――――――――……………………。
「アヤセ?」
「…………モニク」
目の前には懐かしい姿があった。
長いこと見ていなかったはずだが、相変わらずちっこいままだ。
「どうした? 何も起こらないのか? 迷宮魔法は……上手く発動しなかったのだろうか?」
…………どういう、意味だろうか?
モニクと俺の間には、あの翠の強化ウィスプが浮かんでいる。
特に異常は見当たらない。
過積載された力は使い果たしたようだ。
「えっと……。迷宮魔法を使ってから、どれくらい経った?」
「大丈夫か? 使ったのはたった今だ。覚えていないのか?」
たった今?
あの時から、時間は全く進んでいないということか?
スマホを取り出して日時を見る。
…………いかん、元々が何日何時だったのか全然思い出せない。
記憶障害とかじゃなくて、単純に忘れた。
少し目まいがして、砂浜に腰を下ろす。
モニクもしゃがみ込んで、心配そうに俺の顔を覗き込んだ。
「鑑定した感じ、体調は悪くないようだが……」
「足で立つ感覚を、ちょっと思い出せなくて」
「…………???」
何か証拠……この記憶が事実だったという証拠はないか……。
「少し休めば多分大丈夫。迷宮魔法――時間転移が成功したのかどうか、確認したいことがある」
「うん。どうすればいい?」
「モニク。神殿にエーコとブレード、セレネ、ハイドラを呼んでくれないか。それからコセンも。あいつらに、事情を全て話しておいてほしい」
「承知した。キミは?」
足に少し力を込めて立ち上がる。
重力を感じ、風が当たる感覚を思い出す。
悪くない、気分だ……。
「仲間をひとり、迎えに行ってくる」
*
半島を北に進む。
神殿はモニクに任せて素通りした。
夕暮れの街道を東に進んで橋を渡る。
誰ともすれ違わなかった。
人が増えたといっても、こんなもんだろう。
魔王城には向かわず、森を更に南東へ。
森林を抜けると、海に出た。
切り立った崖を降りて砂浜に立つ。
そこにあるのは、誰も訪れることのない小さな洞窟。
洞窟の奥には、二百年前に俺がここに居たという証拠――
――石像と化した《地獄の番犬》が、俺の再訪を待ち続けていた。
*
神殿に戻ったのはすっかり夜。
部屋には既に皆集まっていた。
見張りの狼獣人に扉を開けてもらい、
俺を見て何か言いかけたエーコが、隣の男に気付いて一瞬固まった。
男の顔を見たエーコとハイドラが声を揃えて言う。
「あ、『歩くデストラップ』!?」
「初めまして。魔女殿、そして創造主殿」
……そういやゲームでのセルベールはそんな呼び名だった。
最強の雑魚、なんて呼び名もあったがそっちじゃなくて良かったな。
続いてモニクが俺に聞く。
「彼は……?」
「こいつがセルベールだ」
「貴殿は……冥王殿? オロチ殿たちの間では、イメチェンが流行っているのかね?」
「イメチェン?」
モニクが不思議そうに俺を見る。
そこは聞き流してくれ……。
「遅かったな、セルベール」
「今までどこで油を売っていたんですか」
「勘弁してくれたまえよブレード、
「
顔馴染みのふたりは辛辣だ。
まあ、ドゥームダンジョン組はこれが挨拶みたいなもんなんだろう。
「そちらの方は、オロチ様のお仲間ですか?」
「そうだ。コセン、こいつにも展示室の六合器を見せてやってくれないか?」
*
「ここにあるコズミック・クラフトは全て使用可能だ。細工がしてあるようだがね」
俺はそのうちのひとつ――見覚えのある宝玉を手に取って眺め、セルベールに聞く。
「具体的には?」
「結構な魔力を注がないと起動できないようになっている。これではネメア人には使えまい」
「なるほどね」
俺とセルベールの会話を、皆黙って聞いていた。
展示室の奥にある天叢雲剣の場所へと進んだ。
透明な巨岩の中に、その剣は浮かぶように収められている。
コセンのほうに振り向いて尋ねた。
「シュウダの最期について、教えてくれないか?」
「……はい。晩年のシュウダはこの神殿に籠もり、天寿を全うしました。最期はこの部屋で座したまま。剣は岩の中に封印されていたそうです」
「英雄シュウダは人生の最期に、その魂を自らこの剣に捧げた」
コセンは驚いて俺の顔を見た。
そしてセルベールは――
「自ら……だと? シュウダ殿……貴殿は――」
呆然とした表情で、その名を口にした。
俺は剣へと向き直り、手を差し出して巨岩にそっと触れる。
「替天刃・虚空掌」
手は岩の表面をすり抜け、内部へと入っていった。
皆のざわめきが聞こえる。
剣の柄を握ると、岩から一気に引き抜いた。
残された巨岩には傷ひとつ無く、ただ剣のあった場所が空洞となってその痕跡を残すのみ。
「お……おお。その絶技はまさしく伝えられし英雄シュウダの技! それではやはり……やはりオロチ様が我々一族の使命の――」
「コセン。それにあんたのご先祖たちにも。シュウダに代わり礼を言わせてくれ。よくぞ今までこの剣を護り、現代まで受け継いでくれた」
コセンは俺に向け、無言で恭しく礼をする。
「……そして今日、この剣は新たな名を持って生まれ変わる」
打倒ヒュドラの鍵となるこの剣は――
「
*
終蛇の特性について、皆に説明をおこなう。
「終蛇はコズミック・ヒュドラを完成させる最後のピースだ。これを抜いてしまった以上、奴らはこの剣を目指してやってくる」
モニクとブレードが、その能力を確認するように言う。
「だが《魂封じ》の力を持つその剣は、彼らの天敵でもあるわけだね」
「九つ首の不滅の魂を、その剣に喰わせるのか」
「魂に取り憑いているヴリトラごとな。その辺実際どうなるのかは、ぶっつけ本番なんだけど」
この剣単体ではそれは難しい。
ヒュドラの《捕食》とて、迷宮という縄張りがあるからこそ成立している。
下準備が必要だ。
「オロチ殿、その剣は話が出来たりするのだろうか?」
「魂と肉体はどんな組み合わせでも連動するわけじゃない。だから、この剣は喋らない」
「そうか……」
セルベールの表情からは珍しく笑みが失せ、それっきり黙り込んでしまった。
「九つ首は残り八つ。魔王城でその全てを迎え撃つ」
緊張感が室内を満たす。
「コセン、頼みたいことがある。これから戦争になるので東の森には部外者の立入禁止。やむを得ず内部に残る者は魔王城に避難を徹底させてほしい。出来るだろうか?」
「はっ! お任せください」
コセンはすぐに部屋から退出していった。
「アヤセ。九つ首のいくつかは恐らく、長い歳月を経て超越者に至った魂だ。彼らがどのような形で現れるのかは分からないが……。何か勝算はあるのかい?」
「あるよ」
俺は終蛇の切っ先で地面を指し示す。
「神殿の地下迷宮。このダンジョンでひとつ、やり残したことがある」
*
神殿階層の二階。
いや、正確には地上から見て地下五階。
近未来的なカプセルが並ぶ、研究室のような部屋。
「これは……ドゥームフィーンド・オリジン?」
その反応からすると、セルベールはここを初めて見るのか。
エーコ、ブレード、セレネ、モニクはそれぞれ二度目になる。
ハイドラは……どちらとも言えない。
連れてくるのは初めてだが、そもそも今のこいつはここで生まれたはずなのだ。
この部屋の記憶があるのかないのか、無言で少し考え込んでいる。
そして俺は、カプセル内に残された七体のドゥームフィーンド・オリジンの中で唯一原型を留めている一体、その前に立った。
終蛇と、そして先程展示室で回収した宝玉を目の前にかざす。
「《コズミック・クラフト》――転魂玉」
魔力の光が一瞬灯り、そして消えていった。
最後の役目を終えた転魂玉は、俺の手の中で砕け散る。
片方の器には魂が入っていなかったし、本来の使い方とちょっとズレていたからな……。
無理をさせたのだろう。
カプセル内の男。
フードを目深に被り髭の生えた、盗賊のような外見の冒険者。
腰には初期装備のショートソード。
そのショートソードが抜き放たれ、ガラスケースに無数の剣閃が走る。
床に散らばるガラス片と共に内部の液体があふれるが、空気に触れた瞬間その液体は瞬く間に気化していく。
男は顔を上げ、その鋭い眼光をフードの中から覗かせた。
「オロチ殿……。このドゥームフィーンド・オリジンに宿った魂は、まさか――」
「さあね。そいつは本人に聞いてみれば?」
セルベールは前に出て、フードの男に話しかける。
「…………シュウダ殿?」
男は低い落ち着いた声で返答した。
「セルベール。シュウダという名の男はもう死んだ。この世には居ない。そして残されたその名も剣にくれてやった。オレの魂がヒュドラの首のひとつとなることも、永劫に無くなった」
――それは重要だけれども、重要ではない。
名前は魔術、魔法に多大な影響を及ぼすのだ。
かつての英雄はその名を捨てて、新たな名前の魂となった。
シュウダという名は剣の名に。そして魂の名は――
「オレは何者でもなく、何者とも関係を持たず、過去のしがらみに囚われず、未来を切り開くための、ただひとつの個体としてこの世に生を受けた」
そして最終決戦に挑む仲間、最後のひとりが名乗りを上げる。
「オレの名は――――『ローグ』」