終末街の迷宮   作:高橋五鹿

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第69話 時間の異能者と嵐の超越者

 こんなことは今まで何回もあった。

 俺がその気配を全く察知できない者。

 すなわち格上の存在。

 

 チッ……、こいつはダンマスよりも厄介なんじゃないか?

 

 瓦礫の上を見上げて、声の主を視界に収めた。

 そこに居たのは――

 

 少年、と形容しても差し支えないような若い男だった。

 長い髪に中性的な顔立ち、細身で小柄。声を聞いていなければ女性と勘違いしていたかもしれない。声も結構高かったが。男だよな?

 

「誰だ……?」

 

 いや、その前に人間か?

 それとも人外の存在だとして……敵か? 味方か?

 

 区別が付かない要因はいくつかある。

 まず、この男の髪は真っ白だ。

 日本人であるようには見えないが、それにしても珍しくはあるだろう。

 一方で、服装は実に普通。若者っぽいカジュアルな装いである。

 俺が今まで会った人型の眷属は、だいたい妙な格好だった。

 それを考えると、今のところ人間っぽく見える。

 

 しかしこの男、射程内に居ても鑑定が一切通用しないのだ。

 明らかに意図的に妨害されている。

 人間なら正体を隠す必要があるか?

 

「そう警戒すんなよ、《破毒》のオロチ。異能者だったら能力を隠すのは当然だろ?」

 

 …………?

 いや、そういえばだいぶ前にそんな話を聞いたような?

 

「能力の詮索は……タブーなんだったか?」

 

 一番最近会った異能者が、自分の能力を丁寧に解説してくれた人の良いおじさんだったので、そんなこと完全に記憶から抹消されてたぞ……。

 

「そうそれ。お前は野良の異能者だから、そういうの疎いんだっけか?」

「う……」

 

 まずいな。話の主導権を奪われている。

 こいつが何者かも分からないのに、相手は俺のことに妙に詳しい。

 

 言葉に詰まっていると、男は瓦礫の上からひらりと跳び下りて、俺の前に立った。

 

「僕は《時間》の異能者、クロ」

「自分でバラすのかよ!」

 

 ハッ!?

 つい反射的に。

 

「いやー、僕だけお前のこと知ってるのはアンフェアじゃん?」

「そいつはご丁寧にどーも。で、俺の情報はどこで知った?」

「フツーに天照(あまてらす)とかから」

「お前、アマテラスの異能者なのか?」

「さあー。そいつはどうだろーねー」

 

 そこはしらばっくれるのかよ。

 仮にこのクロとかいう奴が野良の異能者だとしたら、アマテラスの情報規制はガバガバってことじゃねーか!

 こいつのことを知らないか、鬼塚さんに確認を取りたいところだが。

 この街でスマホがまともに使えるかどうか非常に怪しい。

 

「そんなことよりオロチの能力を見せてよ」

「お前……能力の詮索はタブーとか主張しときながら……」

「いいじゃん。ちょっとあのイルヤンカ相手に派手にぶっ放してよ」

「イルヤンカ……?」

「あ、しまった」

 

 クロの奴は、「てへっ」とでも言いそうな表情で言葉を止めた。ウゼえ。

 

「おいなんだそのイルヤンカってのは。もしかしてあのダンマスの名前か?」

「しょうがねーなー。特別に教えてやるよ。天照(あまてらす)には内緒だぞ?」

 

 ……いちいちウザい奴め。

 

「あいつは百頭竜イルヤンカ。最初の頃は野良の異能者相手にも普通に名乗ってたらしいよ。天照(あまてらす)はちょっと出遅れてたから、その情報は伝わってなかったんだろうね」

 

 …………。

 ロングなんとかはコードネームだったな。それは別にいいんだが。

 新しい情報どうこうより、人類戦力の足並みの悪さに閉口してしまった。

 そしてその考えは巨大なブーメランとなって俺に突き刺さった。

 

「くっ……」

「どうしたオロチ? まだ戦ってもいないのに」

 

 なんでもねえよ!

 

 調子の狂う奴だ。……だが、油断は出来ない。

 モニクとハイドラの情報が欲しいのはやまやまだが、どこの誰とも分からんような奴に彼女たちの情報を与えるわけにはいかない。

 

 ならば何を聞く?

 昨晩現れたヒュドラについては、こいつは何か知らないか?

 

「まあ戦わないなら仕方ないか。僕はオロチの異能に興味があるんだ。破毒……毒を破る力。まるで《毒の超越者》をメタるような力。興味深いね~」

「……そこまでたいしたもんでもないだろうよ」

 

 異能者と超越者の力量差は、相性有利(メタ)程度ではどうにもならない。

 だが、この能力のおかげで生き延びているのもまた事実。

 

「そんなことはないさ。僕の《時間》の異能なんて、せいぜい生物一体の一部の速度を変化させたりとか、地味すぎて泣けてくるからね」

 

 ……え? そうなん?

 なんか名前だけだと凄い能力っぽかったんだが。

 

「その速度変化って、実際にはどういう用途で使うんだ……?」

「アンチエイジングとか」

 

 本当に地味だな!

 一部に凄い需要がありそうな能力だが。

 美容業界の会社とか、簡単に就職できそう。

 

「それは……裏方向きというか、地味に儲かりそうな能力だな」

 

 なんだって、こんな最前線に出てきちゃったんだ。

 

「そうなんだよ。僕、ずっと裏方だったんだぜ。いきなりこんなとこに出てくる羽目になって、面倒臭いよなあ」

 

 ふーん? こいつにもなんか色々と事情がありそうだな。

 

「あっ、急用思い出した。じゃあまたな、オロチ」

「えっ? お、おい」

 

 問いかける間もなく、とんでもない素早さでクロは瓦礫の影へと消えた。

 

 なんだよ急用って! この封鎖地域のド真ん中で急用って!

 嘘くさいにも程があるわ!

 

 色々話し込んでしまったが、割と近くに居るはずの百頭竜イルヤンカは、やはりこちらに気付いた様子は無い。

 だがそれもいつまで続くか。

 俺も早くここから離れなければ。

 

 神話上のイルヤンカってのは蛇あるいは竜、ならば分類的には水属性。

 まあオロチやヒュドラの同類といえば同類だな。

 ヒュドラ生物として頭ひとつ抜けた存在だとしても納得がいく。

 別に透明化の能力なんて無かったはずだが。

 名前は重要、されど名前にそこまで意味はない、か。

 

 あいつがこれまで複数の異能者と戦った結果が、瓦礫だらけのこの街の惨状ってことなのかね。

 ……弱くはないだろうけど、やっぱり他の巨大化生物とそんなに変わらん気もするな。

 

 

 

 

 無目的に街中を歩いた。

 鑑定マッピングによって得た地形情報と距離を考えると、ちょうど今は街の中央辺りか。

 しらみ潰しに歩くのも情報収集の基本かもしれないが、モニクたちの手掛かりが全く無くて焦る。

 何か……何かなかったか。

 

 ……あった。

 ヒュドラの出現や、あのモニクが音信不通になったことで俺も混乱していたらしい。

 元々この街に来るきっかけになったのはハイドラだ。

 ハイドラがこの街に着いたなら、まずは実家に向かうはず。

 そしてその住所は、すでに本人から聞いている。

 こんな簡単なことを失念しているとは……。

 

 該当メッセージを見るため、ポケットのスマホに手を伸ばし――

 

「そこの若いの。ちょっといいか」

 

 その声は、いきなり背後から聞こえてきた。

 おいおい……今度はなんだよ。

 うんざりした気分で振り返る。

 

 そこに居たのは、珍妙な格好の――いや、ファンタジー的にはそんなに変な格好でもない。なんだけど、ここはドゥームダンジョンではない。現実の地上だ。魔術師のような、派手なローブ姿……。

 やっぱり珍妙な格好の男だな。

 エーコ? 彼女のローブはシンプルなので、ギリギリただの上着に見えないこともない。

 

「あんたは……?」

「ほう。(わし)を見ても眉ひとつ動かさんか」

 

 いや……そうじゃないんだ。

 本当は驚くべきなんだが、つい先程同じようなことが起きたので悪い意味で慣れてしまった。

 良くない傾向だ。

 こいつだって気配なく俺の背後に立った。その気になれば俺を殺すことも出来たはず。そうしないのは、ひとつに敵ではない可能性。もうひとつは、不意討ちだろうが正面からだろうが、俺程度は難なく殺せるという自信の表れ……かもしれない。

 

 気を引き締め直し、ローブの男に向き直る。

 人を『若いの』とか言ったり、一人称が『儂』だったり。言葉遣いは老人っぽさがあるが外見はとても若い。そして結構ゴツい。

 俺よりは上だろうが、おっさんというほどでもなく。

 髪は濃い茶色。西洋系の顔立ちだな。

 

 クロとは異なり、鑑定の妨害はしていない。

 だが、その正体はぼんやりとしていて、よく分からない。

 人間にも、ヒュドラ生物のようにも思えない。

 その他のカテゴリといえば……他の超越者か、あるいはその眷属か?

 

 俺が鑑定の精度を上げたことは当然気付かれているだろう。

 しかし、男は態度を崩すことなく俺に尋ねてきた。

 

「どうだ。儂が何者か分かったか?」

「…………超越者、か――」

「その通りよ」

 

 超越者、か、あるいはその眷属。と答えようとしたのだが。

 食い気味に返答を返された。

 俺の鑑定では超越者の強さなんて計りようもない。正解なんて分かるわけもないな。

 

「儂は《嵐の超越者》」

「……………………」

 

 そんだけ? 名前とかねーの?

 いや、簡単に名前を名乗ったモニクやアネモネのほうが変わり者、という可能性もあるか。

 モニクだって自称だし、いわば偽名みたいなものだった。

 アネモネに至っては、意思疎通できる相手がほとんど居ないのだったか。

 

「ふむ。ひと目で儂の正体を見抜いたくらいだ。名のある異能者なのだろう。ならば、儂が超越者という割に力が小さいことが気になるか?」

 

「え……いや」

 

「誤魔化さずとも良い。貴様の見立て通りよ」

 

 そうなの?

 言われてみりゃそんな気もしないでもないが、そもそも俺には超越者の力の大きさなんて分からねーよ。

 どうもこの男、ひとりで勝手に話を進めるきらいがあるな。

 

「昨晩ちと大きな戦いがあってな。そのときに力を削られ過ぎた。回復まで今しばらくかかろう」

 

 …………!

 それはまさか。

 

「それは……」

「貴様には関係無いことだ。忌々しい相手だったが、今となってはどうでもいい。それよりも、生き残った我が眷属を探さねばな」

 

 うぐ……。教えてはくれないのか。

 踏み込もうにも、超越者は気まぐれひとつで俺を消せる存在だ。

 敵か味方か分からないので慎重にならざるを得ない。

 なるほど、セルベールはモニクに対してこういう気持ちだったのか。

 

「そうだな、これもひとつの縁。貴様の名前くらいは聞いておいてやろう」

「俺は……オロチ」

「ふうむ? 知らぬ名だな。どこぞの有名な異能者かと思ったが、まあよい」

 

 すでに俺への興味が失せたのか、嵐の超越者はローブを(ひるがえ)しながら背を向ける。

 歩き出しながら言った。

 

「長生きしたくば、もうこの場所には関わらぬことだな。心配せずとも、ヒュドラの支配地は増えたりはせぬ。人間が何をしようと、何も変わらぬよ」

 

 そして、突風と共にその男は消えた。

 

 ……何も変わらない?

 封鎖地域が今後どうなるかは、モニクにも分からないことだった。

 あの男はヒュドラについて、俺の知らない何らかの情報を持っている。

 

 昨晩ここに現れた怪物はやはりヒュドラで、あの男に倒されたということはないだろうか?

 それならば、確かに封鎖地域がこれ以上増える可能性は低くなる。

 

 嵐の超越者……。

 信仰の歴史では、蛇や竜のような水神から天空の神への流行の変化というものがある。

 数多の神話の中で、竜は嵐の神によって倒されるのだ。

 

 なんとなく、俺はそんな話を思い出していた。

 

 

 

 

 スマホを取り出すと、ハイドラの実家の住所を確認する。

 あとはGPSに従って……。

 

 アンテナが完全に死んでる!

 いや、GPS自体は圏外でも使えるけど。

 でも事前に地図データを取り込んでないからな。オフラインだと無力だ……。

 

 まあ別にいい。

 街の外に戻るよりは、その辺のコンビニで地図でも調べたほうが早そうだ。

 

 しばらく歩くとコンビニを発見した。

 周囲の建物は崩れていたが、店は辛うじて無事だった。

 

 店内に入ると中身の無い衣類が落ちている。

 そして、食べ物からであろう腐臭も酷い。

 ……そうか、ここも封鎖地域だもんな。

 多分屋外でもそこら中に衣類は落ちていたと思うのだが、瓦礫や砂埃に塗れているので余り意識しなかったのだろう。

 

 目的の地図を入手すると、すぐに店から退散する。

 ハイドラの実家の住所は百頭竜イルヤンカを発見した辺りからは離れた場所だった。

 不幸中の幸いだな。

 不慣れな地図を頼りに、その場所を目指して進んでいった。

 

 そして、俺はその家を発見した。

 周囲はさほど荒れてはいない。これも不幸中の幸いだな。

 住所と地図だけで、その家の正確な場所が分かったわけではない。

 

 俺の鑑定索敵が、ハイドラの気配を捉えたのだ。

 まずは目標ひとつ。ほっと胸を撫で下ろす。

 

 今のあいつは俺には発見できないはずでは?

 だが、危険回避はハイドラの意思でコントロールしていた能力ではない。

 その強力さ、不安定さ故に、ふとした切っ掛けで簡単に消え去ってしまう可能性もあるのだったか。

 

 そして、新たに浮上した問題によって、俺はその家の前で足を止めてしまった。

 

 ……家の中に、気配がふたつあるんだが。

 

 片方はハイドラだ。

 もう片方はよく分からん。

 

 またなのか……。

 これ以上異能者だか超越者だかを増やされても、いい加減覚え切れないんだが。

 実際クロのこととか忘れかけてたし。

 あいつ何の異能者だっけ? アンチエイジングしか覚えてないぞ。

 

 ――突如、ハイドラの気配が動いたかと思うと、玄関ドアが勢いよく開け放たれた。

 

「動くな!」

 

 ハイドラの手にはどこかで見たような拳銃が握られており――

 その銃口は、強烈な殺気と共に俺へと向けられていた。

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