宇宙の神――そう呼ばれるような存在といえば。
コズミック・ディザスター……。
ケクロプスの本能を書き換え、暗躍する黒幕。
それはもう、カダとヴリトラのことで間違いあるまい。
シュウダの魂を得ればコズミック・ヒュドラは完成する。
それが未来の状況だったはずだ。
なのに奴らは、その最後のピースを手にしてしまったのか?
何故だ。
俺が過去に来てしまったからか?
歴史は変わってしまったのだろうか。
衛兵たちが迫ってくる。
シュウダの身体をどうしようというのか。
カダの新たな肉体にでもするつもりなのか。
分からない。
分からないが。
ただ、今の俺に分かり、今の俺に出来ること。
それは――
断じて……。
断じてこいつらの、好き勝手にはさせないということだ!
「
謁見の間に、白煙が立ち込める。
シュウダを取り囲んだ衛兵たちは、次々にその色を失い、石像と化していった。
「な……に?」
カダの声に驚愕の色が浮かぶ。
「こ、これは……《百頭竜》メドゥーサの石化毒!? 創世神族の御業だぞ!? 何故そんな術を使えるのだ! あれは……あれはいったい何者だ!」
カダには魔術防御で白煙を防がれたか。
人間であった頃の全ての技能が蘇り、更に以前よりも研ぎ澄まされていく感覚がある。
これは……シュウダの肉体に刻まれた記憶の力か?
人間とは、ここまで強くなれるものなのか。
だが、この身体ではバジリスクの毒には耐えられない。
煙が完全に収まるまでは動けないな。
「クッ……クククク……」
瞬く間に静寂に包まれた謁見の間で、不快な笑い声が響き渡る。
「ククッ……やはりそうか! 転魂玉とは、ふたつの器の魂を
セルベールはいつの間にか壁際のほうに退避していた。
完全に傍観の構えである。
「セルベール……? 貴様……もしやそれを確認するため、余にこれを使わせたのか!?」
「その通り! 皇帝に成り代わった小細工の裏も取れたことであるし――」
金髪の美丈夫は、その表情を
「貴殿もこれで、用済みというわけだ! フハハハハッ!」
――死ぬほどムカつくツラで爆笑していた。
カダより先に、あいつを始末しようかな……?
「舐めるな! 貴様ら如き……この幻魔侯に敵うと思うてか!」
カダの周囲に、見たこともないような攻撃魔法、道術の数々が展開される。
コズミック・クラフトの力など借りずとも、こいつはネメア帝国史上最強の道士なのだ。
「聞かなくても良いのかね? シュウダ殿の魂と入れ替わり、史上最強剣士の肉体に宿った魂――天叢雲剣に封じられていた魂が、いったい何者であるのかを」
「なに……?」
「貴殿とて、創世神話に刻まれるその名を知らぬわけもないであろう。其は毒の眷属を討ち破る者――
「あ……悪神オロチだと!? 何故そのような魂が六合器の中に!?」
六合器が登場したのは創世神話の二百年後だもんなあ……。
そりゃあ不思議だよなあ……。
「何故だろうね? 存外マヌケにも、うっかり自分から封じられてしまったのかもしれないね?」
聞こえてんだよテメー!
事実なんだけどさあ!
「ふざけるな! 余がその化けの皮剥がしてくれよう!」
カダの周囲に展開していた術式が、石化した衛兵たちをも巻き込みながら襲い来る。
石化は後で解除するつもりだったのに、ひでえことしやがる。
片手剣を握る手に力が籠もる。
構えは、自然とシュウダのそれになった。
「《魔力剣》――アギト」
目の前の術式を斬り裂き、消し飛ばす。
魔力の刃が踊り狂い、カダの術を次々に迎撃する。
達人シュウダの剣閃によって、《魔法斬り》は鉄壁の城塞と化した。
道術も魔法も同じもの。
迫る攻撃術式の数は三十六。
その核三十六箇所を、魔力剣によって全て両断する。
術式はひとつ残らず霧散し、バジリスクの石化ブレスも消え去った。
あ……。
石化ブレス、これで消せたのか。
「あらゆる術理を喰らい引き裂くという世界蛇のアギト……! ま、まさか……本物だと……いうのか?」
追い詰められた表情のカダは再び転魂玉を掲げる。
あれだけの力を持ったコズミック・クラフトなのに、連続使用が可能なのか?
させるかよ!
「替天刃・雷光歩!」
シュウダの肉体に刻まれし記憶――その技をもって、カダとの間合いを一瞬で詰めた。
振り上げられた石化の力宿りし刃は、カダの身体を頭から一直線に通過する。
獅子の獣人は、転魂玉を掲げた姿勢のままで石と化した。
*
石化したカダの魂に対して、直接の交信を試みる。
カダの心の底の風景。
そこに居たのは、地下牢で見たあの人間種の老人だった。
『余がどうなろうと、シュウダが無事だろうと、結果は変わらない』
『知ってるよ』
『かつて……六合器の使用を重ねるうち、世界の果てにそれは現れた』
『…………』
『余は、宇宙の神に会った』
『神って……そいつ、ただの自然現象だぞ』
『だからなんだね? 始まりの民は自然現象を恐れ、神と崇めることで恐怖を和らげたというではないか』
『地球の信仰なんてよく知ってるな』
最初から神が実在したこの世界では、つまらん話だろうに。
『天地を覆い隠すほどの巨大な姿を余はこう呼んだ。竜の王――ヴリトラと』
それは恐らくコズミック・ディザスターの起点となる存在。
ケクロプスたちの本能を塗り替えてしまったモノでもある。
果たして実体は在るのか無いのか……。
ケクロプスは自分の中に、何か別のものが入り込んだと言っていた。
複数の九つ首に影響を与えるのならば、少なくとも分離くらいは出来るのかもしれない。
『この動乱の時代に三つの英雄の魂あり。余とトウテツ、それにシュウダ。これら三つと創世の神々五柱の魂を贄に、ヴリトラ様は顕現する』
百頭竜ネメアは創世の神にカウントされてるのか。
やっぱ初代皇帝のことで合ってるみたいだな。
『五柱はカオス、クロノス、ネメア、ケクロプス、メドゥーサだな』
『そうだ。後は始まりの地に居るであろうケクロプスの帰還を待てば、宇宙の神は完成する』
ケクロプスか……。
そいつが戻ってくるのは二百年後だぞ。
そして、ケクロプスが戻る前に今度はシュウダの魂が行方不明になるわけだな。
だいたい分かった。
この時代のカダに、もう用は無い。
――意識が戻る。
石化したカダ……というより皇帝ネメアの手に、既に転魂玉は無い。
それを持っているのはもちろん――
「セルベール。天叢雲剣がシュウダの魂を封じる器というのは、カダの動きを誘導するための嘘か?」
「当然その通り。しかし、『嘘から出た真』という言葉もあるのだよ」
……………………。
セルベールは転魂玉を手で弄んだまま、意味ありげに微笑んでいる。
「いいからまず、俺たちの魂を元に戻せ」
「もういいのかね? では……《コズミック・クラフト》転魂玉!」
俺は再び剣となった。
そして、シュウダの魂が還って行くことも確認する。
「も、元に戻れた……のか」
よし、シュウダは無事だな。それじゃ。
今の俺に呼吸器は無いが、気分的に大きく息を吸い込んでから。
『セルベールてめえ! 魂を雑に交換して動けるわけねえだろ! 危うく本物の皇帝みたいに廃人化するとこだったわ!』
「…………??? 動けていたではないか」
『あれは《星の超越者》アネモネの魔法、《精神憑依》だ』
本当に追い詰められたら、俺にも少しだけ使えるようになった。
もう少し時間がかかっていたら危ないところだった。
つーか、こいつの作戦はいっつもガバガバだな!
「フフフ……まあそのときは吾輩がカダを始末していたので、そう怒らないでくれたまえよ」
最初からそうしろよ。
絶対お前がコズミック・クラフトの実験したかっただけだろ。
「謁見もカダの企みの露見も全部……お前の仕込みだったのか。皇城に乗り込み、全てを解決するための。ヴリトラに従うというのも、演技だったんだな」
いや、こいつは穴だらけの策を弄するタイプだ。
騙されてはいかん。
「ヴリトラ? そんな者に従うなど、一度も言った覚えはない」
「はあ!?」
うん。確かに言ってねえな。
こいつは自分もカダも、「主はひとりしかいない」って言っただけだ。
「吾輩の心酔する主は唯ひとひ……プッ、クフッ!」
噛みやがった……。
「ま……魔王ハイドラ様だ。クッ」
心酔する主のはずなのに魔王呼びはおかしくて仕方がないらしい。
分かるけど。
「チッ、食えねえ野郎だ。だが……オロチはこいつのことを信じていたんだな」
『気持ち悪いこと言うな』
*
新たな衛兵たちが、地下牢の老人――皇帝を引っ立ててきた。
いや、衛兵たちにとってこいつはカダなんだったな。
「ご苦労。後は任せておきたまえ」
セルベールの奴、よく衛兵を手懐けられたもんだ。
ニセの皇帝に疑問を抱く派閥でもあったのかね。
まずは本物のカダの肉体を石化させ、転魂玉によってカダと皇帝の魂を入れ替え元に戻す。
そして本物の皇帝の石化を解き、衛兵たちに引き渡した。
天叢雲剣は魂を封じるコズミック・クラフト。
魂の入れ替え時に、カダの封印を試みたのだが上手くいかなかった。
剣の中に戻った俺は、再び能力の大半が使えなくなっている。
未来ではシュウダ以外の九つ首は健在なのだ。
やはりこの時点では無理ということか。
「その御方は本物の皇帝陛下だ。丁重に扱いたまえ」
獅子の獣人、皇帝ネメアはまだ上手く喋れないようだ。
しばらく絶対安静だな。
兵たちは半信半疑のようではあるものの、目の前で見せられた石化魔法や、皇帝の具合が優れないという事実の前に、大人しくセルベールの指示に従っていた。
カダの手下で原型を留めている石像は地下牢に、砕けた者たちは埋葬するように指示が出された。
牢に入れられた手下たちの石化を解除して回る。こいつらは貴重な証人だ。
カダについては少し迷ったが、石化したままだとセルベールみたいに後の世で復活してしまう可能性が残る。
石化解除した後のカダは、ただ虚ろな目で地面を見つめ続けるだけだった。
*
数日後、俺たちは再び皇城に呼び出された。
通されたのは謁見の間ではなく、狭い会議室。
皇帝の配下は僅かな側近を残すのみ。
席に着いているのも皇帝、シュウダ、セルベールだけである。
「その剣の中に居るのが、悪神オロチであると?」
皇帝にはもう俺の声は聴こえず、ウィスプも見えないらしい。
あのときはカダの肉体だったからだろうか?
魂への交信も、心身共にほぼ無防備な相手にしか通用しない。
今はもう無理だ。
だが、もう必要ない。
「あの地下牢でそなたに会ったことは覚えておる。此度は大儀であった。我が一族の祖である百頭竜ネメアは……オロチは敵ではあるが、同胞の未来を救う可能性がある者と伝えてもいる。そのお言葉は真実であった」
それは……カオスがそうであるように、血族の未来に保険をかけまくった上での発言、行動なんだよな。
ヒュドラが敗れても、ドゥームフィーンドやネメアの民が生き残れるように。
ネメア人の一部で悪神を肯定するような言い伝えがあるのも、その一環なのだろう。
なんとも
まあいい。
最初の思惑がどうあれ、この皇帝が憎めない人物であることに変わりはない。
会議はセルベールとシュウダに任せ、俺は黙って話を聞いていた。
コズミック・クラフト――この席では六合器とされているが、その危険性についての再確認。
皇帝はその権力で、シュウダは各地を旅してそれを集め、封印するという方向に話が進んだ。
時系列はやや異なるが、大筋は後世に伝えられている通りだな。
この時代に来た頃、三人の《九つ首》が誰も見つからなかったことを思い出す。
一介の武人であるシュウダに皇帝とのつながりがあることは、後世では疑問視されている向きもある。
そりゃそうだ。
そのため六合器についての密談は、シュウダが有名になった晩年の頃の話と伝えられているのだ。
しかしそれだと今の皇帝は寿命で死んでいることになる。
だから辻褄合わせとして、シュウダの活躍した時代は事実よりも少し昔のことだと、未来ではそう解釈されているのである。
史実と事実は違う。歴史書とは、かくもいい加減なものであったか。
まあシュウダは歴史書というよりも、物語の登場人物ではあるのだが。
*
南東にある《始まりの神殿》に向けて、俺たちは旅立った。
ひと月程度の旅だったが、道中様々な揉め事に巻き込まれた。
未来の歴史書や英雄物語が厚くなるな。
その間セルベールは三回裏切り、うち一回はキレたシュウダに本気で追いかけ回されていた。
雷光歩から逃げ切るとか、あいつはやっぱり侮れんな。
*
――未来で魔王城が建つ東の森。その海岸にて。
砂浜の上は切り立った崖になっており、未来の森でもわざわざ海辺に降りる者は居ない。
そこには、小さな洞窟があった。
「つまり反動を小出しにしていけば、いずれ宇宙の歪みは収束し、滅びは避けられるという道理なわけだね。途方も無い時間がかかろうが」
コズミック・クラフトも使い方次第でその役に立つわけか。
でも、そのコズミック・クラフトがそもそもの元凶なんだよな。
宇宙レベルのマッチポンプだわ。
「しかしコズミック・ディザスターの本体である『ヴリトラ』は、既に目覚め動き出している。これを凌がねばこの星に未来はねえってことだな」
それが簡単に出来れば苦労は無い。
事態は既に手遅れだからこそ、あのアネモネをして「不可能」と言わしめているのだ。
転魂玉を取り出しセルベールは言う。
「本当にいいのかね? 今ならまだ間に合う。シュウダ殿の魂を天叢雲剣に封じ、コズミック・ヒュドラの妨害をすることは可能であろう」
シュウダは何も言い返さず、黙って俺の返事を待っていた。
『いらねえよ』
――それは、俺の戦い方じゃないからだ。
「オロチ殿は今まで、己の戦い方を貫き通してここまできた」
セルベールは転魂玉を放り、シュウダがそれを受け止める。
「ならば吾輩も、それを信じない道理はない」
*
東の森の海岸。
そこにある小さな洞窟から出てきた人影はひとつのみ。
その人影はシュウダだ。
セルベールはもういない。
「良かったのか? あれで」
『あいつの戦場は、この時代じゃないからな』
「なあ、オロチ……」
立ち止まって、シュウダは言った。
「コズミック・ヒュドラの完成を妨害するための策がある」
このネメア帝国の歴史に於いて、お前以上に物事を暴力で解決できる人間はいないと思うんだが、その脳筋のお前が思い付く策……?
「やはり、オレがこの剣の魂となろう」
でたよ、自己犠牲。
やっぱ脳筋が思い付く策なんて――
「遥か未来で、今度はオレがお前の剣になってやる」
……………………。
『……お前はこの時代の人間に必要とされてるんだぞ。英雄シュウダの伝説はまだまだこれからだ。それに、未来ではお前の魂は――』
「ならば、このような案はどうだ?」
そして、シュウダはその策を語る。
魔法ではなく道術、道士というよりは剣士。
そのはずのシュウダが語った策は、意外なほどに魔法の核心を突いていた。
呼び名が違うだけで、やはり道術にも魔法と同じような原則があるのだろう。
「どうだ? その方向で何かいい手はないか? 本当のお前――悪神オロチの魔法はすげえんだろ?」
『その方法は……。人によっては――考えようによっては、死ぬよりも辛いことなんじゃないか?』
「考えようによっては、だ。オレにとって、そんなものはそこまで大事なわけではない」
その言葉はシュウダの本心のように思える。
ならば、その策に乗るのもアリだろうか。
――それは重要だけれども、重要ではない。
如何にしてそれを実行するか、思考を重ねる。
そして、全ての考察、模索、作戦が頭の中でひとつにつながった瞬間。
俺は、自分が過去世界における使命を果たしたという確信を得た。
『見えた、勝機が…………シュウダ、俺は――』
「見つけたのか? 方法を!」
最後に、剣の中に情報を残す。
俺の記憶の中から、それを刻み込む。
シュウダに伝えることは、これで全てだ……。
『元の時代に……帰れる時が……来た』
「え? おい! もう行っちまうのか? オロチ――――」
どうやったら帰れるんだっけか。
……………………。
ああ、そうか。思い出した。
そろそろ、モニクに会いたいかな……。