終末街の迷宮   作:高橋五鹿

70 / 100
第70話 再起の拠点

 あ、あれは交番の拳銃!

 

 かつて俺が使おうか使うまいか、散々悩んだ上に結局存在を忘れたやつだ。

 ハイドラの奴、それをあっさり持ち出した上に人に向けるとか。

 バカって()えー。

 

「ま、待てハイドラ! そりゃあいったい何の真似だ!」

「んっ……? ん~~~? なんだ、やっぱ本物のスネークだったか」

「どこに疑う要素があるんだ! あと銃を下ろせ!」

 

 ハイドラの殺気は急速に消え失せていった。

 が、銃口は俺をロックオンしたままだ。

 

「わりーわりー。なんか家の前で立ち止まったまま動かねーから怪しいなって思って」

 

 ようやくハイドラは銃を下ろす。

 ……そうか、こいつは鑑定索敵も含めて魔法の技術が未熟だ。

 そのため俺が本物だと、確信を持てなかったんだな。

 

「だから言ったじゃないか、ハイドラ」

 

 その声は、ハイドラの頭の位置よりもだいぶ低い場所から聞こえてきた。

 

 そこに居たのは子供だった。

 十歳くらいだろうか、身長はハイドラの肩の高さにも満たない女の子だ。

 その彼女が、ハイドラの背後から覗き込むように俺を見ていた。

 何者だ……?

 

 ここはハイドラの実家。

 ならハイドラの妹さんだろうか?

 

 いや、いや待て俺。

 いくらなんでもその推理は雑過ぎる。

 

「おい……スネーク」

 

 うるさいな。今その子が何者か推理してるんだ。邪魔するな。

 

「ちょっと待て」

「…………」

 

 制止するとハイドラは黙った。

 女の子は目をぱちくりさせて俺を見ている。

 

 いいだろうか。

 まず、ハイドラというのは厳密な意味ではその精神を形成する生前の人間とは別人である。

 したがって、この女の子が生前のハイドラの妹さんだとすると、自分の姉をハイドラと呼ぶのはおかしい。

 本名か、お姉ちゃんと呼ぶのが適切であろう。

 

 それに外見……。この子はハイドラに全然似ていない。

 

 いや、いやそれも待て俺。

 そもそもハイドラの外見は生前とは似ても似つかない別人だという話だった。

 だったら今のハイドラとこの子が似てないのは当たり前の話じゃないか。

 

 改めて女の子を見る。

 

 うーん……。

 生前のハイドラがどんな奴かは知らないけど、魂レベルで似てないなこれは。

 ハイドラはなんかツンツンしてて常在戦場な感じのちょっと勘違いした痛い奴だが、この女の子は穏やかそのものの表情だ。

 

「違う。違うな」

「何がだよ」

「ハイドラの妹さんじゃなさそうだなって」

「当たり前だ! 何言ってんだお前は!」

 

「ぷふっ……」

 

 俺とハイドラのやり取りを聞いていた女の子は、こらえきれないというようにクスクスと笑い始める。

 

「やっぱり面白いな、アヤセは」

 

 俺の名前を知ってるのか?

 いや、ハイドラから聞いているのか。

 こいつのことだから、俺の名前をスネークとか教えてそうなもんだが、本名を教えるくらいの常識はあったようだ。

 

 ……そうすると、この女の子の正体について、振り出しに戻ってしまったな。

 

「おい、スネーク……」

「もう少し待て」

「……………………」

 

 再び黙るハイドラ。

 

 そう、似てる似てない以前に不自然なことがある。

 ハイドラの実家は普通の住宅だし、表札もありがちな名字だった。

 この女の子はどう見ても日本人ではないんだよな。

 だから生前のハイドラの妹とか、最初からほぼ選択肢には無かったのだ。

 

 ではこの女の子がどんな外見なのかと言うと。

 

 日焼けしたような小麦色の肌。褐色肌っていえばいいのか?

 そして長い髪は真っ白だ。銀髪というのかもしれないが、なんとなく白髪(はくはつ)という表現が似合う。

 

 小麦色の褐色肌に映える透き通るような白い髪。そして穏やかな笑みをたたえた可愛らしい顔。

 

 着ているのはなんかよく分からん服だが、妙に見覚えがある。

 ただ、記憶のそれとはサイズが合っていない。

 袖がダダ余りだ。

 レザーっぽい短パンも、サイズがぶかぶかでキュロットスカートのようだ。

 

 そうか。つまりこの女の子は……。

 

「モニクの妹さんかな?」

「…………本当は気付いてるんだろ? あきらめて認めろ」

 

 ハイドラは気の毒なものを見るような目を俺に向けると、決定的なひと言を俺に突き付けた。

 

「こいつが、モニク本人だ」

 

 ……………………。

 

「なんでそんなことになってるんだ!?!?!?」

「あたしが聞きたい」

「残念だが、ボクも何があったのか覚えていないんだ」

 

 と、小サイズのモニクが言う。小モニク。いや、モニク本人だったな。

 最初の索敵で正体が分からなかったわけだ。

 元々のモニクは、俺の鑑定ではっきりと捉えられるような存在ではなかったからな。

 でも、今は――

 

「立ち話もなんだ、上がんな」

 

 そう言うとハイドラは、玄関の奥に引っ込んでいった。

 

「行こう、アヤセ」

「お邪魔します……」

 

 靴を脱ぐと、おとなしく小モニクの後に続く。

 ……意味が分からん。

 アレか? アンチエイジング効果かなんかか?

 アンチエイジングってそういうのだっけ……?

 

 屋内の照明が点灯している。この地域、電気は生きているのか。

 ここは境界線が近いため、外部の避難区域と同じ区画なのかもしれない。もっとも、避難区域もいずれは停電の対象になるだろう。

 

 ハイドラはリビングのソファの上で、脚を組んで身体を沈めていた。

 長身でスタイルも良く、ボリュームのある金髪がそれを彩っている。

 どんな格好でも、それなりに様になっているな。

 

 俺と小さいモニクは、その向かいに腰を下ろす。

 

「あたしがこの街に帰ってきたのは今日の朝だ」

 

 俺が終わりの街を出たのは昨日の深夜。

 どちらかといえば今日の早朝と言ってもいい。

 そこから始発でしばらく移動し、ヒュドラの映像について報告を受ける。

 

 ハイドラはその後に瓦礫の街に到着。

 俺がヘリに乗るか、乗っている最中くらいだろうか。

 

「スネーク、透明のデカい化け物は見たか?」

「見た。イルヤンカって名前らしい」

「ああ、イルヤンカがこの街の百頭竜なのか。透明化の能力はボクも知らなかったな」

 

 ハイドラはモニクの発言にピクリと反応を示すが、それには答えず話を続ける。

 

「とりあえずあれは避けて、家に帰ってきたんだ。そしたら家の前に小さくなったモニクが居た」

「終わりの街を出発したところまでは記憶があったからね。気付いたらひとりでこの封鎖地域に居たので、ハイドラの住所を頼りにここに来たんだ」

 

 そしてしばらくこの家で話し合い、今に至る、か。

 

「モニクはそうなった原因に心当たりは無いのか? 例えば、若返りの魔法を使う術者がいるとか。アンチエイジング的な」

「お前はアンチエイジングをなんだと思ってるんだ」

 

 ハイドラから突っ込みが入る。

 俺もあの妙な異能者に会ってなけりゃ、そんなトンチキなことは言い出さなかったが。

 

「アヤセが言いたいのは時間魔法のことかな? あれはそんなに便利なものではないよ。結局のところ、本人の能力を超えるような事象は起こせない。若返りなんてものを自在に使えたら、それは不老不死を実現できるのと同意だからね」

 

 自分の力を超えることは実現不可。魔法の基本だな。

 

「それに……かつてのボクに対して、そんな術をかけられる程の使い手に心当たりが無い」

 

 うーむ。あのクロって奴も只者じゃあないんだろうが、確かにモニクに敵うような存在とは思えない。

 それより今、俺が気になっていたことに言及したな?

 

「なあ、モニク。『かつての』って言ったけど、やっぱり今は――」

 

「ああ。ボクにはもう超越の力は宿っていない。力を取り戻せるという見通しが全く浮かばない。恐らく――《死の超越者》は完全な空席になってしまった」

 

 俺の問いに対して、想像していたよりも重い答えが返ってきた。

 元に……戻れない?

 ハイドラも驚きに目を丸くする。

 

「ここに残された今のボクは……いかなる存在なのだろうね?」

 

 重い沈黙がリビングを支配していた、かに見えた。

 悩んでるヒマなんかねーな。

 さっさと話を進めてしまおう。

 

「ふたりに聞いておきたい。まずはモニク。現状への対策とか、今急ぎですべきことはあるか?」

「今のところはさっぱりだよ。そうだね、出来れば終わりの街に帰還してアネモネと合流したほうがいいかな? ただ、今のボクでは道中の安全をどれだけ確保できるか」

 

 ふむ……。

 まあ外の世界に由来する危険なんてヒュドラたちに比べればどうということはない。

 そこは俺が頑張ればいいだろう。

 

「ハイドラは?」

「あたしは……」

「お前、言ってたよな。実家の様子をちょっと見てくるだけだって。なら、その目的はもう果たされたんじゃないのか?」

「…………」

 

 ハイドラは目を伏せて沈黙している。

 

「分かった。まだ帰らねーんだな? 俺も少しこの街でやることがある」

「何をするんだい? あ、もしかしてイルヤンカを倒すのか?」

 

 ハイドラが反応してこちらを見た。

 こいつ……やっぱり。

 

「それはついでだ。この街はどうもダンマス以外に色々問題を抱えているっぽくてな。最重要なのはここにヒュドラが来ているのかどうか、だな」

「九つ首が? 何故……。ああ、そうか。イルヤンカとボクが原因なんだね?」

「待て。納得してないであたしにも説明してくれ」

 

 俺はハイドラにも分かるよう、地上に出ているダンマスの特殊性と、ヒュドラの行動原理について説明していく。

 

「以前言っていた解放された封鎖地域……。スネーク、お前がダンジョンマスターを倒して実行したってのか?」

「信じる信じないは――」

「信じるよ」

 

 モニクが頷くのを見ると、ハイドラは素直にそう言って続きを促す。

 追加情報として、昨晩撮影されたヒュドラらしき映像を見せる。

 

「こいつが――」

 

 ハイドラは映像を見て戦慄しているようだ。

 が、種族特性のメンタルの強さ故か、最初の俺ほどに狼狽えてはいない。

 

「アマテラスはこれがヒュドラだと疑っている。モニクはどう思う?」

「どちらとも言えない。姿くらいは変えられるだろうけど、ヒュドラは人間出身の超越者なんだ」

 

 人間出身……? 今初めて聞いたぞ。

 長年生きた蛇の怪物が超越者に至ったとか、そういう存在ではないのか。

 

「姿を変える、ね。……例えばこれがヒュドラだとしたら、モニクから力を奪ったり、子供の姿に変えてしまったりとかも可能なんじゃないか?」

 

「そうか、それは無いとは言い切れないね。彼らもボクの知る能力ばかりというわけでもないだろうし。ならばボクもそれを調べたい。ただ、そのためにアヤセたちを危険に晒すのは本意ではないな」

 

 確かになー。

 今まで終わりの街では《死の超越者》という後ろ盾が居たから、ヒュドラのお膝元でも俺たちがのうのうと暮らせていたという側面がある。

 その点、今の瓦礫の街は危険すぎるな。

 ならやっぱりアネモネを――いや、待てよ。

 

「そういや、《嵐の超越者》ってのがこの街に来てたぞ」

「……知らないな? 新しい超越者だろうか」

 

 ……え?

 そういうこともあるのか?

 この辺はあれだな、俺には超越者間の事情というものが分からないのでなんとも言えない。

 

「だが、そうだね。九つ首を追っていた他の超越者たちもこの街に来る可能性は高いか」

「あ……すまんがアネモネには留守番を頼んじまったんだ」

「それは構わないさ。彼自身が本当に必要と判断したなら、何も言わずともここに来るだろう」

 

 む、確かにそうか。

 俺の判断よりもアネモネ自身の判断のほうが信用できる……。

 その件ではうじうじ悩んでしまっていたが、アネモネが終わりの街に残ったのは本人の判断でもあったんだな。

 

「なあ、スネーク。つまりお前の目的はヒュドラの存否を確認することなのか? 本当に居たらどうするんだ。お前が戦うわけじゃないんだろ?」

 

「そうだな……出来れば映像の怪物はヒュドラではなかったという証拠が欲しいかな。最悪街にミサイルが飛んでくることになる」

 

 いや、一番いいのは追っ手の超越者がヒュドラを仕留めてくれることだが。

 そんな都合良く行くのを期待してもな。

 

「な……!? ミサイル!? そんなことが……いや、有り得る……のか?」

 

「落ち着きたまえ、ハイドラ。少なくともアヤセがこの街に居る間はそんなことは起こるまい。天照(あまてらす)がアヤセの情報を公開すれば、海外の軍隊とてその重要性には気付くはずだ」

 

 ああ、なるほど。

 すぐぶっ放すよりも、俺を生かしておいたほうが色々とお得なんだな。

 そう考えると、俺もそれなりに役に立――

 

 って、その理屈だとまた俺の個人情報をバラ撒かれるのが前提やんけ!

 

「いや、急いだほうがいい。きっと」

「アヤセ?」

「そうだな……あたしもそう思う。これ以上この街が荒らされるのは我慢ならねえ」

 

 理由は違うみたいだが味方を得た。

 多数決でなるべく急ぐことにしよう。

 ただでさえ外の世界での自由度が低いんだ。

 海外のスパイとかにまで追っかけ回されるような将来は勘弁願いたい。

 

「よし、スネーク! 何から始めればいい?」

「家の掃除」

「はい?」

「聞こえなかったか? 掃除だよ。急ぐったって一日や二日でどうにかなると思ってんのか? まずは拠点の掃除」

 

 この家も腐敗臭が酷いのだ。

 普通のご家庭だからキッチンもあるだろうし仕方がない。

 俺は立ち上がると、台所らしき場所にズカズカと歩いていった。

 

「あっテメ、勝手に……」

 

 手をかざすと、腐敗臭の発生源を空気もろとも、一斉に《消失》させた。

 

「おおー。相変わらずキミの魔法は、その方面に対して神がかっているね」

「…………? 今、何をした……?」

 

 ハイドラに向き直り、魔法の解説をする。

 

「これはヒュドラが使う《捕食》の応用だ。特定の物体だけを消失させて、魔力化、情報化、あるいは世界への還元を行う。……それも難しければ一時的に異空間に隔離して、適当に別の場所で捨てる」

 

 俺の言ったことを反芻するように、ハイドラは考え、そして己の希望を口にする。

 

「あたしにも……使えるようになるか?」

 

 首を横に振った。

 

「お前は……普通に掃除したほうが早そうだな?」

「なんでだよ!」

「魔法には魔力体力を消耗するんだ。多分、今のお前の腕じゃ普通に掃除するより疲れることになるぞ」

「ぐぬぬ……」

 

 悔しがるくらいならまだ見込みはある。

 こいつの危険回避能力は、超越者じゃなくなったモニクに会ったことで消えちまったんだろう。家に帰るという意思が回避能力を上回ったんだな。

 だったら。

 

「お前に必要なのは掃除の魔法じゃない。戦闘用の技術だ。今のままじゃ、イルヤンカには届かない。もう一度言うが、一日や二日でどうにかなると思うな」

 

「……え?」

 

 ハイドラは、己の望む答えを突き付けられたことに唖然としている。

 つーか、気付かないとでも思うのかよ。

 ……俺とお前は、そこだけは、ひょっとしたら少し似ているみたいだしな。

 

「お前に戦う気がないのなら、俺ひとりでやる。ここで昼寝でもして待ってろ」

「待て、あたしもやる! だから――」

 

 真剣な目つきで、ハイドラは俺とモニクを交互に見据えた。

 

「スネーク、モニク。あたしに……戦い方を教えてくれ」

 

 よし、ならばモニクにはスパルタで特訓を頼むとするか。

 

 俺?

 俺に教えられることなんて、なんかあったかなあ……?

 

「あとスネーク」

「なんだ?」

「勝手に人んちを拠点にするな」

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。