シュウダを見つけ、ウィスプの一体を回収し、セルベールを復活させた。
次なる目的は――
六合器《コズミック・クラフト》の製作者、九つ首トウテツ。
「確かにその名前は最近聞かんな。もう結構な歳のはずだぞ」
『トウテツとカダは獄中死って話だからな。まだ生きているなら帝都の城だ』
「九つ首の疑いもある皇帝ネメアの居城。なかなか厄介そうではないか」
帝都や帝都周辺の地域で聞き込みを続ける俺たちは、様々な揉め事に巻き込まれた。
本当に治安が悪いなこの国!
それと反比例するように、シュウダの名声は上がっていく。
セルベールはこそこそと暗躍することが多く、その名を知る者は少ない。
ネメア帝国史に刻まれる英雄シュウダの伝説は、いつの間にか始まっていたのだった。
俺たちが皇城に呼び出されるのも、自然な流れといえばそうだったのかもしれない。
『いや罠だろ』
「オロチ殿は疑り深いねえ」
『俺の知る皇帝は、市井で活躍した程度の奴に謁見を許したりせんのだが』
「オレも少しおかしいと思うぞ」
「オロチ殿が語る常識は歴史書の話、シュウダ殿は世間知らずの田舎者ではないか」
「こいつ殴っていいか」
『こいつはこういう病気なんだ。あきらめろ』
まあ、罠でもいいんだけどな。
皇城に入れるまたとないチャンスだ。それは皆分かった上で言っている。
ウィスプも無事入れるといいんだが。
城内を探れるのは実質ウィスプだけだ。
帝都にも待機していた一体を回収し、ウィスプは二体になっていた。
同時には一体しか操れないので、あまり意味は無かったが。
そして、謁見の日はやってきた。
皇城は西洋風だの東洋風だのいう前に、歴史上の建物感があまり無い。
ネメア人は元々近現代の知識を持って誕生した種族だ。
皇帝の一族ともなれば、比較的その知識を多く伝え保持しているのだろう。
だからこんな現代の大型建築物みたいなデザインなのか。
ショッピングモールが魔王の城呼ばわりされるわけである。
正門をくぐる際に、ウィスプの侵入を阻害していた魔術結界も開かれたことを知覚した。
一体は待機、もう一体は俺たちと共に城の中へ。
『んじゃ、皇帝のほうは任せるわ。俺は家探ししてくる』
俺の声は衛兵には聞こえていないため、シュウダもセルベールも声を出して返事をするようなことはない。
これがハイドラとかだと、うっかり返事しちゃいそうだよな。
ウィスプに意識を集中する。
俺の魂はやはり天叢雲剣から切り離すことは出来ないようだが、ウィスプ側に意識の比重を傾けることで、この時代に来たばかりの頃と遜色ないレベルの操作が可能になった。
主な弱点はふたつ。
ひとつは数キロ程度しか剣から離れられないこと。
もうひとつは剣に宿る本体の意識が希薄となり、ほとんど休眠状態になることだ。
皇帝ネメアも確認しておきたくはあるが、城内を探れる時間は少ない。
謁見に向かうふたりを置いて、その場を飛び去った。
地下牢はすぐに見つかった。
そして、目的の人物もすぐに見つかった。
何故ならその男は目の前を飛ぶウィスプの存在に気付き、牢の中から俺に視線を向けてきたからだ。
それは、筋骨隆々の老人だった。
白髪交じりの灰色の髪は逆立つように伸び、針金のような硬さを思わせる。
『どっちだ……? いや……』
カダは道士、トウテツは鍛冶屋だ。
俺はイメージで尋ねる。
『あんたが《六合鎚》トウテツか?』
「いかにも
『俺はオロチ』
「悪神を名乗るか。だが確かにそうでもなければ、そのような芸当も出来まいよ」
悪神とか言われるのは好きではないが、この時代ではそのほうが話が早くて助かる。
『六合器について聞きたい。何故あんなものを作った。あるいはどうやって作った』
「悪神でもこの世の行く末が気になるのか? いや、オロチは神々とは敵対していても、民衆の味方であるという説もあったな」
……黙ってトウテツの言葉を待つ。
「ある日、某は『世界の果て』に興味を持った」
『!』
「某は鍛冶の道で財を成しておったからな。私財を投じて大型船を用意し、世界の果てを観測する旅に出たのだ」
そしてトウテツは世界の果て、封鎖世界の境界線に到達する。
だがそのときはまだ、外の海も穏やかな状態だったようだ。
トウテツは外の世界のことを、『六合』と呼んだ。
「六合とは東西南北天地上下の六方向。この大地も空も超えた、全ての空間を指す言葉である」
『俺たちの言葉では、それを宇宙と呼ぶ』
「なるほど……宇宙か。カダもそのような言葉を使っておったな」
カダとこいつは面識があるのか。
「六合世界とネメア帝国は、時間と空間の壁で分かたれておった。そしてその壁は両者の摩擦によって生じる、凄まじい力を受け流す役割を負っていたのだ」
見ただけでそんなことが分かるのか。
こいつもやはり、類稀なる魔法の才能を有しているのだろう。
そうでなければ、今の俺が見えるわけもないからな。
「某は考えた。この力を用いて、新たなる武具を作れはしないかと」
『……………………』
もう、続きを聞かずとも答えは出てしまった。
封鎖世界の結界では、やはり何らかの歪みとそれを是正する力が働いていた。
それを用いた道具が六合器、コズミック・クラフトだ。
分かってしまうと、もう動機だの過程だのはどうでもいい。
そんなことを聞いている時間が無い。
『悪い、トウテツ。俺にはあまり時間が無い。いくつか質問してもいいか』
「述べてみよ」
『
「六合器には、魂を操るという創世神の力を想定して創られたものが幾つか存在する。あれは魂を封じる剣だ。しかしカダとは異なり、某には魂というものが分からぬ。故に結局あの剣は完成したのか、それとも失敗作だったのか、某にも分からず終いである」
魂を封じる、ね。
人の魂を無差別に吸い込む剣だったら、とんだ大災害になるところだったが……。
多分あの剣はヒュドラ魔法が定義するところの魂しか吸い込めない、つまり《捕食》を再現した兵器なんだろうな。
だから、ヒュドラ魔法の模倣で魂だけの存在となった俺は、近付いただけで吸い込まれてしまったのか。
例えばあの剣を地球の封鎖地域に持ち込んだら。
ヒュドラ毒の範囲内で死亡した者の魂は、街の何処に居ても吸い込むことが可能……なのかもしれない。
封鎖地域は地上ではあるが、あれも迷宮の一部のようなものだ。
ヒュドラの《捕食》は迷宮という範囲を指定し、その中では無類の強さを発揮する。
これもある種の迷宮魔法といえるだろう。
ふーむ?
天叢雲剣は未来の神殿に保管されているから、未来でも使用可能なわけだよな……。
コズミック・ヒュドラ《九つ首》は、肉体を滅ぼしても魂さえあれば不滅という。
だが、その魂を封じてしまったらどうか。
肉体……がもしあればだが、それを滅ぼす時点でハードルが高そうだな。
でもそれについてはまた後で考えよう。
今はトウテツだ。
『剣は完成していた、と言っておく』
「おお、そうであったか!」
『六合器の力は限りがあるんだよな? 天叢雲剣は何回その力を使える?』
「あの剣は後期型だ。制限はほぼ無い」
なに……?
六合器は大した力を持たないハズレも多いし、未来ではどれもこれも骨董品だ。
それは境界線の力を乾電池のように詰め込んでいる武具だから、というのが今の俺の解釈だ。つまり電池切れなのだと。
「六合器は封じた力を用いればすぐに寿命を迎えてしまう。その欠点を克服すべく、世界の果てから力を補充する方法を考案した。遠く離れた場所からでも境界の壁を削り、武具の力とするのだ。壁が無くなるまでは、無限に力を発揮する」
『あの壁が消えたら世界は滅ぶぞ!』
とんでもなくヤバい方法を考案してんじゃねえ!
終末化現象が起きたの、ほぼそのせいじゃねえか!
使うたびに境界の壁が削れて、宇宙の理が捻じ曲げられていく。
そしてその歪みを是正する力を原動力とする兵器。
元はといえばカオスとクロノスのせいではあるんだが、これはしかし……。
『……なあ、トウテツ。その六合器のせいでこの世界が滅びるとしても、あんたはそれを創ったのか?』
「難しい質問であるな。某自身は無益な殺生は好まぬ。だが某の作った武器が、多くの命を奪うことに喜びが無いといえば嘘になる。その武器が世界を滅ぼすともなれば、無上の喜びと言えるだろう」
……………………。
『平和な時代だったら、あんたは優秀な鍛冶屋で済んだんだろうな。でも現実は違った。あんたみたいな危ない奴に才能を持たせると、
「言いたい放題言ってくれる。それで、おぬしは某を消しに来たのであるか?」
『いや、そんなことに意味はない。もう今のあんたに用は無いけど、カダの行方を知らないか?』
「そやつならそこに
……え?
トウテツが顎でしゃくった先を見る。
向かいの牢の中。
そこには虚ろな目で地面を見つめる、死にかけの老人の姿があった。
「六合器の価値を誰よりも認め、誰よりも使いこなしたのがその男だ。某と同等の大罪人よな。だが、話は出来んぞ。心が壊れてしまっておる」
今更だが、なんでこのふたりは投獄されたんだ?
皇帝の差し金なら、皇帝は六合器の危険性に気付いたということか。
史実ではシュウダが六合器の使用を禁じ、時の皇帝もそれを支持したってことだが。
順番が逆だな……。
カダの前に行き、地面を見つめる視線を妨害する。
少し目が動いた。見えているのか?
心が壊れているというが、それは外からそう見えるだけかもしれない。
肉体が魂に追い付かなくなってしまっただけ、ということもあり得る。
相手の『声』を聴こうと試みる。
念話には本来発声など必要ないはずだ。
実際コボルドたちは声を出していない。
声を出すのは、そうしないと上手く魔法が使えないから、というだけのこと。
呪文を唱えたり、杖を構えたり。そういった補助と同じことをおこなっているに過ぎない。
視界を閉ざし、心の聴覚を研ぎ澄ます。
種類を制限することで、ウィスプの能力は向上する。
魂との、直接交信を試みる。
『そこに……
ぼんやりと、相手の意思が伝わってきた。
脳内に浮かび上がる人影は、ライオンの頭を持つ獣人だった。
…………はて?
さっき見た現実のカダは人間種だったが?
深層心理で姿が獣人種に変わる、なんてことがあるんだろうか。
『俺はオロチ。あんたは《幻魔侯》のカダか?』
『オロチ……? いや、余はカダなどではない』
は?
カダじゃない?
『余は――――ネメア』
『なんだと!? ……まさか、《百頭竜》ネメアか?』
『何故その名を? いや……それは余ではない。初代皇帝のことだ』
『あんた、皇帝ネメアか! なんで皇帝が牢につながれている?』
『カダに……嵌められたのだ』
『あんたはいつの皇帝だ? 過去の皇帝の亡霊とかじゃないだろうな?』
皇帝を名乗るライオンの獣人から聞き出した即位の年は、間違いなく当代のものだ。
俺は今、ウィスプの念話により直接心の中から情報を引き出している。
たとえ百頭竜であったとしても、この状態で俺を騙すことは不可能に近い。
それなら……シュウダを城に招いた皇帝は何者だ?
いや、考えるまでもない。これは皇帝の言うようにカダの差し金だ。
だが、その目的はなんだ?
この時代、シュウダとカダに面識は無い。
将来の英雄とはいえ、今のシュウダは市井で活躍した程度の男に過ぎない。
それをわざわざ城に招く理由。
未来では、《九つ首》の中でシュウダの魂だけが行方不明になっている。
その原因はまだ分からない。
この時代に於いて、シュウダの真の価値を知る者は誰だ。
未来の情報を持つ俺、それを聞いたセルベール、あるいは――
嫌な予感がする……。
ウィスプの意識をシャットダウンする。
天叢雲剣に宿る魂の本体を起こすためだ。
そして、俺の本体は眠りから覚めるように視界を取り戻した。
*
ここは……謁見の間か。
俺はシュウダの腰に下げられたまま。
シュウダは無事だ。
なんで帯剣が許されているんだ?
正面奥の玉座にはライオンの頭の獣人が腰掛けている。
なるほど……『ネメアーの獅子』。
ヒュドラの兄弟とされる怪物になぞらえた百頭竜。
その眷属だか子孫だかが、新世界の代々の統治者として選ばれたわけか。
獅子の獣人というといかにも屈強なイメージだが、その身体は狼の獣人種であるラウルよりも痩せているように見えた。
並み居る衛兵たちからは、異様な気配が感じられる。
それ以外でここに居るのは皇帝と、シュウダと、そして――
「おい、セルベール……?」
シュウダの声を無視し、セルベールはつかつかと皇帝のほうへ歩み寄る。
そもそも、なんであいつまで居る?
世間ではセルベールの名は知られていない。
あいつはただの付き添い、傍から見れば従者か何かだ。
そんな奴がシュウダと同時に謁見?
帯剣の許可といい、なんだこの違和感は?
そして、玉座の傍らにまで進んだセルベールは振り返った。
その顔には邪悪な笑みが湛えられ――
「《幻魔侯》殿。あれがネメア帝国史上最強の剣士――シュウダですぞ」
「うむ……我が神が求める魂に相違ない。よくぞ連れて参った」
「幻魔侯!? おい、何を言っている! これはどういうことだ!」
セルベールはおかしくて堪らないというように笑いながら、シュウダを嘲るように語りかける。
「クックッ……。鴨が葱を背負ってとは正にこのこと。わざわざ自分の魂を封じる器、天叢雲剣を携えてノコノコやって来るのだからねえ」
天叢雲剣が……シュウダを封じる器……?
「魂……? セルベール! お前はヒュドラの手先だったのか!?」
「ヒュドラ? 笑わせるな。そのような矮小な存在に吾輩が
セルベールの言葉に続くように皇帝――いや、カダがその名を口にする。
「それは宇宙の神――――『ヴリトラ』様だ」
ここでそんな話をするということは、この場に居る衛兵たちは全てカダの手下か。
それでも、シュウダの心に焦りは感じられない。
ただ、静かな怒りがそこにあった。
「そうか。言いたいことはそれだけか? 魂を封じる? やってみろ。やれるものならな」
片手剣を抜き放ち、闘気が風となって空気を揺らす。
「ここで貴様を倒すことは容易い。しかし史上最強という剣士の器は少し惜しいな」
「そうでありましょう。魂を封じるなら今こそが好機」
セルベールに促され、カダは懐から装飾の付いた宝玉のようなものを取り出し掲げる。
「《六合器》――転魂玉」
そのコズミック・クラフトの名が呼ばれた直後、シュウダの身体がよろめいた。
『な、なんだこれは……いったいどうなってる!?』
シュウダの声が聴こえる。
だが、その叫びは俺以外の誰にも伝わらない。
何故なら、シュウダの魂はその肉体を離れてしまっていたからだ。
その魂は、天叢雲剣の中にあった。
これは剣の力ではない。あの転魂玉というコズミック・クラフトの能力だろう。
魂と肉体は、どんな組み合わせでも連動するわけではない。
故に剣となったシュウダは喋れない。
自覚は無かったが、剣に入っても喋れるということ自体、希少な資質であったようだ。
その喋れる俺であっても、ほとんどの人間とは念話も出来なかったではないか。
転魂玉は……俺が思うにまともな利用方法がほとんど無いコズミック・クラフトだ。
平たく言って失敗作。
牢屋に居た皇帝は廃人同然だった。
転魂玉で別の肉体に無理やり魂を入れられたからだ。
皇帝の肉体を操っていると思われる、カダの能力が突出しているだけなのだろう。
そしてカダは、己の野望を成し得たことを確信し宣言する。
「さあ、シュウダよ。その魂を神に捧げるときが来た」
深い深い闇の底へ、シュウダの魂は堕ちていく。
俺はそれを、ただ見ていることしか出来なかった。