終末街の迷宮   作:高橋五鹿

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第79話 竜の力に至る者

『じゃあ奴は、えっと。百頭竜七体分くらいの力があるのか?』

 

「単純計算は出来ないが……さっきの攻撃の威力からすると、そういうことかもしれないな」

 

 魔力が多ければ強い、というわけではない。

 それはこれまでのイルヤンカの様子からも明らかだし、エキドナの意識が表層に出ている今でも、調子が悪そうなのは変わらない。

 

 俺の《継承》とは明らかに違う。

 格上を《捕食》すると、こんな弊害が出ることもあるのか。

 こいつは変な保護色の能力とか、食ったモノに影響されやすいタチなのかもしれない。

 イルヤンカとは酒に酔って殺される竜だったか?

 どこかで聞いたような話だ……。

 

 放置すればいずれ勝手に死ぬような気もする。

 だが逃げるのは無理だ。

 あのブレスの射程は絶望的なまでに長い。

 今ここで倒すしかない!

 

『それで、どうやってヤツを倒す?』

「そこまでは考えてねえ」

『マジかよ……』

 

 ここから先はほとんど博打だ。

 奴の体内に収束している魔力をどうにかすれば、ハイドラの攻撃でもダメージを与えられるかもしれない。

 

「一度だけなら奴のブレスを消せる。そしたら口の中に攻撃を撃ち込め。テュポーンをブッ飛ばしたときの威力で頼む」

 

『簡単に言って……いや、分かった。やるよ』

 

 俺の魔法斬りで、あのブレスを消せればの話だがな。

 一度だけ消せるというのはウソだ。

 相性有利程度では、絶対的な実力差は覆せない。

 あのブレスを正面から消しにいって失敗したら、消えるのは俺のほうだ。

 

 フラグ……。

 回収することになるなんて勘弁願いたい。

 

「奴は今、俺のほうに向いている。返事はしなくていい。気配を消して、狙撃しやすい場所に移動してくれ。狙うのは口の中、頭の上からじゃ無理だ」

 

 ヒュドラ――百頭竜カオス。

 

 奴の言うことを信じるなら、もう地上には戻ってこないというが。

 そうしたら、わざわざ奴と戦う者などいるだろうか?

 殺された人たちの仇を討ち、無念を晴らす者はいるだろうか?

 

 俺がやるしかない。そう思っていた。

 だが、もうひとりいた。

 奴らへの『怒り』で戦うのは俺だけではなかったんだ。

 ハイドラ、お前になら俺の跡を――

 

 失敗前提で立ち向かうわけじゃない。

 もしブレスが消せなかったとしても、攻撃直後が最大のチャンスであることに変わりはない。

 体内の魔力の層が最も薄くなるのはその瞬間だ。

 ハイドラの一撃ならば、あるいは。

 

 片手斧アギトを手に、エキドナの攻撃を待つ。

 

「いや……いくらなんでもそれで斬るのは無理だよ、アヤセ」

 

 …………。

 

「何故ここに……」

「何故じゃないよ。ふたり居なくなって戦闘音が聞こえてくれば、来るに決まっているだろう」

 

 そう述べる小さなモニクは、いつの間にか俺のすぐ隣まで来ていた。

 余りにもエキドナに集中していて気付かなかった。

 というか少しでも集中を切らしたらまずい。今非常にまずい。

 

「モニク……! すぐに逃げ――」

「アヤセはときどき投げ遣りになるからね。軽々しく命をかけてもらっては困る。ボクが巻き添えになると知れば、そんな無茶はしないだろう?」

「うっ……」

 

 だからアヤセ――、とモニクは前置きをして。

 

「――ボクを、守ってくれ」

 

 モニクは……そんなにも俺の性格を理解しているのか。

 それとも、俺が分かりやすすぎるだけなのか?

 

 駄目だ。

 こんな博打みたいな方法では駄目だ。

 作戦変更……いや、作戦はこのままでもいい。

 何か、何か別の手段は無いか。

 

 収納の中を探す。

 めぼしいものは無い。

 次に情報収納の中を検索する。

 

 …………。

 

 これは……。

 

 これは、武器ですらない。

 しかし、現状を打破するにはこれしか無いように思える。

 ただ使うだけでは駄目だ。どうすれば……。

 

 考えろ。

 自分の力が及ばないとき、俺はどうしていた?

 

 ドゥームダンジョンの戦いでは、俺はバジリスクの力に頼った。

 バジリスクの力は、俺には使用不可能な魔法も可能にしてくれた。

 だがあいつでは、今回の作戦には使えない。

 

 いや……。

 

 バジリスクは死んでこの世に居ないのに、何故俺はその力を使える?

 情報収納に入っているから?

 違う、あれはただの死体だ。

 魔力の塊でしかない。

 

 ここ数日、ウィスプの記憶を読むことで高まった魔力操作の技術は、俺自身の魔法に対する理解を、より深い段階へと押し進めていた。

 

 俺は……存在しないバジリスクを喚び出して、俺の代わりに術式を行使させていたのだ。

 ヒュドラの召喚を忌避する俺が、無意識におこなっていた召喚魔法。

 

 そうか、これが――

 

『なにを……コソコソと……動き回っている』

 

 …………!?

 

 エキドナの意識が俺から逸れた?

 何故だ?

 エキドナが頭部を向けた先、そこには――

 

 強大な魔力を溜める、ハイドラの気配があった。

 

「何をしてる! ハイドラ!」

 

『馬鹿野郎! モニクを巻き込むわけにいくか! 囮はあたしがやる。お前が奴の腹に入って内側から()(さば)いてこい!』

 

「お前じゃブレスを止めるのは無理だ! よせ!」

 

『小癪な……眷属どもが……』

 

 エキドナの警戒心が、完全にハイドラに傾いちまった!

 俺の力じゃこちらに引き付けるのは……。

 いや、ここに居るのは俺だけではない!

 

「おいっ!! エキドナァ!!!」

 

(わらわ)の名を気安く呼ぶな……』

 

「お前らヒュドラを一撃でブッ殺したこの《冥王》だけどな! なんと自前の時間魔法で若返り放題らしいぞ! これが証拠だ!!!」

 

 小モニクの肩を掴んでアピールする。

 

「アヤセ……?」

 

 かつてないほどの呆れ顔を俺に向けるモニク。レア表情だ。

 

『き、貴様ァ……! ウオオオォォォ!! なんと恨めしい!!!』

「そうだ! 悔しかったら! しっかり狙えよな!!!」

『スネーク! 何してんだテメー!!!』

「あと、このふたりはボクの眷属ではないのだが……」

 

 へっ……。

 軽口を叩くとは余裕じゃないか、モニク。

 なんで俺なんかをそこまで信頼するのかね。

 

 エキドナの魔力は今にも吐き出されんばかりに収束している。

 

 そして、俺は情報収納から『切り札』を引き出した。

 弓なりに曲がる先端の尖った棒状の物体、まるで一振(ひとふ)りの刀のようなそれは――

 

「アヤセ……なんだそれは?」

 

「これは世界蛇(ミドガルズオルム)の牙。セレネからの貰い物だ。一部アギトの素材にしちまったんで、ちょっと欠けてるけど」

 

「生物の牙? それが?」

 

「この世に存在しない、想像上の生物だけどな!」

 

 この牙に眠るのは架空の記憶だ。

 元ネタである神話から始まり、ドゥームダンジョンをプレイした多くのユーザーが想像したモノ。

 この世どころか、ゲーム内にすら存在しない怪物。

 

 今から喚び出すモノは、封鎖地域で失われた命を材料にしているわけではない。

 それはほんの(わず)かな『魔法』を寄せ集めたものだ。

 古今の大勢の人々の祈りが、願いが、夢が、物語が。

 それらが生み出す(かす)かな魔法の蓄積が。

 創造主ハイドラによって具現化され、セレネに引き継がれ、そして今……俺の手中に収まっている。

 

 牙を高く高く掲げ、上空を見上げる。

 地球の衛星軌道をぐるりと一周するようなイメージを天に描く。

 この魔法……屋内とか地下迷宮じゃ多分使えないな。

 

 術式を実行するのは俺ではない何か――『無より現れし神』。

 いや、そこまで大げさな存在である必要はない。

 目の前の竜よりも、ほんの少し強ければそれでいい。

 

 俺が初めて《創造》する召喚モンスター。

 あの超越者ヒュドラよりも遥かに巨大な、世界を取り囲む蛇。

 とはいえ、恐らく実体は無いのだろう。

 だが俺は確かに、遥か天空にその存在を知覚する。

 

 それは無より現れし、新たなるドゥームフィーンド。

 そして――『竜』の力に至る者。

 

 天空より送り込まれた力は世界蛇の牙に宿り、魔力の(つるぎ)と化す。

 今まさにブレスを吐き出さんとするエキドナに向けて――

 

 その牙を、振り抜く。

 

「全てを消し去れ。《百頭竜》――ミドガルズオルム!」

 

 

 

 

「アヤセ……その威力だと……」

 

 モニクが何か不穏なことを言いかけてる気がするが。

 今更調整とか出来ないんだが?

 これは攻撃用の魔法ではない。だから何も壊さないはずだ。

 ……そうだよね?

 

 これは、モニクの《死の権能》から着想を得た魔法なのだから。

 

 世界蛇の牙は、エキドナどころか瓦礫の街を包み斬り裂くかのような光を撒き散らす。

 今は昼間なので、モニクの権能に比べると絵面は地味だ。

 そして、実体があるものを何ひとつ壊すことはない。

 これでいい。

 

 魔法の核を絶たれたブレスの力が。

 エキドナの喉の奥、体内に至るまで全て消失した。

 

 竜の纏う力が。

 九つ首を捕食したことで得た膨大な力が消え失せる。

 

 地面の下、迷宮を覆う対超越者結界が。

 ダンジョンマスターが役割を放棄したがために、いとも容易く砕け散る。

 

 迷宮を満たす魔力が。

 大地の奥底までその毒を分解され、消失していく。

 

 大気を満たすヒュドラ毒は急速に浄化され、街はかつての空気を取り戻していく。

 

「これは……アヤセ、キミはエキドナだけでなく――」

 

 俺とモニクとハイドラ、そしてエキドナを残し。

 この街から魔法由来の何もかもを、きれいさっぱり消し去っていく。

 

「封鎖地域を…………迷宮を、斬ったのか!?」

 

 そして、役目を終えた《世界蛇の牙》は砕け散った。

 光の粒子となって、世界に還元されていく。

 

 たった一発撃っただけでこのザマか。

 これではもう、世界蛇の召喚はできないな。

 

『な……なんだ……今の力は……貴様は……何者だ』

 

 ……フン。

 お前になんざ、自己紹介は不要だよ。

 

 竜の鱗は透明化の能力を失い、巨大なトカゲがその全貌を現していた。

 そして、こいつに止めを刺すべき者は俺ではない。

 

「今だ! ハイドラ!」

『今だじゃねえよ! あたしが溜めてた波動双掌破まで消えちまったじゃねえか!!!』

 

 波動……なんだって?

 

「真面目にやれ!」

『大真面目だよ!』

 

 そう……。

 

「ハイドラ、思い出せ! テュポーンをふっ飛ばしたとき、お前は拳銃を使うことで魔法の威力を増した。架空の必殺技よりも、現実の武器のほうが魔法のイメージが容易だったんだ! その感覚を掴め!」

 

『そ……そうか! 分かった、分かったぞ!』

 

 ハイドラは潜伏していたビルの窓から跳び出し、驚異的な跳躍力でもってエキドナの頭上、その眼前へと跳び乗った。

 

 あ、あいつ!

 狙うのは口の中だって言っただろうが!

 頭の上に乗ってどうする!

 

 こうなったら仕方がない。

 あいつがやれるっていうなら、そのまま攻撃するしかない。

 

 どのような力を求め、どう戦うか。

 そのためのヒントはもう教えた。

 

 ハイドラは右手首を左手で掴み、精神を集中する。

 ハイドラはヒュドラの後継者。

 迷宮を創り眷属を造る者。

 その能力の真骨頂は――《創造》だ。

 魔力の光が収束し、その手に宿敵を屠るための武器が顕現する。

 

 それは片手で撃ったら肩が外れそうなほどのゴツい銃で――

 

 ん……? その銃……。

 

 ハイドラの着る服が、光の粒子に包まれその形状を変えていく。

 光が収まり現れるのは、黒い衣装……。

 ファンタジー世界から抜け出てきたような奇抜な装備。

 そして、風に棚引くボロボロのマフラー。

 

 あ、あれは……『サーベラス・オブ・ザ・デッド』!?

 ――のコスプレ?

 

 ち…………。

 ()っっっが~~~う!!!

 そっちじゃねえ!

 俺の言った意味と全然違う!

 ()しか合ってねえよ!!!

 

 頭上のハイドラを振り落とすべく、エキドナが頭を振るう。

 

(わらわ)は……死なぬ……不老不死は……神の座は……すぐ……そこに』

 

 ハイドラは銃口を真下にあるエキドナの眉間に向け――

 

『地の底から蘇りし者よ――今度こそ、永遠の眠りにつくがいい』

 

 ……はい?

 突っ込みを入れる間もなく、突如発生した強大な圧に当てられた。

 銃口から、竜のブレスに匹敵するほどの凄まじい魔力が放出される。

 

 それは竜の眉間を撃ち抜き、脊髄を破壊して貫通し、地面に穴を穿ち、地下の迷宮の天井を粉砕する。

 最終階層までをもブチ抜き、地獄の番犬(サーベラス)の炎は地の底を荒れ狂い焼き尽くす。

 

 ――《瓦礫の迷宮》は、一度も探索されることなく文字通り瓦礫の山と化した。

 

 エキドナの念話は、二度と聞こえてくることはなかった。

 

 そしてその後、戦場は巨大なクレーターとなった。

 俺とモニクの立っていたビルは倒壊したし、なんならそれに巻き込まれたときが、今回の戦いで一番ヤバかった。

 

 ……やっぱりハイドラには、俺のアドバイスなんて意味ねーんじゃねーの?

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