終末街の迷宮   作:高橋五鹿

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第71話 素顔

 ホコリにカビ、その他汚れを丁寧に除去していく。

 あんまり雑にやると家を削っちまうからな。

 

 魔法といってもそこまで万能ではない。普段は正直もっと雑にやってんだが……今はハイドラが後ろで監視しているし、うっかりは許されない。

 たいていのものは再召喚で修復できるんだけど、それで納得してもらえるかはまた別だからなあ。

 俺にだって遠慮というものはある。

 

 一階の奥の部屋で、ふと置いてある写真立てが目に入る。

 写っているのは黒髮の女性だな。誰だろうか。

 ……ひょっとして。

 

「おい、何見てんだ」

「別に目を逸らしながらやってもいいんだが、ホコリと一緒に現物を削っちまうかもしれないぞ?」

「くっ……」

 

 どちらかというとウソである。

 普段は店舗の外から内部を見ないで掃除している。

 俺は比較的鑑定の精度が高い。今までは周囲の魔法使いが俺以上の術者ばかりだったので分からなかったが、ハイドラよりは俺のほうが器用だ。

 

 本当に見られて困るものだったら、そもそも俺は鑑定もしない。

 そのくらいは自分で掃除してもらおう。

 

「笑いたければ笑え」

「なんの話……?」

「その写真……あまりに今のあたしと違うだろ。地味というか」

 

 ああ、これやっぱり昔のハイドラなのか。

 黙ってりゃ分かんねーのに……。

 今のお前に比べりゃほとんどの奴はそりゃ地味だろ。

 

「いや、俺はこの写真のほうがいいと思うが」

「なっ……!?」

 

 ハイドラの感情が渦巻く気配を感じる。

 

「もう完全に外見が変わってるのに、今更なんのフォローにもなんねえよ!」

 

 おおう、凄い怒りの波動だ。

 じゃあなんて言えば良かったんだ……。

 

「……それに、タイプじゃない奴に褒められても反応に困るわ」

 

 普通に傷付くからねそれ!?

 俺だってお前のタイプなんかどうでもいいよ! バーカバーカ!

 

「お前が真面目そうなヤツが好みだというのは分かった。普段連れてるあの黒髪と……髪の色はともかく、青髪のほうもまあ真面目そうな感じだったな」

 

 エーコとセレネのことか? どっかで見てたのか。

 

「あのふたりは別に俺が選り好みして連れてきたわけじゃないんだが……」

 

 あと片方はお前が召喚した裏ボスだからな?

 気付いてやれよ……。

 

 などとくだらないやり取りをしながら掃除は続く。

 モニクにはその間、この街での滞在やハイドラの訓練についての計画を考えてもらっていた。

 次は二階だな。

 

「二階は廊下とかだけでいいぞ」

「個人の部屋ん中まで見るつもりはない。でもカビ臭いから外からでも軽く消したほうが良さそうだな」

「なっ……カ……」

 

 今更それしきのことでショックを受けるな。

 カビってヒュドラ毒の中でも生きられるんだな。というかヒュドラ毒って一定以上の大きさの動物にしか効かなくて、植物や菌類には効果無いっぽいよな。封鎖地域自体が人口多めの都市ばっかりで緑が少ないから、その辺少し分かりづらいが。

 

 大雑把に臭いの元を断つと、廊下の空気の気配が一変した。

 

「こんなもんか。後は自分でやんな」

「……ちょっと待っててくれ」

 

 ハイドラは近くの扉を開けると中の様子を伺っている。

 やはり部屋の中はまだ臭うな。

 

「スネーク……すまんが、部屋の中もなんとかしてくれ……」

 

 敗北を認めたかのように、悲壮な覚悟と共にハイドラは言う。

 そんな大げさな。

 

 その部屋の中は、ホコリと若干のカビ臭さはあるものの、特に荒れ果ててはいない。

 ハイドラが窓を開けて換気しただけで、それなりにまともな環境になった。

 後は細かいゴミの除去だけでいいだろう。

 

「慎重に……慎重に頼むぞ」

「ん? ああ……」

 

 さっき現物を削るとか言ってしまったせいか。

 実際にはそんなミスはしないし、目視していれば尚更だ。

 

 その部屋の棚には本とかそれ以外とかがギッシリと詰まっていた。

 それ以外、というのは具体的には……おもちゃとかゲームソフトとかかな?

 一応ベッドとクローゼットもあるが、複数のでかいモニタとゲーム機のほうが存在感を放っている。なんか四角い箱みたいなモニタまで置いてあるんだが……ってブラウン管じゃねーかこれ! 久々に見たぞ……。

 

「男の子の部屋かな?」

「笑いたければ笑え」

 

 何言っても怒るやつだろそれ?

 まあつまり、ここがハイドラの部屋なんだな。

 ドゥームフィーンドの創造主らしい部屋……かなあ。

 

 なんかハイドラの本名らしきものが書いてある物もいくつか見つけてしまったが、反応すると面倒臭いことになりそうだから見なかったことにしておこう……。

 

 

 

 

「お疲れ様、ふたりとも。そろそろ食事にするかい? と言っても、食事はほとんどアヤセ頼りなんだが」

 

 真夏なので外はまだ明るいが、確かにメシの時間と言ってもいいな。

 それに早朝から何も食ってない。

 このふたりも同じようなものだろう。

 

「そうだな、メシにしよ。でも俺の魔法だとここじゃ食材か既製品しか出せないな」

 

 基本的に、俺がジャンクフードと認めたものしか召喚することは出来ない。

 その範囲は実にいい加減で俺の気分次第でちょくちょく変動もするのだが、ご家庭の味をジャンクフードとか言うと怒られそうな気がするので再現は多分無理。

 

「ボクが何か作ろうか?」

「…………」

 

 今ハイドラが目を逸らしたな?

 ああ、料理できないのか。なんてイメージ通りの奴なんだ……。人のことは言えんが。

 

「んー。メシについては明日以降の課題にしよう。今日はなんも食ってないから、すぐ食えるやつで」

「賛成……」

「そうか。ボクもお腹が空いていたから助かるよ」

 

 モニクがそんなことを言うのは珍しいな?

 いや……超越者でなくなったのなら、その辺りも常人並になったのだろうか。

 もし身体能力が見た目通りだとすれば、必要な食事や睡眠も人間の子供並ということだって有り得る。

 

 考えることが色々あるな。でも明日以降の俺に頑張ってもらおう。

 

 キッチン横のテーブルの上で、適当に食材をドサドサと召喚した。

 スーパーをぐるっと一周するイメージで。

 

「お前の魔法、想像以上にとんでもねえな……」

「冷蔵庫と冷凍庫に仕舞うものは先に片付けよう。あとは明日以降の食材と……」

「あ、ビールは何本か置いといて」

 

 テーブルにはお惣菜コーナーにあるようなものが色々と残った。

 店で食うような出来立てには敵わないと思ったが、俺の召喚だと一応出来立ての状態である。

 テイクアウト品を召喚する機会がほぼ無かったので意外な発見だった。

 

「それじゃ、いただきます」

 

 缶ビールに手を伸ばす。

 ハイドラも続けて缶を取った。

 そして――

 

「ちょっと待った」

「なんだい? アヤセ」

 

 当たり前のようにビールのフタを開けようとするモニクに対し。

 

「超越者でなくなった上に若返ったということは、今のモニクは人間の子供と変わらない体質なんじゃないか? だったら酒はNG」

 

「ヒュドラ毒に耐える身体がアルコールでどうにかなるとでも? キミじゃあるまいし」

 

 ぐっ……。

 モニクがこういう切り返しをするとは珍しいな……誰の影響なんだ。

 それとも身体が変わったことで、精神も変化しているとか?

 仮に精神まで子供化したらどうなるんだろう。

 いつもの超然とした態度ではなく、感情に素直になったり?

 もしかしたら、今のほうが素のモニクに近いのかも分からない。

 

 その様子を見ていたハイドラはスッと立ち上がると、冷蔵庫に行ってお茶のペットボトルを取り出しモニクの前に置いた。

 

「む……また多数決か。仕方ない、従おう」

「悪いモニク。そのナリで酒を飲むのはあたし的にもちょっと心配で……」

「いいさ。そのうち成長して背も伸びるかもしれないからね」

 

 なんてポジティブな。

 でも俺とて、いずれはそうなってほしい。

 ……明日から牛乳とか飲ませたほうがいいんだろうか。

 

 皆、昨日からほとんど寝ても食べてもいない。

 ひとり記憶喪失が混ざってるが、多分同じような状況だったはず。

 黙々と惣菜や弁当を消費し、さっさと寝ることになった。

 

 ハイドラは二階の自室に。

 俺はリビングのソファ。

 モニクは好きなとこで寝ていいと家主の許可があった。

 

 よし、寝るか!

 と思ったらソファの前に小モニクがやって来た。

 

「モニク……? お子様は早く寝たほうが」

「それはもういいよ。ちょっと話しておきたいことがあってね」

 

 呆れ気味の表情を浮かべながら、モニクは向かいのソファに腰掛けた。

 

 俺も話したいことは色々あるような気がする。

 でも明日でも良くね?

 

「ハイドラの前では言わなかったが、今ボクたちは非常に危険な境遇だ」

「まあ、そうだな」

 

 ヒュドラが実際に居るのかどうかでもだいぶ違うが。

 少なくとも、モニクをここまで追い込める存在が居たことは間違いないわけだからな。

 

「ボクから超越の力を奪った者が敵であるなら、他の超越者が加勢に来ても、果たして勝利できるのかも怪しい」

 

 モニクは超越者の中でも強いほうってことかな。

 だとすればモニク以上の脅威に対しては、必ずしも他の超越者が当てになるわけではない。

 

「その割にはいつも通りだよなー、モニクは」

 

 それを聞いたモニクは少しくすりと笑い、「お互い様だろう」と返した。

 

「ボクは、こんなことになってもほとんど動揺しない自分が不思議だった。でも、アヤセに会ったことで少し分かった気がする。……そして、それが今回の不可解な出来事を解明する鍵になるかもしれないと」

 

「んー……?」

 

 正直話が見えない。

 

「アヤセは今のボクを見ても、ほとんど悲観しなかっただろう? 超越者という戦力を失ったのだから、もう少しそこを心配しても良さそうなものだが」

 

 そうだっけ?

 自分の行動を思い返してみると、そんな気もするな。

 だがその理由は明白だ。

 

「あー、そんなことか。だってあれだよ」

「?」

「モニクが無事で本当に安心したからな。それに比べりゃ他は些細なことだし」

 

 モニクは一瞬呆けたような顔になった。

 レア表情だ。

 

「く、ふふ……。これが、この状態が無事だって? 超越の力もアヤセにとっては些細なことなのか。それは……いいな」

 

 子供らしい無邪気な笑顔でモニクは言う。

 んー。これはレア表情かな?

 身体が子供化したので無邪気な笑顔に見えるだけかもしれん。

 

「もしかしたら――かつてのボクもそう思ったのかもしれない」

 

 …………?

 

「それが今回の事態にどうつながるんだ?」

「まだ分からない。確証が持てない」

「ならいいさ。分かったら教えてくれ」

「ああ」

 

 そうだ。俺はモニクのことが心配で、こうして本人は無事だったから他のことは頭から抜けてたんだな。

 それを自覚すると、気になることが増えた。

 

「ところで、あのデカい剣は何処にいったんだ?」

「魔剣タナトスなら収納に入っている。今のボクには重くて振るえないし」

 

 あの剣、そんな物騒な名前だったのか……。

 そして、もう今のモニクには扱えないのか。

 

 モニクは目を閉じて収納内部を探るような感じの魔力操作を行っていた。

 そんな魔力の動きをあっさり俺に感知されてしまう辺り、本当に超越者ではなくなってしまったのだということを、改めて認識させられる。

 

「ん……?」

 

 少し怪訝な表情でモニクは動きを止める。

 

「これは……」

 

 両手で包むようにその場に取り出されたのは、音信不通になっていたウィルオウィスプだった。

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