終末街の迷宮   作:高橋五鹿

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第74話 死の超越者

「今日は座学を行おう」

 

 座学?

 ……そして俺も?

 まあ、確かに俺の知識は中途半端だが。

 

 昨日と同じ空き地での訓練中、時刻は昼過ぎだったので少し休憩していたところだ。

 

「ハイドラの魔法は同じ訓練で急激に伸びるものでもない。少し、超越者について話そうか。この先を生き延びるのに、必要な知識だ」

 

 そうだな……。

 百頭竜、というかダンジョンマスターについては、恐らく俺だけで勝てないこともないのだ。迷宮維持のため、本来の力を大きく制限されたヒュドラ生物だからな。

 今、俺たちにとって脅威なのはやはり超越者だろう。

 

「そもそも超越者ってなんなんだ」

 

 おお、なんて素直な疑問なんだ。やるなハイドラ。

 

「地球外のことになるとボクにも分からないが、アネモネに言わせると生物の限界を越えて成長した者ということになるな。ただ、これに当て嵌まらない者も居るので、強さ以外に明確な定義は無いとも言える」

 

 俺も質問してみよう。

 

「鍛えればそのうち超越者に至る、ってわけでもないんだよな」

「素質は必要だろうね。魔法で超越の力を生み出したヒュドラは例外だ」

 

 一定の強さの領域にいるのが超越者。

 ただしそこに至る手段は様々、ってことか。

 

「多くの超越者や眷属は、神話や伝承に登場する者の名を持っているが……それは重要でもあり、そこまで重要でもない」

 

「どっちなんだ……」

 

 ハイドラの突っ込みももっともなんだが、事実そういう矛盾を孕んだ場面や人物を多く見てきた俺としては納得せざるを得ない。

 セレネなんて、その最たるものだろう。

 

「超越者の出自についてだが……。アヤセはアネモネに会っているから、その出自が様々であっても驚かないだろうが、普通は違う」

 

 そうなの?

 

「地球の超越者は、ほとんど人間からしか生まれないんだよ。知的生命体でなければ超越者に至るのは難しいからね。いや、割合で言えば眷属から誕生することが最も多いが……人間の超越者が創造した眷属というのは、本質的に人間とほぼ変わりはない。だからやはり、人間由来の超越者と言っていい」

 

 そして、モニクはこう続けた。

 

「つまり、ヒュドラ生物も姿はどうあれ人間と大差ない生き物なのだ」

 

 肯定も否定もし難い話だな。

 普通の人間からしてみれば眉をひそめるような話かもしれないが、俺にはセレネもブレードも、そしてハイドラも、人間から遠い生物とは思えない。

 セルベールは知らん、と言いたいがある意味あいつはこの中で最も人間味があるな。

 良くも悪くも。

 

「そして人間出身でもない、その他の生物でもない、特殊な超越者も存在する。『無より現れし神』とでも言おうか」

 

 神……。

 超越者自体が人間から見れば神の如き存在だが、それよりもなお、神っぽい存在ってことなんだろうかね。

 

「想像から生まれた実体を持たない超越者、というものも居るのだ。それは人間からすれば、まさに神と言っても過言ではない存在だね。実例を挙げることも出来るが……ボクの口からそれを語るのは少し(はばか)られるな」

 

 モニクでも言いづらいことなんてあるんか。

 俺が妙なところで感心していると、ハイドラが半目になりながら感想を言う。

 

「想像から生まれた神ねえ……いかにも胡散くせーけど」

 

 お前の創造したドゥームフィーンドも、強さこそ超越者には及ばないが、架空の存在が具現化したものなんだがなあ。

 神話や伝承が元ネタで古くから人々の信仰や想像の対象であり、現在では大勢のプレイヤーに認知されている。

 そうした下地があるからこそ、あいつらは誕生したんじゃないのか?

 ああ、そうか。つまり――

 

「魔法の一種だと思えば、少しは分かるかな」

「そうだね。アヤセの言う通り、無自覚の者すら含めた大勢の人間で実現させた、儀式的な魔法ともいえるだろう」

 

 ハイドラの魔法がどっかで見たようなものばかりなのは、そういう下地に乗っかるのが上手いからとも考えられるか。

 

 信仰の対象とかが超越者化するパターンもありそうだ。

 その場合、『無より現れし神』ってのは秘められた存在になりがちなのかな。

 異能者が己の異能を隠すように。

 だったらそれを無造作に喋ってしまうのも良くない、とモニクが考えていても不思議ではない。

 

 超越者の種類も重要かもしれないが、他にも気になることがある。

 

「超越者の力って、失ったり奪われたりするものなの?」

「普通は不可分だよ。そういうことを可能にしてしまう超越者も、ひとりだけ知っているけどね」

「……そいつの名前は?」

 

 しばしの沈黙の後、モニクは俺の質問に答えた。

 

「《死の超越者》――つまり、かつてのボク自身だ」

 

 

 

 

 以前モニクが言っていたように、ヒュドラが未知の力を隠していてモニクの力を奪ってしまった。そういう可能性も無くは無いのだろう。

 ただ、俺はその可能性は低いのではないかと考え始めている。

 

 夕食の後、リビングでウィスプに向き合う。

 時系列からいうと、恐らく今回で最後の記憶鑑定になる。そうモニクとハイドラに告げた。

 

「ヒュドラがこの街に来ているのだとしたら、今回の鑑定で判明するかもな。記憶を見る前に聞いておきたいんだが、ヒュドラの九つ首について教えてくれないか?」

 

「ヒュドラ・オリジンは本来、超越者の素質を持たない異能者だった。九人の異能者を集め、神話の怪物ヒュドラになぞらえ、超越者となる術式を編み出したのがエキドナだ。超越者としての素質は無くとも、天才的な魔術師であったと評価できる」

 

 ハイドラはいつになく真剣な表情でモニクに聞く。

 

「なら、九つ首とやらは全員人間なのか?」

「いや、今ではオリジンはふたりしか残っていない。他の七体は百頭竜に入れ替わっている」

 

 それは少し意外だな。

 

「そんなに死んでるのか? なんでまた」

「真相は知らないが、恐らくただの寿命だろう。九体の構成員がそれぞれ超越の力を振るえる、極めて特殊かつ強力な超越者ではあるが――個別の生命体としては、そこまで長寿ではなかったのだろうな」

 

 聞いてはみたものの、割と普通の理由だった。

 予備知識としてはこんなものか。

 ふたりに記憶鑑定の開始を告げ、ウィスプに意識を集中する。

 

 

 

 

 視界に記憶の世界が広がった。

 

 瓦礫の街――昨日と同じ場所にモニクは立っている。

 

「ボクの予想が正しければ、間もなくここに九つ首がやってくる。もしその中にエキドナが――」

 

 ウィスプに向けて語りかけている。

 ウィスプに自我は無い。

 これは、俺が記憶を読むのを予想して語りかけているのか。

 

「……来た」

 

 何が。いや、そんなのは分かりきっている。

 

「この気配。九つ首が全部で六体。ヒュドラ・オリジンが一体と百頭竜が五体」

 

 そしてモニクは、この場に向かっている六体の名と特徴を挙げる。

 名前は重要かもしれないが……実のところ俺は、九つ首の名前にはあまり興味を持てなかった。

 

 そうだ。奴らの名前などどうでもいい。

 オリジンだの百頭竜だのも関係ない。

 俺が知りたいのは、そいつらの中に――

 

「死の超越者――《冥王》モルスだな」

 

 ――ドスの利いた女の声で思考を中断された。

 

 道路を挟んで向かいのビルの屋上に、六体の人影が降り立っている。

 百頭竜も全員人型なのか。

 ヒュドラ生物も……人間と大差ない生き物という話だったな。

 

 服装はバラバラだが、普通の人間と区別が付かない。

 真夜中で星明かりのみのため、はっきりとは見えるわけではないが。なるほど、こいつらなら国内に潜伏していると言われても違和感が無い。

 

 しかしただひとり中央に立つ女だけは、フィクションの世界から出てきたような派手な衣装を身に纏っている。

 先程聞いた六体の名前と外見特徴を照らし合わせると……。

 

「あの女が、超越者ヒュドラを生み出した稀代の異能者――」

 

 その鋭い眼光を見据え、モニクが言う。

 

「ヒュドラ九つ首がひとつ。《ヒュドラ・オリジン》エキドナだ」

 

 エキドナ……。

 アネモネが追っていたという海外の九つ首。

 そして、ヒュドラの生みの親。

 ならば、あいつこそが真の黒幕ということか。

 

 モニクは先程、向かってくる九つ首の中にエキドナが居ればと言いかけていた。

 それはつまり、エキドナが居るならば命を捨ててでも仕留める覚悟だと、そういうことではないだろうか。

 

 ヒュドラはひとつの首が死んでも他の百頭竜が即座に新たな首となる、実質不死身のモンスターだ。

 しかし超越者たちには、そんなヒュドラにも対抗手段があるという。

 モニクにとっては、エキドナの存否がその切り札を切るかどうかの分かれ目なのだろうか。

 

 そして、俺もいい加減気付いてはいる。

 

 ――その切り札は、モニクの命と引き換えに使う能力なのだと。

 

 アネモネはモニクの能力について言葉を濁していた。

 今考えれば、エキドナを担当していたのがアネモネだったのは、モニクに能力を使わせないためではないのか。

 なら、アネモネの読みでは終わりの街こそがヒュドラ襲来の本命だったのだ。

 しかし現実は……。

 

 なにが《死の超越者》だ。……本人が死ぬって意味だったとか笑えねえよ。

 

 だが、まだだ。

 現実のモニクは生きている。

 ならばこの記憶での邂逅は、最悪の結果だけは免れるはずだ。

 

 エキドナから見ればウィスプへの会話はモニクの独り言に見えたのか、探るようにこちらを見ている。

 向かいのビルからそれなりの距離はあるが、まるですぐそこに居るかのように声が聞こえてくる。

 

「気安く(わらわ)の名を呼ぶな。……誰と話している?」

「キミには関係ないことさ、エキドナ」

「……何故この街に来たのだ、冥王。イルヤンカの迷宮も落とすつもりか?」

「そうだと言ったら、どうするんだい?」

 

 ハッタリだ。モニク単独では迷宮に潜れない。

 ……ん?

 超越者ではなくなった子供のほうのモニクなら、迷宮に潜れるのか?

 いや、今はそんなことはいい。目の前の出来事に集中しろ。

 

「知れたこと。邪魔者は葬り去るまで」

「……カオスは来ていないようだね」

「フン、奴が居なければなんだと言うのだ」

 

 ――カオス?

 

 初めて聞く名だ。

 だが会話の流れから、何者なのか大凡(おおよそ)の見当はつく。

 

「自惚れるなよ。いかな貴様が相手とて、妾たちだけで充分だ」

 

 そして、六体の人影は掻き消えた。

 

 ウィスプの記憶では、目は見えるし音も聞こえる。

 しかし、俺の魔力操作ではそれが限界なのか、あるいはそういうものなのか、匂いや触覚は曖昧だ。気配であるとか魔力であるとか、そういうものも感じられない。

 

 ――そのため助かった。

 

 もし超越者の本気の殺気などを浴びていたら、記憶の中の出来事とはいえ俺の精神はどうなっていたことか。

 

 ()()は地の底から鎌首をもたげるように、ビルの谷間から現れた。

 

 ――『蛇』。

 

 天を衝くような超絶に巨大な蛇。

 六つの首がひとつの胴体から生えている、悪夢のような光景が瓦礫の街に広がっていた。

 

 ウィスプに心臓は無いが……この記憶を覗いている、俺の本体の動悸が聞こえてくるかのような錯覚に襲われる。

 生身であれば、まともに立っていられるのかも怪しいほどの恐怖に心が支配されかける。

 

 映像に映っていた六つの首の大蛇は、やはりヒュドラだった。

 単純に《九つ首》が六体しか居なかったから、首も六つだったのだ。

 

 落ち着け……これは過去の出来事、映像に過ぎない。

 今俺が殺されることはない。落ち着いて状況を分析しろ。

 

「これは想像以上だな……。エキドナ、キミは確かに魔法の天才だ。超越者の素質なき者が、既存の超越者をも超える力を身に付ける。今のヒュドラは恐らく、戦闘能力に関しては地球最強の存在だろう」

 

『今更気付いたとて遅い。貴様さえ潰せば、後は迷宮の結界で時間を稼げば良いだけよ。妾の……勝ちだ』

 

「ああ、そのことか。対超越者結界を無力化したのはボクではないよ」

 

『……なんだと!?』

 

 ……えっ?

 それを今バラしてしまうのか?

 もし俺の存在がバレて、ヒュドラに狙われたらひとたまりもないんですけど?

 

「カオスならば、そのことに気付かないわけがない。彼がここに居ないということは、勝ち目が無いとみて逃げられてしまったようだな」

 

『何を……何を言っている!?』

 

 そして、今まで一歩も動いていなかったモニクは――

 ここでようやく、魔剣タナトスを鞘から抜き放った。

 

「地球を我が物に、あるいは別の目的でも――。分を超える野望を持った超越者は今までにも存在しなかったわけではない。そして、何故誰も生き残っていないのか。キミたちは考えたことはないか?」

 

 ――『死』そのものを意味する大剣は、星の光を吸い込むように煌めいた。

 

「超越の力に対する(くさび)の座、《死の超越者》の名に於いて」

 

 一閃。

 

 その場で水平に振るわれた刃は、瓦礫の街を包み斬り裂くかのような光を撒き散らし、しかし何ひとつ斬ることも壊すこともなく、振り抜かれて停止した。

 

 ――そして、巨大な蛇の怪物は跡形もなく消え去った。

 

 向かいのビルには、消えたはずの六体の人影が再び現れている。

 だが先程までとは異なり、明らかな狼狽の気配が見て取れた。

 

「一体何を……! いや、使ったのか!《死の権能》を!! だが、超越者ヒュドラを破るほどの力など存在するはずが……!」

 

「肉体、精神、存在、概念――。この世のありとあらゆるものに『死』を与えるのが《死の権能》だ。その気になれば、ヒュドラの血族全てをこの世から消し去ることも出来る。ただ、それをやってしまうとボクの友人たちにも死を与えることになりかねないからね。だから、範囲を絞らせてもらったのさ」

 

 大剣を片手で軽々と取り回しながら、モニクは続ける。

 

「九つの異能をひとつの超越者と為す――超越者ヒュドラを生み出した魔法の存在()()()()に『死』を与えた。いずれにせよ、ヒュドラの生みの親であるキミが射程内に居る必要があったのだけどね、エキドナ」

 

「……………………!!」

 

 ヒュドラを超越者たらしめる魔法、それの存在そのものを消した?

 いや、やろうと思えばヒュドラの首のスペアである百頭竜を、全て消し去ることによってヒュドラを倒すことも出来ただと!?

 

 だが、ヒュドラの血族全てというのは恐らくドゥームフィーンドも含まれる……。

 あいつらを死なせないため、手加減した上でなお、この結果だっていうのか!

 

 途方もない……。

 ヒュドラの遥か上を行く力だ。

 だが、だが……!

 こんな途轍もない力を行使する、その代償は!

 

「なんということを! そのような、そのような権能こそ超越者の分を超えている! 《終末化現象》がやってくるぞ……《コズミック・ディザスター》にこの星を滅ぼされたいのか!」

 

 終末化現象……?

 コズミック・ディザスター?

 違う、俺が心配している代償とは、そんなものではなく。

 

(ことわり)を捻じ曲げれば反動が起きる。それが宇宙規模に達したものが《コズミック・ディザスター》だ」

 

 モニクは静かに、諭すように語る。

 

「ヒュドラを滅ぼした程度のことでは、《終末化現象》など起こらない。だから、安心するがいい」

 

 そして、魔剣タナトスが再び水平に振るわれた。

 それは、先程の煌めきとは打って変わった、荒れ狂う暴風の如き一撃だった。

 モニクの足元から先、ビルの屋上の表面は瞬く間に吹き飛ばされ、向かいのビルにも瞬時に無数の亀裂が走る。

 

 そして、屋上の上に居た六体の人影は、その暴虐の風の中で胴体を上下に引き裂かれ、吹き飛ばされていく。

 

 いつしか俺はウィスプの記憶の中でありながら、視覚や聴覚だけでなく魔力の流れも、そして命の最期を感じ取ることすらも出来ていた。

 

 百頭竜ガイア。絶命。

 百頭竜ウラノス。絶命。

 百頭竜タルタロス。絶命。

 百頭竜ゼウス。絶命。

 百頭竜ポセイドン。絶命。

 そして最後に《ヒュドラ・オリジン》エキドナ。絶命。

 

 世界大災害を引き起こした《毒の超越者》ヒュドラは――

 

 ――この日この時、世界から消失していた。

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