大破壊が収まったクレーターの中心にて。
イルヤンカの死体を消失させた俺は、ハイドラに振り返る。
例の黒い衣装はそのままだった。
「……サーベラスの決め台詞とか、言う必要あった?」
「あ、ああしたほうが威力が出る気がしたんだよ!」
ならばあれは、ハイドラにとっては魔術士の呪文のように、魔法の威力を高める効果があったのか。
こいつ……意外と魔法戦の才能があるな。
エーコに鍛えさせたら化けるかもしれん。
と、感心したところでハイドラはぶっ倒れた。
今回も顔面から行った。
燃費の悪いヤツめ……。
ともあれ。
ドゥームフィーンドの、そして地球に住まう人類以外の知的生命体の希望。
――《魔王》ハイドラはここに、その戦いの人生の一歩を踏み出したのだ。
*
「そうか、テュポーンが単体の超越者に……。それが多分、ボクが生き延びたことの代償なのだろうな。迷惑をかけた」
「迷惑だなんて思ってないさ」
普通に本心なので、スマホをいじりつつ生返事気味に返す。
電波が少し回復しているな?
着信が山のようにある。
後で返信しとくか……。
ハイドラを運ぶのは面倒なので、回復するまで寝かせっ放しだ。
つい出来心で、サーベラスの主人公が倒されたときのポーズに似せてみた。
モニクにバカウケだった。
ゲームだとこの後ゾンビに喰われることになるんだが。
そのそばで瓦礫に腰掛けながら、ふたりで話している。
「ミドガルズオルム、と言ったか」
「ん? ああ」
ヨルムンガンドって言ったほうが分かりやすかったかな?
「北欧神話は歴史が古いし世界蛇も有名だろうけど、あれはドゥームダンジョンのミドガルズオルムだろう? だから今はまだそこまでの力は無いようだが……。あれは、アヤセが創ってしまった『無より現れし神』――新しい超越者になる可能性を秘めた存在だ」
「そうなの? でも牙は砕けちまったし。ああ、少しだけ素材を使った片手斧はあるけど……あれで喚ぶのは無理なんじゃないかなあ」
「それでいい。あれはちょっとアヤセの手に負える存在ではないと思う。他に使い手がいないなら、そのうち忘れ去られるだろう」
そうか……。
俺以外にドゥームダンジョンの世界蛇を喚び出せる者がいなければそうなるのか。
そうして神は忘れ去られていくのだな。
……………………。
あれ、そんなに危なっかしい存在だったのか。
ま、召喚用の《世界蛇の牙》がなくなったからモニクも安心だな。
食堂でいつも酒飲んでる誰かさんの腰に、もう一本差さってることは黙っておこう……。
「アヤセ」
「ああ……何?」
「ボクが生き延びた理由だけどね……」
モニクはスッと立ち上がった。
「魔法は自分の望むことしか実現しない。だからきっと、これはボクが望んだこと」
数歩前に進み、白い後ろ髪が揺れる。
その表情を窺うことは出来ない。
「それは、命と引き換えに《死の権能》を使うことではなく――」
それはウィスプの記憶の中で、かつてのモニクが最後に言いかけた言葉。
「力を失おうとも、自分の出来得る範囲で懸命に生きること」
そう言ってモニクは手を後ろで組みながらくるりとターンをして腰を折り、目線を合わせて俺を見る。
柔らかな笑みと共に、彼女はその望みを口にした。
「ボクは――――アヤセのようになりたかった」
*
「ああ……鬼塚さんっすか。オロチです。ええ、ええ。それなんですけど、瓦礫の街のダンジョンマスター、コードネーム『ロングウィットン』の死亡を確認しました。街のヒュドラ毒も急速に浄化されてますけど、念のため日を置いてから調査したほうがいいっすね。え? いや、ロングウィットンは食い過ぎで自滅というか……俺はたいして戦ってないんですよ。ああ、あと――」
一拍おいて、俺はその
「この街に、
――「俺にとっての」、という但し書きが付くけどな。
それに、俺がこの街に来たのは奴らが死んだ後だ。
だからウソではない。
あとこれくらい断言しておかないと、街にミサイルとか撃ち込まれかねない。
「はい、はい。今回はありがとうございました。またいずれ……。あ、帰りはひとりで帰りたいんで。すいませんけど」
電話の向こうでまだなんか言いかけていたが切ってしまった。
すまん、別に鬼塚さんのことが嫌いなわけではないんだ。
後でエーコにフォローしといてもらおう。
「話は済んだかの?」
……誰だ?
というか、またなのか?
電波の通りが良さそうな瓦礫の山の上でひとり、電話をかけていたはずだった。
だがいつの間にか俺のすぐ横には、オリエンタルな衣装に身を包んだ黒髪褐色肌のねーちゃんが佇んでいる。
うん……。
気配とか全く偽装された様子が無いし、はっきりと分かる。
正真正銘の超越者だな、このねーちゃん。
「どちら様で? 何の超越者さんですか……?」
「
「そんな短期バイト感覚で!?」
「冥王みたいな権能は持っておらんけどのう。腰掛けだし別にいいじゃろ」
か、軽い……。
超越者業界がよく分からない……。
「……じゃああなたは《死の超越者》ってことで。名前も称号も無いと呼びづらいっすからね」
「ん? 名前か? 名前ならあるぞ」
あんのか。
「我の名はハトホルじゃ」
「ああ……ビールの神様」
「おっ、よく知っておるの。感心感心」
緊張感が雲散霧消した。
「そんで……? そのハトホル様はこれからどうするんで?」
「そうじゃな。状況が落ち着くまではこの街を守ってやろう。せっかく汝が救ったのに、勘違いした人間に壊されるのも可哀想じゃ」
「あー、それは助かりますね」
このねーちゃんならミサイルでも堕とせるに違いない。
それならハイドラも安心だろう。
まあ、壊されるといってもな……これ以上どこをどう壊すんだって話だが。
この街を瓦礫の山にしたランキング――イルヤンカを抜いてハイドラが優勝、という気がしないでもない。
マッチポンプ……これはマッチポンプかな?
ちょっと意味が違う気もするが。
「なーに、汝はヒュドラ討伐に多大なる貢献をした。だからこれは、我からの褒美じゃよ」
ビールの神様は、瓦礫の山の上でカラカラと笑った。
*
時刻は夕方。
真夏なのでまだとても明るい。
明るいうちから飲むビールはさぞ美味かろうな。
待ち合わせの居酒屋へと向かう。
ハイドラの思い出の店。
なんでわざわざバラバラで店に行くのか問うたところ、将来は友達とあの店で待ち合わせして飲むのが夢だったとかなんとか。
俺は友達と店で飲んだ経験が無いので微妙な気持ちで聞いていたが、モニクさんが大変乗り気だったので、多数決でそうすることになった。
店に入る。
モニクが四人掛けテーブルの奥の席にちょこんと座って待っていた。
どこに座ろうかと考えると、モニクが自分の隣の椅子をぽんぽんと叩く。
大人しく従って、モニクの隣に座った。
表にハイドラの気配がしたので、とりあえず生ビールの用意をする。
冷気を放つジョッキをふたつ喚ぶと、時間差で召喚したビールを注いでいく。
瞬時に喚ぶことも出来るが、気分の問題だな。
クリーミーな泡が揺蕩うジョッキの頂上から下に視線をずらせば、黄金の液体から無数の気泡が立ち昇っている。
缶では味わえない視覚の幸福感よ。
ビールの神様に心の中で祈りを捧げた。
横開きの扉をガラガラと開けて、ハイドラが姿を現した。
――――!?
ハイドラは普段と違う格好だった。
外食するから余所行きの格好。
……というアレとも違う気がする。
その服は、ひらたく言えば事務服だった。
白いブラウスに黒いスカートという、典型的なアレ。
ハイドラのスタイルだと、やや苦しそうなのは置いておく。
普段はそのままのボリューミーな金髪は、片側サイドに三つ編みでまとめられていた。
そして最後に、不可解なことに、メガネをかけている。
…………???
どこでそんな事務服を?
ああ、こいつはこういうのを自在に召喚できるのか。
いや、普通にその辺の店で調達したのかもしれんけど。
つかつかと歩いてきたハイドラはテーブルの前で止まる。
えーっと?
あっ、もしかして。
「あー……あれか? 待ち合わせで飲むってのは、仕事帰りとか、そういうイメージ?」
俺もスーツとか着たほうが良かった?
就活の面接でしか着たことないけども!
「これは……あれだ、奢ってもらう礼というか。サービスな」
「……はい?」
こういうマニアックなお色気路線が、こいつの言うサービスなのだろうか。
いや別にそれならそれでもいいんだが、それが俺にウケると思われてるのが少し意外ではあるな。
三つ編みの先を指でくるくる弄びながら、メガネの奥の目を逸らしてハイドラは言う。
「ほら……お前って、真面目そうな外見が好きなんだろ?」
ビールを飲んでいたら噴き出しそうなコメントが返ってきた。
メガネと三つ編み、事務服は確かに真面目そうなパーツかもしれないが。
ボリュームのある金髪と高身長グラマラスなスタイル。
サイズの合ってなさそうな事務服……。
んなゴージャスな事務員がいてたまるか!
お前はアメコミ映画とかに出てくる社長秘書かなんかか!
――という素直な感想はぐっと飲み込んだ。
「よく似合ってる」
別の意味でな!
でもまあこいつなりに俺に気を使ってくれたんだろう。
礼は言っておかないと。
「……ありがとう、ハナコ」
「本名で呼ぶんじゃねえ!! ぶっ飛ばすぞ!?」
お前にぶっ飛ばされたらひき肉になっちゃうだろうが。
顔を真っ赤にして怒るハイドラを眺めるのも愉快ではあるが。
命があるうちにやめておこう……。
隣のモニクが肘をぐりぐりと押し付けてくる。
「ボクも飲んでいいかい?」
「推定外見年齢二十歳になったらな?」
「そうか。じゃあその日を楽しみにしているよ」
何年後なんだいったい。
モニクにとって、その日が来るまで俺のそばに居るのは確定事項なんだろうか。
俺は、それが妙に嬉しいことだと感じていた。
第四章 瓦礫の街のモニク ~完~