終末街の迷宮   作:高橋五鹿

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第95話 川の支流を導く者

「スネークお前……もしかして今のあたしらの中で一番弱い?」

「おやおや、仮にもオロチ殿は我らの大将だというのに一番弱いとか」

「うそ……私の先輩、弱すぎ?」

「あはは……でもなんでこの魔法、アヤセくんは強化されないの?」

「強すぎる力は反動を呼ぶ。アヤセ自身には効果が及ばないことが、それなんだろうね」

「最終的には問題あるまい。むしろ拙者たちの強化は無意味ですらある」

 

 決戦前に用意したカラクリは、どうやらちゃんと機能しているようだ。

 聞いての通り、俺自身には効果が無かった。

 それに関して皆好き放題言っている。

 セレネ酷くない?

 

 ローグはこの場所から離れて斥候に出ている。

 その様子をウィスプ越しに眺めながら、曖昧に言葉を返した。

 

「ま、準備が整うまではその強化も必要だけどな」

 

 魔王城の食堂でそんな会話をしていると、神殿のワーウルフ兵が報告にやって来た。

 ラウルは現場の指揮に忙しいらしい。

 東の森に居る人間は、出て行かせるなり魔王城に避難させるなりする必要があるからだ。

 

「オロチとヒュドラの神話対決を特等席で見たいと、近隣からの来訪者が殺到しています。冒険者の中には、オロチ側に付くから参戦させろという声も多く……」

 

 死ななきゃ治んないタイプのバカがそんなにいんのかよ!

 忠告はしたからな!

 

 そのとき、通信用のウィスプが瞬いた。

 俺にウィスプで連絡をしてくる者はここにほとんど揃っている。

 つまり今連絡をしてきたのは――

 

「ローグか。どうした?」

『来たぞ、オロチ。敵の先鋒だ』

 

 セレネが即座に反応して索敵に集中する。

 だが。

 

「見当たりません……。今の私にも感知できないような相手なんでしょうか?」

 

 ウィスプ越しに現場の様子を見た感じだと……。

 ローグの奴、上空を見ている。

 

「ローグは《千里眼》が使えるからな。単に距離が離れてんだろ」

 

 過去世界を去るとき、俺は剣の中にドゥームダンジョンのゲーム知識からアネモネの魔法に到るまで、様々な情報を残していった。

 解読すれば使えるようになる、というような代物ではなかったはずなのだが、いくつかはモノにしてしまったそうだ。

 

 そもそもシュウダは自分が死ぬとき、『自分の魂を封印した剣』をどうやってあの岩――つまり迷宮の壁に埋め込んだのかって話なんだよな。

 なんと《念動力》で自分の死体を動かして虚空掌を使ったらしい。

 ダイナミック大往生だ……。

 真相を知ってしまうと英雄の感動的な最期も台無しである。

 ガイコツ兵から着想を得たらしいので、半分くらいは俺のせいかもしれんが。

 

 その後は約二百年間休眠状態になって、鑑定などにも反応しなくなり現代に至った、というわけだ。

 

 さて、ヒュドラの先鋒だったな。

 全員で屋上に出て、直接見つけることにした。

 北西の方角の空に、何かが居る。

 

「あ、感知できました。というより、私の目でももう見えます」

「なんだありゃあ……ドラゴン?」

 

 ハイドラも目がいいな。

 確かにドラゴンっぽい。

 ゼファーとの違いは前脚があることだな。ワイバーンとドラゴンの違いというか。

 

 アホみたいにデカい。

 天地を覆い隠すほどの巨大な姿――

 それは凄まじい速度で飛来し、肉眼でもはっきり見える距離まで近付いた。

 

 実体があった、とはな。

 あれも名前が作用して形を与えちゃった系か。

 カダが《竜王》なんて名付けるから……。

 

 地上から冒険者たちのざわめきが聞こえる。

 早くもこの場所に留まったことを後悔する者たち。まあ普通かな。

 デカい竜の出現になんか盛り上がってる連中。タフだなおい……。

 

「オロチ様!」

 

 コセンが屋上に出て来た。

 俺のほうに足早にやって来る。

 

「あれが――創世神ですか?」

「いや、あれは多分……」

 

 ん?

 止まった?

 こちらに急速に向かってきていたドラゴンは、東の森の北西部上空で空中に停止した。

 セレネがドラゴンから視線を外さずに報告する。

 

「地上のローグに反応したみたいです」

「あの竜から誰か落ちましたよ!?」

「いや、あれは降りたんだ」

「あの……高さから?」

 

 コセンに返答している俺も、いきなりそんなレベルの奴が来たことに全く動じていないわけではない。

 ブレードがボソリとつぶやいた。

 

「超越者か……」

 

 

 

 

 どうやら奴らの先鋒は、ドラゴンじゃなくて今飛び降りた奴っぽいな。

 そいつはローグに任せるとして、問題は……。

 

「ドラゴンなあ……」

 

 勝算あるって豪語したけど、あいつの対策は用意してないんだよね実は。

 だってどれくらい強いのか全然知らねえし。

 

「アヤセくん。あのドラゴンが動いたときは私に任せてくれないかな?」

「ありゃあ多分コズミック・ディザスターの本体、ヴリトラだぞ。いけるのか?」

「うん!」

 

 ホントに~~~???

 

 疑う俺に、エーコは真っ直ぐな視線を向けてきて。

 

「……信じてくれる?」

「…………信じるよ」

 

 正直どうやったらエーコがアレに勝てるのかさっぱりだが、彼女は勝算も無しに無茶をするタイプではない。

 それに俺は今現在、仲間たちの実力がどの程度強化されたのか、全然把握できていない。

 エーコが勝てると言うのなら、実際に成し遂げるだろう。

 視線にたじろいだわけではない。決して。

 

 

 

 

 ローグのそばに居るウィスプに視点を切り替えた。

 

 上空のヴリトラから跳び下りてきたのは、真っ白なたてがみのライオン型獣人。

 過去世界で見た痩せぎすの皇帝とは異なり、すげーゴツい。

 まあ、百頭竜ともなればあんなもんだろう。

 初めて見る顔なので、一応コセンに確認する。

 

「皇帝っぽいのが出てきた。白いライオンの獣人だな」

「銀獅子公ですか!? ネメアの歴史の中でも、そんな皇帝はひとりしかいませんが」

「初代皇帝?」

「いえ……当代の皇帝です」

「は?」

 

 はあ!?

 俺たちは別に帝国と揉める気はないんだが?

 なんで現代の皇帝陛下が出て来ちゃってんの???

 え? 現代の皇帝って超越者なの!?

 

 慌ててローグにウィスプから指示を飛ばす。

 

『なんかあれ、今の皇帝本人らしい。できれば殺さないでね……』

「前向きに善処しよう」

 

 善処しねーときに言うやつだろそれ!

 昔のネメア人、たまに地球の言葉っぽい言い回しするよな……。

 

 そして、剣を抜いた皇帝はローグに襲いかかってきた。

 一瞬前までローグの立っていた地面が爆ぜる。

 皇帝の背後でショートソードが煌めき、切断された白いたてがみが宙に舞った。

 

「ほう……余の一撃を躱し、反撃すらするとはな」

 

 振り返って薙ぎ払われた剣の圧は、森の木々すら容易くへし折っていく。

 

 本気を出したときのハイドラ並のパワーだ。

 俺だと歯が立たないな。

 あんなのが普通の皇帝のはずはない。

 事情はよく分からんが、あれが百頭竜ネメアで間違いなさそうだ。

 

 ローグは不可視の剣圧を次々に躱し、木々に溶け込むように動き回る。

 一瞬の隙も逃すまいと、その殺気が皇帝に注がれる。

 

「何故貴様は余と互角に戦える? 超越の域に至る可能性を持つのは、魔王ハイドラのみではなかったのか」

 

「残念だったな。この程度の強さの者ならオレ以外にもいるぞ」

 

「ふむ……少し先走り過ぎたか。ここは一旦引くとしよう」

 

 皇帝は剣を肩に担ぎ、後ろを気にするでもなく森の奥へと去って行った。

 上空のヴリトラも、皇帝に合わせるように後退していく。

 

 援軍を待つ気だろうか?

 それならそのほうがこちらも都合がいい。

 ローグはここで皇帝を倒さずに、上手くヒュドラの集結へと誘導してくれたな。

 

『ローグ、あいつらをどう見る?』

「皇帝は力だけならオレより上。ドラゴンは……更にその上だな」

 

 

 

 

 一時間ほど経っただろうか。

 最初に気付いたのは、屋上に立つセレネだった。

 

「来ましたね……ケクロプスです。それにあのドラゴンと皇帝。他に知らない気配が五つ。終蛇と同じ波長の性質を有した生命が全部で八体。全て――コズミック・ヒュドラ《九つ首》に間違いありません。全員に実体があります」

 

 ケクロプスは別にいい。

 ヴリトラは例外。

 皇帝は……まあ答えは出てるか。

 他の奴らの、実体……?

 考えても仕方ないな。後で見て確認しよう。

 

「最後の一体も射程距離内に入りました」

「それじゃあ、始めるとするか」

「はい、先輩」

 

 三日月の杖が輝き、東の森全体の空間が歪む。

 森を立ち入り禁止にし、ネメア人たちを魔王城に避難させた本当の理由。

 

 とあるカラクリによって、飛躍的に強化されたセレネの《迷宮生成術》は森全体に異様な変化を(もたら)した。

 地面の至る所から灰色の塊が、様々な物資が出現する。

 そして、森の木々を巻き込みながら建物群へと変貌していく。

 

 ――それは《封鎖地域》。

 ――別名を《終わりの街》。

 ――或いは《夢幻階層》と呼ばれる場所。

 それらと同じ姿の地形、建物群を内包した()()()()()

 

 そう、ここ東の森全域に再現されたものは――

 

 俺とヒュドラの戦いが始まった街――――《始まりの街》だ。

 

 

 

 

 街の北西に向けて、ひとり駆ける。

 モニク、エーコ、セルベール、ローグも思い思いの方向へと散っていった。

 魔王城を守るは城主のハイドラ。

 左右の腕たるセレネとブレード、そして配下の魔王軍。

 

 仕込みは全て整った。

 クロノス、お前はかつて俺にこう言ったな。

 ――「せいぜい万全の準備をしてから挑んできな」と。

 今がその時だ。

 

「オロチ。その姿は確かに見たことがあるぞ。心の奥底の会話でな」

 

 来たか……。

 通信用のウィスプに異常は無い。俺が最初に接敵したようだ。

 ここは始まりの街の駅の北側。最初の頃カラスに苦戦してた辺りだな。

 あまり縁起のいい場所じゃないが、初戦に相応しい場所ではあるかもしれない。

 

「誰かと思えば――」

 

 そこに居たのは東洋風の衣装を纏った黒髪の壮年の男。

 初めて見る姿だが、面影がある。

 全盛期の頃に若返ったとか、そういうことだろう。

 

「またお前か……」

「ご挨拶だな。余は貴様に報いることをずっと待ち望んでいたというのに」

 

 何が『余』だ。

 それ皇帝に化けてたときの単なるクセだろうが、《幻魔侯》カダ。

 

「お前にとっては長い歳月だったんだろうけど、俺にとってはついこないだのことなんだよな……」

「なるほど、神々にとっては数百年など一瞬の出来事というわけか」

 

 ()げえよ。

 説明すんのめんどいから、分かってもらえなくてもいいけど……。

 

「だが、今の余は知っているぞオロチよ。貴様は超越の力を持たない。どころか、百頭竜にも満たない程度の、脆弱な存在であるという事実をな!」

 

 むしろそれを知らないヤツがいるのか……?

 知らなかったのは、お前だけなのでは……?

 

「ヴリトラ様の一部を肉体として賜り、超越の域に至った余の力にひれ伏すがよいわ!」

 

 あ、実体がある理由が判明した。そういうことね。

 精神は肉体の影響を受けるもの。

 ヴリトラ製の肉体になんぞ宿った魂は、滅びの本能を否定することなんて出来ないだろうな。

 カダは元から手遅れだが……。

 

 自前の肉体が残っているケクロプスは、だからこそ正気だったともいえるわけか。

 そうなるとカオス、クロノス、メドゥーサ、トウテツはもう……。

 惜しいヤツらを亡くした。

 いやメドゥーサとか全然知らんけど。

 あとトウテツはカダとは別の方向で病気だったが。

 

「知っているかオロチ。相性で上回ったとて、絶対的な差は覆らぬと言うことを」

 

 魔法斬りのことを言ってんのかな?

 それならこいつの言う通りだ。

 いつか見たような数々の術式が展開される。

 こいつも努力を重ねて来たのだろう。だけど――

 

 カダがその術式を開放した。

 

「呪え、七十二の慨嘆よ――――幻魔侯・七十二魂怨嗟獄!」

 

 次々と俺に向けて襲いかかって来る。

 

 ……魔力剣を使うまでもないか。

 片手斧アギトを構え、その攻撃を待ち構える。

 アギトの魔法斬りに魔力剣は元々必要ない。

 あれはリーチを補う目的で使っている。

 あと、過去世界ではアギトの現物を持ってなかったので、魔力剣で代用しただけだ。

 

「照らせ、七十二の星々よ――――替天刃・七十二座地煞斬(ちさつざん)!」

 

 浮かび上がる九つの気刃が四回瞬き、その動作を二閃。

 この替天刃奥義にさしたる威力は無いが、魔法斬りに威力は不要。

 

 やはり、いつかの繰り返し。

 七十二の魔法核は、アギトによって全て両断された。

 砕かれた術式は霧散し周囲にその存在を主張するが、数秒後には脆くも消え去っていく。

 

 カダはその光景を呆然と見つめるのみ。

 

「何故……そんな……どうして……」

 

 しゃーないな。

 こいつにあんま用は無いんだが、説明してやるか……。

 

「お前は超越の力を知らない。それに百頭竜に会ったこともないんだろ? だからピンと来ないのかもしれないが、今のお前の力は百頭竜未満なんだよ」

「そんなはずはない! ヴリトラ様は、余が確かに超越の力に至っていると――」

「それは多分本当だと思うぜ。ただ、この街でその力を振るうことは出来ないってだけだ」

「街……? この見せかけだけの虚像に、一体なんの効果があるというのだ!」

 

 いやまあ……確かに街といってもハリボテを並べただけではあるんだが。

 これは目印だ。

 魔術士が杖を構え、ローブのフードで視界を狭め集中するように。

 範囲を制限することにより、その魔法は完成に至る。

 

「俺がその『街』だと認識したあらゆる場所で、俺が決めた強さの上限が適用される魔法、《対超越者結界Ⅱ》。この制限に引っ掛かった者は俺が術を解除しない限り、この街から出ることは許されない」

 

「……………………」

 

 カダは呆けたようにその言葉の意味を噛み締めた。

 

「……ば、馬鹿な! そんな馬鹿な! 超越者を無力化して囚える魔法だと! そのような非常識極まりない術、貴様如きに使えるわけが――」

 

「それが使えるんだな。超越者同士は本来争わない。強すぎる力同士の争いは、とどの詰まり自滅を意味するからだ。その性質を利用したものが対超越者結界――――この魔法は、実のところ術者の力なんざ必要ねーんだよ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()なんだからな!」

 

 世界大災害における、ヒュドラの強さを真に支えた魔法こそが対超越者結界。

 何故あんな大規模かつ強力な術を、術者であるカオスが居ない場所でも展開、維持できたのか。

 

 それは、この魔法の運用コストが安いから。

 

 魔法とは考え方。

 その仕組みに気付いたとき、悔しいがカオスは天才だと思った。

 そして、俺自身も似たような魔法を構築できるようになったのだ。

 

 ただこの魔法、コズミック・ディザスターには効果が無いと思われる。

 宇宙大災害に自滅を恐れる本能なんてあるわけない。

 ヒュドラを摸倣したが故にその影響を受ける、その度合いに期待するしかない点は苦しいところだな。

 

「ま、待て。その理屈はおかしい。それだとまるで貴様が――いや、貴様らの陣営……か?」

 

 おっ。ネメア史上最強道士だけあって、俺の用意したカラクリに気付いたか?

 気付いたところで意味はないけど。

 それにカオスはとうに気付いてるだろ。

 

 そろそろ、お喋りはおしまいだ。

 

「《始まりの街》と《対超越者結界Ⅱ》を組み合わせた迷宮魔法。すなわちこのダンジョンを……」

 

 ヒュドラはもはや、檻に囚わられた蛇も同然。

 この牢獄(ダンジョン)を名付けて――

 

 

 

「名付けて――――《終末街の迷宮》」

 

 

 

「終末街の……迷宮?」

「終末といっても、お前らヒュドラに訪れる終末だけどな」

「ヒュドラだと! 余はそのような矮小な存在では――」

 

 またそれか。

 ん? 前にそれ言ってたのってセルベールだっけ?

 まあどっちでもいいけど。

 

 とか考えてる間にカダは逃げ出した。

 いや、捨て台詞だったんなら最後まで言い切ってから逃げろよな……。

 

 俺がカダを圧倒できたのは奴の言う通り相性的な理由なので、全力で逃げられると自分の足で追うのは厳しいものがある。

 瞬間的になら俺のほうが早いが、持久力で負ける。

 カダは一応超越の域に到達しているらしいから、今は結界で能力を制限されているに過ぎない。

 体力ひとつ取っても俺より上なのだ。

 

 上空のウィスプがカダの位置を補足した。

 もうあんなところまで行ったか。

 

 なかなかの逃げ足だが、この街の中で俺の目から逃れることは――

 

「瓦礫の街より来たれ――――《百頭竜》イルヤンカ」

 

 本物には遥かに劣る攻撃だが、本物と同じ威力でもそれはそれで困る。

 何も無い空間。宙空より放たれた竜の細長いブレスは――

 建物群を貫通してカダの心臓を貫いた。

 カダはその場に倒れ伏せ、その体は崩れ粒子と化していく。

 

 情報収納に放り込んだ百頭竜はバジリスクとイルヤンカの二体。

 つまり俺の召喚攻撃はこれでネタ切れだ。

 ま、俺はある意味戦力外だからな。

 九つ首をひとつ仕留めただけでも良しとしよう。

 

 光の粒子となったカダは上空に舞い上がり、逃げた方向とは逆に、つまり俺のほうに向かって急速に戻ってきた。

 

 腰のホルダーに差してある終蛇を抜いて天に掲げる。

 光はかつてウィスプだった俺が吸い込まれたように、終蛇の剣身に吸い込まれていく。

 

 ヴリトラの一部もろとも、カダの魂を封印した。

 

「なるほど……こうなんのか」

 

 終蛇の《魂封じ》の効果は終末街の迷宮全体に及ぶと考えて良さそうだ。

 やはりヒュドラの《捕食》と同等の力か。

 多分これ、味方が死んでも同じことが起きるな。

 文字通り食うか食われるかの戦いになってきた。

 

 ホルダーに終蛇を戻し物陰に潜んでから、戦場全体の監視に意識を移す。

 

 

 

 

 終末街の迷宮最北端。

 その位置まで移動しているウィスプに視点を切り替えた。

 地球ではこの辺りの場所に来たことはない。

 鉄道は東西に走るものしかなかったし、住んでいる人間以外がわざわざ行くような場所ではないからだ。

 

 境界線の前で、街の外への脱出を試みている者が居る。

 また見たことない奴だ。

 女だな。

 消去法でひとりしか思い浮かばんけど。

 トウテツの爺さんがヴリトラにTS転生させられた……なんてことは無いだろうなやっぱ。

 

「無駄だよメドゥーサ、この街からは逃げられない。超越の力を封じられているのだから、尚の事ね」

 

「冥王モルス……。元の姿を失ったと聞いているぞ?」

 

 そこに現れたのは――

 スラリと伸びた小麦色の脚。

 戦装束の上で揺れる長い白髪。

 そして、あの魔剣タナトスを携えし終末の女神。

 

 かつての姿を取り戻した、大人のモニクだった。

 

 自身と境界線とで挟み込むように、標的へと近付いていく。

 俺の今の視点はモニクが連れているウィスプからのもの。

 相手はやはりメドゥーサか。

 長いウェーブヘアに派手めの衣装。系統としてはエキドナにちょっと似ている。

 

 こいつか……過去にセルベールを倒したというのは……。

 

 やるじゃない。

 俺にもあの野郎をボコれるコツを教えてほしい。

 

「色々あってね。昔の姿に戻してもらったと思ったら、能力だけは封じられて異能者レベルに逆戻り。せわしないものさ」

 

「それを全てあの男がやったというのか? カオス様もケクロプスも、何故あのような異能者風情を……」

 

 うん? どっかで見られてたか?

 まあそんくらいはするか。

 ケクロプスとか最初の頃から俺のこと知ってたらしいしな。

 俺だってこうしてウィスプで他の戦場を見ている。

 

「キミの現状が、その理由を物語っているとは思わないのかい?」

 

 そして、モニクの踏み込みと同時に戦いは始まった。

 白煙が周囲に立ち込める。

 レベルⅢのヒュドラ毒――石化毒だ。

 魔剣タナトスが唸りを上げ、白い突風が巻き起こる。

 両者の間の白煙は全て吹き飛ばされた。

 

「力の上限が同じなら、キミ程度は相手にならない」

 

 メドゥーサは一歩も動けずに、境界線を背にしたままその胴を斬り裂かれていた。

 

「ボクはこれでも、百戦錬磨なんだ」

 

 結界内におけるモニクの力は異能者レベル。

 一撃で相手を消し飛ばすとはいかず、メドゥーサは血を吐き不可視の壁にもたれかかった。

 

「……違う、違う違う! オマエの腕の問題などではない! 超越者が異能者に狩られる、この状況を作り出されていることこそが異常なのだ!」

 

 両眼を見開き、信じ難いと言わんばかりにメドゥーサは抗議する。

 

「この牢獄を――この迷宮を創ったあの男は、いったい何者だ!」

「彼は普通の人間だ。でも敢えて言うなら、川の支流を導く者かな?」

「支流……だと?」

 

 モニクは一歩下がると、タナトスを振って血を払う。

 

「支流を統べるは水神、あるいは川の化身。これはかつて、キミたちの創造主が編み出した魔法。彼は――アヤセは()()()()()()()()()に至り、この力を実現した」

 

 俺はその力を切り札に全振りしてしまったからこそ、他の仲間とは異なり元の強さのまま。

 多分それが、俺が強化されない理由だ。

 でも、この街では過ぎた力なんて無用の長物。

 無駄になると分かっているものに、リソースは割かないわな。

 そういう側面もあるのだろう。

 

 この迷宮を実現せしめたカラクリ――魔法の最奥とは、俺にとっては川の支流を導くということ。

 

 すなわち――

 

 ――《(つるぎ)の魔女》(あめの)英子(えいこ)が大地を裂き。

 ――《迷宮剣豪》ブレードは災禍を斬り伏せ。

 ――《ドゥームルーラー》セレネが魔軍を従え。

 ――《魔王》ハイドラは終末に君臨し。

 ――《冥王》モニクが魂を導き。

 ――《地獄の番犬》セルベールは死者を迎え。

 ――《何者でもない》ローグが新たな命の誕生を見届ける。

 

 七つの支流(アポカリプス)はひとつの流れ(ポスト)に統合され、この世に新たな超越の力が誕生した。

 

「ボクたちは――」

 

 そう、俺たちは――

 

「八人でひとつの超越者(オクテット)――――《(つるぎ)超越者(ちょうえつしゃ)》オロチ」

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