終末街の迷宮   作:高橋五鹿

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第65話 瓦礫の街

 自室に戻ってしばらくすると、ドアをノックされた。

 

「開いてるよ。どうぞ」

 

 ドアを開けたのは、予想通り――

 

「アヤセ、少し話がある。いいか?」

「アネモネの件か?」

 

 モニクは軽く頷くと畳に上がって俺の前へと座り、こう尋ねてきた。

 

「どこまで聞いた?」

 

「ヒュドラの九つ首が日本に来ているかもしれない。それからコズミック・ディザスターとかいう宇宙大災害とその前兆である終末化現象。現在はまだその兆候は無いけど、ヒュドラがそれを起こしてしまう可能性がある。あと終わりの迷宮が怪しい、ってとこまでかな」

 

「なるほど……」

 

 モニクは顎に手を当てて考え事をしている。

 ふと疑問に思ったことを聞いてみた。

 

「なあ……超越者って宇宙から来てんの?」

 

「……え? ああ、そうか。アネモネが……。ふふっ、彼は特殊例だよ。アヤセはそういう話が好きなんだったね」

 

 違ったらしい。

 そういう話が好きというのは否定は出来ないが……。

 別に宇宙人だけじゃなくてサメとかモヒカンとかゾンビとかを倒す話も嫌いではないが。

 つまり俺にとって宇宙人とは、どちらかというとボコる対象なんだが……。

 

「アネモネはあの通りだから、なかなか彼と意思疎通できる者は居ない。アヤセならばと思ったのだが、見込み通りだったようだ」

 

 モニクはなんだか嬉しそうだ。

 内心ではあの宇宙イソギンチャクを倒す手段についてアレコレ考えているとか言えない。

 あいつのルックスがどう見ても侵略者寄りなのが悪い。

 あの触手に対抗するにはやはりチェーンソーだな。

 

 本当に戦ったら多分瞬殺されるからやんねーけど。

 それより俺の疑問についてだ。

 

「地球の超越者だったら地球の終末化現象を防ぎたい、ってのは分かるんだけどさ。アネモネはなんでなのかなって。宇宙パトロールかなんかなの?」

 

「前向きな言い方をするなら、そのパトロールというのも近いかもしれないね。でも、復讐という側面もあるんじゃないかなって、ボクは思っている」

 

 復讐……?

 誰が誰に……?

 

「――彼の星は、コズミック・ディザスターによって滅びたんだ」

「……………………」

 

 告げる言葉がなかった。

 

 聞いた通りであれば、コズミック・ディザスターというのは生物とかの個体の名前ではない。

 宇宙の理を捻じ曲げたとき、反動で元に戻ろうとする力。

 地震のメカニズムにも似たそれはいわば自然現象、ただの災害だ。

 終末化現象で滅ぶ星を見たくない、そのために戦っているというのなら。

 

 ――それは、決して終わらない復讐じゃないか。

 

「アヤセ、少し情報量が多くて疲れたみたいだな。ヒュドラについてはまた明日話そうか」

 

 

 

 

 モニクが去ったのを見送ると、寝床に転がった。

 本当はヒュドラや迷宮の対策について相談に来たのだろうが、本題に入れなかったな。

 

 …………。

 ……眠れん。

 

 そうだ、ハイドラのメモ。

 座卓の上に置きっ放しだった紙を拾うと、その内容をスマホに入力する。

 

 んー……。

 あいつと今話すことは特に無いんだが、確認がてらメッセージでも送っておくか。

 

『スネークです。メモは受け取りました』

 

 程なくして返事が送信されてくる。

 

『お疲れ様です、ハイドラです』

『夜分すみません。調子はどうですか?』

『スネークさん? どうして文章だと丁寧な口調なんですか?』

 

 いやお前もやろがい。

 いつもの強キャラ口調はどうした。逆ネット弁慶かよ……。

 

 

 

 

『それで、何回も水を飲まされたんですよ。窒息するかと思いました…』

 

 おおう、なんか予想と違ってスパルタな訓練をされてたんだな。

 意外だ。モニクにもまだまだ知らない一面がある。

 

 だが、それは多分モニクの優しさなのだろう。

 

 今は事態が急変している。

 明日にでもヒュドラがこの街に現れ、モニクやアネモネによって倒され、封鎖地域のヒュドラ毒が消滅する。

 そんなことが起きないとも限らないのだ。

 ハイドラがヒュドラ毒を克服するのは、あいつ自身の命を守るためには急務といえる。

 

『それなら、封鎖地域の外に出れるようになる日も近いかもしれませんね』

『そうですね。楽しみにしています』

 

 楽しみ、か……。

 それは難しい話だろうな。

 

 その理由について詳しく話す気にもなれず、挨拶もそこそこにハイドラとの会話を切り上げた。

 この街をヒュドラ毒から解放する。

 それは俺の目的のひとつであったはずなのに。

 

 そして、その日は眠りに落ちた。

 

 

 

 

 翌朝、目覚めるとハイドラからのメッセージが受信されていた。

 

『おはようございます。モニクさんに、しばらく訓練は休むって伝えてもらえませんか?』

 

 ……んー?

 もう五月病か?

 まああいつ、言葉遣いの割に意外と繊細そうなとこもあるしなあ。

 

『どうしました? 昨日は封鎖地域の外に出れるのを楽しみにしていたじゃないですか』

 

 とはいえ、簡単に出るわけにはいかないだろう。

 人間の俺ですらアマテラスや警察、自衛隊の監視とかが怖くて外には出ていない。

 ましてやハイドラはヒュドラ生物、鑑定の力を持つ異能者には一発で正体を見抜かれてしまう。

 

 そうなればどうなるか。

 

 ハイドラにも分からないはずはない。

 もしこの街のヒュドラ毒を一掃できたとしても、ドゥームフィーンドたちの未来はどうなるのか。

 人間以外の知的生命体が、この星で生きていくには生半な実力では足りるまい。

 彼らに対して、俺に何が出来るというのだろう……。

 

 とか考えてたら、ハイドラから返信が来た。

 

『ええ、おかげさまで出れましたよ』

 

 ……………………ん?

 

『待て、お前今なんつった』

 

 思わず素で返してしまった。

 だが気にしてる場合じゃない。

 

『なんで急に素なんだ? だから今、実際に封鎖地域の外に出たって』

 

 な、なんだってーーー!?

 

 ば……バカなのかこいつは!?

 それとも勇者なの!?

 何故俺の周りには妙なところで蛮勇を発揮するヤツが多いんだ。

 

『外は危ないからすぐに帰ってきなさい』

『お母さんかお前は。ちょっと実家の様子を見に行ってくるだけだって』

 

 台風の日に田んぼの様子を見に行くようなもんだからねそれ!?

 

 こいつが説得して帰ってくるようなタマだろうか?

 なんか一時的な誤魔化しでもなんでもいいから、とにかく戻ってもらわんと。

 

『実家なら今度俺が付き添うから、とにかく今日はやめとけ。な?』

『いや実家に男を連れてくって…そういうんじゃないし』

 

 何言ってんだテメー!?

 いかん俺も混乱してきた。

 無理に説得しようとして行方を眩まされても事だ。

 街の外なんて探しようがないぞ?

 

『じゃあせめて、実家がどこなのか伝えてから行け。モニクの世話になってんだから、黙って行くのは良くないだろ?』

 

『む…分かったよ』

 

 ダシに使ってしまった。すまんモニク。

 

 そしてハイドラは実家の住所らしきものを送信してきた。

 …………。

 遠いなオイ!

 ちょっと行って帰ってくるって距離じゃねーぞ!

 

 駄目だ、やっぱり許可できねー。

 電話帳からハイドラの番号を探すと、直接電話をかける。

 この街からでも、外部と電話が出来るようになっているのはエーコと検証済だ。

 

 そして流れる無慈悲なアナウンス。

 

 …………あいつ、電源を切りやがった。

 と思ったら、ひとつ返信が増えてる。

 

『電車乗るから電源切るわ。またな』

 

 いやいや、マナーモードでいいだろ!

 なんで変なとこでお行儀いいんだよ!

 

 つーか、外の世界って電車走ってんの……?

 

 

 

 

「ということがありました……」

 

 一同、口が半開きになっている。

 ヒュドラ毒を克服したその日の朝に家出するヤンチャな創造主がいるとか、滅亡の悪魔でも気付けないよな、うん。

 なお、あいつのスマホは今も絶賛電源OFFである。

 

 気のせいか、セレネの眉間に少しシワが寄っているような。

 

「ごめんなさい……」

「いえ、別に先輩を責めているわけではありません」

「うむ。少し同族の未来が心配になっただけだ」

 

 あいつ、ドゥームフィーンドの王だもんな。

 そら心配にもなるわな。色んなイミで。

 

「とにかく、責任をもって俺が迎えに行くわ」

 

 外の世界を移動するならエーコのほうが適任な気もするが、彼女がこの街から長時間離れると不自然極まりない。アマテラスに対してなんらかの言い訳が必要だろう。

 ブレードとセレネは論外。ミイラ取りがミイラになりかねない。

 

「まあ待てアヤセ。キミが行ってもハイドラを発見するのは無理だ。同様に、外の世界に居る人間の勢力も、有能であればあるほど彼女を発見することは難しい」

 

 ……む、そういえばそうか。

 あいつの危険回避能力は人間にも有効、ということは俺やエーコが身をもって体験している。

 

「ボクが出よう。心配せずとも、彼女が満足するまで付き合ってから帰還するよ」

 

 そう言い残し、モニクは部屋から出ていった。

 適任といえばこれ以上の適任はいない。

 食堂の空気が少し弛緩した。

 

「ハイドラは私と同じで、生前とは似ても似つかない外見だと聞いています。実家に帰ってどうしようというのでしょう?」

「本当に様子を見に行くだけとか? でも今回のあいつの行動力からすると、普通に名乗り出てもおかしくないかもなあ」

「違う……かも」

 

 ん?

 

「エーコ?」

「アヤセくん。ハイドラさんから送られてきた住所、確認させてくれない?」

「んん? ああ」

 

 さっき口頭では伝えたが、きちんと確認したいってことか。

 スマホで該当のメッセージを表示させると、エーコに渡す。

 エーコは俺のスマホと自分のスマホを見比べて、難しい表情を浮かべた。

 

「やっぱり……」

「その住所に何かあるのか?」

「……『封鎖地域』だよ、この場所」

 

 ざわり、と視界が揺らめいた気がした。

 

 国内の封鎖地域の場所は公表されている。

 よほどの山奥とかなら未発見の封鎖地域があるかもしれないが、それなりに人が住んでいる発見済の場所ならすぐに調べられる。

 あいつが実家のことを気にかけて、それを調べないわけがない。

 

 それではなにか?

 あいつの家族はとっくに死んでいて、あいつはそれを確かめに行ったというのか?

 

 蛮勇には違いない。

 でも……どうしてそれを、その気持ちを咎められようか。

 

「以前、地上に出てくるダンマス級がいるっていう話したの、覚えてる?」

「ああ……」

 

 エーコの質問に生返事を返す。

 その件か……。

 はた迷惑なダンマスがいたもんだ、ってそんときは思っていたが。

 

天照(あまてらす)では、ダンマス級のヒュドラ生物は封鎖地域の外でも活動できると考えられているの。だから、その街では周辺地域からも全ての住民が避難させられている」

 

 なんの話だ。

 ……まさか。

 

 俺よりも先に、ブレードがその疑問を口にした。

 

「待て、(つるぎ)の魔女。つまり創造主が向かった封鎖地域というのは――」

 

 頷きをもって返すエーコ。

 おいおい、マジかよ……。

 

天照(あまてらす)が知る中で今現在、国内最も危険な封鎖地域……」

 

 そして俺は、次なる死闘の舞台であることを予感させる地――

 その名前を耳にする。

 

「コードネーム――《瓦礫(がれき)の街》」

 

 

 

 

「しかし、地上に出てくるダンジョンマスター級……恐らくは百頭竜と思われますが、地下に居るよりもむしろ与し易い相手なのではないですか?」

 

 セレネの指摘はもっともだ。

 

 人間の勢力……例えばアマテラスは、ダンジョンマスターが街の外に出てくるかもしれないから、その封鎖地域が危険だと思っている。

 ヒュドラ生物自体を脅威と見なす者からすれば当然の考えだ。

 封鎖地域の外から自衛隊の兵器とかで倒すことは可能かもしれないが、この国だと派手にぶっ放すのはなかなか難しいだろうな。

 刺激を与えることで外に出てくるかもしれない、という不安もあるだろう。

 

 一方、俺たちの勢力から見ればどうか。

 地下迷宮という地の利を捨てたヒュドラ生物など、ただ強いだけの化け物だ。

 俺ではそう簡単には倒せないが、こちらにはモニクがいる。地上に出た百頭竜など彼女の敵ではあるまい。

 

 だがもうひとつ。

 ここに居る俺以外のメンツは知らない情報がある。

 それは……ヒュドラの勢力から見た場合はどうなのかということだ。

 

 現在ヒュドラの《九つ首》は、対超越者結界を破った謎の術者――まあ俺のことなんだが、それとモニク、そして日本の迷宮に対して強い警戒と執着を見せているという。

 

 奴らからすれば、地上に出ているダンマスなんて危なっかしくて仕方がないはず。

 因果関係は分からないにしても、(つるぎ)の街のバジリスクは実際に討ち取られているのだ。

 瓦礫の街に出没するというヒュドラ生物が本当にダンマスなのかどうかは不明だが、それが本当ならそいつの行動は九つ首にとっても想定外という可能性がある。

 そこにモニクが向かったらどうなるのか。

 

 日本国内に潜伏しているという九つ首は、それを見てどう動く?

 

 それだけではない……。

 ハイドラの帰郷の目的は、本当に家族の死を確かめるだけなのか?

 俺には少し疑念がある。そして、それが想像通りであるならば。

 

 モニクに丸投げというわけにはいかない。

 取り越し苦労なのかもしれない。

 だったらそれでもいい。

 

 ただ、俺はあの男と約束している。

 あいつは食えない野郎だけど。

 でも……たったひとり、終わりの迷宮の奥底で同胞のために戦っている。

 そいつが――ハイドラのことを俺に託したのだ。

 

 俺も、瓦礫の街へと乗り込むべきだろう。

 

「ワリーけどエーコ、ちょっと食堂(ここ)で待っててくんね?」

「……え? うん。どこか行くの?」

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