終末街の迷宮   作:高橋五鹿

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第88話 迷宮魔法

 でも、何故だ。

 

「そもそも、どうして終末化現象が起こった?」

 

『時間魔法というのは、本来脆弱な魔法なのだ。せいぜいが生物一体の速度を変化させる程度のもの。直径千キロに渡る空間の時間を四百年も進めれば、まず間違いなく惑星破砕レベルの揺り戻しがやってくる』

 

 じゃああいつらは、宇宙レベルの自爆をかましたってことなのかよ!

 

「宇宙レベルの馬鹿なの!?」

 

「アヤセの言いたいことは分かるが、カオスという男はそこまで愚かではない。それを防ぐための《封鎖世界》だったのだ」

 

 アネモネやモニクの見立てでも、カオスであれば宇宙の理から隔絶された空間を創り、時間のズレによる歪みを防ぐことは可能なのではないかということだった。

 予定の段階では、問題はなかったはずらしい。

 

 ……だが、結果はこの通りだ。

 

 少しずつ真相が明らかになり、動機などもはや重要ではないことを思い知る。

 今、惑星ネメアには真の滅びが迫っている。

 地球をも巻き込む可能性すらある。

 それでも、可能な限り地球に避難させるべきか?

 ネメア人はヒュドラ毒満ちる迷宮を通ることは出来ないのに?

 なんらかの魔法を使ったとしても、救える数には限度がある。

 それに、地球で彼らは生きていけるのか。

 ドゥームフィーンドですら、この星には居場所が無いのが実情なのに?

 コセンやラウルはそれを望むのか?

 コボルドたちの、セレネの気持ちは如何ばかりか。

 ハイドラの、そしてハイドラを慕う者たちの……未来はどうなる。

 

 俺には悪い予感がある。

 確信と言ってもいい。

 それは……。

 ネメア人を見捨てるような根性では、遠からず地球も滅ぶということだ。

 そんなヤツには…………何も守れないからだ!

 

 俺は――

 

 俺のすべきことは――

 

「話は全て聞かせてもらったのじゃ!」

 

 突如、ガラッという音と共にオペセンの窓が開け放たれた。

 窓から入ってきたのは、オリエンタルな衣装に身を包んだ黒髪褐色肌の女。

 

「ハ、ハトホル!?」

「人類は滅亡する! だから、なりふり構わず宿命に抗いに行くのじゃろ?」

 

 驚いているのは俺だけのようなので、ビールの神様にして《死の超越者》――ハトホルの存在に気付いていなかったのも俺だけなのだろう。

 いつものアレ。

 

『ハトホル。コズミック・ディザスターを止めることなど……不可能だ』

 

「それでもそこのオロチは挑む気ぞ。(なんじ)もずっと挑んできたのであろ? アネモネよ」

 

 

 

 

「今回のコズミック・ディザスターがヒュドラを模倣した存在ならば、九体揃わなければ本領を発揮できない可能性があるんじゃないか?」

 

 ケクロプスはそう考えているのだ。

 俺のコズミック・ディザスター対策も、今のところはそれしか思い浮かばない。

 

『それはただの推測ではないのか』

 

 しかしそのアネモネの言葉を、モニクが否定する。

 

「いや……ケクロプスは《九つ首》本人だからこそ、分かることもあるのかもしれない」

 

 ならば狙うべきはケクロプスの言う通り、魂の気配が希薄だというシュウダか?

 その調査も、行き詰まってはいるが。

 

(われ)に良い案があるぞ。オロチ」

「はあ……どんな方法っすか」

 

 ノリと勢いだけで喋ってそうな超越者に、期待せずに返事した。

 

「そりゃああれじゃよ。四百年前の時代に行って、まだ百頭竜レベルのカオスとクロノスを始末して、封鎖世界も時間魔法もぶっ壊せば良い。なに、ネメアの歴史が消えるわけではない。普通の時間の流れで、また四百年進化すれば良いのじゃ。ゆっくりとな」

 

 はあ……。

 何言ってんだこのねーちゃん?

 ……え?

 そんなん可能なの!?

 

「本来は時間転移など、《時間神》とかいうエラそうな二つ名の奴にも無理じゃろうて。しかし、カオスの《封鎖世界》は途轍も無い規模の時間魔法を実現させたじゃろ?」

 

「えっと……? すんません詳しく」

 

「つまり、異空間迷宮の中では宇宙の理を半ば無視することが出来る。《迷宮魔法》とでも呼ぶべき、独自の魔法を行使できるのじゃ」

 

「そ、それじゃあ封鎖世界限定なら過去にも行けるってことに?」

 

「無理じゃ」

 

 無理なのかよ!

 

「飛ばせたとして、魂だけじゃろうて」

 

 ――魂?

 

「俗に『魂』と呼ばれるものは、我の感覚だと故人の記憶に過ぎないのじゃが。エキドナはそれを単一の存在と見做すことで、記憶と人格を移し換えるという秘法を編み出したのじゃ。そこそこ天才じゃの」

 

『程度は違えど、ヒュドラの九つ首や百頭竜はその魔法を使うことが出来る。魔法とは考え方なのだ。ヒュドラの眷属には出来ても、僕たちに同じことは出来ない。しかし――』

 

「しかし、それを模倣できてしまう者がここに居るというわけだね」

 

 三者が俺に目を向ける。

 いや、アネモネに目は多分無いが……。

 あったとしてもどれだか分からんが……。

 

『結論から言おう、オロチ。君の記憶と人格だけならば、封鎖世界の過去に送り込むことが可能だ』

 

「記憶と、人格だけ……」

 

 よく意味が理解できず、オウム返しに答えてしまった。

 

『そうだ。つまりほぼ何も出来ない。過去の封鎖世界を観測は出来ても干渉はほとんど出来ない。ヒュドラがもし君の立場であれば、過去の人間を乗っ取るくらいは出来たかもしれないが、君の性格では多分無理だろう。それに――』

 

 アネモネの視線というか気配が、ハトホルのほうに向いた気がする。

 

『歴史を変えるというのは、それこそ終末化現象を引き起こすようなことだと僕は思う。だからカオスたちを殺しても現在の状況が変わるかは怪しいし、そもそも彼らを殺す手段がないだろう』

 

「過去の時代で協力者を募れば良いじゃろ」

 

 簡単に言ってくれる。

 もし協力を得られたとしても、初代のネメア人がカオスに勝てるわけがない。

 ネメア人とはそもそも人間と大差ない種族なのだ。

 それ以外の種族……いたとしても、それはカオスやクロノスの直属の配下のはずだ。

 それを裏切らせるなど不可能に近い。

 

 …………。

 

 本当に誰もいないのか?

 何か見落としてはいないか?

 

 この心に引っ掛かるものはなんだ?

 

 新世界ネメアとは、終わりの迷宮の果てにあった場所だ。

 迷宮……果て……奥底……。

 

「あ――」

 

 いた……。

 いるじゃないか!

 俺たちよりも先に、ただひとり迷宮の奥底に挑んだ奴が。

 

 ドゥームダンジョン最凶最悪の男――『セルベール』。

 

 あいつは今、何処で何をしている?

 

 

 

 

『セルベール? その男が、四百年前の新世界にいる可能性があると?』

「いたとして、その男でカオスたちに勝てるのかのう?」

「あいつは得体の知れない強さを持っていた。ドゥームフィーンドの中で、百頭竜の領域に一番近かったのはあいつのはずだ」

 

 しかしセルベールであっても、カオスとクロノスに勝つのは難しいだろう。

 また、倒したところで歴史が変わらない可能性も高いという。

 

「なら、アヤセは四百年前の時代に転移して、直接カオスたちを倒すことを目指すのかい?」

「何度も試せるような方法ではないぞ。それに汝自身が望まねば、時の向こうから帰ってくることは出来ないじゃろう」

 

 先に言え。

 

『逃げ出したいと思ったなら、すぐにでも帰ってこれるだろう。だが、君の性格だと目的を達成したと自分で納得せねば、帰ってこれないのではないかとも思う』

 

「……もう少し、考えさせてくれ」

 

 引き続きシュウダの行方を探す場合はどうか。

 シュウダはネメア帝国史中期の人間。

 ドゥームフィーンドの寿命は人間と大差無いという。

 セルベールが新世界に迷い込んでいた場合、その時代だと既に寿命だ。

 

 終末化現象が発生したのは、現実の時間ではつい最近のこと。

 発生してから一ヶ月も経っていないのだろう。

 

 でも、時間の進みが異なる封鎖世界から見た場合、それが発生したのはいつだ?

 

「…………っ!」

 

「アヤセ?」

 

 ――その時代、世界の果てに大きな変化が起こり、この世の終わりを主張する声が多くなった。

 

 歴史書に記されていた一節だ。

 だが帝国はその後二百年間続いており、世界の果てもただそうしたものとして受け入れられた。

 

 これは世界の果ての先が、地獄のような光景に変化したことを記していたのでは?

 時間の進みが異なる封鎖世界の内部から見た場合、暴風も、あるいは稲光すらも止まって見えたかもしれない。

 封鎖世界内部は夢幻階層と同じく、昼も夜も擬似的な現象として空を染め上げているのだ。

 境界線に近付かなければ、外の様子を見ることは出来ない。

 

 二百年前……。

 

 それは九つ首に名を連ねるカダ、トウテツ、シュウダが活躍したという動乱の時代だ。

 ヒュドラ生物とは異なる進化を遂げ、たいした力を持たないネメア人。

 そのうち同じ時代の三人もが新生ヒュドラ――

 

 いや……《コズミック・ヒュドラ》の一員という不自然さ。

 

 誰も望んではいないはずの星の滅亡。

 超越者たちは、カオスはそんな失敗をするような男ではないと言う。

 

 終末化現象とはなんだ。

 それは、行き過ぎた力が引き起こす反動の滅亡。

 地球と似たような文明の惑星でいえば、科学が発達し過ぎたがために起こることもあるそうだ。

 

 つまり、超越者のような卓越した個の力でなくとも。

 コズミック・ディザスターを呼び寄せてしまう可能性はあるのだ。

 

 今起きている終末化現象は、クロノスの時間魔法が原因なのは間違いない。

 しかし、それは意図的に滅びを呼ぶためのものではなかったはずだ。

 

 どこかで、(ほころ)びが生じたのだ。

 

 もしや……。

 もしや、終末化現象が発生した直接の切っ掛けは。

 

 ――カオスたちヒュドラ生物ではなく、ネメア人にあるのではないか?

 

 そんなものは俺の想像に過ぎない。

 だが、終末化現象の理由を調べ対策を練るというなら、時間魔法が原因であることは分かりきっている。

 なら、四百年前に行ったところで新たな情報が得られるだろうか?

 

 迷宮魔法は何度も試せるような術ではないという。

 目的を遂行できなければ、俺が帰れなくなる可能性すらある。

 これは……星の命運を賭けた大博打だ。

 

「二百年前の時代に行って、終末化現象の真相を探る」

 

 

 

 

 アネモネとハトホルは直接封鎖世界に行くことは出来ない。

 迷宮魔法を行使するにあたり採用された方法は、モニクが連れている例の強化ウィスプを使う方法だった。

 

「この人魂なら頑丈そうじゃから、ちいとばかし過積載しても問題なかろ」

 

 おいおい……。

 

『《時間魔法》……《過去視》……《時間転移》……《千里眼》……《並列思考》……《念話》……《念動力》……《精神武装》……《精神憑依》……』

 

「おうおう、駄目元で色々ぶっ込んでおるのう」

 

 なんだよ精神憑依って。

 人間を乗っ取るのは俺には無理だって言ってただろ。

 本当に駄目元なんだな……。

 

 翠色のウィスプが、プスプスと音を立てて煙を噴いている。

 大丈夫?

 死んじゃわない?

 ウィスプってアンデッドだからもう死んでるのか?

 

『準備は出来た。後は現地で冥王に迷宮魔法を行使してもらえば良いだろう』

 

「それじゃあ、行こうかアヤセ」

 

 へいへい……。

 滅亡の危機だってのに緊迫感薄いなあ。

 アネモネは地球滅んでも生きてけるんだろうけど、死の超越者と元死の超越者は……ひょっとして覚悟キマっちゃってるのかね?

 

 

 

 

 ――惑星ネメア。封鎖世界。

 

 神殿の南の海岸へと再び戻ってきた。

 迷宮魔法がどんなものかは分からないが、人目を避けるためだ。

 

「アヤセ……辛くなったら逃げ出してもいい。滅亡の宿命が避けられなかったとしても、せめて最後はここへ帰ってきてくれないか?」

 

 覚悟キマってるらしかった。

 

「そうさせて貰うよ。でもアネモネの見立てだと、俺の性格じゃ難しいんじゃなかったか?」

「帰りたくても逃げ出したいと思えないのだったら、ボクに会いたい、でもいいんだよ?」

「……参考にするわ」

 

 互いにふっと笑うと、モニクは両の手に掲げるように翠のウィスプを差し出した。

 

 迷宮魔法《時間転移》。

 

 今から二百年前の新世界ネメアに転移するのは、俺の記憶と人格のみ。

 具体的に何がどうなるのか、術者のアネモネにすら分からない。

 

 前代未聞の魔法が行使された。

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