終末街の迷宮   作:高橋五鹿

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第66話 境界線を越えて

 オペレーションセンターへと向かった。

 室内に入ると、宇宙イソギンチャクは所定の位置で揺らめいている。

 

「アネモネ、相談があるんだが」

『聞こうじゃないか』

 

 今回の経緯に関して、かいつまんで説明した。

 

『ふむ、地上に出たダンマスね。天照(あまてらす)の異能者たちがそう判定したのなら、そこそこ信憑性は高いだろう』

 

 本当にダンマスなのかという疑問はあったが、単なる巨大化生物ではなさそうということでいいのかな?

 

『百頭竜にも自我があるから、指示を違えることもあれば狂ってしまうこともあるだろう。君という人材を擁する僕らからしてみれば、まさにカモとしか言いようがないな。……それで、君はこの状況をどう見ている?』

 

「モニクが瓦礫の街に向かったのは単なる偶然だ。でも、ヒュドラはそれを見てどう思うんだろうな」

 

 アネモネは触手をいくつか束ねて左右に展開すると、さらにその二本を交差させて絡めていく。

 

 ……まるで腕組みしてるみたいだなあ。

 

『面白い。つまり彼らは冥王が結界を解除するために瓦礫の街へ向かった、そう勘違いする可能性があるわけか。これはエキドナたちを釣り上げて一網打尽にするチャンスかもしれないね』

 

 釣りねえ……。

 どちらかというと海産物はアネモネのほうだと思うのだが黙っておこう。

 

「それなんだけどさ。アネモネには、この街に残ってもらうわけにはいかないか?」

 

『確かに《九つ首》はこちらに集まってくる可能性もある。五分五分だろうね』

 

 この流れだと俺の望む通りになりそうか?

 でも、駄目だ……。

 やっぱり正直に言わんと。

 

「そうだけど、そうじゃないんだ。俺はただ、モニクとこの街に帰ってくるまで……地上の連中を、あんたに守って欲しいだけなんだ」

 

『ヒュドラの討伐よりも仲間の命を優先しろと?』

 

 うっ。

 やっぱり無理がある話だったか?

 違う生物同士は分かり合えない……こいつ自身の言葉が脳裏をよぎる。

 アネモネにとっては《終末化現象》の阻止が最優先。

 俺とて究極的にはそちらが優先になるだろう。それでも。

 

「ムシのいい頼みなのは分かっている。ヒュドラのことを(ないがし)ろにするわけじゃない。ただ、その過程として――」

『いいだろう。我が友、星の守護者、共に終末に立ち向かう者よ』

 

 アネモネは俺が言い終わる前にそう告げた。

 

『その願い――《星の超越者》アネモネが聞き届けよう』

 

 

 

 

 アネモネは何故、俺の頼みを聞いてくれたのか。

 多分こういう考えなのだろう、という想像は出来る。

 それは俺の希望に過ぎないのかもしれない。

 仮に合っていたとしても、俺などが故郷を失った彼の気持ちを代弁するのは不遜というものだろう。

 俺はただ、自分のすべきことを全うするだけだ。

 

 いつもの俺が、「《星の超越者》ってヒトデみたいだな。イソギンチャクだけど」みたいな思考をするのを脳内から打ち消すのに苦労したが。それはそれとして。

 

 後顧の憂いは絶った。

 俺も覚悟を決めて前に進まなければなるまい。

 

 食堂に戻ると、まだ先程のメンツが待機していた。

 

「あ、お帰り」

「ただいま。聞きたいんだけどさ。外の世界の交通機関って今どうなってんの?」

 

 俺の質問の意図を察し、皆口々に言う。

 

「結局先輩も行くつもりなんですか?」

「迷宮の主を仕留めるなら、おぬしの力も必要だろうからな」

 

 ブレードは察しがいいので、俺の結界解除がヒュドラ魔法の模倣だということに当たりを付けている。

 ただ、俺を身近で見ていればそんなことはバレバレなんだよな。

 海外の九つ首はまだしも、この街のヒュドラがそれに気付かないなんてことがあるのだろうか。

 

「電車とかは動いてるけど、主要な線路は封鎖地域で分断されちゃったりだね。以前とは終点が全然違う。普通の人なら迂回しなきゃ進めないけど、ハイドラさんやアヤセくんなら封鎖地域も突っ切っていけるよね」

 

「俺の場合は突っ切っても全く速くないけどな……」

 

 現在の外の世界に疎いのはハイドラも同じはずだが、あいつにはドゥームフィーンドとしての並外れた身体能力がある。

 途中に封鎖地域があっても最短距離を突っ走るだけで通過できるだろう。

 俺ではとても追い付けない。

 

 まあ、別に無理に追い付く必要はない。

 そもそも、あいつよりもモニクのほうが先に目的地に着くだろう。

 だからといって、俺が移動に手間取っていいわけではないが。

 そこでだ……。

 

「エーコ。アマテラスに協力を頼みたいんだが、連絡を取ってくれないか?」

「ええっ!? 本当に?」

 

 エーコにとっては、俺とアマテラスが手を取り合うのは悪い話ではない。

 でも今まで頑なに避けてきたので驚きを隠せないようだ。

 

 俺とエーコのスマホが連中に監視されているなら、俺とハイドラの会話だって見られているし大まかな居場所も把握されていると考えるべきだよな。スマホは収納に入れてしまえば追跡不可能なんだが、ハイドラから連絡が来る可能性もある。

 連中がハイドラに手出しできるかはそれとは別問題だが、どうせバレているならコソコソ移動しても仕方がない。

 この際だ。利用できるものはなんでも利用してしまおう。

 

「……なんて伝えればいいの?」

 

「俺を瓦礫の街まで案内して欲しい。代わりに……地上のダンマス級を始末する、と」

 

 

 

 

 東の境界線、深夜。

 世界大災害以降、この場所に来るのは初めてだ。

 つい最近、夢幻階層で見た場所だけれども。

 

 橋の向こうには警察や自衛隊の車両がちらほらと見える。

 特に厳戒態勢というわけではない。

 周辺住民の目もあるので、いつもと変わらない程度の警備しかしていないそうだ。

 

 境界の河川に架けられた橋をエーコと共に渡る。

 俺は適当に用意したレインコートを着込み、その上にエーコの光学迷彩魔法をかけてもらっていた。

 橋を渡っているときは周囲から丸見えだからな。

 すぐに出発したいのをこらえ、夜まで待ってから境界線に来たのだ。

 

 照明とかは落ちているので、光学迷彩(ステルス)は大げさなんだけどな。念のためだ。

 封鎖地域に出入りする人間なんてものが発見されたら騒ぎになって、政府とか自治体とか警察とかアマテラスの仕事が増えてしまうだろう。

 俺もそのくらいは気を使う。

 

 エーコが付き添うのはここまでで、あとは適当な理由を付けて留守番してもらうことにした。

 実際ドゥームフィーンドだけだとどうも不安なので、人類勢力と何か問題を起こさないようにエーコを置いていくのは重要。

 

 敵が地上のダンマス級なら戦力はモニクだけでお釣りがくる。

 そしてもしヒュドラの九つ首が相手なら、残念ながら俺もエーコも戦力にはなるまい。

 ヒュドラがどの街に現れるかは分からないが、結界解除を実行できる俺以外はあまり移動する意味がない。

 

 向こう岸が近付いてきた。

 ほどなくして、見張りの人間たちが鑑定の射程範囲に入る。

 

 ……俺を凝視するのは見張りである以上仕方ないにしても、なんかみんな緊張してんな?

 緊張するのは三ヶ月以上ぶりに外の世界に出る俺のほうなんだが。

 橋を渡っている間、それはもう面接の順番待ち程度には緊張した。

 

 そして、彼らの中央に場違いなスーツ姿の男がひとり。

 私服警官という可能性もあるが、あれは多分――

 

 メガネに七三分け。外見年齢はいわゆるおじさん。スーツは綺麗だが、なんかくたびれた感じの体躯……というか鑑定で見た感じ、人間としてもあんまり強くない。周囲に居るのが警察官とか自衛隊なので、獣の群れにウサギが一匹紛れ込んだような異彩を放っている。

 

 おじさんは実に特徴の無いおじさんだった。小木(おぎ)さんよりもおじさんだった。

 テンプレすぎてこの中では逆に目立っている。

 ヒュドラハンター、魔女、警察、おじさん、警察、自衛隊、みたいな並びなのだ。なんだこれ。

 

 そして、俺たちはおじさんの前に立った。

 

天照(あまてらす)鬼塚(おにづか)と申します」

 

 おじさんはなんか強そうな名前だった。

 

「お疲れ様です、鬼塚さん。こちらの人が――」

「オロチです。初めまして」

 

 周囲がざわっとした。

 小声が聞こえてくる。

 

「あれが『終わりの街のオロチ』……」

「バカ、気軽にその名前を口にするな。本人に聞こえたらどうする」

 

 聞こえてるし聞こえてもどうもしません。

 いったい俺はどういう扱いなんだ。

 そして俺のことはアマテラスの機密ではなかったのか。

 まあその辺はここで出迎えをしている以上、なんらかの情報共有があったのかもしれんが。

 

「今回は我々へのご協力感謝いたします、オロチさん。精一杯サポートさせて頂きます」

 

 か、固い。

 俺の人間関係において斬新すぎるキャラだ。

 就職できてたら俺もこういうやり取りに慣れてたかもしれないのにな~。

 

「い、いえ……こちらこそ。案内してもらうのは俺のほうですし」

「公共交通機関での移動をご希望とのことでしたが、この時間ですので最初は私の運転になります。あちらに車を用意しました」

 

 公共交通機関を希望した理由は色々だ。

 まず俺はアマテラスを完全に信用しているわけではない。途中から単独行動になる可能性もある。その時のために世間の交通状況がどうなっているのか、実際に体験して知っておきたい。

 あと社会復帰に向けてのリハビリとか……。ドゥームフィーンドの件があるから、街の外で暮らすとかは今はあんまり考えられないけども。

 

 いずれにせよ、帰りはアマテラスとは別れるのは決定事項だ。ハイドラを連れて帰らねばならないからな。

 だから車だのヘリだのでガーッと目的地まで連れてかれても、帰り方が分かりづらくなってしまう。

 ちょっとだけ、そのまま拉致される可能性も心配していたりする。

 

 極力電車で移動し、線路が途切れているところはバスやタクシーを使う。

 世界大災害前なら日帰りで往復できる距離でも、その方法だと今は片道二日くらいかかるそうだ。なので宿泊施設がありそうな場所も抑えておきたい。俺は野宿でも問題無いんだが一応な。

 

 ハイドラは一日早く出発してるし、もし本気で移動したなら明日くらいには瓦礫の街に着いているか?

 モニクは途中でハイドラを発見できれば拾っていくだろうが、それは少し難しいかもしれない。

 ある程度距離が近くなければ駄目みたいだな。

 以前俺が《(つるぎ)の街》に跳ばされた際はモニクに発見されたが、相手が超越者クラスだとそうはいかないらしい。ハイドラも潜伏能力は準超越者級だ。

 だからモニクが先に目的地に着くんじゃないかと思っている。

 

 帰りに関して、もし転移門があればモニクに使ってもらうという手もあるな。

 でも今回はダンジョンに潜るかどうか自体未定。

 対超越者結界が破れると決まったわけでもない。

 

 鬼塚さんの案内で、用意された車の助手席に乗る。

 一部交通状況が良くないところなどがあれば、アマテラスが用意した手段で移動するのは了承済だ。俺はともかく、案内人に徒歩で長時間移動させるのは申し訳無さもあり、単純に足手まといということもある。ハイドラほどではないが、俺でも走ったほうが早い場面は結構あるだろうからな。

 

「そんじゃ、後のことはよろしく頼む」

「うん、気を付けてね。いってらっしゃい」

 

 エーコとの挨拶を終えると、車はゆっくりと動き出した。

 

 今の世の中の始発が何時なのかは知らないけど、それまでは車で距離を稼ぐのだろう。

 懐かしき国道を行く。

 外の世界は、びっくりするほど記憶通りの普通の町だった。

 深夜にも関わらず車が走り、歩道にはちらほらと人の姿が見える。

 

「あのう……」

「……え? あっ、すいません。なんすか?」

 

 ドライバーの鬼塚さんに話しかけられていたことに気付く。

 もしかして、気付かずに無視してしまっていただろうか?

 

「あ、いえ。こちらこそすいません。何か不都合なこととか、ご要望とかありましたら聞いておこうと思いまして」

「今のところは特に……。外は普通なんだなって思ってボーっとしてしまいました」

「封鎖地域内の生存者という境遇がいかなるものか、我々には想像も及びません。なんと申し上げれば良いか……」

 

 か、固い。

 なんと申し上げれば良いのか分かんねーのはこっちだよ。

 俺への対応が腫れ物扱いじみてる気はするが、それも仕方ないよな。

 俺が雰囲気を和らげるしかないのか……。

 

「いや、外が普通なんでかえって安心しました。いずれは帰る場所なんで」

「そ、そうですか! はい。我々天照(あまてらす)は、いつでもあなたの帰りをお待ちしています」

 

 うーん。

 俺は鑑定である程度は他者の感情が読める。

 この人が実はおれより遥かに格上で、感情や強さを偽装しているのでも無い限り。

 

 ……どうも、本心で言ってるっぽいなあ。

 

「私はあなたから無理に情報を聞き出そうとしたりはしないよう、釘を刺されています。ただ、その上で聞けることは聞いてほしいとも……」

 

 中間管理職の悲哀を感じる。

 

「答えられそうなことなら、別に構わないっすよ」

「ありがとうございます。ええと、では……。今回の遠征、(あめの)さんと一緒に行かないのは、どうしてなのかと思いまして」

 

 それか。

 

「ヒュドラ生物に対抗するには確かにふたりのほうが確実なんですが、留守中に終わりの街で何か変化が無いか、それを知っておきたいんですよね。瓦礫の街のほうは、俺ひとりで無理なら後から救援に来てもらうという方法もありますし」

 

 この辺は、エーコと事前に打ち合わせておいた通りの受け答えだ。

 ドゥームフィーンドだけにしておくと何をやらかすか分からんから、とは言えんよな。

 

「それでも最初にひとりで行くという勇気が凄いですよ。私にはとてもとても」

 

 すまん本当はひとりじゃないんだ。

 俺とは比較にならんくらいの強さの助っ人が居るんだ。

 俺もモニクの手柄を自分のことのように語るのはイヤなので、ダンマスは通りすがりの謎の超越者が倒してしまったことにでもしようかと思っている。

 

 完全にはウソではないよな、うん。

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