終末街の迷宮   作:高橋五鹿

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第9話 生存者

 世界大災害の日から半月が経過し、今日は五月の真ん中の日だ。

 

 妙に早い時間に目が覚めた。

 昨日地震が起きた後、帰って飲んですぐ寝ちまったからな。

 外はまだ薄暗い。二度寝しようかと思ったが落ち着かなかった。あきらめて起き上がり、PCの電源を入れる。

 

 気になるニュースを見つけた。

 生存者のニュース。

 今更の話題。ありがちな話題である。が。

 マスコミはいい加減学習して、その手のウソには引っ掛からなくなっていた。俺のアカウントに対しても、どこのマスコミからも取材の声はかかっていない。

 ということは、このニュースはそれなりに信憑性があると思われている情報なのか。俺は見出しをクリックした。

 

 ニュースによれば、生存者は既に死亡していた。

 立入禁止ラインの奥をうろうろしているのを発見されたのだという。そこが本当に危険だったのかは誰も確かめることが出来なかったはずだ。確かめようとして死んだらアホだからな。でも、実際にはなんらかの方法で確かめたのかもしれない。動物実験とか。

 

 この記事は生存者が危険地帯でも生きて動いていたという前提で書かれている。その辺りに少し闇を感じないでもない。

 

 さて、危険地帯でも死亡しなかった生存者は、それならどうして死んでしまったのか。答は『安全地帯まで自力で歩いてきて、その後死んだ』だ。なお死体が消えたとは書いていない。警備を担当していた警察によれば、会話の受け答えは出来なかったらしい。手掛かりなし。

 

 また、当然のように身元不明。そんなすぐには分からないだけだとも思うが、身分証は持っていたらしい。ただし明らかな別人の。封鎖地域内は死者の衣類がいくらでも転がっているわけで、盗んだだけなのでは?とネットでは噂されていた。

 

 俺も他に思いつかない。金なんて今のところ鼻紙の代わりにもならないので俺は盗んじゃいないが、必要とあらば貰っていくと思う。ここはもうそういう街だ。

 

 普通に考えれば、たまたま抵抗力の強かった生存者が命からがら危険な境界線を越え、そして力尽きてしまったというオチだろう。もし俺が同じことを試みればこうなるという、重要なヒントだ。

 

 だが俺は、十日かそこら前に見たガセネタ臭い噂話のほうを連想している。曰く、『封鎖地域内は致死ウイルスで満たされており、抗体を持つ人間は外部に出ると逆に死亡してしまう』というやつだな。

 

 くだらねー話だ。前半までは分かるが、後半はちょっと無理がないか。ただ、この噂話にビビったのは事実。俺にとっては絶望でしかないからな。

 

 今見たニュースのせいで思い出してしまった。この噂には『政府は生存者を人体実験の材料としか思っていない』というおまけまで付いている。人体実験というのは言い方が悪いが、あり得ないことではないなとも思う。外に出たら自由はないものと思ったほうがいいかもしれない。

 

 ……それでも、死ぬよりはマシなはずだ。

 

 外からはチュンチュンと雀の鳴き声が聞こえる。すっかり朝だな。

 

 え?

 

 雀とかいるわけないだろ。いや、しかし……。

 俺はカーテンを開けると窓の外を見る。

 居たよ、電線の上に。

 雀が二羽、並んでさえずっていた。

 

 えっと、これはどういうことだ?

 封鎖地域における鳥の目撃事例は結構多いんだったか。外の地域からやってきたのなら、もしかしてもう境界線は安全になったのだろうか。いや慌てるのは早い。期待しすぎるとがっかりするからな。元から封鎖地域内で生き残ってたのが近くに来ただけかもしれないし。

 

 ……こいつも巨大化したりしないだろうな?

 

 果たして雀が巨大化したら、人類の驚異たり得るだろうか?

 まず人間を襲わないんじゃないかな。たとえ十倍の大きさになっても。

 虫とか食うだろうから、あんまでかくなると危険かもしれない。ただ、人間襲えるほど巨大化したら、まともに身動き取れないんじゃないかという気もする。

 

 モニクさんの言う『橋を渡ってはいけない』という忠告は、橋のこちら側には生物が居ないという意味に俺は受け取っている。ただ、それが正しいとは限らない。俺が解釈を間違えている可能性もあれば、彼女の言葉が正しくないという可能性だってある。

 

 恩人だし感謝はしている。嘘はついていないかもしれないが、誰でも間違えることはある。盲信する気はない。

 

 服を着替えると手斧を装備する。リュックに水と食料、バールを用意して探索の準備をした。軽めの朝食を摂り、部屋を出る。今日の探索は長くなるかもしれない。

 アパートの外階段を降りると、雀たちは逃げるように飛び立った。地元駅の方角へ飛んでいくのが見える。

 

 俺にとって忘れ難い日、五月十六日はこうして幕を開けた。

 

 とりあえずは駅に向かうことにしよう。

 雀はもう見失ってしまったが、駅周辺で食料の回収もできるし出掛けること自体は無駄ではない。

 

 空は少し曇ってるな。傘……は別に持ってくる必要はないか。駅前に傘を置いてる店などいくらでもある。傘代を節約するために、雨が降りそうなときは家から傘を持っていこうと考えるなんて。

 俺にもまだ常識的なとこが残ってたんだな。街はすっかり狂っちまったってのに。

 

 それに、今着ている服やリュックはどれも防水なり速乾なりの機能があって上着にはフードも付いている。傘なしでもまあ、出歩けないほどではない。

 

 駅に向かう道に異常は見られない。辺りに散らばった衣類は風雨にさらされ、その後砂埃が付着し段々と廃墟感が増してきただろうか。建物外壁や屋根などは、元よりそれほど定期的に清掃するものでもない。こちらはあまり変化を感じなかった。

 

 ほどなくして駅が見えてくる。

 

 ……居るな。

 

 鳥だ。高架駅の屋根の上にちらほらと止まっている。

 周辺地域からの、封鎖地域内の生物目撃譚は鳥が圧倒的に多い。

 

 鳥しか見えないもんな。

 

 そう、その手の噂が事実であったとして、遠くから見えるのは空か建物の上くらい。地上や屋内に猫や他の生物が居ても発見される確率は低い。虫とかは単に小さくて見えない。したがって鳥の発見報告の割合が多いのだ。

 

 街中に居る俺だって例外ではない。遠くから発見できるのは鳥だけだ。先週だか先々週に出会った猫のような生物は、近付くまで分からない危険性が非常に高い。

 

 俺は背負ったリュックから、ゆっくりとバールを抜いた。

 

 何故、わざわざ危険かもしれない駅に近付くかといえば、放置していたら自分の家だって危険かもしれないからだ。退治は無理でも、居るのか居ないのかはある程度はっきりさせておく必要がある。出来れば行動範囲も知りたい。少なくとも雀は家の前まで来ていた。

 

 建物の陰から駅前広場を覗き込む。地上には何も居ない。外から見える範囲では駅構内にも何も見えない。バールを持ったまま、辺りを見回しつつ駅に進んだ。

 

 駅の入り口、やはり壁から覗くように中を見る。何も居ないようだが、この先はどうする?

 

 改札を通り上のホームまで登れば、さっき見かけた鳥たちをもう少し近くで観察できるだろう。しかし階段を登るのはリスキーであるように思える。途中に階段があると、いざというとき走って逃げられない。

 そりゃあ走る奴もいるかもしれんが、段を飛ばして跳び下りて、着地失敗して足でも捻ろうものならそこで終わってしまう。映画とかで見る手すりに座って滑り降りるとか、あんなのは無理。ぶっつけ本番で着地失敗したら以下略。

 

 そんなわけで、駅ホームはスルーすることにした。

 じゃあ何処に行くか。鳥たちは家から見て北の方角、駅のほうから来たのだ。生物たちが駅から生えてくるのでもない限り、更に北からやって来たと考えるべきか。

 だが俺は、駅の北側に行くのも妙に抵抗を感じた。元から駅の北にはあまり深入りしないと決めている。

 

 なんでだっけ?

 

 封鎖地域の北側の境界線は、駅の北にある川を渡ってずっと向こうだ。北の川ってのは、以前俺が隣街に行くときに渡った、西の川の上流に当たる。ようするに同じ川だな。内地から海へとまっすぐ伸びているわけではなくて蛇行している。それがこの街の北と西の境目になっている。

 

 この街は封鎖地域のど真ん中にあるので、街境と封鎖地域境界線は全くの別物だ。後者のほうが遥かに範囲が広い。

 

 封鎖地域の境界線に近付くのは嫌だが、街の境くらいは越えても問題なさそうである。ただしこれは毒ガス――そんなものがあればの話だが、とにかく境界線の毒ガスに対しての見解だ。

 

 危険生物に関しては違う。モニクさんは橋を渡るなと言った。それは西の隣街に渡るための橋のことだと俺は考えていたが、今まで探索しなかった北側にも川があり、そして橋がある。

 北の街は今どうなっている?

 

 駅構内から北側商店街を覗き見る。

 何も居な……いや、あれはなんだ?

 

 カラス……カラスだな。

 商店街はあちこちから生ゴミの臭いがするし、カラスが居るのはむしろ自然だ。

 

 分からん……。

 

 まずこのカラスは本物か。それとも巨大化してないだけの謎生物なのか。

 なんで出てきた。謎生物だとしたら橋からこちら側には出ないのではなかったのか。

 今、おもむろに近付いてこのバールを振り下ろしたらどうなるだろうか。

 死体は消えるのか。それとも。

 

 普通の生物という可能性がある以上、無意味に動物虐待するつもりはない。

 謎生物だった場合。放置したら巨大化したりしないだろうな?

 あっ、数が増えた。全部で何匹いるんだ?

 倒してしまったら、他のカラスが集まってきて襲われたりする可能性は?

 

 よし、こちらから手を出すのは無しだ。正当防衛のみな。そーっと歩いて、素通りしてみよう。

 

 俺はゆっくりと歩いた。カラスが居るところとは反対側の歩道だ。奴ら、こっちをじっと見てるな。普通のカラスでも人間は警戒するだろうし、怪しいところはない。いや、この封鎖地域内に居るだけですっげー怪しいけども!

 

 手に汗をかいているのが分かる。グローブを付けていてよかった。バールはしっかり握り込まれている。カラスは頭いいから人間が武器持ってると近寄らないなんて話もあったな。銃だと近寄らないけど棒切れとかだと……今俺が持ってるのは棒切れだな?

 

 俺はまたも拳銃のことを忘れていたのを思い出した。しかしなあ。今取ってきたところで急には使える気がしないし、割と長いこと放置してあるから撃ったら暴発とかせん? 知らんけど。

 

 げっ!? 一匹こっちに飛んできやがった!

 車道の向こうからだから距離は6、7メートルか?

 どうする? 俺!

 

 考えつつも俺は反射的にバールを振りかぶっていた。

 野郎、やる気だな。猫に殺されそうになった記憶がフラッシュバックし、闘志に火が点くのを感じる。一方で足が震えてるのも自覚している。カラス一匹にビビるのも我ながら情けないが、向かってこられると結構怖い。

 だがそれでも、俺の頭は一部冷静だった。そして冷静な頭でこう考えた。

 

 バール当てるの、結構難しいのでは……?

 

 カラスはそこまでデカい標的ではない。バールも細い。ボールにバットを当てるよりは簡単かもしれないが、野球で遊んだ記憶がほとんどない俺にはボールにバットを当てるのがまず難しい。せめて、せめてバールよりも太い金属バットを装備していれば!

 

 俺はスポーツの道具を武器として扱うのがダサいと思っていた。任侠ものでもヤンキーものでもなんでもいいけど、金属バットはないだろうって。

 工具ならいいのか?と問われると目を逸らしてしまうが、工具はなんとなくアリ。パワードスーツとか、普段は工事用だけどモンスターや異星人と戦ったりするじゃん?

 いやそんなこたいいんだよ。バットは優れた武器でしたすいません。当てやすそう。

 

 カラスはもはや目前だ。俺は「南無三」とばかりにバールを振り下ろす。南無三の正式な意味は知らない。フィクションの影響だ。心の声とはいえ、実際に言うときがくるとは思わなかった。

 

 偶然にもバールはカラスに直撃した。ラッキーパンチだ。手応えが妙に軽い。俺は緊張のあまり、バールに全く力を込めることができなかった。丸めた新聞紙で蚊をはたくような軽い攻撃だ。

 それでも金属の棒で殴られるのはたまったものではないらしく、カラスは自身の体重と飛んできた勢いの分だけダメージを受け、更に地面に叩きつけられる。

 

 うっわ痛そう。俺を本気にさせたお前が悪いんだぜ……。

 

 時が止まったような感覚。俺も地面のカラスも、道路の向こうのあと三匹も全く動かない。それはきっと、凄く短い時間だったのだろうけど。

 

 地面のカラスが、頭を持ち上げた。

 

 そして起き上がろうと翼をはためかせる。

 

 …………。

 

 カラスの耐久力とか俺には分からない。今までの人生で、カラスをバールではたき落としたことなんてなかったからな。だが、こいつが封鎖地域特有の危険生物かなにかだとしたら、次は本気の一撃を振り下ろさなければならない。

 さっきも本気とかいってた気がするがあれはウソだ。

 

 地面のカラスを睨みながら神経を集中させる。また飛んでこられたら厄介だ。

 踏み込むか?

 バールの間合いまで踏み込んで、体重を乗せた一撃を叩き込むべきだろうか。

 

 悩んでる間にも、翼をバタつかせながらカラスは反転した。そして元いた場所へ向けて飛び立った。

 同時に他のカラスたちもいっせいに飛び立つ。俺は心臓が跳ねるほどビビった。だがカラスたちは、四匹とも北の方角へ逃げるように飛び去っていった。

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