終末街の迷宮   作:高橋五鹿

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第91話 コズミック・クラフト

「帝都のほうへ向かえばいいんだよな?」

『多分な……』

 

 ネメア帝国の一般人であるシュウダが島の詳細な地図など持っているわけもなく。

 俺もウィスプや鑑定の力が無ければこんなもんである。

 俺たちは北西の方角に向けて、山野を適当に彷徨っていた。

 道に迷っているともいうな。

 

 シュウダの脚なら適当に歩いても一週間くらいで海に到達するだろう。

 そうすれば少しは現在地も把握しやすい。

 だけど、俺の目的地は海岸から微妙に離れているのだ。

 

 ――帝都南の洞窟。

 

 そこへ行けば、俺のウィスプの一体が居る。

 各地に散ったウィスプのうち、一番近くに居るのがそいつだ。

 合流してなんとかなればいいんだけどな。

 あと、洞窟内で発見したアレ……。

 少し迷うが、この時代で手を付けてしまうか。

 手札を温存したまま目的を果たせなかったら、後悔してもしきれない。

 

『なあ……なんか近くで揉め事の気配しねえ?』

「追い剥ぎの類か。こっちに来るみたいだな」

 

 草むらを掻き分けて、商人のような若者が道に飛び込んできた。

 シュウダの姿を見て驚き足を止める。

 

「ううっ……」

「落ち着け。俺はただの通りすがりだ。何があった」

「山賊に追われて……!」

 

 通りすがりなのは事実なんだが、シュウダだって山賊にしか見えねえよな。

 この兄ちゃんもだいぶテンパってるようだ。

 続いて、いかにも悪党といった雰囲気の男が道の向こうから走ってきた。

 

「なんだ、テメエは!」

 

 シュウダは答えず、駆け寄って距離を詰めるとあっという間に懐に潜り込み、男のみぞおちに拳を叩き込む。

 男は鉄製の胴鎧を着込んでいたというのに、シュウダの拳はその奥にめり込み一撃で相手を昏倒させた。

 倒れた相手を見やると、鎧にはへこみひとつ見当たらない。

 

 ――こいつ! 剣だけじゃなく、素手でも物体をすり抜けることが出来るのか?

 

 ああ、だから虚空『掌』なのね。

 使えたら色々便利そうではあるな。

 

『替天刃って道術なの?』

「道術と剣を組み合わせた武術だ」

 

 替天刃――それは道術と剣を組み合わせた全く新しいナニカだった。

 深く考えるのはよそう……。

 

 俺の声はシュウダ以外には聞こえないので、追われていた若者にはシュウダが独り言を喋っているように見えただろう。

 

『賊は放っておくのか?』

「いちいち殺してもキリがない。こんな山中で気を失っていたら普通は死ぬ。運が良ければ生き残ることもあるだろう。お前もそれでいいか?」

「は、はい……」

 

 助けられた商人風の若者は、是非もなく返事をした。

 

「あのう……。謝礼はしますので、村までの護衛をお願いできませんか?」

「ふむ……」

 

 シュウダは腰に吊るした俺のほうを見る。

 

『近くなら別にいいんじゃねえの』

「追い剥ぎが出るような道をひとりで歩いていたのか?」

「いえ、この辺りでそんなことは今まで。もしかしたら、この男だけでなく仲間が居るのかもしれません」

『山賊の一味ごと、どっかから流れてきた可能性があるってことか』

 

 この時期の帝国は治安が悪かっただろうからな。

 シュウダは了承し、若者の案内で近くの人里へ向かうことになった。

 

 

 

 

「帝都南方の洞窟……聖地のことですか?」

「石像がたくさんあるって話だが」

「普通中には入らないんですが、そういう話は聞きますね」

 

 シュウダの故郷である島の中央部は東洋風な文化が色濃かったが、北西の帝都が近付くにつれ西洋風の人里が多くなってきた。

 村には俺の探す洞窟のことも、知っている者が居たようだ。

 

「それで、この村の用心棒を引き受けてくださるというお話は……」

『洞窟への案内と引き換えなら』

「その聖地とやらへ案内してくれないか。その後なら、村の近くに山賊のアジトが無いか調べてやる」

「おお、有り難い」

 

 交渉成立。

 山賊も気になるが、聖地の洞窟へは日帰りで行けるらしいし、それくらいなら大丈夫だろう。

 シュウダの話では、村を襲うつもりなら下調べにも日数をかけるだろうとのことだ。

 

 

 

 

 翌朝、別の村人の案内で洞窟へと向かう。

 聖地とか言ってるし、中に入るとなると揉める可能性もあると思ったのだが、そもそも信心深い者は気軽に近寄ったりもしないらしい。

 案内してくれるおっちゃんはその辺気さくだった。

 

「中が見たいなんて怖いもん知らずだな! まあ、今はもう居ない創世の神々なんかより山賊のほうが()ええからなあ」

 

 彼らの立場からすれば全く正論だ。

 あの洞窟は創世神話がらみの聖地だったのか。

 

 そして、例の洞窟が近付いてきた。

 そのことが、はっきりと俺にも分かった。

 

『居た……!』

 

 シュウダが視線だけを天叢雲剣に向ける。

 

『そのままで聞いてくれ。俺の魂の本体というか、元本体が見つかった。洞窟の中だな。案内のおっちゃんは出来れば外で待っててくれたほうが助かるが』

 

「そろそろ着きそうだな。洞窟内も案内してくれるのか?」

 

「いやあ、そいつは流石に勘弁してくれ。創世神の眷属の中でも、『メドゥーサ』様は特におっかないらしいからなあ。聖地に入っただけで石にされちまうなんて噂もあるくれえだ」

 

 その《百頭竜》メドゥーサよりも、山賊のほうが恐れられているというのがアレ。

 

 そして、洞窟に到着した。

 入り口は縄で封印されているが、くぐれば普通に入ることが出来る。

 封印は新しめで、特に魔術的な効力があるわけではない。

 信心深い地元の人間が交換したりしているのだろう。

 

 案内のおっちゃんを置いて、シュウダは中に侵入した。

 

「何か居るな。あれがそうか?」

 

 そう言って指し示す先には、俺が待機させたウィスプの一体が浮かんでいる。

 やはりシュウダには見えているのか。

 

『そうだ。ちょっと待っててくれ』

 

 ウィスプに意識を移そうと試みるが、本体を切り替えるのは無理だった。

 強力な魔法か何かで、俺の魂は天叢雲剣に縛られているようだ。

 

 しかし、ウィスプを通して視界を確保することには成功した。

 続いて軽く動かしてみる。

 元の身体でウィスプを扱う程度の操作は出来るみたいだ。

 洞窟の外へとウィスプを飛ばす。

 案内のおっちゃんの目の前に行くが気づかれない。やはり見えていない。

 上空へと舞い上がる。

 山野を眼下に収め、元居た村へと一気に飛翔した。

 

『多分届きそうだな……。今のウィスプを先に村へ帰した。山賊が出てもすぐに分かる』

「お前、そんなすげえ道術まで使えるのか」

『残念だが今の俺はほとんどの力が使えない。本来のウィスプなら山賊程度はどうにか出来るんだが、今では遠くの出来事を見聞きするだけだ』

 

 それを聞いたシュウダは洞窟の奥を油断なく窺う。

 

「創世の神々とはそれほどか。本当にメドゥーサが出たら、まずいんじゃないのか?」

『メドゥーサはこの時代では寿命で死んでいる。心配ない』

 

 シュウダの実力なら百頭竜相手でもそう簡単には死なないと思うが、メドゥーサは石化毒の使い手だろうからな。相性が悪い。

 

 洞窟の奥に進む。

 居並ぶ石像の中から、目標のブツを発見した。

 

『じゃあ、手筈通り頼む』

「応」

 

 シュウダは剣帯から天叢雲剣を抜くと、正面の石像へと向ける。

 

 石化毒が使えるのなら、石化解除も使えるはず。

 そんな理屈が通るのかは分からん。

 それに今の俺はほとんどの能力を封じられている。

 でも、魔法というものは究極的には理屈など不要だ。

 心の底から助けたい、必ず実現できる、その気持ちさえあればいい。

 

『《魔力剣》――バジリスク』

 

 白い煙のような魔力の刃は、目の前の石像を貫いた。

 かつてメドゥーサに滅ぼされたという、創世神ヒュドラに仇なす邪悪な悪魔。

 それは三つ首の蛇とも、地獄の番犬とも伝えられている。

 石像は徐々に色を取り戻し、見覚えのある姿が現れた。

 黒い外套に見目麗しい金髪の美丈夫。

 その口が、ゆっくりと開かれる。

 

「……ここは……貴殿はいったい――」

『俺が分かるか? セルベール』

 

 セルベールは石化中も見開かれていた目を薄く閉じ、再び開いてシュウダを見る。

 しばらく考え込んでから、今度はその手にある天叢雲剣に視線を移した。

 

「ん……? んん~……? フッ? フフフ……。しばらく……見ないうちに……随分見た目が変わったね、オロチ殿。イメチェンかね? クッ、クフフッ」

 

 何がそこまでおかしいのか笑い声はエスカレートしていき、表情にはかつての邪悪さが蘇ってきた。

 

「もしかして、伝承通り殺されたら剣になってしまったのかね? ふ、フハハハハ」

「おい、本当に信用できるのかこの男」

『……………………こいつはこういう病気なんだ。気にすんな』

 

 セルベールに現状をかいつまんで話す。

 こいつはいちいち俺の言葉を疑ったりはせず、割とすんなり話を飲み込んだようだ。

 

「転生したらウィスプだったのか剣だったのかはっきりしたまえ」

『うるせえな。お前も蛇なのか犬なのかはっきりしろよ』

 

 はて? 俺はなんでこんなヤツを心から助けたいなんて思っていたんだろうな?

 そんな気持ちは、もうどこぞに吹き飛んでしまっていた。

 

 

 

 

 案内人のおっちゃんは、洞窟から出てきたセルベールを見て驚いた顔をした。

 

「妙に時間がかかると思ったら……。そ、そのお方は?」

 

 む……?

 これはセルベールをお偉いさんかなんかと誤解している?

 セルベールの格好はこの時代じゃ浮いている。

 顔も気持ち悪いレベルで美形だ。

 

『帝都の貴族とか言っても信じちゃいそうだな』

「……この御仁は帝都から来ていた先客でな。山賊の件を話したんだが、村に視察に来てくれるそうだ」

「そういうことだ。よろしく頼むよ」

「そ、そうですか? そりゃあありがてえ。早速案内しますぜ」

 

 ふたりとも役者だな。

 感心していると、脳内でおぼろげに意識していたウィスプの視界に違和感を覚える。

 

『おい、まずいぞ。村の周囲に賊が集まってきている』

「いや、どうも悪い予感がするからオレは急いで村に戻る。あんたは後からゆっくり来てくれ」

「吾輩も、シュウダ殿に付いて行くことにしよう」

「え?」

 

 言うやシュウダは元来た道を駆け出した。

 セルベールもその後にぴたりと続く。

 お貴族様がいきなり全力疾走するとは思わなかったのか、唖然としたおっちゃんはそのまま洞窟前に置き去りとなった。

 

「我が同胞たちは進化しても互いに争っているのか。嘆かわしい」

『大きい群れなんてそんなもんだ』

「オロチ、今どうなってる」

『村の連中が異変に気付いた。いかん、始まっちまうぞ』

「数キロ先にある人の集まりがその村かね? ならば、吾輩は先に行かせてもらうよ」

 

 セルベールが速度を上げてシュウダを追い抜く。

 ハイドラにも匹敵しようかという俊足だ。

 しかし――

 

『まずい、もう襲われている奴が居る。このままじゃ――』

 

「替天刃・雷光歩!」

 

 突如、シュウダの足元から爆発音が起こる。

 それは、シュウダが地面を蹴ったことにより起きた破壊の音だった。

 五感に乏しい現在の俺ですら、視界が急激に後ろへ流れる感覚に目まいを覚える。

 蹴りつけた地面を次々に粉砕しながら、前方へと遠ざかっていたセルベールを一瞬で追い抜いた。

 

「なっ!?」

 

 驚くセルベールをあっという間に引き離し、跳躍して森の木々の上に出る。

 地面を蹴った足は、次に木の幹を標的と定める。

 

『シュウダ! あのウィスプの下だ!』

「応!」

 

 山賊の集団を見つけて慌てて逃げようとした村人のひとりが、地面に足を取られて転倒している。

 村に入り込んだ賊の先頭に立つ男が、今まさに凶刃を振り下ろさんとしたその時。

 

 森林から飛び出した影が賊に向かって突進し、その上半身を吹き飛ばした。

 一刀のもとに斬り飛ばされた上半身は、遅れて地面へと叩き付けられる。

 

 山賊たちも村人も、一瞬何が起きたのか理解できなかった。

 片手剣を携え、ゆらりと起き上がったシュウダは双方に向けて言い放つ。

 

「遅くなっちまったな。今片付けてやる」

「おや失礼。残りは既に片付けてしまったよ」

 

 セルベールの声がした。

 見れば山賊どもの顔には生気が無い。

 ひとり、またひとりと崩れ落ち、村に押し寄せた賊は次々に絶命していった。

 

 これは……。

 本来のあいつならサボって人任せにしそうなもんだが。

 セルベールの奴、走って追い抜かれたことをちょっと気にしたらしい。

 

 それにしても、ネメア人相手にえげつない攻撃だ。

 いや……あの攻撃ならたいして苦しませずに済んだのかもしれないが。

 

「オロチ、奴の今の攻撃はいったいなんだ?」

 

『あれはこの世で最強の生物由来の毒――《ヒュドラ毒》だ』

 

 所詮山賊程度では、このふたりの相手にもなるまい。

 だから、これで終わりと思っていたのだが。

 

「む? ひとり討ち漏らしたようだ。オロチ殿、ネメア人にもヒュドラ毒に耐える者がいるのかね?」

 

『いないとは言い切れないが……。あまり油断しないほうが良さそうだな』

 

 セルベールとシュウダは頷き合うと、村から離れていく生存者の後を追う。

 向こうもそれに気付き、山道の途中でこちらを迎え撃つべく停止した。

 ウィスプを先行させ標的を視界に収める。

 

『道士服だな。山賊堕ちした道士か』

「たまにいるな。雑魚とは別格の強さだから、そいつが首領だろう」

「ならば後顧の憂いは絶っておかねばなるまいよ」

 

 そう言ってセルベールが指をパチンと鳴らすと、こぶし大の火球が前方に放たれた。

 火球は瞬く間に巨大化すると、周囲の木々を巻き込みながら道士めがけて飛んでいく。

 ドゥームダンジョンの上位攻撃魔法だ。

 普通にこういうのも使えたんだな。当然かもしれないが。

 

 前方の地面に着弾して爆発した火球は森林に引火するかと思われたが、その火はあっという間に掻き消され、目標の人影が浮かび上がる。

 

 驚くべきことに、敵はヒュドラ毒だけでなく火球を受けても無傷のようだ。

 短い杖のような武具を掲げ反撃用の魔力を練っている。

 

「この魔絶杖は敵の攻撃術を無効化する六合器だ! 道術戦で俺に勝てる者など――」

 

 とか言ってる道士の喉に天叢雲剣が、つまり俺が突き刺さり相手は即死した。

 

『いきなり何すんだテメー!』

「お前のほうが短くて投擲向きだったんだよ」

 

 そりゃあシュウダの片手剣は投げるにはちょっとデカいけどさあ!

 

「ふむ、攻撃魔法を無効化する道具か」

「六合器だな。こんなものを持ってるとは、結構名のある奴だったのかもしれん」

「オロチ殿が入っているその剣も、同じ六合器という道具かね?」

『ん? ああ……。この剣は無効化なんて便利な魔法は使えないけどな』

「オロチ殿、先程の現象は魔法ではないよ。厳密にはね」

『あーん?』

「六合器、宇宙の器か……。ふざけた名前だ」

 

 セルベールは魔絶杖と呼ばれたその武具を拾うと、もう片方の手に火球を発生させ、それを掻き消してみせた。

 

「魔法というのは多かれ少なかれ理を曲げるものだからね。放っておいてもいずれ反動で消えてしまうが、この武具はそれを加速させたわけだよ」

 

 うん? その理屈って……。

 

「これはこの世の理を捻じ曲げた後に訪れる、『反動』を封じた器。超小型のコズミック・ディザスターとでも呼ぶべきものだ」

 

『な……』

 

 なんて言った? 六合器がコズミック・ディザスターだと!?

 

「吾輩が名付けるならば――《コズミック・クラフト》」

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