終末街の迷宮   作:高橋五鹿

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第90話 その頭上にはいつも

 動けないまま数時間が経過した。

 頭がおかしくなりそうだ。

 

 ここまで試したことで分かったのは、《精神武装》の魔法で魔力剣を少し出せるということくらいか。目の前の地面に少し穴が空いた。特に意味は無かった。

 

 精神というものは肉体にも左右されるものなのか、人魂から剣になった結果として機動力を失い、攻撃力がちょっと増えた感じである。

 

 劣化版わらしべ長者かよ。もっとマシなボディをくれ。

 

 例えばそう、剣となった今の俺を手にしているこのガイコツ……。

 いや、こんなのに乗り移るのは死んでもゴメンだし、出来心で試した《精神憑依》も全く効果が無かった。《並列思考》に続く産廃魔法だこれ。

 せめて……せめてこのガイコツを動かせたら……。

 とか考えていたら急に視点が上がった。

 

 あれ? ガイコツの右腕、動いてる?

 

 そういや《念動力》なんてのがあったな。……多分それだ。

 

 

 

 

 一日が経過した。

 

 修練の末、ガイコツ兵士はとうとう立ち上がった。

 足の骨はぷるぷる震えている。

 生まれたての子鹿のようだった。

 もっと頑張ればきっと移動が出来る。

 出来ると思うが、ウィスプとの移動速度差はツバメとカタツムリくらいありそう……。

 

 念動力といっても、ガイコツ以外は小石ひとつ動かせなかった。

 当然、剣である俺自身を飛ばすことも無理だった。

 

 あと、このガイコツ兵には実体がある。

 これでは人里を通過できないし情報収集も無理だ。

 こんな姿を人間に見られたら大騒ぎ――

 

「う、うわあああぁぁぁ!!!」

 

 いつの間にか接近していた猟師っぽいネメア人が、ガイコツ兵を見て絶叫し逃げていった。

 

 ここ……人とか通るんだ?

 よく見たら山の中なのに道があるしな。

 だからこの兵士も、ここま来て死んだんだろうしな。

 

 ……そこまで考える余裕が無かったんだよ。

 

 

 

 

 一ヶ月が経過した。

 

 一ヶ月も何やってんだよ! とは自分でも思う。思うのだが。

 俺も最初のうちは物凄く焦っていて、こんなことをしている場合じゃないって精神が疲弊していったのだが。

 

 半月も経つ頃には開き直っていた。

 生身の人間には到底不可能な無茶な動きをする、ガイコツ兵の操作もちょっと楽しくなってきた。

 襲い来る野生の獣も返り討ちにし、俺に近寄る猛獣は居なくなった。

 

 俺のそばだと安全ということを学習したのか、小鳥だの小動物だのは増えた。

 可愛いと思った。

 最初の頃だけは。

 毎日毎日ピーチクパーチクやかましいわ。

 あと頭蓋骨を巣にしようとするのはやめろ。

 

 ネメア人とも何度も遭遇した。

 恐らく俺のことは噂になったのだろう。

 肝試しのように見に来ては絶叫して逃げる者、悪霊を討伐せんと挑んでくる者。

 

 これはチャンスだ。

 情報収集は無理だと思っていたが、向こうからやってくるのだ。

 念話での会話を試みる。

 

 しかし、誰も俺の念話を認識してくれなかった。

 

 そういやそうでございましたね……。

 魔術士や道術使いとかならもしかしたら、とも思うのだが土地柄か脳筋っぽいのが多い。

 猟師というより、ひょっとしたら山賊かなんかなんじゃないだろうか……という外見のヤツも結構見る。

 

 せっかくのガイコツ兵を壊されては敵わないので、襲ってくるヤツはネメア人だろうと返り討ちにした。命までは取らないが。

 中には俺を討伐しに来たくせに野生の獣に殺されそうになっている者まで出る始末。

 仕方ないので助けてやったりしたが、話も聞かずに逃げていった。

 話は出来ないんだけどな!

 

 俺自身の念話の能力か、ガイコツ兵を動かす念動力。

 いずれかをもっと極めなければ、次の段階には進めそうもない。

 

 

 

 

 そんな日々が続くなか、あるときそいつはやって来た。

 

「お前か。この山に住まう悪霊というのは」

 

 例によって山賊のような格好の男だった。

 毛皮を用いた長い外套は装飾も凝っていて、実用性だけでなく派手さも併せ持っている。

 無造作に伸ばされた長い黒髪、精悍な顔付き。

 得物は片手剣のみ。

 飛び道具は持っていなさそうなので、猟師ではないのだろう。

 今までの連中に比べてかなり強そうではあるが、道士以外のネメア人はたかが知れている。

 

 男は剣を抜いた。

 

『またかよ。討伐とかもういいから、俺の話を聞いてくれよ』

 

「まあそう言うな。お前は強いのだろう? オレに勝てたら話を聞いてやる」

 

 あ?

 今……今こいつ、俺の言葉に反応したのか?

 

『お……お前! 喋れるのか!?』

 

「いや当たり前だろ。それは普通、オレがお前に言う台詞だろう?」

 

 確かに俺は剣で見た目はガイコツ、お前は人間!

 だからそういやそうなんだけどそういうことじゃねえんだよ!

 

『あーなに? 戦わなきゃだめ? 今話聞いてくれよ!』

 

「なんだか聞いていた印象とだいぶ違うな……? 悪霊、お前の名はなんという」

 

 お……?

 聞いてくれる気になった?

 

『俺はオロチ。今はこんなんだけど、ちょっと事情があってな……』

 

「……オロチ?」

 

 男の気配がスッと変化した。

 ……なんだ?

 こいつ……ひょっとして……。

 

 そうだ、今まで俺の念話を聞き取れる奴なんてひとりもいなかった。

 六合器を扱う、凄腕の道士たちですらそうだった。

 俺と会話できる時点で、只者では――

 こいつは、「強そう」どころの相手ではない!

 

 天叢雲剣を持たせたまま、ガイコツ兵の体勢を整える。

 

「そうか……悪神オロチ……! 賞金稼ぎや獣風情では相手にもならないわけだ! この世に蘇っていたとは、これは期待以上だ!」

 

 は……?

 はぁ~!?

 悪神オロチだあ? 誤解だ、俺をそんなもんと間違えるとは。

 

 ……って、いや待てよ?

 新世界の創世神話って、元の時代から見てひと月かそこら程度の前の話だ。

 だから創世神ヒュドラってのはカオスのことだ。

 封鎖世界の中では何百年も経過しているから、昔話に尾ひれが付いて大げさになっているだけに過ぎない。

 封鎖世界が出来る少し前の期間に、ヒュドラの眷属を滅ぼしまくった奴の呼び名が悪神オロチ。

 

 ということは、誤解でもなんでもなく――

 

『……悪神オロチは俺のことだな?』

 

「やはりそうか! ならばオレとは是非とも戦ってもらおう。我が剣の門派は《替天刃(たいてんじん)》。我が名はシュウダ!」

 

 シュウダ……?

 ああ、こいつがそうなのか……。

 

 この世界でずっと探し続けていた者と、思わぬところで邂逅した。

 目標の地元でずっと暴れていたのだから、必然だったのかもしれないが?

 よし、作戦通りだな!

 おかげで初手から敵として出会うことになったが!

 

 いや……こいつは元から敵だったな。

 

 ――遥か未来の、話だけれども。

 

 

 

 

 相手はネメア人とはいっても、ネメア帝国史四百年の中で三本の指に入るかという剛の者。

 一方俺はただの剣。

 俺という魂を吸い込んだ不思議な力を発揮したのは、最初の一回だけだ。

 そしてそのただの剣を操るのは単なる無名の兵士のホネである。

 六合器を持っていた以上、多少は強かったのかもしれないが今はただの死体だ。

 

 シュウダが踏み込み、片手剣が横薙ぎに払われた。

 小細工も何も無い、真っ正直な攻撃。

 だが――速い!

 辛うじて後ろに飛び退く。

 ブレードとの訓練経験が無ければとても対応できなかった。

 身体強化を施したエーコ並の動き。

 つまり俺が元の身体であっても、勝てるのかはかなり怪しい相手だ。

 

 これで生身の人間とか、ウッソだろ……?

 ドゥームフィーンドの間違いじゃないのか?

 魔王城に居たネメア人の冒険者たちとは桁違いの実力だ。

 

 こちらから踏み込んで反撃を試みるが、返す刀で防がれる。

 凄まじい膂力。念動力で突進させたガイコツ兵が押し負けそうになる。

 弾かれて再び距離が開き、シュウダが叫ぶ。

 

「勝負は一瞬と思ったが、これを凌ぐか!」

 

 いかん……パワーでもスピードでも負けてる。

 正攻法で勝てるビジョンが全然浮かばない。

 ガイコツは念動力で動かしてるだけだから奇抜な動きで戦うことも出来るんだが、多分そんな小細工が通用する相手じゃない。

 

 ――今の俺がこいつを倒すには、魔力剣を使うしかない!

 

 だが……。

 コズミック・ヒュドラは《九つ首》の生死を問わない。

 こいつを殺しても何も解決しないし、こいつから得られる情報も絶たれてしまう。

 

『……俺が勝てたら、話を聞いてくれるんだったな?』

 

「二言は無い」

 

 やはり殺すのは無しだな。

 どうにかして負けを認めさせる方向にしよう。

 魔力剣は本来加減が難しいが、このガイコツならではの方法がある。

 

 こちらから一気に距離を詰めると剣の間合いから一歩離れた場所で停止し、攻撃動作に移る。

 

『《魔力剣》――(つるぎ)

 

 基本の魔力剣、今はこれしか使えない。

 シュウダは俺の攻撃間合いがおかしいことには即座に気付いたようだが、放たれる攻撃の種類までは特定できないだろう。

 

 必殺の速度で放たれた不可視の刃は、しかしシュウダの首の皮一枚の場所でピタリと停止する。

 

 生身の筋肉でこんな極端な動きは無理だが、念動力で元からその位置に停止するように動かしたのだ。

 シュウダほどの達人であるからこそ、まさかこの攻撃が寸止めだとは察知できまい。

 これで、こいつに負けを認めさせる。

 

 はずだったんだが……。

 

 シュウダの動きは、俺の想像を超えてきた。

 魔力剣の動きが止まった瞬間、シュウダの首はもうそこには無かった。

 懐に入り込まれ、ガイコツ兵の鎧めがけてその剣は振るわれる。

 

「替天刃・虚空掌!」

 

 剣技なのに『掌』?

 念話だから、聞き間違いではないはずだが……。

 

 そんなしょうもない感想と共に、嫌な感覚がした。

 ガイコツ兵の肋骨と背骨が斬り裂かれ、剣が振り抜かれる。

 なんだ今の攻撃! 道術か!?

 鎧をすり抜けて直接骨を斬られたぞ?

 

 魔力剣に挙動が似てはいるが、非なるもの。

 そもそも俺の魔力の刃は、俺の実力では斬れないものをすり抜けるだけ。

 だがこいつの攻撃は、実体剣なのに鎧をすり抜けて中身を斬った。

 リーチなら魔力剣が上だが、シュウダは狙って防御を無効化できるのか。

 斬撃の衝撃が骨を伝わり、酷使してきた腕の、首の、全身の関節が砕けた。

 

 そして、剣である俺は地面へと落とされてしまった。

 

「オロチ……。お前、初めから寸止めのつもりで!」

 

 どうやら途中までは俺の狙い通りだったらしく、シュウダは寸止めであることを見抜けなかったようだ。

 だから本気で反撃してきたが、同時に俺の魔力剣が首の元の位置で停止したことにも気付いたんだな。

 なんでそんなことに気付けるのか知らんけど。完全に視界の外じゃん。

 天然の鑑定能力でも宿ってんの?

 達人って凄い、を通り越して気持ち悪い……。

 

「生きてるか!? 勝負はお前の勝ちだ。だから話を聞いてやる。まだ死ぬな!」

 

 ……………………。

 

 よし、作戦通りだな!

 

『そっちじゃない、こっちだ』

「ああん? どっち……ってお前、ひょっとして剣だったのか!?」

 

 シュウダは兵士の外れた首を持って話しかけていた。

 こいつ……。

 声が聴こえてるくせに、俺をずっとガイコツだと思っていたのか……。

 

 

 

 

『この星は滅亡しようとしている。今から二百年後のことだ。……星と言って分かるか?』

 

「それを信じろってか。しかし悪神の言うことだからな……。星なら分かるぜ。オレたちが住むこの世界も、夜空に輝く星も、同じものなんだろ? 『始まりの地』から伝わる古の知識だな」

 

 雑な知識だが仕方ない。そこは重要じゃないので次。

 

『ヒュドラも俺も、始まりの地から来た。ヒュドラといっても色々なんだが、お前らネメア人が創世神と呼ぶヒュドラも、そしてこの俺も、星を滅ぼしたいなどとは思っていなかった』

 

「なら何故星は滅ぶ?」

 

 そして俺は、この新世界ネメアの真実をシュウダに伝えた。

 一度に全てを伝え切るのは無理だが、始まりの地と新世界の関係、俺とヒュドラの関係、そしてシュウダを待ち受ける運命について説明する。

 

「お前の言うことが本当がどうかはオレには分からない。だが創世神のせいで世界が滅ぶだの、オレがその後継者のひとりだの、そんな話をしてもお前に得なんか無いはずだな。それで、お前はオレを殺す気なのか?」

 

『殺しても意味ないって言ったろ。俺はそれを解決する答えを探しているんだ』

 

 同じ《九つ首》でも、ケクロプスとシュウダでは決定的に違う点がある。

 

 それは、ケクロプスは自身の信念に従った結果とはいえ、あの世界大災害に加担した人類の敵ということだ。

 そして、終わりの街に居た古参の眷属である以上、俺にとっては紛れもない仇。

 

 一方シュウダは、この封鎖世界におけるただの人間。

 将来はどうなるか分からないが後の時代の記録によれば、こいつが斬るのは民衆を苦しめる悪党だけらしい。

 

 シュウダがコズミック・ヒュドラ《九つ首》に選ばれたのは恐らく、類稀なる強さを持つネメア人ゆえに。

 本人の意思や人間性とは無関係なのだ。

 もしこのシュウダを俺の信念のために消そうとするのならば。

 

 俺とヒュドラは……いったい何が違うというのだろうか。

 

『俺を悪神と呼ぶのは好きにしたらいい。だが、お前はなんのために戦う。創世神ヒュドラのためか? それとも皇帝ネメアのためか?』

 

「オロチ……。お前、獣に襲われていた奴らを助けたんだってな。自分を討伐しにきた相手だってのに。ごろつき共に人気の神とは聞いていたが、本当に民衆の味方とはな」

 

『俺自身の評判なんてどうでもいい。お前はどっち側なんだ、シュウダ』

 

「オレも友のため、仲間のため、民のために……皇帝だろうと神だろうと、ぶっ飛ばしてみせる」

 

 長い黒髪が風になびき、口の端を吊り上げシュウダは不敵に笑う。

 山賊の鉄砲玉かなんかにしか見えない。

 というか皇帝ぶっ飛ばすとか言ってる時点で、紛うことなき賊である。

 こいつが後世で英雄視されるまでに、いったいどれだけの事件が起きたのやら。

 

「いいだろう。もしオレを騙しているのなら、その時はお前をへし折るまで。それまではオレも、お前と共に答えを探しに行こう」

 

 そう言ってシュウダは俺を拾い上げ、腰の剣帯に括り付ける。

 

「ところでお前の魂が入っているというこの剣、《六合器》か?」

『そうだ。天叢雲剣という』

「アメノムラクモノツルギ……? なんだ、その長ったらしい名前は」

 

『ヤマタノオロチの頭上には、いつも真っ黒な雨雲が群れ成しているのさ。それを称して(あめ)叢雲(むらくも)

 

 奇しくも頭上には雨雲が広がり、ぽつぽつと雨が降り始めている。

 忘れもしない地球の五月。

 ヒュドラとの戦いを始めたあの季節を、俺は思い出していた。

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