終末街の迷宮   作:高橋五鹿

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終章 始まりの街のオクテット
第81話 迷宮の果てへ


 食堂に置かれたテレビの前では、女性陣がゲームに興じている。

 ハイドラに頼まれて、瓦礫の街から持ち帰ったものだ。

 とはいえ、今ではハイドラも空間収納を会得しているが。

 コレクションを守る必要に迫られて覚えたらしい。

 

 その輪に入っていなかった俺とブレードは、食堂の片隅でちびちびと飲んでいる。

 コボルドたちも今日の仕事を終え、めいめいくつろいでいた。

 ブレードはお猪口をコトリと置くと、俺に質問する。

 

「そろそろ行くのか」

 

 そうだな……そろそろか。

 

「神殿階層は結局一度しか潜ってないからな。何が起こるか分からんし、全員では行かないけど」

 

「なら創造主を連れて行くのはやめておけ。最前線に出すには少し不安がある」

 

 ハイドラか……。やっぱそう思うよな。

 実戦だととんでもないことになるんだが、直接見た俺も半信半疑だからなあ。気持ちは分かる。

 あと本気のあいつなら迷宮の壁も壊せるに違いない。

 迷宮内で本気の攻撃をぶっ放されると、俺が生き埋めになる。

 

「今回のメンツはとりあえずモニクだな。色々助言が欲しいから、現場を見て貰いたい」

 

 今のモニクが対超越者結界を素通りしてダンジョンに入れることは確認済だ。

 ハイドラの訓練がてら、よくエーコと三人で地下洞窟エリアに潜っている。

 ヒュドラ生物にはたまに遭遇するみたいだが、奴らはハイドラに攻撃はせず逃げちまうんだよな。だから実戦訓練、というわけにはいかないようだ。

 

「あとは……そうなるとやっぱブレードか」

「あの神殿階層では、拙者の出番は無さそうな予感もするがな」

 

 前回は全く敵が出なかったからなあ。

 出たら出たで一度は引き返す予定だし、あまりブレード向きの仕事じゃないのはその通りか。ハイドラだと不安があり、ブレードだと過剰戦力。

 

「だったら私が行きましょうか」

 

 いつの間にかゲームから離れて、近くに来ていたセレネがそう提案した。

 無表情なので真意を測りかねる。

 

「えっ……。セレネが動くの? どういう風の吹き回し?」

「先輩は私のことなんだと思ってるんです?」

 

 えっと……やる気の無い司令官……?

 もう少しオブラートに包んで言うと。

 

「動かざること山の如し……みたいな」

 

 セレネは俺に向けて無表情でダブルピースした。キャラがよく分からない。

 

 

 

 

 俺の推薦でコボルドマーセナリーのミノにも来て貰うことになった。

 俺、モニク、セレネ、ミノの計四人。

 

「じゃ、アヤセくん。私たちはこっちだから」

「ん。気を付けてな」

「お前らこそな。あたしらは別に危険なとこ行くわけじゃねーし」

 

 エーコとハイドラ、あと勝手に付いて行ったツミレは、北の迷宮入口から洞窟エリアの調査を兼ねた訓練に向かうようだ。

 俺たちは西の駅からだな。

 別れの挨拶をして、各々迷宮へと向かう。

 

 俺たちも道中ヒュドラ生物に襲われることはなかった。

 西の駅、地下洞窟エリア、ドゥームダンジョンと順調に進み、夢幻階層の西の境界線、橋の手前までやってきた。

 

「こっから先が神殿階層だ」

 

 転移時のトラブルに備えて軽く打ち合わせをすると、慎重に橋を進む。

 そして、四人共無事に神殿階層へと転移した。

 

「ん?」

「む?」

「どうかしましたか? ふたりとも」

 

 このメンバーは俺以外は初めて神殿階層に入る。

 だからモニクの疑問は俺とは別の内容だろう。

 

「夢幻階層は異空間迷宮だったけど、この神殿階層は普通の迷宮だね……?」

「そうみたいですね」

 

 え……。

 モニクとセレネはそんなことが分かるのか?

 夢幻階層は空とかあるし、どう考えても《終わりの街》の地下に普通に収まっているわけではない、というのは俺にも分かる。

 でも場所が屋内だと、普通の地下迷宮か異空間迷宮なのか俺にはさっぱりだ。

 これは神殿階層攻略に於いて、なんらかのヒントになるかもしれない。

 このふたりを連れてきたのは正解だったな。

 

「それで、アヤセは何か気になることがあるのかい?」

「いや、この階層……。なんか、前来た時よりもボロくなってるような……」

 

 それを聞いたモニクは近くの柱に向けて歩き出した。

 ミノが護衛のように後に続く。

 

「今のボクではそこまで場所の記憶を読むことは出来ないが、この迷宮はだいぶ古くからあるようだ」

「ふうん……つまり?」

「元から古いので、アヤセの気のせいでは?」

「え……いや前回はもっとこう、新築感があったんだけど」

「先輩、そういうのは思い出補正っていうらしいですよ」

 

 し、信じて貰えねえ。

 人選をミスったかな……?

 顔を少し傾けてこちらを見上げるミノの視線に、やや同情めいた気配を感じる。

 

「冗談だよ、アヤセ」

「そうですよ先輩」

 

 キミたち変なところで息ぴったりだね……。

 

「さて、そうなるといくつか疑問が出てきますね。まず、この迷宮は先輩が前回来たところと同一の場所なのでしょうか?」

 

「地形の情報は前回と一致するな。ただ、俺の鑑定は普段は精度が低いんで詳しいことは分からない」

 

 確かにそこは疑ってかかるところかもしれない。

 しかし、もっと根本的な疑問として、そもそも神殿階層ってのはどこにある迷宮なんだ?

 

「アマテラスの鬼塚さんが言うには、《終わりの迷宮》のドゥームダンジョン辺りまでの地形は俺たちの証言とそう変わらないそうだ。その下ははっきりと透視できないらしいが、俺はそこが夢幻階層だと思ってたんだけど」

 

「《龍脈》の異能者か。夢幻階層は異空間迷宮だが、それを発生させた術式が設置されているのは《終わりの街》の地下で間違いないのだろうね」

 

「なら、神殿階層というのはその下に? それとも、《終わりの街》とは別の場所にあるんですか?」

 

 そういう……可能性もあることになるよな。

 前回来たとき、神殿階層には上り階段しかなかった。

 もしやこの迷宮を上っていくと、元の街とは違う地上へと出るのだろうか。

 俺が考えている間も、モニクとセレネは意見を交わしている。

 

「この神殿階層というのが元から用意されていた別の迷宮だとして。夢幻階層を中継地点として《終わりの迷宮》とここをつなげている、ということになるのかな」

 

「そんなことをする理由はなんでしょうか? 封鎖地域で集めた魔力を移動させる必要があった? 《九つ首》の中で、終わりの迷宮の主だけは迷宮間を自在に行き来することが出来たのなら……」

 

「セレネ。キミの想像通り、カオスの役割は転移門で迷宮の魔力を集めることだったのだろう。強力な時間魔法を求めたエキドナの目的とも合致する。そしてその最終的な集積場所は、終わりの街ではなかったのかもしれない」

 

 ふたりの会話からすると、封鎖地域の魔力は各迷宮の転移門を通じて終わりの迷宮へと集められる。

 そして、夢幻階層を経由して神殿階層。更に、その先にある場所へ――

 

「――迷宮の果て」

 

「それは、カオスがキミと決着を付けると言っていた場所か」

 

「なるほど分かりました。では私たちは神殿階層の終点を見つけて、そこにハイドラとブレードを送り込めばいいのですね」

 

 セレネの中でそのふたりは決戦兵器かなんかなの。

 そしてさりげなく自分自身を戦力から外したな……。

 

 俺が先頭、ミノが殿(しんがり)となって最初の階段に進む。

 次に目指すのは神殿階層二階の最初の部屋だ。

 モニクたちなら何か新しい事実に気付くかもしれない。

 

 二階、といっていいのかどうかはともかく、転移門からひとつ上の階へとやって来た。

 本来ヒュドラの迷宮の壁は強固で、百頭竜クラスの力でもない限りは破壊できないはずだった。

 しかし、この神殿階層の壁や柱はそこかしこにヒビが入り、砕けた壁や天井の欠片が床に転がっている。

 前回はこんな状況ではなかったはずだ。

 壁の強度を鑑定してみたところ、ダンマスが不在になった地下迷宮程度の硬さだろうか。

 神殿階層が《終わりの迷宮》とは別の場所にあるというのなら、ダンジョンとしての性質も別物であっても不思議ではない。

 

 階段から一番近い扉を開けて室内へ侵入した。

 妙に扉の音が軋む。

 部屋の中は、前回出ていったときのままだ。

 そのときにブレードが放った報告書らしきものも、机の上にそのままに置かれている。

 

「やっぱり同じ迷宮だな。書類の位置も前に見たときと同じだ。ただ……」

「前に見たときよりも古くなっている、かい?」

 

 そう言うモニクは書類を見つめていた。

 紙で出来た書類は、迷宮の壁よりもはっきりと古びて見える。

 俺はその書類を手に取ってみようとしたが――

 

「……は?」

 

 指で掴んだそばから書類はボロボロと崩れ去った。

 まるで、長い歳月そこに放置されていたかのように。

 

「前は普通に読むことが出来た書類だぞ? どうなってんだ?」

「この部屋の紙、どれも完全に寿命ですね。軽く百年以上経ってそうです」

 

 馬鹿な。俺が以前ここに来てから、ひと月も経っていない。

 仮にその時点で紙が古かったとしても、こんなに急激には変化するわけがない。

 

「時間魔法……。もしかしたらボクたちは、既にクロノスの術中なのかもしれないね」

 

 

 

 

「この神殿の中では、外の世界よりも高速で時間が流れていたりするんでしょうか」

 

 サラッとおっかないことを言うセレネ。

 本人は無表情なのでどう思っているのかよく分からんが。

 

「前回はそんなことはなかったが、クロノスがこっちの迷宮に来たのはつい最近か。しかし、時間魔法ってのはそんな大掛かりなことが出来るのか?」

 

「超越者ヒュドラの一部であった頃のクロノスなら、迷宮ひとつの時間を進めるくらいは出来てしまったかもね。今はそこまでではなくとも、代わりに『迷宮の力』とやらを使うことが出来るのだろう?」

 

 全ての封鎖地域の魔力を集めた『迷宮の力』。

 終末化現象をも引き起こしかねないというその力は、使いようによっては超越者の力をも上回るのだろう。

 

「神殿内の時間を進める……。そんなことをする理由はなんだ?」

 

「その前に先輩、カオスとクロノスの目的が分かりません。エキドナと同じ不老不死なんですか?」

 

「あいつらはエキドナとは違う考えがあると言っていたが、不老不死を目指さないとは言ってないな」

 

 神殿の時間を進めた理由について、モニクが見解を述べる。

 

「考えられる理由としては、超越者を目指しているというものがあるね。彼らなら時間をかければ超越者に至ることは不可能ではない。ただ、普通はその前に寿命が尽きてしまうからね。その程度では素質があるとはいえないのだ」

 

「奴らは本来、超越者化する前に寿命が尽きるはずだったてことか? でもクロノスの特技で、その辺をなんとか出来てしまうかもしれない、と」

 

 クロノスは去り際に、自分たちは今よりも強くなると予告していた。

 奴らが居るのは迷宮の先だ。

 対超越者結界がある以上、アネモネやハトホルの助力は頼めない。

 時間をかけるほどに、俺たちは不利になっていくことになる。

 

「本当に外の世界と時間がずれているのか、一度戻って検証しよう」

 

 モニクとセレネが頷き、ミノもコクコクと頭を振って同意した。

 

 

 

 

 迷宮内に侵入したときは時間を計っていなかったが、外では特におかしなことは起きていなかった。

 スマホの時刻を調整しても変化は無い。

 より正確に計るため単独で神殿と地上を往復し、セレネの持つスマホとの時刻を比較する。

 結論としては――

 

「先輩に向こうで十五分待機してもらいましたが、こちらとの時差は全くないですね。神殿階層にタイムマシン的な効果はなさそうです」

 

「今はもう、と付け加えるべきかもしれないかな。アヤセはどう思う?」

 

 申し訳ないが、最悪の事態しか想像できない。

 

「クロノスの用事は既に終わっている。つまり奴らはもう超越者になってしまっている可能性があるな……」

 

「もしそうならハイドラとブレードだけで勝つのは難しそうですね。私も手伝うので別の手を考えましょう」

 

 セレネは常に淡々と言うので、絶望的な状況でもぱっと見は普段のままだ。

 ちょっと笑いそうになってしまった。

 

「ああ、そうだな。取り敢えず当初の目的通り、神殿階層の先を調べよう」

 

 気を取り直して、再び迷宮へと向かう。

 神殿の二階にはひとつ気になる部屋がある。

 七体のドゥームフィーンド・オリジンが眠る、あの部屋だ。

 

 部屋に到着すると、鑑定索敵で内部の様子を窺う。

 敵の気配は無いが、慎重に扉を開けた。

 

 …………。

 

 中を見て言葉を失う。

 一部予想していたし、一部は予想外だったというか。

 

 オリジンたちは、カプセルの液体の中で白骨化していた。

 衣装が無ければ、どれがどのキャラクターなのか分からないレベルである。

 

 ただ、一体を除いて――

 

「これがハイドラと同等の肉体を持つという、ドゥームフィーンド・オリジンですか?」

「大半は既に朽ちてしまったようだね。ところでこの残ってる一体は?」

「そいつは『ローグ』。他の六体に比べてちょっとだけ出来が良かったらしい」

 

 この神殿の中でどれだけの時間が経過したのか分からないが、こうも綺麗に白骨化するほどとはな。

 そして、その長い時間にも耐える肉体を持つローグ。

 他とは微々たる差だったらしいが、それがこの結果につながったのか。

 これだけの器も今のヒュドラたちには不要であるらしく、室内は完全に放置されているようだ。

 

 ミノはローグのカプセルに近寄るとすんすんと匂いを嗅いでいた。

 モニクはローグや白骨を鑑定しているようだが、有用な情報は得られないらしい。

 

「先輩、これそのうち悪用されたりしません? 火葬して灰にしておきますか?」

 

 サラッと怖いことを言うセレネ。

 ブレードも似たようなことを言っていたが。

 ローグは別に死体ではないし、燃やすのはあんまり見たくない光景だなあ……。

 

「いや、放っておこう……」

 

 その部屋を後にして、前回は上らなかった三階への階段へと向かった。

 

 三階も神殿内の風景は代わり映えしなかった。

 何階まであるのだろうか。

 

「他の部屋には寄りますか? それとも最短で階段を目指します?」

「可能なら最短かなー」

「少し待っててください」

 

 セレネの魔力の気配が広がるのを感じた。

 それはあっという間に俺の知覚範囲を越えて広がっていく。

 

「見つかりました。では行きましょう」

「えっ? うん……」

 

 階段、もう見つかったの……?

 元ダンマスだけあって、鑑定の射程距離がとんでもない。

 俺たちはセレネの後を大人しく付いて行った。

 

 そして四階への階段に到着した。

 さらば三階。短い付き合いだったな……。

 これ、一日で何処まで進んでしまうのだろうか。

 帰り時間も計算して慎重に進まないとな。

 

 という心配は、六階に上がったところで終止符を打たれた。

 

「先輩、悪い知らせと悪い知らせがありますけど、どっちから聞きます?」

「それじゃ悪いほうから……」

 

 って、どっちも悪い知らせやんけ!

 

「ひとつは、ダンマス級のヒュドラ生物が一体、次の階段前を塞いでいます。……もうひとつは、向こうもこちらに気付いてますねこれ」

 

 セレネの索敵に弱点があるとすれば、魔力を広範囲に撒き散らすので、索敵される側がそれなりの相手だと気付かれるということか。

 しかしダンマス級ね。強さの基準がよく分からなくなってきた。

 前回のイルヤンカみたいな特殊型はさておき、通常のダンマスなら正面突破も視野に入る。

 進むべきか退くべきか。

 

『何をモタモタしておる……。わしに今戦う気はない。オロチに話がある。さっさと来い』

 

 念話……!

 俺の索敵範囲の外側からかよ……。

 

「んなこと言ってるけど、どう思う?」

「会ってみよう。ボクも話を聞いてみたい」

 

 そうだな。情報は少しでも集めておきたい。

 

「セレネは召喚で援軍とか呼べるの?」

「通常モンスターはもちろん、進化したユニークモンスターも転移で喚び出せます。ただ、ここは場所が狭いのでゼファーのような大型は喚べません」

 

 ……は? 転移召喚?

 いつの間にそんなことが出来るようになったんだ?

 

「神殿階層と他の場所って、ウィスプの念話も届かないけど?」

「夢幻階層で中継できなかったら、多分私の召喚も使えなかったと思います」

 

 なるほど、セレネの転移も当然距離制限はあるのだろう。

 でも夢幻階層の元ダンマスであるセレネは、夢幻階層と転移門で恒常的につながっている場所であれば、迷宮間の距離は無視してドゥームフィーンドを召喚できるのか。

 ならば戦力的には問題あるまい。

 

「よし、行ってみるか」

 

 

 

 

 六階の最奥に進み、その扉の前に立つ。

 ここまで来れば、俺にもその気配ははっきりと感じられた。

 ヒュドラ生物特有の敵意が無いわけではない。ただ、戦意は感じられない。

 今は戦う気がないというのは、本当かもしれない。

 

 扉を開いて、中を見た。

 部屋の奥には騎士のような鎧姿の老人がひとり立っており、こちらを見据えている。

 無言で中へと進んだ。

 続いて入ってきたモニクが老騎士へと声をかける。

 

「やあ、ケクロプス。久しいね。キミがこの神殿の主なのかい?」

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