エーコも目を丸くしている。

 ブレードは……最初から分かってたっぽいな。

 

 冥府の神ハデスはローマ神話だとプルートー。

 その先はどうなってんだっけ?

 あの辺りは時代によって同一視されたりバラけたりとか、割といい加減なんじゃなかったかな。

 代々の名前ってことは、当然神話の神様本人ってわけじゃあない。

 それにしても――

 

 死の神、冥王か……。

 いったいどんな力を持った超越者なんだよ。

 これも詮索はすまい。

 怖いから。

 

 でもモニクによれば、超越者や眷属の力とその名前には、そこまで強さとかは関係ないらしい。

 あくまで特徴を表しているだけで、眷属級の連中に神話の主神の名前が付いていたりもするのだとか。

 

 そんな話をしながら、夕食は続いていった。

 エーコはひとしきり食べると満足して街の外へ帰っていったが、他の連中はコボルドたちも交えてゆっくりと飲んでいた。

 

 そうだよな。休めるときには飲み食いなんて好きなだけ続けたらいい。

 そう思いながら、俺もひと足先に切り上げて部屋へと向かう。

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