終末街の迷宮   作:高橋五鹿

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第83話 ネメアの民

「俺はオロチ。地上の人間だ」

「人間? そうなのか……? 私の名はラウル。私も地上の人類、『ネメアの民』だ」

 

 いや……どう見ても獣人なんだが……。

 まあ俺たちも、俺以外は普通の人間ではないのだが……。

 

 モニクが俺の服の裾を引っ張って小声で話す。

 

「彼からは微かにヒュドラの眷属の気配を感じるが、ヒュドラ生物か人間かでいえば、人間にずっと近い。そういう特徴の種なのではないだろうか」

 

 いつか聞いた話。

 人間出身の超越者が創造する眷属は、本質的に人間と大差ない。

 ヒュドラ生物もまた然り。

 ヒュドラ毒の外で生きていることからも、より人間に近い性質を持つのが『ネメアの民』とやらなのかもしれない。

 

 そして、ネメアの民が人間に敵意を向けないという話も、どうやら本当のようだ。

 しかしそれは性質上の話に過ぎない。ヒュドラ生物のように本能的に他種族を攻撃するわけではない、というだけのことだ。

 立場としては敵である可能性のほうが高い。

 さて、どうしたものか。

 

 すると、膠着状態で俺が悩んでいることを察したのか、ミノが俺の前に出た。

 む……?

 もしかしてお前、犬と狼で顔が似てるから友好的に話せるとかそういう作戦?

 ミノは無造作にとてとてとラウルに近付いていく。

 

 その動きを「危ないから」と止める者はいなかった。

 何故ならミノのほうがあの狼男よりも強いんだよな。

 ラウルが見かけ倒しということではなく、ミノが見かけによらず強いのである。

 

 ミノはラウルの前に立って相手の顔を見上げると、身振り手振りを交えて意思疎通を図ろうとする。

 顔は同系統かもしれないけど……身長差すげえなあ。

 

「すまない……彼は何を伝えようとしているのだろうか?」

 

 ラウルの表情は読めないが、どうやら困惑していたようである。

 

「あー、そいつの言葉を聞くのにはちょっと慣れが必要なんだ。俺たちはあんたに危害を加える気はないので、この先を進んだり調べたりしてもいいか、って聞いている」

 

「なるほど、少し待っていてくれないか」

 

 

 

 

 扉の前で待っていると、狼男がふたりに増えて戻ってきた。

 やはり表情は分からないが、新しいほうも敵意は感じられない。

 

「神殿の責任者が会いたいそうだ」

 

 やっぱここは神殿だったのか。

 何の神を祀ってるんだかな。

 

 ラウルが案内してくれるらしい。

 新しい狼男は交代の見張りだったようだ。

 今までの神殿階層と変わらない、石造りの通路を奥へと進む。

 

「慌ただしくしてすまないが、地下から人が出てくるなど我々にとっては驚くべきことなのだ。至らぬ点は容赦願いたい」

 

 なんとなくそんな雰囲気はあったが、狼男たちは驚き、慌てているらしい。

 顔からじゃ分からんからなー。

 感情の鑑定も、未知の生物相手だと分かりづらい。

 

 しかし、地下から出てきたというなら……。

 

「俺たちの少し前に、鎧着た爺さんが出ていかなかったか? ケクロプスって名前なんだけど」

 

「いや……? 見ていないぞ」

 

 ラウルは不思議そうに答えた。ウソをついている感じではない。

 ケクロプスなら何らかの手段で誰にも見つからずに移動できるのかもしれないが……。

 ネメアの民とやらはケクロプス、というよりヒュドラ生物とのつながりが無いのだろうか?

 

 アーチ状の壁をくぐり、大きな石の窓が連なる開放的な通路に出る。

 そして、窓の外の光景が目に入った。

 

 それは――夕暮れの空だった。

 地上にはオレンジ色の光に照らされた木々も見える。

 遠くに見えるのはひたすら森林だけだ。

 暗くなりかけた空には、薄っすらと星々も浮かんでいる。

 

 屋外……?

 この神殿、夢幻階層のような屋外型のダンジョンなのか?

 それとも――

 

「セレネ、外はどうなってんだ?」

「感知できる範囲に地形の端――境界線がありません。夢幻階層よりもずっと広い空間です」

 

 セレネは日本語で答えた。

 多分その気になれば念話も出来るが、ラウルたちを警戒しているのだろう。

 

「神殿階層は異空間じゃなくて普通の迷宮って言ってなかったか?」

 

 モニクがその疑問に答える。

 

「神殿階層は確かに地下に埋まっていた『普通の地下迷宮』だったんだ。つまり、この『広大な空間の地面に普通に埋まっている』のが神殿階層だ」

 

「神殿階層はこの新たなエリアのほんの一部分だったんです。境界線が全く感知できなかったので勘違いしていた、ということになりますね」

 

 これが……迷宮の果て。

 カオスが俺やハイドラに見せたがっていた場所。

 モニクとセレネは互いの見解を述べあっていた。

 

「それもあるが、ここには異空間特有の気配が全く感じられない。どういう仕組なんだろうか」

「ここ、迷宮じゃなくて世界のどこかの地上、ということはありませんか?」

「確かにそれなら広大な空間に説明はつくんだが――」

 

 モニクは薄暗くなった空を見ながら言う。

 

「星の配置がおかしい。ここはやはり地上ではないよ」

 

 

 

 

 神殿外周と思しき通路を経由し、目的の部屋へと到着したようだ。

 

「入ります」

 

 ラウルは声をかけると扉を開け部屋の中へ。俺たちも続く。

 奥に机と椅子、手前には応接用のローテーブルとソファ。

 いかにも代表とか幹部の部屋という感じだ。

 

 そして、奥の椅子から立ち上がったのは――

 

「ようこそおいで下さいました。私は狐仙(コセン)。この《始まりの神殿》を預かる者です」

 

 名乗ったのは、東洋風の衣装に身を包む、長い黒髪の人間の男……。

 そう、コセンと名乗ったその男は普通の人間だった。

 

「あ……あれ? ネメアの民ってワーウルフじゃないの?」

 

 思わず声に出た。

 

「いや、ネメアの民の外見は様々だ。我々獣人種はその中の一部に過ぎない」

 

 ……そうですか。

 

 獣人種ねえ。

 念話のおかげか、ワーウルフとかの表現は普通に伝わったようだ。

 そういや俺の中では、『ネメアの民』とはドゥームフィーンドのような立場の、ヒュドラ生物の一形態であると仮定していた。

 であれば、当然多様な外見の種がいて然るべきだな。

 

 そのやり取りを聞いていたコセンも所感を口にする。

 

「その反応からすると、本当に《始まりの迷宮》から出てきた方々なんですね」

 

 始まりの迷宮……。

 向こうじゃ終わりの迷宮って呼ばれているがそれは通称だ。

 本来の名前は《カオスの迷宮》のはずだが。

 

 そしてテーブルに着くよう促され、コセンも俺たちの向かいに座る。

 ラウルとミノは立ったままだ。

 

「さて、色々お伺いしたいことはありますが、まずは我々のことからお話するのが筋というものでしょう。オロチ様とおっしゃいましたね。我々についてはどの程度ご存知でしょうか?」

 

 彼らに敵意は無いし、目の前の年齢不詳の男はお偉いさんらしい。

 丁寧な言葉でも使っとこうかと思ったけど、念話で敬語ってどうやるんだ。

 ……別に素でもいいか。

 

「俺たちはこの神殿の地下、更にその向こうから来たんだが……。ケクロプスというヒュドラの眷属から、『ネメアの民』は敵ではないので、慎重に対応しろと教えられた。それくらいだな」

 

「創世神ヒュドラの眷属……。ケクロプスという名は創世神話に出てくる名ですね。もしかして本物なのでしょうか?」

 

 創世神か……。

 やっぱりこいつらもヒュドラの眷属だよなあ。

 ケクロプスが本物かどうかと聞かれても、神話とか知らんがな。

 隣のモニクに視線を向けると、代わりに応答してくれた。

 

「キミの言う神話とは、どれくらい前の時代なのかな?」

「初代皇帝の前の時代になりますので、四百年以上昔ですね」

「ふむ。ボクの知るケクロプスはそこまで長寿ではないはずだ。多分別人だね」

 

 この異空間迷宮、皇帝とか居るのか?

 それに四百年?

 真に受けるかどうかはともかく、ここは夢幻階層とは比較にならないほどの規模と時間を積み重ねた世界ということになる。

 

「ネメアの民ってのは四百年前からここにいんの?」

 

「そうです。創世神ヒュドラが『始まりの民』を模倣して創造した眷属が、我々の祖であると伝えられています」

 

「…………神殿の地下って、もしかしてあんたらは入れなかったり?」

 

「はい。地下は瘴気が満ちており、あの場所に我々が入れば命はありません。創世神と直属の眷属、あるいはそれらに並び得る者だけが、あの瘴気に耐えられるといわれていますね」

 

 ネメアの民は、ヒュドラ毒に耐えることは出来ないが外界で生活は出来る。

 ということは、彼らは人間を模倣した眷属であり、『始まりの民』とは普通の人間のことなのかもしれない。

 そして、彼らが俺たちに対して丁寧な対応をする理由も見当が付いてしまった。

 

「あー、誤解されてるかもしれないから言っておくけど、俺たちはその、ヒュドラの眷属とかではないんだよ」

 

 どちらかというと、あんたらの神様の敵なんだよなあ。

 どうもこの人たち、非戦闘員みたいだから俺も今のところ戦う気はない。

 ただ、立場をごまかしたまま交渉するなんていう器用な真似は俺には難しそうだ。

 

「あなた方は、『始まりの地』からいらしたのでは?」

 

 その質問にモニクが答える。

 

「始まりの地というのが、地下迷宮の向こう側を指すのであればその通り。ただ、向こうの住人も色々でね」

 

「創世神とは、敵対されている勢力ということでしょうか?」

 

 うっ……!

 言いづらいことをズバリと言ってのけたなこの男!

 

「まあ……そうなんだけどさ。ただ、俺が用があるのはヒュドラだけで、あんたらネメアの民と揉める気は別にないというか」

 

「ネメア帝国は多様性を容認する国家。創世神を否定する者が居たからとて、我々が争うことはありません。そこはご安心ください」

 

 え? まじで?

 

「それに神殿とはいっても、ここは歴史研究所のような役割の施設なのです」

 

 今まで見てきた眷属とは全然違うな……。

 彼らにとってヒュドラとは、神話上の存在に過ぎないのだろうか。

 

「その、あんたらって、神々や眷属と直接会うことは……」

 

「ありませんよ。創世神話は我々にとって過去の出来事なんです。『始まりの民』に会った、という記録もありません。今こうして我々が会話しているのも信じ難いことではありますが、あなた方が地下迷宮を通ってきたという事実がありますからね」

 

 つまり、『ネメアの民』とは創造主に四百年間放置されていた眷属であると?

 

「それに――」

 

 それに?

 

「あなたは、修蛇(シュウダ)に頼まれてここに来たのではないですか?」

 

 ん……?

 シュウダ……?

 

 それは確か新生ヒュドラ九つ首の一体。

 新生ヒュドラの弱点と目されている個体ではなかったか。

 このコセンが、ケクロプスの言うシュウダの情報を持っている人物だったのか?

 

 だが……その質問はおかしい。

 

「いや、俺はシュウダという奴に会ったことはない。その名前を聞いたのはついさっき、ケクロプスからだ」

 

「…………」

 

 コセンは俺の返答を聞いて考え込む。

 

「シュウダのことを知っているのか? 居場所を知りたいんだが」

 

「その返答は長くなりそうなので、明日でもよろしいですか? あと、今日はこれから皆様どうされるのでしょうか?」

 

 先程見えた外の景色は夕方だった。間もなく夜か……。

 コセンは今のところ友好的だ。焦って聞き出すのも良くないだろう。

 手掛かりは掴めたんだ。一度引き返すべきだろうな。

 そう考えていると、今まで無言だったセレネが口をひらく。

 

「先輩、帰る前にこの神殿の外の様子を見ておきましょう」

 

 コセンに対する意思表示のためか、念話でそう伝えてきた。

 

「ええ、是非ご覧になってください。外までご案内します」

 

 

 

 

 外はすっかり暗くなっており、世界の様子ははっきりとは見渡せない。

 ただ、星明かりだけでも周囲が森ばっか、ということは分かる。

 セレネが鑑定の範囲を薄く広く、伸ばしていく気配を感じた。

 

「どんな感じ?」

 

「凄く広い、としか言い様がありません」

 

「ネメア帝国の陸地は東西、南北共に最長で六百キロメートル程度の距離があります。とはいえこれはネメア帝国最初の世代の記録でして、現在ではそこまで正確な測量技術は残されていません」

 

 キロメートルて……。

 今のは念話の意訳か?

 ネメアの民――ネメア人の最初の世代っていうと、四百年くらい前の技術ってことになるが。

 ニュートンすらギリギリ生まれてなさそうな時代だぞ?

 

 とはいえ、ネメア人の言う史実が事実とは限らない。

 四百年前と伝えられていても、実際には近代になって他のヒュドラ生物が『始まりの地』から持ち込んだ知識や技術で、補完されているという可能性もある。

 

 まあ、コセンの話が全部ウソだったらこんな考察は無意味なんだが。

 ただ……コセンの言うことは真実とは限らないが、本人はウソを言っているつもりは無いように思う。

 俺のガバガバな鑑定でも、そのくらいの感情はなんとなく読めるのだ。

 

「陸地は全て帝国の領土なのですか? 例えば、勝手に住んだりとかは」

「名目上はそうです。が、未開拓地に住んでいても、実際に咎められることはほぼないでしょうね」

「なるほど……」

 

 セレネはここに住む気なの?

 いやまさかな……。

 自然が多くて良さげな場所ではあるけども。

 

 広大な森林と星空に、俺は自分の立場も忘れてしばし見入っていた。

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