終末街の迷宮   作:高橋五鹿

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第67話 消えた超越者

 夏の朝は早い。

 空は薄っすらと明るくなっていた。

 

「始発にはまだ少し早い時間ですが、この先の駅まで進んでも乗る車両は同じです。この駅で待ちましょう」

 

 むしろ聞かされた始発の時間の早さにビビる。

 封鎖地域の外は、本当に昔とあまり変わらないんだな。

 むっ……!

 

「あ、あれは……!」

「どうされました!?」

 

 俺の視線の先には、24時間営業の牛丼屋が、煌々とした光を放っていた。

 

 

*

 

 

「道中の食費は経費で落ちますし、もっと上等なものでも……」

「いや俺、味とか分かんないんで。こういうのがいいんです」

 

 チープな脂と糖と醤油、そして米の香り。

 本物の牛丼だ。

 いや、俺のジャンクフード召喚の再現度は完璧なはずだ。

 でも……そうじゃないんだ。

 この、店で出てくるバイト店員が作ったナマの牛丼こそが本物だ。

 ナマの牛丼ってなんだ。落ち着け。

 紅生姜は別に好きじゃないから召喚したことはなかったが、今はそれすらも愛おしい。

 

「生卵も……頼んでいっすか」

「どうぞ……」

 

 見ると鬼塚さんは少し涙ぐんでいる。

 どんだけいい人なんだ。引くわ。

 泣きたいのは俺のほうだったんだが涙が引っ込んでしまった。

 世界大災害以降、一度も泣いたことの無い俺が涙を流しそうになったというのに。

 いや別にそんなのどうでもいいが。

 

 俺と鬼塚さんは、無言で牛丼をかっ込んだ。

 

 

*

 

 

 始発の電車は、一両まるごと貸し切りだった。

 別に、以前の世界でも珍しいことじゃない。

 まあ実のところ左右の車両に、明らかに素人じゃない気配を発する人間が乗っているのはバレバレなんだが、見張りというよりは俺たちの護衛なんだろう。大目に見ることにする。

 

「鬼塚さんも異能者だったんすか? まあ、単独で俺の案内をするくらいだから只者じゃないとは思ってましたけど。もしかして今回は瓦礫の街の中まで?」

 

「いえ、私は封鎖地域には入れないんです。入れたとしても戦闘はからっきしですし」

 

 ん? そうなのか?

 強くないのは分かっていたが、それを補うなんらかの力の持ち主、というわけでもないのか。

 

「私の異能は透視能力なんですよ。それも地面限定の。なので汎用性が低くて……地盤の調査とかでは重宝されるんですけどね。《龍脈》の異能っていいます」

 

 異能……《龍脈》?

 

 龍脈の異能者鬼塚。

 

 どうしよう、なんかますます強そうな響きになってきた。

 終わりの街のオロチ、とかいう呼び名がまだ普通に思えてきたぞ。

 これがアマテラスクォリティのネーミング力……!

 

 いや、よく考えたら鬼塚さんの名前はアマテラス関係なかったわ。

 あと多分龍脈の異能もアマテラス関係ないわ。

 

 で、地面を透視する能力。

 この人がそうだったんだな。

 

 おいおい……そんな重要な人材、俺の案内なんかに回して良かったのか?

 

「その能力……このご時世だと物凄く忙しかったのでは?」

「はい、全国の封鎖地域をたらい回しにされました。流石に発見されたもの全てを回ったわけではありませんが」

 

 なるほど……ブラック案件の匂いがするなこれは。

 でもこのご時世にダンジョンの中を透視できる能力なんて、有能すぎて引っ張りだこになるのも止むを得まい。

 

「つーか、そんな有能な人材が俺の案内人なんてしてていいんすか……」

「何を言うのですか。今あなたのサポートをするより重要な任務があるわけがない。瓦礫の街のダンジョン構造だって、なにかのヒントになるかもしれないでしょう」

 

 確かにダンジョン構造が事前に分かっていれば、ダンマスを狩るには大きなアドバンテージとなる。

 件のダンマス級は地上に出てくることばかりクローズアップされるが、普通に地下に逃げ込む可能性だってもちろんあるのだ。

 

 さて、その場合はモニクの力を借りることは出来ない。俺ひとりでそいつを倒せるのだろうか。

 うーむ。俺の目的はハイドラを連れ帰ることだし極論倒す必要なんて無いのだが、倒せなかったらアマテラスに借りひとつだな。

 あとは……ハイドラ次第か。

 あいつは今のところダンジョンに入ることが出来る。戦力としてカウントできるのかどうかは、なんともいえない。

 

「瓦礫の街のダンマス級について、教えてもらっていいすか?」

「トカゲのような外見の巨大な爬虫類です。コードネームは『ロングウィットン』」

 

 ロング……なんだって? アマテラスの謎ネーミングか。

 

「カメレオンみたいに、保護色で姿を消すんですよ。とはいえ、間近では簡単に目視できるらしいです。遠くからだと、動いても瓦礫が崩れているようにしか見えないんですよね」

 

 なるほど、それで《瓦礫の街》か。

 巨大化生物が目撃されたら大騒ぎになるはずだが、そうなっていない理由にも納得がいった。

 

 単なる巨大化生物なら地上にも出てきているが、アマテラスが妙にダンマス級と断言するからには、相当な実力があるのだろう。

 実際には巨大化生物のほうがダンマスより強かったりすることもあるからなんともいえんが。

 

「アマテラスは、なんでそいつをダンマスと? デカいだけの生物なら結構いるんじゃないかと思うんすけど」

「私は前線に出ていないので具体的にこうという意見が出せないんですが。知能が高いらしいんですよね」

 

 地上に出てくるくらいだから、てっきりバカの側のヤツなのかと……。

 だが、百頭竜には自我がある。

 それは逆に言えば、正気を失う可能性もあるということだ。

 知能の無い生物とは異なり創造主たるヒュドラの命令を、忠実に、機械的に、実行できるとは限らないのかもしれない。

 

 突然、クラシカルな電話の呼び出し音が鳴った。

 

「あっ。すいません、ちょっと失礼……」

 

 鬼塚さん、マナーモードにしていなかったのか。

 その点だけならハイドラのほうが礼儀正しいな。

 完璧な人間など居ないということが分かり、少し微笑ましくなった。

 

 とか考えてたら突然、鬼塚さんが大きな声を上げた。

 

「は!?」

 

 なんだ……?

 なんかトラブルでも起きたのか?

 

「そ、そんなまさか……い、いえ。オロチさんからは何も」

「…………?」

 

 なんか俺に関係あることなんかな。

 通話の邪魔しちゃ悪いと思って無言で見ていると、鬼塚さんはスマホを少し顔から離して俺のほうを向く。

 

「た、大変なことが起きました……《瓦礫の街》に――」

 

 …………!!

 何が起きた!?

 待て、落ち着け。

 ハイドラなら件の街に到着している可能性はまだ低い。

 モニクならば、余(・)程(・)の(・)こ(・)と(・)でも起きない限り心配は無いはずだ。

 

「ヒュドラが……現れたと」

 

 ――『余程のこと』は、俺の与り知らぬところで――確実に進行していた。

 

 

*

 

 

 ヒュドラだと?

 

 確かに、瓦礫の街にヒュドラが現れる可能性はあった。

 しかし、俺はヒュドラの外見を知らない。

 目の前に現れたからといって、それと分かるものだろうか。

 アマテラスは、どうやってそれを判別した?

 

「えっと、順番に説明してもらっても?」

「はい……」

 

 通話を打ち切り、送られてきたであろう資料をスマホで見ていた鬼塚さんは、ややあってから説明を始めた。

 

「まず、そ(・)れ(・)を直接目撃した者は残念ながら居ないようです」

「時間が悪かったってことかな……」

 

 世界大災害から三ヶ月以上の時間が経っている。

 ずっと緊張感を持ち続けることなど無理だ。

 俺が終わりの街を出発してからここに至るまでの時間は深夜から早朝。

 いくら危険地帯の瓦礫の街とはいえ、長期間何も起きていない場所を深夜にずっと監視することなど難しいだろう。

 

 いや、二十四時間体制の監視自体はしていたらしい。

 が、それは肉眼で街をずっと見続けるということではない。

 無数の監視カメラで街の映像を録画し続け、詰め所には常に人員は居たそうだ。

 轟音であるとか、分かりやすい変化があればカメラを確認し、境界線付近まで様子を見に行くことくらいはしただろう。

 

 だが、瓦礫の街自体は小さくとも、その周囲の要避難地域は非常に広い。

 監視所はその外側に近い場所にあるのだ。

 スタッフの安全を考えれば当然だろう。

 

 そのため、封鎖地域内でちょっとやそっとの物音が起きたとて異常に気付くことは出来ない。ただでさえ、謎のダンマス級によって地響きのような音が聞こえてくるのが日常化しているような場所なのだ。

 

「そしてこれがつい先程、天照(あまてらす)本部に送られてきたという監視カメラの画像です」

「…………!!」

 

 思わず息を呑んだ。

 

 なんだ、なんだこれは。

 俺にとっての恐怖の象徴、巨大化アオダイショウの記憶がフラッシュバックする。

 

 そこに写っていたのは、『蛇』――

 

 天を衝くような巨大な蛇。

 周囲の背景として映り込むビル群との比較から、今まで遭遇した巨大化生物が子供のようにすら見える、超絶に巨大な蛇だ。

 それが一体だけではない。

 何体もの蛇がビル群の向こう側に写り込んでいる。

 

「くっ……」

 

 動悸が止まらない。呼吸が乱れて、無様にハァハァと息を吐き続ける。

 

「だ、大丈夫ですか!? オロチさん!?」

 

「…………す、すんません。ちょっと考える時間をください――」

 

 呼吸の乱れが収まるまで、鬼塚さんは黙って待っていてくれた。

 

 落ち着いてきた。

 頭の中で何かが響いている。

 この声は……ウィリアムか?

 

 ――戦え。

 ――仇を取れ。

 

 俺の中に眠る無数の燃えさし(ウィスプ)が囁いている。

 いや、これは俺の思い込み……幻聴に過ぎないのかもしれない。

 だが、それでも――

 

 そうだ、こんなことで怯んでなどいられない。

 俺以外に、誰があいつらの無念を晴らすというのだ。

 

「鬼塚さん……」

「は、はいっ」

 

 限られた情報から、現状を推測する。

 

「つまり、その怪物はしばらく前の時間の監視カメラに映っていただけで、誰も実体を見ていない。今現在、監視員や周辺の地域に被害が出ているわけではない。アマテラスがそれをヒュドラと判断したのは、その外見情報からの推測に過ぎない。そういうことでいいんですね?」

 

 思考がクリアになっていくのを感じる。

 余計な感情が削ぎ落とされ、奴らを狩るための意思だけが浮き彫りになっていく。

 

「…………は、はい。その通りです」

「その画像は、件のダンマス級とはもちろん別物なんですよね?」

「そ、そうです」

 

 ……なるほど。

 

 人類勢力から見れば、これをヒュドラと断定するには情報が足りな過ぎる。

 しかし、俺の持つ情報を合わせると、五分五分以上の確率で本物が現れてしまったと見るべきかもしれない。

 

 だが、なんだ。

 違和感が拭えない。

 

 …………。

 

 そうだ、ヒュドラとは九体でひとつの超越者。

 その本体ともいえる《九つ首》は、バラバラに日本国内に潜伏しているという話だった。

 画像の大怪獣は、どう見ても潜伏っていうガラじゃない。

 

「監視カメラに映っていたというなら、静止画一枚ってわけじゃないんでしょう? もっと見せて貰えませんか?」

 

「……少々お待ちを」

 

 鬼塚さんは手早くスマホを操作すると、誰かと通話を始めた。

 

「はい、はい。そのようにお願いします」

 

 どうも、俺の端末に直接ヒュドラの映像を送ってくれるらしい。

 もちろんアドレスなんて誰にも教えてないんだが。

 俺のプライバシーは?

 ……今更か。

 

 どこからか送信されてきたクソ重いメールを開きながら、心の中で溜息をついた。

 

 映像はほんの数分で終わっていた。

 実際、瓦礫の街にこの怪物が現れたのは極めて短い時間だったらしい。

 しかし定点カメラは無数に設置されているため、様々な角度からの映像が残されていたのだ。

 

「どう思われますか? オロチさん」

「こんだけ色んな角度から映ってるなら、トリックとか幻術みたいな可能性は薄そうっすよね。こいつが本物のヒュドラかどうか、また見た目通りの質量を伴った存在なのかはともかくとして」

 

 鬼塚さんも考え込んでいるが、情報が少な過ぎて答えなど出まい。

 アマテラスが俺を担ぐために偽の画像を流す、というのは流石に意味不明なので選択肢からは除外しておく。

 そうなると……連中を信用して、これは聞いておいたほうがいいか。

 

「鬼塚さん……。コイツの首、何本あるように見えます?」

「えっ?」

 

 そう。首の数だ。

 定点カメラからの画像では分かりづらいが、こいつは神話におけるヒュドラの外見特徴を模した化け物だ。

 恐らく、首は根本でひとつの胴体へと繋がっている。

 ビル群に隠れて見えないだけだ。

 

 遠くのカメラから捉えた遠景でも、そ(・)の(・)数(・)が足りないのではないか……?

 

「もしや……首の数が九本ではない? でも、ヒュドラというのはそこまで神話に忠実な存在なのですか?」

 

 む……?

 現実のヒュドラが九体からなる超越者であることはエーコにも伝わっている。

 鬼塚さんがそのことを知ってるのかどうかはともかく、確かに外見まで忠実に再現するとは限らないよな。

 

「俺にも分かりません。でも、もしかしたらなんかの手掛かりになるかも」

「分かりました。スタッフに映像を解析させておきましょう」

 

 鬼塚さんは再びどこかへ電話をかけた。

 

「話は通しておきました。少し時間がかかるそうです」

「ありがとうございます」

 

 状況はだいたい整理できた。

 さて、そうなると気になるのは瓦礫の街に着いているかもしれないモニクのことだ。

 

「ちょっと……すんません」

 

 鬼塚さんの前で使うのはまずい。

 分かっちゃいるが、そんなことよりモニクの安否のほうが重要だ。

 

「そっ……それは!?」

 

 俺の手元に現れたウィルオウィスプを凝視する鬼塚さん。

 異能者であれば、これがヒュドラ生物の一種であることは分かるのかもしれない。

 本来であれば外界で生きることは叶わないその生命体は、俺の魔力によってかろうじてその姿を維持している。

 

「俺の特技のひとつなんですが、見なかったことにしてもらえません?」

「……分かりました」

 

 まあ、実際には報告されたところで多分どうということはない。

 鬼塚さんの立場を考えれば、黙っているのは難しいだろうしな。

 

 モニクの持つウィスプとの通信を試みる。

 だが、いつまで経ってもその反応が帰ってくる気配は無かった。

 

 ――ハイドラに続き、モニクまでもが音信不通になってしまった。

 

 今は通話できないだけ、そういう可能性だってもちろんある。

 モニクの身に何かあったと、決まったわけではない。

 でも――

 

「なんてこった……」

 

 結果論だ。結果論に過ぎない。

 ヒュドラが現れる場所は誰にも特定できなかった。

 しかも、映像の怪物がヒュドラとは限らない。

 それにモニクもアネモネも、あんなに自信たっぷりだったじゃないか。

 九つ首が何体現れようが、まるで意に介さないかのような態度だったじゃないか。

 

 それでも俺は……。

 アネモネを終わりの街に置いて、モニクをひとりで行かせてしまったことを――

 心の底から後悔していた。

 

「あの……オロチさん?」

「予定変更っす、鬼塚さん。最短最速で、瓦礫の街に連れて行って貰えませんか?」

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